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第2話:宿泊客達



「小説家になろう〜秘密基地〜」で、「小向遥介」の名前で孔雀館の平面図や全体像等を載せています。お手数ですが、物語の進行上絶対に必要だと思いますので、必ずご覧になってからこの小説を閲覧して下さい(特に今回から)。

観音開きのドアを開けると、まず視界に入ってきたのは、淡いクリーム色のコンリートで造られている、カウンターと思しき小さなスペースだった。その色のせいか、正面にコンクリートで囲われたスペースがあっても狭苦しくは感じない。むしろ手前に置かれたかわいらしい熊のぬいぐるみ等に目を惹かれる。

正面のガラス越しに、カウンターの中の奥の壁に雑多な貼紙がしているのがわかる。色々な書類なのだろう。ただし、今は中には誰もいない。本来客を応対すべき人間が多川さんなのだろう。


そのカウンターの斜め奥がロビーになっているらしい。外見を裏切らない小洒落た古い西洋風の造りになっている。壁にちりばめられた調度品の一つひとつにも風情を感じる。しかし飾りだらけでごたごたしている訳ではなく、実際あまり広くないこの部屋を有効に使っている。

この玄関とカウンターを備えたロビーには、小さなアンティークの数々やインテリアを除けばガラスで出来た背の低い大きなテーブルとそれを囲むように置かれた白い布のソファだけがある。

――と。

「いらっしゃいませ、孔雀館へようこそ」

木製のお盆を小脇に、使用人と思しき一人の女性――というより少女と云った方がいいかもしれない――が、僕等の前に来て、深々とお辞儀をした。

あくまでも無表情に、無感動に彼女は云うのだが、顔にはまだ少女のようなあどけなさが残っていて、不思議と無愛想な印象は受けない。

どことなく西洋人を思わせる整った顔立ちをしていて、それがすらっとした黒いスーツとその上に着た白エプロンととても合っている。メイド服、という訳ではなさそうだが、色合い等それに近いものを感じさせる。

僕と直美が軽く会釈をすると、ドアを閉めた多川さんが彼女を指して、ぎこちない笑顔で――本人は満面の笑みのつもりなのだろう――紹介を始めた。

「彼女は孔雀館の使用人の加藤野です。まだ若くて成人もしておりませんが、どうぞ使ってやって下さい」

そう多川が云うと、彼女――加藤野さん――は、無表情に礼をした。漆黒のストレートヘアーが肩に乗っかる。今までに髪いじりをしたことのなさそうなさらさらの黒髪だ。


状況説明の順番は前後するが、ガラスのテーブルには四つのコップが置かれている。中身は氷の沢山入ったアイスコーヒーである。コップに付いた水滴が飲欲をそそる。そしてその各々のコップの前では四人の男女がソファに腰掛けている。

一人は、オレンジのシャツにほぼ黒に近い深緑の長ズボンの、渕無し眼鏡に細い垂れ目で人のよさそうな三十代半ばくらいの男性。にこにこ、という擬音が聞こえるくらいの笑顔で話をしている。

さらにその横には日焼けした髭面の、がたいのいい男性が座っている。膝までのボロボロのジーパンに薄ピンクの生地のポロシャツ、髪はざんばらで、ハードボイルド調の、もっと身近な例えで云うならサーファーのような風貌の男性である。さっきから四人での会話の主導者なのか、しきりに三人に話し掛けている。

その向かいには少し腹の出た温和そうな中年の男性。若草色の薄手のカーディガンに、白いシャツを着ている。スボンはベージュの七分丈だ。その隣、つまり渕無し眼鏡の男性の向かいに座っているのが、その温和そうな男性の妻なのだろうか、長い髪を結わかずにばっさりと下ろしたロングヘヤー。濃紺の、薄い生地のシャツにカーテンのような白いロングスカート。少しつり上がり気味の目に笑みをたたえてサーファー風の男性に話し掛けている。


