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 コンビニで買ったおにぎりとペットボトルを持って、あの公園へ行った。

 ブランコに座りそれを食べながら、ふと自分はこんなところで、何をしているんだろうと考える。

 一年前、サッカークラブの仲間たちから嫌われていたなんて、まだ気づいてなくて。お父さんもお母さんも僕の隣で笑っていて。あの頃は、一年後にこんな知らない街へ来て、夜中に公園のブランコでコンビニのおにぎりを食べているなんて、想像もしなかった。

 おにぎりを頬張りながら、涙をこらえる。

 伯父さんと伯母さんに頭を下げて、病院にいるお母さんにも「ごめんなさい」と謝って、比呂くんや美緒ちゃんから嫌われないように上手く過ごせば、こんな想いはしなくて済むのだろうか。

 ――頼むから伯父さんたちの言うことをきいて。

 僕は大人たちに反抗しているだけの、ただのわがままな子どもなんだろうか。


 食べ終わったビニールをぐしゃりと丸めて、コンビニのレジ袋へ突っ込む。

 今、何時ごろなんだろう。こんな時間になっても家へ帰らない僕のことを、伯母さんはもう見捨てているのかもしれない。

 蒸し暑い夜だった。耳を澄ますと波の音が聞こえてくるような気がした。

 海は近くて遠い。この場所に座っているだけでは見えないから。一歩を踏み出して、あの滑り台の上まで上らないと、海は見えない。

 座ったままふうっと小さく息を吐いた。体が重くて、今の僕はそんな一歩さえ踏み出せない。

 ――こっちおいで。

 つぐみがここにいれば……。

 ――あんたの知らないこと、教えてあげる。

 つぐみに会いたい。

 顔を上げてアパートを見た。だけど二階のつぐみの部屋に電気はついていない。

 どこかへ出かけているのだろうか。それとももう眠ってしまった?

 ――いいよ。私も行く。

 そう言っていたのに……つぐみは今夜、ここへ来てはくれないのだろうか。


 キイッとブランコを揺らして立ち上がった。

 つぐみが来ないのなら、ここにいても仕方がない。

 もう帰ろうか……そう思った時、僕は気づいた。

「あ……」

 公園の隅の花壇の中。雑草にまぎれて一輪の花が咲いている。

「朝顔!」

 僕は駆け寄って、薄暗い外灯の灯りの下で確かめた。

 その花は確かに、一年生の教室の前で毎朝見ている、あの朝顔の花だった。

「どうして? こんな時間に?」

 暗闇の中、たった一輪の花は誰にも知られることもなく、だけど逞しくそこに咲いている。

 ――あんたの思ってる当たり前が、当たり前じゃないことだってあるんだよ。

 うん、そうだね。つぐみの言った通りだ。

 この世の中には、僕の知らないことがまだまだたくさんあふれている。

「つぐみに知らせなきゃ」

 つぐみに今の気持ちを伝えたい。ひっそりと咲くこの花を、つぐみと一緒に見たい。

 会えるかわからないけど、行くだけ行ってみよう。

 そう思ったら、今までのだるさが嘘のように、僕の体は軽くなった。

 薄暗い公園を飛び出して、目の前に見えるアパートの階段を、僕は勢いよく駆け上がった。


「こんばんは」

 つぐみの部屋の前に立ち、控えめに声をかける。こんな時間に人の家に行くなんて、もちろん初めてだ。

 非常識だとはわかっていたけれど、こんな時間にうろうろしている小学生なんて、もうすでに非常識だと思う。

「西村? いる?」

 小声で声をかけ返事を待つ。だけど声は返って来ない。

 やっぱり留守なのか、それとも眠っているのか。

 そんなことを思いながら、何気なくドアノブを回したら、ドアはすんなりと開いた。

 お母さんいないはずなのに……鍵、開けっ放し?

 そっと部屋の中をのぞきこみ、僕はもう一度声をかける。

「西村。上原だけど……」

 中は薄暗かった。ドアを開けてすぐに台所があって、その向こうにある和室が、うっすらと外の灯りに照らされている。

 息を止めるようにして耳を澄ましたら、奥の方で小さな物音が響いた。

「西村、いるんだろ?」

 どうしてだか嫌な予感がした。つぐみは絶対中にいる。

「入るよ!」

 返事も聞かず、靴を脱ぎ捨てた。何かに引き寄せられるように、僕は部屋の中へ入り込む。

 ガタンっともう一度音がした。台所を抜けて、その物音が聞こえる和室へ足を踏み入れる。

「西村?」

 暗闇の中で目を凝らす。一番奥の壁際に追いつめられるようにして、毛布をまとったつぐみが、体を丸めて座り込んでいた。

「どう……したの?」

 自分の声が震えた。顔だけ出したつぐみが、こちらをじっと見つめている。

「西村……」

「こっちに来ないで」

 一歩踏み出した足を止める。つぐみは毛布を引き上げ顔を隠す。

「何でもないから。大丈夫だから。だから……帰って」

「でも……」

「大丈夫だってば!」

 怒鳴るようにそう言ったつぐみの声が震えていた。全然大丈夫なんかじゃない。

 僕はつぐみの言うことをきかずに、もう一歩足を動かした。一歩、もう一歩、つぐみに近づく。

 毛布をかぶったつぐみの体が、暗闇の中で震えている。

 そっと手を伸ばし、僕はつぐみの顔を覆った毛布をつかんだ。

 生地がするりと顔から肩をすべり、僕の前で白い肌がむき出しになる。

「なんで……」

 つぐみは服を着ていなかった。素肌の上に、毛布を一枚かぶっているだけだ。

 毛布をつかんで、呆然としている僕の手を振り払い、つぐみは頭からそれをかぶって言った。

「帰って。帰らないと怒るよ」

 僕は後ずさりするように、黙ってつぐみから離れる。

「誰にも言わないよね? 私、瑞希のこと信じてる」


 突然玄関から物音が響いた。驚いて顔を向けると、知らない男の人がそこに立っていた。

「お前誰だ? ここで何してる?」

 暗闇の中で聞く低い声は、ただただ恐ろしくて、僕は声も出せずにいた。

「ここで何してる!」

 男が急に怒鳴って、手に持っていたレジ袋を投げ捨てた。何本かの缶ビールが、大きな音を立てて床に転がる。

 僕の体が凍りつくように固まった。

「瑞希! 帰って!」

 つぐみの声が耳に届く。

「早く帰って!」

 僕は目の前の男をすり抜けて、部屋の外へ飛び出した。


 転がるように、アパートの階段を駆け下りた。

 道路へ出て、息を切らしながら振り返る。けれど僕を追いかけてくる人の気配はない。

 僕はアパートを見上げたまま、じりじりとその場から離れ、公園の中へ入った。

「なんで……」

 ただわけがわからなくて、心臓が飛び出るほど怖くて、でもつぐみのことが心配で。

 僕は力が抜けたように、地面の上に座り込んだ。

 ――何でもないから。大丈夫だから。

 何でもないわけない。大丈夫なわけない。

 ――誰にも言わないよね? 私、瑞希のこと信じてる。

 頭をよぎるつぐみの言葉。逃げることしかできなかった僕。

 座り込んだままの僕の目に、さっき見つけた朝顔が映る。つぐみと二人で見たかった、真夜中の朝顔。

 だけど暗闇の中に咲くその花は、僕の涙ですぐにぼやけていった。

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