2-2 雷刃の道化(LU3004年164の日)
―1―
総人口数3億とも言われる広大な帝都では警察である帝国騎士団の手が回らず治安が良いとは言えない地区がある。
それが最下層5区と呼ばれる30区から35区であり、そこはなんらかの借金を肩に住居から追い出された浮浪者、違法製品を売買する密輸業者、人身売買を行う奴隷商、犯罪を起こし逃げてきた逃走者、そういったものが集まる無法地帯であった。
騎士団以降、末期と言われていた治安がある程度回復した帝都だったが、未だこの5区は手が付けられていない。
正確には付けられないのだ。
上層区に存在する一部の貴族達からすれば、こういった無法地帯は自分たちが行った違法行為を隠すのに最適な場所になる。
その為、この地区に手を付けようと過去に何度か騎士団が行動を起こそうとした事があるが、一部の貴族たちの強い反対によって行動を起こせずに終わっている。
アークライが足を踏み入れた帝都下層区33区もそういった地下最下層区の1つである。
東部にある廃墟街の街路地の奥に下層区に見合わないような大きな屋敷がある。
アークライが用事があるのはこの屋敷にいる人物だった。
扉の前には大きな男が2人立っている。
男二人は杖で武装しており、この屋敷の門を守る門番だ。
門番達はアークライに気づき、少し驚いたような声で・・・。
「これはこれはアークライ様。珍しいですね、ここにいらっしゃるとは・・・。頭は最近あなたが訪ねて来ないので、寂しがっていましたよ。」
アークライはその物言いにあいつが寂しがる玉かよと思いながら苦笑する。
「まあな、色々背に腹が変えられない事態になってきてな・・・あんまり気が進まなかったがあいつに頼る以外なくなってきた。」
「なるほど、それは例の同居人に関係ある件ですかな?」
アークライは少し目を細める。
その後、ため息を吐いて
「お前らさ、俺を見張ってたりするのか?」
「いえいえ、いくら頭の親友とはいえ、そこまでは我々もしませんよ。ただ、頭は六家の動向は常に追わせていますしね。この間のミラーバスの一件、あなたが関わっているのも存じております。」
「あれ、騎士団が解決したというだけになってる筈なんだけどなぁ・・・。」
アークライは呆れたように笑う。
「まあ、そろそろ外も寒くなって来ましたし、どうぞ・・・頭もあなたならば喜んでお会いするでしょう。」
「俺は全然、嬉しくないけどな。」
そういうアークライに対して門番達は共に苦笑して「でしょうね。」と言って、門を開いた。
―2―
門をくぐると中の広がるのは下層区に似合わない広間だ。
そこには数人の組織員達がいて、訪問者であるアークライに視線を向ける。
アークライはそれを無視して、屋敷の中央にある階段を登って、その先にある扉の前に立つ。
扉の横の机に座っている女が少し驚いたような顔をして
「あら、『四属使い』、珍しいじゃないか、こんな所に来るなんて・・・。」
と眼鏡を弄りながら言う。
「まあな、ウォルフに取り次いで欲しいんだが、どれだけ時間がかかる?」
アポ無しで来た手前、今、ウォルフが執務中ならば、その仕事が終わるまで待たなければならない。
「んー、若頭は今、お仕事の最中です。仕事がおわるまで誰も通すなと厳格に言われています。」
その応答にアークライは頭を掻きながら。
「そのお仕事っていうのは今、俺が想像通りしている通りの代物か?」
「解答を拒否させてもらいます。」
眼鏡の女の応答にアークライは頭痛を覚えながら、
「入っていいか?」
「さあ、勝手にすればいいんじゃないか?」
そう投げやりにいう眼鏡の女。
「一応、誰も入れるなって言われたんだろう?いいのかよ。」
「正直、私達じゃあの馬鹿の暴走止めれなくなってきててなぁ・・・そろそろ誰かにお灸をすえて貰って欲しいとは思っていたんだ。」
