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山の上の城  作者: 細雪
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優しい腕

 おまえさえいなければ。

 おまえが悪い。

 おまえがいるとみんな不幸になる。

 おまえを見ていると苛々する。

 おまえを殺してやろうか。

 おまえは目障りだ。


「やめてっ!」

 叔父の影を振り払うようにアリーチェは叫んだ。

 叔父は目の前でにやにや笑いながら赤い石のついたペンダントをぶらさげている。

「やめて叔父さん!私何でもするから。何でも言うこと聞くから。だから捨てないで!そのペンダントは母さんの形見なの!!」

 その隣で、従妹のジェインが首のとれたテディベアを持って笑っている。


 ごめんね、アリーチェ。かわいいなって思って触ったら壊れちゃった。


「返して!それは昔父さんが買ってくれた大事なものなの!」


 どうしてこんなひどいことするの。

 私は何もしてないのに。

 どうしてそんな目で私を見るの。

 やめて。

 助けて。

 父さん、母さんーー……。

 私の味方はもう誰もーー……。


 ふわりと何か温かいものに包まれた。優しくて力強い。

 まるで、父さんの腕みたいな。


「アリーチェ」


 低い声で名前を呼ばれる。温もりに頬をすり寄せると、もう一度呼ばれた。

  とくん、とくん、と心臓の音が聞こえる。身体が一瞬じんわりと熱くなって、すぐにもとに戻った。それと同時に、ふっと頭のなかで靄が晴れた気がした。


「戻ってきたか、バカ娘」

 耳元での低い声に、アリーチェは我に返って顔をあげた。

「アルト……?え!?アルト!?」

 なぜかアリーチェはアルトの黒いシャツにしがみつき、彼の腕が背中にまわされている。

「えっと、ごめん、状況が理解できないんだけど……」

「だろうな」

そう言ってアルトが親指でアリーチェの頬を拭う。

 自分が泣いていたと気づき、慌てて自分で顔を拭おうとしたがアルトの手に阻まれた。

「ね、アルト……」

「何だよ」

「何があったか教えてくれない?お屋敷に行ったところまでは覚えてるんだけど」

 アルトは一瞬視線を泳がせた。

「……バカ息子がバカ娘に例の薬を飲ませただけだ」

「バカって、私?私、惚れ薬飲まされたの?」

「ああ」

 アリーチェは慌てて再びアルトの服を掴んだ。

「ちょっと待って。それで私、どうなってたの?惚れ薬、効いてたの?」

「惚れ薬というか……意志を弱くして催眠状態にする効果があったみたいだ」

「それで……何で泣いてたんだろ」

 それにアルトは答えなかった。ただアリーチェの後頭部を引き寄せて再び腕の中に閉じ込めた。

 心臓がどきんと飛び跳ねる。

「あの……」

 アルトが何も言ってくれないので、アリーチェは仕方なく口を開いた。

「アルトが薬の効果を解いてくれたんだよね?ありがと」

「……おまえが素直だと気持ちが悪い」

 耳元でつれない返事をされ、アリーチェは思わず顔をあげて彼を睨んだ。

「感謝して損した。……だいたい、あなたがおかしな薬作るからこんなことになるんじゃない」

「……それについては反省の余地がある」

 意外と簡単にアルトは非を認めた。その間もアリーチェの身体をはなさない。

 アルトの心臓の音が聞こえる。それを聞いていると、先ほどこの音を聞いて落ち着いたことを思い出した。

 暗い記憶に飲み込まれそうになった時に。

 昔、叔父の家族と暮らしていた時の嫌な記憶。


 思わずアルトの胸に顔を埋め、苦い記憶をやり過ごそうとする。

「どうした?」

「何でもない」

 そう答えると、呆れたようなため息が降ってきた。

「おまえはどうして変なところだけ遠慮するかな」

 え、と顔をあげようとした時には、ふわりと身体が浮いていた。そのことを認識した次の瞬間には、ベッドの上に転がされている。慌てて起き上がろうとしたアリーチェを、アルトが隣から抱き寄せた。

