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黒衣の女公爵  作者: 桐央琴巳
第一章 「急使」 
1/98

(1ー1)

 デレス王国の王太子、ユーディスディランは多忙である。

 国王ハイエルラント四世は未だ壮健であり、四季折々に執り行われる式典においては、バルコニーに立ち国民の前に欠かさず姿を見せていたが、齢五十を迎えたのを機に国政の第一線を退き、今は長年連れ添った王后と共に、悠々自適の毎日である。


 さしたる準備も心構えも無しに、ある日突然王冠を継いで、ユーディスディランが途方にくれぬようにというありがたい親心から、陰ながら見守り、支援の手を差し伸べながら、王太子を国王代理に立てて政務を取らせているというのが表向きの理由だが、当のユーディスディランは最初から看破している。父王は単に、自分も后も健康なうちに、面倒な国政を息子に押し付けて、楽隠居がしたかっただけなのだと。そうして王太子による施政が民衆に浸透した暁には、速やかに退位を宣言し、王位を譲る心積もりでいるのだということを。


 国内外での争乱が、絶えて久しい文治の国デレスには、優秀な文官が数多く揃っている。手を抜こうと思えば果てしなく抜いてしまえるのだが、勤勉なユーディスディランは暢気な父王の代理として、休む(いとま)もなくせっせと働いていた。

 午後の謁見を予定通りに終えて、識者や側近の意見に耳を傾けながら、うず高く積まれた書類に決済を下していると、侍従が面会を取り次いできた。


「サリフォール公爵家のご令嬢がお見えです」

「グネギヴィットが?」

 署名を終えたばかりの書類を宰相に手渡しながら、ユーディスディランは侍従に確認を取った。

「はい、どうあっても、今すぐ殿下にお目通りを願いたいとおっしゃられて、先ほどからお待ちでいらっしゃいます」

「先ほどから」

 その言葉の意味を深く噛みしめるように呟いて、ユーディスディランは品良く整えられた黒髪に指先を差し入れた。

「ということは、あの人にしてみれば、相当に長い時間を待たされていることになるわけだ」

 ユーディスディランは、グネギヴィットに応対した担当侍従を呪いたい気分になった。

 彼が彼女と顔を合わすのは、二日ぶりのことである。ごく至近に会ったばかりといってよいが、ユーディスディランにはグネギヴィットに一刻も早く対面したい理由があった。


「畏れながら、殿下」

 それまでの落ち着きが嘘のように、急にそわそわとし始めたうら若い王太子に向け、こほんと咳払いを投げかけて、目付け役の宰相は注意を促した。

「殿下は執務中でいらっしゃいます。グネギヴィット嬢にはひとまずお引取り頂けますよう、わたくしが代わりに取り計らって参りましょう」

 ハイエルラント四世の信篤く、ユーディスディランを名君に育て上げる使命に燃えている老宰相は、ここぞとばかりに渋面をつくりながら申し出た。

 執心している女性に会う為、政務を中断しようとしている王太子も問題だが、私用で王太子を妨げようとするなど、貴婦人としての慎み深さに欠ける。老婆心ながら、浅慮な公爵令嬢に対しても物申してやらねばと気負った宰相であったが、ユーディスディランは断固として首を横に振った。


「いや、今の私にとって、あの人の話以上の重要事項はない」

「ユーディス様」

 嗜める口調の老宰相に、ユーディスディランは真摯な表情で訴えた。

「頼む、大切な返事を保留にされたままなのだ。こんな状態では何も手につかない」

「……左様でございましたか。それはでは致し方ございませんな」

 ユーディスディランの並々ならぬ懇願に、宰相はようやく事情を察した。

 妙齢の美姫であるグネギヴィットに、ユーディスディランが懸想しているというのは有名な艶聞である。勿体をつけて返事は先延ばしにされたようだが、王太子の申し込みを退ける令嬢などいないだろう。何故今この時に返事を? という引っかかりはあるが、慶事の運びとなるのは至極結構なことである。


「ささ、お急ぎを、殿下。ご婦人はあまりお待たせするとへそを曲げまするぞ」

「誰のおかげで手間取っていると思っている」

 老宰相に苦情を述べて、ユーディスディランは苦笑しながら立ち上がった。グネギヴィットの来訪を告げた侍従が素早く先導に立ち、王太子を国王執務室から、私的な来客用の小さな客間へと導いた。

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