魔王はお礼に魔法をかける
久しぶりに書きました。
暇つぶしになりましたら幸いです。
それは、この世界で最も人類が愚かな時代だった。
剣と剣、魔法と魔法がぶつかり合う。大砲の音が重く響き渡る。建物が焼けて崩れる音。そして、人々の叫び声。
戦火の炎はあちこちに飛び移り、燃え広がり、助けを求める声や、嫌な臭いが充満した。それが普通であった時代。
人がいるところには血が流れ、人間同士の醜い争いは広がり続けていた。もはや当人たちですら、争いの元が何であったのかすら知らない者もいたであろう。それは過去を見ても最悪と思える時代であった。
人々の中には、この争いが終わる時とは、人類が滅びる時ではないか。そんなえもいわれぬ不安にかられる者がいながらも、それでも争いは止まない。
争いを好まない、聖女を祀るアラカミア聖国。
武勲を力とする、勇者を輩出したブデイス国。
賢者の統べる魔法都市、クエスティーナ。
この三大勢力が争いに加わり、この世は文字通り、地獄とかした。そしてそれと同時に世界に広がり続けた負の感情は、更なる災いを呼び寄せた。眠りについていた、魔王である。かつて世界を混沌に陥れようとし、そして勇者に封印された古の遺産。勇者の話すら伝説となった今の時代、争いに疲れ果てている今の世界に、もはや魔王をどうこうできる力はない。
魔王復活にすら気付く余裕のない世界で、魔王は目覚めた。そして魔王は、世界を見て破顔した。
怒り、憎しみ、痛み、嫉妬、支配欲、……その他様々な負の感情がざわめく世界は全て、魔王の好む、正に理想の世界であった。そしてその世界を作ったのは、紛れもない、かつて己を封印した勇者が守った、人間たちである。魔王はそのことに、さらに笑みを深めた。
自らの手で再び混沌の世を作り出そうとしたが、もはやその意味はない。魔王は、魔王の望みに応えたものに、褒美をやることにした。つまり、人間にである。魔王は、最も得意とする魔法で、世界を包むほどの巨大な魔法陣を展開させた。そして魔王の指示で、黒い光が地上に降り注ぐ。
その光を見た人間は、ようやっと、魔王の復活に気付いた。しかしそれはもはや手遅れである。その時、すべての人間は、おとぎ話であった魔王の魔法を目の当たりにして、絶望で動きを止めた。
魔王の最も得意とする魔法。それは魔王が、魔の王と呼ばれるゆえんでもあり、かつての勇者も手こずった……呪いである。
呪いは、使いようによっては良いものにも、悪いものにも変わる。
「褒美としては、なかなかのものだろう」
呪いのかかった人間の姿を見、そう満足気にニヤリと笑って言葉を残した魔王は、自分の城に引きこもった。そして人間は声を張り上げた。
「なんじゃこりゃああああああ!!!」
力は使い用である。しかしいくら魔王といえども、人間に対し良いものを送るはずはない。呪いを受けた人間たちは、己の姿に絶望し、そして激怒した。怒れる人間たちのその矛先は、魔王に向いた。自分たちのそれまでの愚行のことは忘れ、敵同士であったもの達と結託し、人間たちは魔王に立ち向かわんと力を合わせた。同族同士の醜い争いを広げた人間世界の地獄はこのようにして終息し、魔王がその事に「単純なものだな」と呟いたのは、また別の話である。
こうして魔王は、図らずとも滅びゆく人間世界を救った『勇者』となったが、それは魔王にはどうでもいいことである。魔王はただ自分の思うように生きているだけであり、角度を変えれば『魔王』らしく、人類を滅ぼしてもいたのだ。
それからというもの、魔王城の前には連日、魔王を討ち滅ぼさんとする者達で溢れ返っていた。しかし魔王もその部下もじゃれる程度にしか相手をせず、彼らの怒りも増すばかりであり、その負の感情は魔王の望む世界にどんどん取り込まれていった。
立ち向かっても相手をされず、逆に魔王に好物をやっているような状態で。しかし立ち向かわねば魔王の呪いはいつまでも解けない。そんなジレンマを抱えている『仔犬』達は魔王の城の前で、今日もキャンキャンと吠えていた。
「どんな時にもうるさい連中だ。……仔猫の方がよかったか」
「そういう問題ではないと思います」
玉座で呟く魔王に、側近の一人が突っ込んだ。しかし魔王は聞いてはいない。「だがしかし、私は犬派だ」と、窓から覗く景色にある小動物を見て、頬を緩ませているだけである。
……ともかくとして、戦争を止めた『勇者』であり、人類の全てに仔犬になる呪いをかけた『魔王』である彼の物語は、暫く語られる事になる。
無論、誰も彼が勇者(救世主)とは認めなかったが。
ありがとうございました。