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山の上の城  作者: 細雪
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魔力の供給

 目を開けると、知らない部屋だった。殺風景だが、壁に並ぶ本棚を見てふとアルトの部屋だと気づく。さらに、彼の腕がまだ自分を抱き寄せているのに気づき、アリーチェは慌ててそこから抜け出そうとした。

「あ、ありがとう、あの、すぐにごはん……その前に着替えた方が……」

 アリーチェが言い終わる前に、アルトの身体が傾いだ。そして今度は立て直す間もなくそのまま倒れそうになる。慌てて支え、すぐ後ろにあったベッドに誘導すると彼はそのまま倒れこんだ。

「アルト!どうしたの?大丈夫?何事?」

「……ちょっと黙れ」

 アルトが呻く。身体がだいぶ熱くなっていた。

「冷えて風邪をひいたのかしら……」

「……すぐ治る。ほっとけ」

 そういうわけにはいかない。アリーチェはクローゼットを開けて着替えを探した。タオルと一緒にそれを差し出し、「着替えられる?」と聞く。

 アルトは緩慢な動きでシャツを脱いだ。ほどよく筋肉のついた肩があらわになり、アリーチェは慌てて目を逸らす。

「何か食べられるもの用意するわ」

 そう言って返事を待たずに部屋を出て、厨房へ駆けおりる。

 ある材料で手早くスープを作って部屋に戻ると、アルトは着替えたものを散らかしたままベッドに転がっていた。

「アルト……食べられる?」

「……ああ」

 怠そうに起き上がったアルトのために枕で背もたれを作ってやる。彼の膝にスープの器を置くと、彼はゆっくりとスプーンを握った。

 食欲はあるらしく、アルトはぺろりとスープをたいらげた。そのままずるずるとベッドに沈みこんだ彼の身体に毛布をかけ、食器をサイドテーブルに置く。

 熱があることを思い出して、濡れタオルを用意しに行き戻ってみると、暑いのか毛布から右腕が飛び出していた。


 タオルを額に載せてからその腕を戻そうとした時だった。寝返りをうったアルトが左手でアリーチェの手を掴んだ。何、と思った時にはその手に頬をすり寄せられる。


 何これ!?


 頭の中が沸騰し、顔が熱くなる。耳の奥でドクドクと血液が波打つ。


 アルトはアリーチェの手を握り頬を寄せたまま、熟睡しているようだった。


 思いの外寝顔がかわいい。彫りが深くて睫毛も長くて羨ましい。せっかくかわいい寝顔なんだから、寝てる時ぐらい眉間にしわ寄せなくたっていいのに。


 アルトに手を握られたまま、その場にずるずると座り込む。手を引き抜こうと思うのに、体温が心地よくてなかなか実行できない。空いた手でこっそりアルトの眉間のしわを伸ばして、アリーチェはさっきよりかわいらしくなったアルトの寝顔を見つめていた。




 「アルト様、大丈夫ですか?」

「ああ。寝たらだいぶ戻った。それよりこれは何だ」

「アルト様が心配だったんですよ」

「……びしょ濡れのままこんなところで寝てるなんて、バカだろこいつ」

 ふわふわとした意識の中に聞き覚えのある声が入ってきて、アリーチェは重たい瞼を持ち上げた。途端に真っ黒な双眸とぶつかり、「わっ!」と叫んで飛び起きる。

「おはようございます、アリーチェ様」

「あ、ローマン、お帰りなさい。えっと……アルト様が熱をだして……あ、熱は?」

 大混乱のアリーチェを、ローマンは面白そうに、アルトは呆れたように見ている。

「……熱は下がった」

「うそ!もう?」

「魔術を使いすぎて魔力がなくなっただけだから」

「あ、そうだったの……」

 少し落ち着いたアリーチェをアルトが引っ張った。あれ、と思ってみるとーー……。


 何で手繋いでるの!?何で指まで絡んでるの!?


 記憶ではアルトに一方的に握られていた手が、思いきり繋がっている。指まで絡めて。

「これはそのえっと」

  言い訳をしようとしたアリーチェの額にアルトの手が載った。そこから身体がじんり温かくなり、何かと思っていると濡れていた服がどんどん乾いていくことに気づく。

 アルトが魔術で乾かしてくれているとわかって、次の瞬間はっとした。

「魔術使っちゃダメだよ!また魔力なくなって倒れ」

「うるさい黙れ燃やすぞ」

 凄まれてアリーチェは口を閉じた。

 服が乾くと、繋いでいた手がはなされる。ほっとしたが、少しだけ寂しくもあった。


 ローマンと夕食を食べたあと、アリーチェはもう一度アルトの様子を見に行った。彼はベッドの中で大人しく寝ていたが、アリーチェの気配に気づいて起き上がる。勘の良さに驚きつつ、「具合はどう?」と聞いてみる。

「ああ……」

 彼の返事は曖昧で、アリーチェは首を傾げながらベッドに近づいた。躊躇いながら手を伸ばし、彼の額に触れる。

「あれ、熱あがってるじゃない」

「…………かもな」

「さっき服乾かしてくれたから?」

「あれぐらい平気だ」

 アルトはそう言ったが、そもそもはアリーチェが村へ行くと言い出したのが発端だ。勝手に出ていったのに、アルトはアリーチェを二度も助けてくれて村まで救ってくれた。魔力が枯渇するほど魔術を使って。

