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黒衣の女公爵  作者: 桐央琴巳
第十七章 「無言」
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(17-3)

「通じてしまうわけですね、こんな短いお言葉で」

 ルアンの様子に何を推量したものか、マリカは諦めたように頭を振った。

「もしもルアンさんが、私の誘いに簡単に乗ってしまわれるような方なら、私、公爵様からのお言付けを、ルアンさんにお伝えしないで握り潰してやろうと思っていました。試すような真似をしてごめんなさい」

 そう言って、詫びを入れるマリカに、目を丸くしてルアンは尋ねた。

「試すって、何だってそんなこと? 俺、今、二重の意味でこっぱずかしいんですが」

 マリカの誘いを本気にしてしまったこと。好きな人がいるのだと彼女に言ってしまったこと。思い返せば返すほど、ルアンはいたたまれない気持ちになる。


「理由を申し上げますなら、個人的な恨みがあるからですよ。絶対的にルアンさんが悪いわけでもないのでしょうけれど、他に当たれる人がいないから、私ルアンさんに向かっ腹を立ててきましたので」

 側仕えの仕事には、人の心の機微を洞察する高い能力が求められる。マリカの胸の内にあったのは、自分の大事な主人の目を、あんなになるまで泣き腫らさせたのはこいつか! という憤りである。

 グネギヴィットは涙の訳を語ってはくれないが、マリカが主人から託されてきたのが、どうやら別れの語句であるらしいことを思えば、それを伝えられるルアンが無関係でないことは明白だった。


「理由が理由になってなくないですか? てか、個人的な恨みって一体何です? 俺マリカさんに何しました?」

「私はグネギヴィット様の側仕えです。それ以上のことはお察し下さい」

 グネギヴィットの名を出されてルアンは言を詰めた。やはり何か、彼女に不都合を与えてしまったということだろうか……? 

 それも決して間違いではなかったが、まさかグネギヴィットが、自分に対する恋に気付き、それを断ち切らねばならない状況に涙していようとは、思いもよらないルアンである。



「お二人の間に何があったのか、私は一切の事情を存じ上げません。公爵様が打ち明けて下さらない以上、詮索するつもりもありません。ですが、ルアンさんから公爵様への、お返事があるなら承ります。遠慮なんて受け付けません。是が非でも分捕っていきたいと思っています」

「……でしたら一言、『滅相もない』、と」

 マリカの気骨に気圧されるようにして、ルアンはそれだけ、ぼそりと告げた。他にもっと言い様があるだろうに、気の利いた返り言(かえりごと)は浮かばなかった。

「それではあんまりにも、味気なくありませんか? 他の方には絶対に漏らしませんから、私を信じてもう一声」

「もう一声って言われても……」


 伝えたい言葉ならあった。たった一つ。

 泣いたり怒ったり笑ったり、はしゃいだり駄々をこねたり……、余所ではきっと、そんなに大きく振れることのない、様々な表情を見せるグネギヴィットを前にして、ルアンが幾度も飲み込んできた言葉。

 けれどもそれを、口にすることは憚られた。受け取るグネギヴィットも、託されるマリカだって、間違いなく困らせてしまうであろうから。


 答えるかわりにルアンは、掴んでいた箒を地面に置いて、背後にある青い花に近づいた。

 今日は、今を盛りに美しく咲いたこの花が、自分の心を表すようなこの花が、グネギヴィットの目に留まることがあればいいと、そう思ってここにいたのだ。そのついでにで構わないから、自分も一緒に、彼女の瞳の中に、また入れてもらえることを(こいねが)って――。


「ルアンさん?」

 ルアンは不審がるマリカに構わず、腰に下げた道具入れから剪定鋏を抜くと、手際よく切り花にしたその花で、手頃な大きさの花束を作った。持ち運びをしやすいように、根元は荒縄で縛っておく。

「だったらこれを、どうか公爵様にお届けして下さい。葉っぱに棘がありますからお気を付けて」

「わかりました」

 差し出された花束を神妙に受け取って、マリカはまじまじとルアンを見つめた。


「それにしても、惜しいですね。ルアンさんなら、印象は悪くないですし、私の恋人第一条件に楽々合格してくれそうなのに」

「マリカさんの第一条件って何ですか?」

「公爵様が、一番」

「はいっ?」

「私は自分がそうだから、お付き合いをするなら相手の方も、そのくらいの気持ちで公爵様にお仕えされている人がいいんです。だけど、こうやってお話をさせてもらっていて、何だかですね、わかっちゃいました。ルアンさんにとっての一番は、とっておきのとびっきりの一番で、私なんかが図々しく、割り込んでゆけるような種類のものじゃないんだろうなって……。『好きでしょうがない人』ですか、はぁー、言われてみたいものですよねえ。本当に、罪なお方ですよね、公爵様って」

「いや、それは――」

 焦ったルアンの真っ赤な顔が、マリカの推論が真実であることを如実に物語っていた。マリカはくすりと笑った。

「お返事確かに、承りました。公爵様には正確に伝えさせてもらいます」

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