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黒衣の女公爵  作者: 桐央琴巳
第十章 「約束」
28/98

(10-1)

 自身が男の姿でアレグリットのエスコート役をするというグネギヴィットの決断は、案の定サリフォール家一門の度肝を抜いた。特にバークレイルは甚だしく動転し、期待通りの素晴らしい転げっぷりをグネギヴィットに見せてくれた。

 対外的には猫を被り、今も高雅な淑女で通っているグネギヴィットだが、男装もまた堂に入っているのは一門の誰しもが認めるところである。粋を解する人々が、小気味のいい解決策を称賛し、賛同に回る一方で、バークレイルを中心に反対の声も勿論上がった。

 しかし議論は、既に尽くされているのである。さらなる妙案が浮かぶ訳でもなく、それはもしも生きていればシモンリールが担った筈の役目であり、当主である自らの手で妹を社交界へ送り出してやりたいというグネギヴィットの意向を、しぶしぶながら全員一致で支持することに落ち着いた。



*****



 雪解けと共にシモンリールの喪も明けて、エトワ州城の空気は陽気さを取り戻した。

 季節も気分も作用していたのだろう。ようやく喪服を脱ぎ捨てた見目麗しい女主人に、侍女たちはこぞって明るい色のドレスを薦めた。心身に余裕が生まれたのに合わせて、淑女に戻る機会をこれまでよりも増やしながら、グネギヴィットも女性らしく着飾ることを楽しんだ。

 しかしながら、男装の際の服飾は、相も変わらず黒が基調である。グネギヴィットのたっての希望で、シモンリールの遺品の多くを彼女の身体に合うよう仕立て直させてみたところ、シモンリールが普段から黒を好んで着ていたので、必然としてそうなったという訳である。


 黒衣を纏って亡き兄に擬態する、グネギヴィットがある日政務を終えて自室に戻ると、寝室の窓際にひっそりと、愛らしい菫の小さな鉢植えが据えられていた。

 忘れた頃の不意打ちに、グネギヴィットの胸はきゅうっと締め付けられる。

 冬男神オルディンの象徴が暗紫色の椿であるように、夏男神サリュートの花が純白の百合であるように、春を司る女神フレイアにも象徴となる花がある。それがこの黄色い菫――【春女神の菫】(フレイアシュテュア)だ。

 冬枯れた庭からすっかりと足を遠ざけていたグネギヴィットに、春の花の開花を知らせようという計らいであるだろう。留守番をしていた侍女の一人に質してみると、庭師長からのお遣い物だというが、発起人はまた別にいるような気がしてならない。


 ふと思いついてグネギヴィットは、翌日の執務室帰りに、中庭にあるフレイアの像付近へと足を向けてみた。すると案の定、ルアンはそこで待っていた。名残の雪が片隅に落ちるばかりとなった、早春の花壇で庭仕事に励みながら。

「庭師長と花を使って、わたくしを呼び出すなんていい度胸をしているね」

「だけど、隠れん坊の鬼にならなくったって済んだでしょう?」

 口先では呆れたように言いながらも、唇を綻ばせるグネギヴィットに答えて、久方ぶりに会ったルアンは茶目っ気たっぷりに笑った。



*****



 春の庭は、グネギヴィットが散策をする理由に事欠くことはなかった。

 待雪草。勿忘草。水仙。沈丁花。富貴菊。芝桜。庭なずな。木蓮。杏。大手毬……。次々と蕾を開いてゆく百花繚乱の花々を眺めながら、グネギヴィットとルアンは、文字通りに『密かに会う』だけの短すぎる密会を繰り返した。

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