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黒衣の女公爵  作者: 桐央琴巳
第二章 「兄妹」
3/98

(2-1)

 【北】(エトワ)州の州都マイナール。

 針葉樹の林に城壁を抱かれたデレス王国第二の都は、北側の国境として天高くそびえ立つ、【天を担ぐ巨人】(アズナディオス)山脈の裾野に位置している。

 辺境にある都市の発展を大きく支えてきたのは、デレス王国の重要産業、硝子工芸の材料となる石英の鉱脈である。アズナディオス山脈の山肌を抉って、地道な手作業により採掘される石英は、州政府の管理の下に出荷量と値を統制され、一度全てマイナールに集積されてから、『硝子細工の都』と呼ばれる王都クルプアへと運ばれていた。



*****



 しんしんと降り積もる深い雪の中で、エトワ州城はひっそりと静まり返っている。身を切り裂くような冷気は吐く息を白く染め、人の心の奥までも凍えさせてゆくようだ。

 シモンリールの病に意気消沈し、灯火を失っていたエトワ州城の人々は、予想よりも数日早くにグネギヴィット到着の報を受けて、俄かに活気付いた。


「グネギヴィット様!!」

「ただいま、ソリアートン」

 高価な雪豹の外套を肩からすべり落とし、侍女に受け取らせていたグネギヴィットは、慌しく出迎えにやってきた老執事の姿を認めて淡く微笑んだ。

 王宮で王太子に対面していた、匂うような貴婦人の姿はそこになく、州城の侍女や供をしてきた従者たちに囲まれているのは、凛然たる眼差しをした男装の麗人である。


「これは――、思いの外に、お早いお帰りでいらっしゃいました」

「のんびりと旅を楽しんでこられるような心地ではなかったからね」

 厚い皮の手袋を外して、グネギヴィットは侍女から差し出された大ぶりの浴布(タオル)と交換をした。

 その姿から察するに、令嬢は王都からの旅に時間のかかる馬車を用いず、自ら馬を駆って帰郷を急いできたのだろう。化粧気のない顔は厳しく引き締まり、首の後ろで束ねただけの長い黒髪は、雪と汗を含んでしっとりと重く濡れている。


「兄上のご容態は?」

 衣服を変えると気持ちも入れ替わるのか問いかける声音は硬い。だがそのどちらの姿も、ソリアートンには馴染み深い一人の令嬢のものだ。

「シモンリール様は、今宵は少し落ち着かれていて、先ほどからお休みでいらっしゃいます」

「そう。妹は?」

「アレグリット様なら、礼拝堂においでの筈です」

「それではまず、あの子の顔を見に行くとしよう」


 濡れた髪を拭うのもそこそこにして、浴布を肩に羽織りながら素早く身を翻したグネギヴィットを、ソリアートンは強い口調で引き止めた。

「なりません! アレグリット様には私どもがすぐにお知らせを致します。そのような酷い格好のまま城内をうろつかれて、あなた様まで床に付かれるようなことになれば、城の者たちがどれほど心痛をするとお思いですかっ!!」

「……済まない、少し焦りすぎてしまったようだ」

 祖父と呼んでも良いような老齢のソリアートンの顔色に、心労による憔悴の色を見て取って、グネギヴィットは素直に謝罪をした。

 改めて侍女たちに注意を払ってみると、自分の帰着に喜色を浮かべてくれながらも、みな心晴れることなく打ち沈んで見える。シモンリールの病状が、いかに深刻に人心を揺るがせているのかを、思い知らされるようだ。


「ご心中はお察し申し上げます。なれど、まずはご自愛のほどを」

「わかった。先に着替えを済ますとしよう」

 周囲の者に動揺が満ちているからこそ、決して取り乱すことなく冷静に自己を保っていなければならない。ソリアートンに答えながら、公爵家の総領としての責任が重くのしかかる肩を、グネギヴィットは指先が白くなるほどきつく掴んだ。

「勿論でございます。早くお身体を温めて頂かなくては。誰ぞ、お嬢様を浴室へお連れせよ」

「はい」

 ソリアートンの命を受けて、手すきの侍女が一人速やかに進み出る。

 待ち望んだ代行の(あるじ)を迎えて、エトワ州城の人々は、恵みの雨を得た庭木のようにほっと息を吹き返していた。

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