「それ、俺に人身御供になれって言ってるようなものだって自覚あるか?リーズ。」
眼鏡の女、リーズ・メイグはくすりと笑う。
「勿論、そういう意味では我々はあんたを信頼しているよ、『四属使い』。」
「その呼び名はやめてくれ、正直いい迷惑だ。」
「いいじゃないか、二つ名というのは泊だ。レッテルを付けられるというのは何も悪い事ばかりではない。」
アークライはため息を吐き、目の前にある扉に手をかける。
「んじゃ、勝手に入るぞ。」
「おう、行ってこい。間違っても殺すなよ、ああ見えて我々の頭だ。」
そういうリーズに対してアークライは後ろ手で手を振って
「保証はしてやらねーよ。」
といって、扉を開けた。
扉の先には渡り廊下があり、その先にもう一つ扉がある。
アークライはそれを扉を開く。
扉の先から澄んだ声が聞こえる。優しく諭すように、誰かに語りかけているようだ。
「いいかい、古文書によるとこの世界は龍と呼ばれる神達によって作られた世界らしい。今も龍達は世界を作り、世界に情報を与え、世界を修正し、世界に生命を巡らせ、世界を運営している。だからかの『D』ではそういった自然の全てを育んだ事を感謝せよという教えがあるそうだ。けれどね、僕はちょっと違うものに感謝したい。」
アークライの視線の先。
一人では座るにはあまりに横幅が広い椅子に三人の人間が腰掛けている。
左右にいるのは女だ。
露出度の高い服を着ており、中央にいるボタンを外したシャツ姿の金髪の男に寄り添うようにしている。
中央にいる茶髪の男はその両指にはめられたいくつもの指輪をぶつけて鳴らしながら、その両腕を女たちを抱くようにかけ、二人の瞳を見て喋る。
「宝石というものがどうやって出来るか知っているかい?大地にある元素達が、少しづつ少しづつ結晶化していくんだ。そうして何十年何百年とかけて出来上がっていく。これは奇跡だと思わないかい?僕達の魔法で固めてもそんな綺麗なものにはならない。自然が時間をかけて作るんだ。ある人に言わせれば、これより素晴らしい美は無いのだそうだ…けれど僕は素晴らしい宝石を目の当たりにしている。ふふ、もし龍というものがいるとするならば、僕は君たちという宝石を作り上げてくれた事に何よりも感謝したい。だから僕にとっての仕事というのは君たちのような宝石を愛でる事なのさ・・・。」
そう言って隣の女の髪をかぐようにした後、アークライの方を見て
「さて、僕のお楽しみを邪魔しに来たら哀れな道化は誰だい?」
金髪の男、ウォルフ・サンダーエッジはそう言った。
-3―
ウォルフは視線の先にいる人間を凝視する。
その後、少し驚いたように目を開けて嬉しそうに視線の先にいるアークライに声をかけた。
「お、アークライ久しぶり!最近来てくれなくて僕も結構寂しい思いを――――――」
アークライはその問いかけが終わるより先にウォルフの居る所まで歩き、右腕を振り上げて放った。
ウォルフ慌ててそこから飛び出し逃げ出す。
ウォルフの座っていた椅子に穴が空き、椅子に座っていた女達と後ろに倒れる。
アークライは自分の拳がウォルフに当たらなかった事に
「ちっ。」
と心底残念そうに舌を鳴らした。
「ちょちょちょ、タンマタンマ!今、お前右で殴ろうとしただろ!右はねーだろうよ!右はよ!それ十年来の友人にやる事か?そもそも僕がお前に何をした!」
ウォルフは壁際まで逃げてから、そう抗議する。
「まあ、そうだな…なんというか…会う度にお前と交友関係があった事を消してしまいたい衝動に狩られるんだよ。女遊びにふけっているお前を見るたびにだな…こう自然と拳を握ってそれをかましてやりたくなる衝動がな・・・。」
そういうアークライに対してウォルフは少し考えるようにして…