「ちょ、ちょっとアルト!?何これ……」

「おまえの術を解くのに疲れた」

 ため息をつかれ、慌てて彼の顔を見上げる。近い。

「ま、魔力足りないの?要る?」

「おまえなあ……」

 アルトが不機嫌な声を出した。

 彼はしばらく黙ってアリーチェの髪をすいていたがーーそれはそれで落ち着かないのだがーーふと呟くように言った。

「…………悪かったな。俺の薬のせいで嫌な記憶掘り起こして」

 この人は心が読めるのかと、アリーチェはアルトの顔を見上げる。彼はアリーチェを見ようとしないまま、アリーチェの髪をすいていた。

 自分の心を読まれたことと、彼が謝ったことの両方に驚く。

 彼は思ったより優しい人なのだろう。口も態度も悪いけれど、思い返せば彼はいつもアリーチェを助けてくれていた。

「アルトは父さんみたいね」

 そう言って彼の胸元に頬をすり寄せると、彼は髪をすく手を止めた。

「父さん、ね」

「……年齢的にはおじいちゃんかしら……でも、私おじいちゃんのこと覚えてないから…………」

 温かい体温に包まれて、どんどん瞼が重くなってくる。

 最後、意識が飛ぶ直前に「このクソガキ」というアルトの悪態が聞こえた気がした。




翌朝起きると、まだ朝も早い時間だったのにアルトはいなかった。何かの呪縛かと思うほどぐるぐる巻きになった毛布から抜け出して、彼の部屋を出て身支度にかかる。

 ふとよぎるのは、昨日のできごとだ。不安でいっぱいだったアリーチェを抱き締めてくれた、アルトのこと。


 考えない考えない!


 アリーチェは慌ててぴしゃりと頬を叩いた。考えたら、蓋が開いてしまうーー……。


「百面相してるねぇ、アリーチェ。それって新しい美容体操か何か?」

 突然声と共にふわりとフーバーが現れた。

「び……っくりした!もっと派手に出てきてよ、フーバー」

「派手に……?バーン!って効果音でもつける?」

「そうね。検討しておいて」

 フーバーは笑って、アリーチェの前へ移動した。

「ところで、アルトが朝早くから動き回っていることと君がアルトの部屋から出てきたことの理由を聞きたいんだけど」

「…………アルト、怒ってる?」

「いいや、平常通り不機嫌なだけだよ。何かあったの?」

「……特に。ちょっとパニックになって、彼に宥めて貰っただけ。本当にそれだけ」

 フーバーは大げさに肩をすくめてみせた。

「アルトが人を宥めるって時点で奇跡だよ。大事にされてるんじゃない?」

「娘か孫か、もしかしたらペットみたいな感覚なのかもね」

 そう言うと、フーバーはぽかんとした。

「何でそうなるの?それ、アルトに言った?」

「うん。言った気がする」

 なるほどこれか、とフーバーが呟いた。アルトが朝から起き出して妙に不機嫌な顔で動き回っている理由に当たりをつけたのだが、アリーチェにはわからない。

「アルトは君のこと、結構気に入ってると思うよ」

「……そうかなあ」

「パニックになった君を宥めたり、村に迎えに行ったり、それに魔力足りない時君から貰ったんでしょ?君よりは遥かに魔力を持っているローマンがいるのにさ」

「それは……気分の問題じゃない?一応私、異性だし。ローマンとキス、するよりは……ねえ?」

「何するって?」

 聞き返してきたフーバーに内心少しだけ苛つく。

「キスよ。魔力を渡す時に」

 フーバーは目を丸くした。知らなかったのだろうか。

「ふうん……そっか。そういうことね。わかった」

 何かに納得したらしく、フーバーは頷いてふわりと浮き上がった。

「僕はアルトが君を気に入ってると思うけどね。じゃあまた、アリーチェ」

 そう言ってフーバーは消えてしまった。


 食堂におりると、ローマンはいなかった。パンを焼いてオムレツと一緒に食べ、洗濯物を片付けようと立ち上がる。

 風呂場に置いてある洗い籠を持って中庭へ行き、井戸から水を汲む。少し前までは自分以外の下着を洗うことに抵抗があり、アルトやローマンも同じように抵抗があったのか彼らの下着を洗うことはなかったのだが、最近は普通に洗っている。中身がなければ何の変哲もないただの布だ。