「……ごめんなさい、アルト」

「急に殊勝になるな。気色悪い」

「だって私が勝手に動いたのにアルト助けてくれて……それなのに叔父さんはひどいこと言うし……アルト、熱出しちゃうし……」

 もごもご言うアリーチェを、アルトはまた呆れたように見ていた。

「アルトが元気になるまで、私がちゃんと看病するから」

「それはいい。面倒臭い」

 必死の申し出は、ばっさりと断られた。あまりにあっさりなので、アリーチェは思わずぽかんとする。

「面倒臭いって……私は責任を感じて……」

「そんなもん感じるな。面倒臭い」

「面倒臭い面倒臭いって、私だって好きで看病するとか言ってるんじゃないのよ」

「じゃあするな。お互いのためだろ」

「でもそれじゃ私の気がおさまらないの。要は自己満足よ。悪い?」

「開き直るな、バカ」

「頑固頭にバカなんて言われたくないわ」

「蛙娘の分際で俺に逆らうな」

「あのね、私は蛙に降られた娘であなたは蛙を降らせた男よ。この場合、あなたが蛙男って呼ばれるべきじゃない?」

「なるほど。ならばおまえを蛙に変えて名実ともに蛙娘にしてやる。ちょっと待ってろ」

「え」

 詠唱を始めるアルトにアリーチェは慌てた。

 この男はやる。アリーチェを蛙にすると言ったら本当にする。

 しかし負けるのは嫌だった。

「……いいわ。蛙になったらずっとあなたにくっついてゲコゲコ鳴いてやるから。夜寝てる時はぬめぬめした足で顔中踏んであげる。城の池から仲間を呼んできて朝から蛙の大合唱だからね!」

 捨て台詞を吐いて目をつぶる。


 しかし何も起こらない。


 そっと目を開けると、詠唱をやめたアルトがーー笑っていた。

「おまえ、やっぱりバカだな」

 低く笑いながらアルトが言った。

「今は魔力が足りないからやめておく。朝から蛙の大合唱は聞きたくねえし」

「そう。残念だなあ」

 心の中で良かった、と叫んでいるのを必死で隠す。

「しかし魔力が足りないのは不便だ。かといっておまえに看病されるのも不愉快。というわけで、早々に力を回復させる」

 アルトがベッドからおりて、アリーチェは思わず後ずさった。

 危険な匂いがする。それこそ最初の想定どおり、生け贄にされるような。

「私寝るね!おやすみなさい」

 くるりと身を翻して出口に向かい、扉に手をかけて開けるーーが、次の瞬間後ろから伸びてきた腕がそれを閉めた。おそるおそる振り返ろうとすると、だんっと剣呑な音がして行く手を阻むようにアルトの腕が壁につかれている。

「わ、私を食べる気!?」

「ちょっと魔力を貰うだけだ。黙ってろ」

 怖い顔で言われて、思わず息を詰める。アルトの手が首に触れた。


 首に噛みつく気!?それって吸血鬼……!


 思考はそこで寸断された。アルトの整った顔が目の前に迫り、詰めていた息を吐くこともできない。

 鼻先が少しだけ触れる。かと思えば唇が重ねられた。

 突然すぎてアリーチェは完全に固まった。アルトもそっと唇を重ねているだけで、そのまま動かない。


 苦しい。そう思った時、アルトが本の少しはなれた。

「窒息する気か」

 呆れたように言われてはっとする。詰めていた息をそっと吐くと、アルトは再び口付けた。今度はアリーチェの唇の柔らかさを確かめているみたいだった。

 そんな彼の唇こそ柔らかくて気持ちいい。

 その柔らかい唇の動きが激しくなって、舌が差し入れられた。アルトが逃げそうになったアリーチェを壁に押し付ける。


 がくんと膝から力が抜けて、アルトの腕が腰を支えてくれた。

「アル……ト」

 ふっと笑みを浮かべ、腰を引き寄せたアルトが空いた手をアリーチェの顎に添える。再び寄せられた唇を慌てて掌で阻むと、アルトの眉間に深いしわが寄った。

「何だ」

「何っていうか、待って」

「何で」

 アルトがアリーチェの手をどかそうと掴んでくる。

「それ、私の台詞。何で急に……?」

「……魔力の補給だと言っただろ」

「ま、魔力ってこうやって補給するの……?」

「ああ」

 あっさりと答えられて、思わず固まったアリーチェの手をアルトがどけてしまう。

「…………おまえがやめろって言うなら……」

 アリーチェの顎に手をかけたままでアルトが囁いた。逃げ出すチャンスをくれるらしい。しかし実際に逃げられるとなると、それを実行するつもりが自分にないことに気づいてしまった。

「……やめたら……魔力、足りないんでしょ?だったら……」

 アリーチェの声も小さくなる。

 僅かに目を細めたアルトが、顎にかけた手の指でアリーチェの唇をなぞった。


 二人の間の隙間がなくなる。頬に添えられた手が熱い。その手がするりと髪に差し入れられ、ゆっくりとすかれる。それが気持ちよくて、うっとりと彼に身体を預けてしまった。


 魔力はどれぐらいで補給されるのだろうとか、アルトはよくこんなことをしているのだろうかとか、最初はいろいろ考えていたのにどんどん意識が真っ白になっていく。アルトが魔力と一緒に思考まで奪っているみたいだ。

 アルトにはなれて欲しくなくなって、思わず彼の背中に腕をまわす。すると、彼が微かに低く呻いた。はっとして身を引きかけると、させるまいと腰を引き寄せられる。


 もう何も考えられない。

 身体がじんじんして胸が締め付けられる。

 これは魔力を吸いとられているから?それともーー……。


「ごちそうさま」

 そう言ってアルトがはなれた。足に力が入らないアリーチェは、思わず彼の腕に掴まってしまう。

「ま、魔力、戻った?」

「ああ。明日の朝には完全に回復する」

 アルトは満足そうにーーなぜか少し意地悪げな笑みを浮かべていた。

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