僕等二人が所在無さげに視線を宙に漂わせていると、その内の一人――渕無し眼鏡の男性があっ、と声を上げた。

「やぁ、新客だ。こんにちは、お二人さん」

「どうも……」

僕が会釈を返すと、彼はにこりと目を細めた。この会話で、テーブルにいた他の三人も視線をこちらに向けた。

「僕は希利富。今日は一人で来たんだ、よければ相手してくれよ」

「……倉掛って云います。倉掛柳人。よろしくお願いします」

僕がそう云って軽く頭を下げると、彼──希利富さんはほがらかに笑った。

「あっはっは!そんなに改まらなくてもいいよ。折角の旅行なんだから、もっと伸びやかにいかなきゃ」

「あ…は、はぁ……」

中々希利富さんのペースについていけない。

と、希利富さんの隣のサーファー風の男性がこちらに顔を向け、目が合うとにやっと口の端を歪めて自己紹介を始めた。

「よぅ。俺は谷口学、フリーライターだ。今回ここへは取材で来てるから、インタビュー、よろしくな、柳人君。それと、えぇと――」

「直美です。赤石直美」

「そうか、よろしくな、直美ちゃん」

にやりと笑うサーファー風の男性――谷口さん。成る程、と僕は一人納得した。さっきからこのテーブルでは谷口さんが三人にインタビューしていたのか。

そして僕はすかさず直美の表情を盗み見る。――大丈夫だ、この男達に心をときめかせている様子はない。

「私は佐伯と云います。こちらは妻の清子。五日間、よろしくお願いします」

ふくよかな体型の男性――佐伯さんも自己紹介をする。希利富さんとはまた違った赴きの、落ち着いた笑顔だ。見たところ子供はいなさそうだが、それでも温和に笑う佐伯さんは「いいお父さん」の鏡だ、と形容するのがぴったりだ。

それとは逆に、細身の妻、清子さんは少し神経質そうだ。

「じゃあ君達にも早速インタビュー、受けてもらおうかな」

谷口さんが僕等をソファに座るように促す。――そういえば、さっきから取材をしているという割にはテーブルの上には筆記用具なんかがない。録音でもしているのだろうか……?

僕等がソファに座ろうとしたところ、おずおずと多川さんが声を掛けた。

「申し訳ございません、倉掛様、赤石様。とりあえずお部屋をご紹介したいのですが……」

そういえばそうだった。

じゃあまた後で、と僕等は一旦ロビーを離れ、自室へ向かうことになった。




◇◆◇◆◇◆




ロビーを抜けると、真正面に臙脂色の大きな二枚の壁が見えた。正面を頂点に、大体百二十度くらいの角度で角を成している。それぞれの面に大きめのドアが一つずつ付いている。

その左横の廊下を、多川さんは進んでいく。

「あの…ここは…?」

気になって僕は尋ねてみた。

「そこは食堂でございます。この建物自体の中心にあり、全体的に正六角形をしておりますが、うち一角――ロビーから一番遠い場所には厨房があるので、外見は六角形ですが、中から見れば五角形になります」

「……?」

そう云われても何が何だかわからなかったので、左手前のドアから中に入らせてもらった。


真ん中に、白いテーブルクロスの掛かった大きな横長テーブルが置かれている。そして僕等の今いる位置からテーブルを挟んだ反対側の端には煉瓦作りの暖炉があった。本物だろうか。

ロビーや廊下には天井があったが、ここは吹き抜けになっていて、二階には床をくり抜いた周りに西洋の城にでもありそうな木製の手摺りが設けられている。さらにその上――この建物自体の天井は食堂の天井部分だけが硝子張りになっていて、外から、さんざん僕等の水分を搾り取った太陽がさんさんと輝いている。――成る程、こうして見る分には悪くない、と調子よく思った。


入ってきたドアの一枚奥の壁のドアから出る。と、左右に別れる道とは別に、そこから一本廊下が延びていて、突き当たりにドアがある。

「そこは物置でございます。お二人の部屋は二階にございます」

そう云って物置へ続く廊下の右手前にある階段を上っていく。


二階に上がる。中央には食堂の吹き抜けが、そしてその輪郭に沿って高級そうな木製の手摺りがある。多川さんは手摺りを周って、一階と重ねて見るとロビーの左隣に位置する廊下まで来た。そこを進むと、突き当たりには三枚のドアがあった。それぞれ床から二メートルくらいの位置に、左のドアから「10」「11」「12」と金文字で書かれている。

「では倉掛様は11号室、赤石様は12号室にお泊り下さい。ルームキーも今お渡ししておきます」

多川さんは僕等に、番号が頭の部分にプリントされた鍵を渡した。

「10号室には、誰が…?」

もし俳優の「速水もこきち」のようなイケメンだったらどうしよう……。僕は不安になって多川さんを見上げた。

「希利富様がおられます」

希利富さん……あのふわふわした感じの陽気な男性。その彼の隣に直美とは……。僕は初対面の希利富さん相手に、いらない心配を始める。

「では、ごゆっくり。館内にいらっしゃっても島の外にお出かけになるのも結構ですが、午後七時の食堂集合には間に合わせますよう」

そう云い残して多川さんは階段を下りていった。

「……とりあえず、部屋に荷物置いて、ロビーに行こうか」

「そうね。――あぁ、何だかわくわくしてきた」

直美はジェットコースターに乗る列に列ぶ子供のようにそわそわしながら、鍵を挿し込んで部屋に入っていった。

さて、僕も疲れたことだし、少し休むかな――。

僕は鍵を挿し込んで、ドアを開いた――。





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