 三人分の服と下着、風呂用のタオル、ディアゴの世話に使う布、それらをぐいぐい洗っていると、何だか焦げ臭いことに気づいた。

 何だろう、と顔をあげると、厨房の窓から煙が出ている。


 火事だ。


 アリーチェは洗濯物を放り出して駆け出した。ローマンは厨房にいるのだろうか。

「ローマン!」

 中に飛び込むと、びしょ濡れになったローマンがこちらを振り返った。

「あ、アリーチェ様。お騒がせしてしまいましたか」

「煙が出てたから……大丈夫?何か燃えたの?」

「ええ、薪が少し。火は消していたはずなんですけど……」

 そう言ったローマンがふらりとして手をついた。

「大丈夫?」

「ええ。魔術で消火したので、ちょっと……」

 ローマンが答えた時、アルトが顔を覗かせた。

「何の騒ぎだ?」

「あ、アルト様。何でもないんです。ちょっと小火で。でももう消しましたから」

「小火?」

 アルトが眉をひそめ、アリーチェとローマンの傍までやって来た。ローマンの顔色を見て、ますます眉を寄せる。

「魔力の消費が激しいな」

「大丈夫です。ちょっと休めば治りますから」

「いい。ちょっと分けてやる」

「え!?」

 動揺したのはアリーチェだった。ローマンとアルトが不思議そうにアリーチェを見る。

「何だ」

「何っていうか……いえ、どうぞ進めて下さい」

 アリーチェはくるりと二人に背を向けた。はあ、と曖昧な返事があって沈黙になる。

 後ろで起こっていることは想像したくなかった。しかし気になってしまうのが人の性である。

 ちらり、と恐る恐る横目で見るとーー……。

「え!?」

「何だ。いちいちうるさい」

 ローマンの肩に手を載せたアルトがしかめ面になる。

「……何してるの?」

「アルト様に魔力を分けて頂いているのですよ」

 けろりとローマンが答える。

「…………手、載せてるだけ……?」

 ふわりといきなりフーバーが現れた。彼はアリーチェの耳元に顔を寄せて囁く。

「通常は相手の身体に触れれば魔力の供給は可能だよ。アルトに聞いてごらん」

「ウソでしょ!」

 アリーチェの叫びにアルトがまた眉をひそめた。うるさいと言いたいらしいが、こっちもそれどころではない。

 フーバーは楽しそうににやにやしながらアリーチェを見ている。こんなことなら、彼にキスの話はしなかったのに。

 そのフーバーが、ふわふわとアルトの傍へ寄っていった。

「アルト、魔力の受け渡しに関して誤解があるみたいだよ」

「は?」

 ちょうど供給が終わったのか、アルトが手を引っ込めた。

「何の話だ?」

「だからぁ、アルトがスケベ心なんか出すから……」

「わー!フーバー黙って!」

 思わず彼に突進し、しかし実体のない彼に触れることはできず勢い余って転びかける。それをアルトの腕が受け止め、ますます頭が沸騰した。

「おまえ、バカすぎるだろ」

 見下した口調とは裏腹に、アルトの腕は優しくアリーチェを支えてくれているーーような気がする。


 これ以上はダメ。アルトのこと好きになっちゃうーー……。


「……バカでいいからはなしてください」

 そう言うと、彼は素直に解放してくれた。アリーチェはそのまま、なるべく彼の顔を見ないようにしてその場から逃げ出した。

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