「じゃあ、しょうがないな。」
と手を叩く。
それに対してアークライも笑って、
「おう、しょうがないだろ?だから殴らせろ、一発でいいから。」
「おう、仕方な――――――んな、訳あるかーーーー!!!」
そう叫びながらアークライの右拳を全力で避けるウォルフ。
その光景に女達はひきつった笑顔を浮かべて
「ウォルフ、何かお客様みたいだから部屋に戻るね。生きてたら、またー。」
そう言って部屋から出て行った。
「ちょっと待って!お楽しみはこれからでしょ!宝石たちカムバーック!!!」
失意に膝を付くウォルフ。
そして、恨めしそうにアークライを見て
「酷いじゃないか、アークライ!せっかく僕のお楽しみの時間だったのに!!」
そう抗議するウォルフ。
アークライは呆れたように…
「今度はどこであんなの引っ掛けて来た・・・。」
「引っ掛けたとは人聞き悪い。破産した知人の娘が売りだされそうだったから恩もあったし保護したんだよ。」
「手を出そうとしてたら一緒だろ。」
「そりゃ、あいつらが助けてくれたお礼になんでもしますとか言い出すから…んじゃ、せっかくだし役得な目に会おうかと思って・・・。」
「ああ、死ぬべきだなお前。」
「ちょっと待て、右で殴ろうとするのはやめろって!大体俺もあれ以上先の行為する気はねーよ!ちょっとぐらい女の子と遊んだっていいじゃないか!男の浪漫だろう!ああいうの?」
「ほほぅ、あの訳のわからん言い回しもお前の浪漫か?」
「そうさ、3日寝ずに考えたんだ…中々にイカスだろ?引用元は『D』経典の第三章の---」
そう真顔で言うウォルフ。
「お前の頭が天国過ぎてイカスな。」
「そんな、褒めるなよー。」
「どこをどう取れば、褒めてるように聞こえるんだ・・・。」
アークライは頭痛を覚えながらそう言った。
ウォルフは椅子に穴が空いたのに対して、少し顔をしかめた後、肩で息して、
「それで久しぶりだな、アークライ。今日は一体何のようだ?」
そう言って笑った。
アークライは面倒そうに数分で説明を終える。
「なにそれで、新しい住居を僕に紹介して欲しいと?」
アークライからの用件を聞いたウォルフは穴の空いた椅子に股を開いて座りながら確認する。
「そうだ、残念すぎるがこういう時、頼れそうな伝手がお前しかおらん。だから頼みに来た。」
「まあ、心当たりが無いわけじゃないが・・・お前、そういう事頼もうとしている相手の楽しみを台無しにしたんだぜ、普通、嫌だって言われるのが関の山だとは思わないのか?」
少し呆れたように、もっともな正論を吐くウォルフ。
「仕方ないだろ、考えるより先に手が動いてたんだ。」
「そんな右腕ぶっ壊しちまえ!!!」
怒鳴るような声の後に少しの静寂、そしてお互いに苦笑する。
「懐かしいなこういう感じ、騎士団の時よくやったよ。」
「ここでクレアが『何を遊んでいるんだ?』と真顔で突っ込んできて、スピカが外からその有様を傍観して記録している所までがいつもの流れだったな・・・。」
「まったくだ。懐かしい。」
そうして少し物思いにふけった後、ウォルフは机の上にある紙束を手に持って語りかける。
「さて、アークライ。新しい住居だったな・・・一応、心当たりが無いこともない。」
「そうか・・・。」
「たぶん月額7万ユピでお前が求めてるような住居は提供出来るだろう。」
そういって書類を手渡され、アークライは繭をひそめた。
20区にある木造の小屋だ。少々ボロイが、少し掃除をすれば十分三人で生活出来そうな広さと設備が整っている。
7万ユピという値段は少々高い気もするが災害後という事を考えれば破格の値段だと言ってもいいだろう。
ウォルフは言葉を続ける。
「だが、これを紹介するには条件がある。」
「いつも通りギブアンドテイクか・・・。」
「そういう事だ。」
ウォルフはタダで誰かに施し与えたりする事は無い。
それは例え友人だろうと、親であろうともだ。
アークライがウォルフをあまり頼りたくなかったのは、こちらの頼みの代わりにカレン・ローゼンばりの無理難題をかけられるのでは無いかと考えていたからでもある。
「結構前から頼まれてたんだけども懇意にさせてもらっている商人から、解決して欲しい事案というのを受け取っている。組織としても今まで受けた恩を返してやりたいと思っていたんだけど、災害以降こっちもどこも手一杯でな。ちょっとこの依頼を果たせそうにない・・・。そこでだ―――」
「俺にそれを果たせと?」
面倒だと目を細めて訴えるアークライ。
そんな視線をウォルフは小さく笑って
「そういう事だ。なぁにそんな大変な事じゃない。」
「内容を聞いてからにする。で、何の仕事だ?」
「なに、簡単さ、ストーカーを捕まえて欲しいってだけだよ。」
「ストーカー?俺は一応、交渉屋だぞ?探偵のまね事は・・・。」
「ようはなんでも屋だろ?それに実のところ、そのクライアントがお前の住処の提供者だ。お前が仕事をこなすことで向こう方に条件を呑ますんだ、もし僕を頼りにするなら拒否権は無いと思うな。」
「----む。」
顔をしかめるアークライ。
その後、少し頭を掻いた後、諦めたようにため息を吐いて、
「わかった、やればいいんだろう…やれば…。」
「わかればよろしい。」
「とりあえず依頼人への連絡手段と資料をくれ。すぐにでもとりかかる。」
「了解した、リーズ辺りに言伝をしておく…あーあとそれと、今回の依頼。訪問する時はお前の所に居候してるお嬢ちゃんを連れて行った方がいいかもしれない。」
「マナを?なんでまた・・・。」
疑問を口にするアークライにウォルフは否定するように小さく首を振る。
「違う違う、あの獣人の子じゃなくて、もう一人、お前のところの居候増えただろう?そいつを連れてけって言ってるんだ。」
「情報が早いなウォルフ。俺のストーカーはあんまり趣味がいいとは言えないと思うがな・・・。」
「バカをいえ。お前が関わったリカルド・ミラーバスの件、あれ僕らの業界では大騒ぎになってはいたんだ。騎士団が正式に非合法オークションを検挙した初の事件だからね。これを起点として非合法行為の摘発の足がかりにすると言われている。けども僕はそれだけであの騎士団が動いたとはとてもじゃないが思えなかった。そしたらアークライ、お前が関わっててなんか面白そうな曰くつきを連れて脱出してるじゃないか、すぐにピンときたね。あの老婆の目的はこれだってね・・・。それで気になって部下を君の元に貼り込みさせていたらなんか知らない可愛い子が君の家に住み込みを始めたらしいじゃないか・・・。なぁ、アークライあれは誰なんだい?」
「別件だ、黙秘する。」
「そうか…残念。」
と首をふってみせるウォルフ。だが、既にミアの詳細は入手しているだろうとアークライは思った。
ウォルフ・サンダーエッジという人間の本質は非常に賢く狡猾な人物である。
こういったいかにも馬鹿まるだしな彼の姿に騙されて、骨の髄しゃばりつくすように利用された後、ゴミのように捨てたれた人間はごまんといる。
そういった事を行う上で彼が武器にしているのが情報であり、その情報を用いて下層区の自治組織でも大きな地位を築いた。
つまり彼はこの帝都屈指の情報通でもある。
「今回の事件はストーカー事件だ。これ結構デリケートでな、野郎のお前がいくよりは女性の方がストーカー対象になっている女の気持ちをわかってやれるだろう?だからな、連れてけ。」
「あんまり気が進まないんだがな・・・。」
確かにそういった問題に男である自分が直接割って入るのも問題があるかもしれない。
そう思いつつ、気が乗らないなと少し憂鬱になりながらアークライはウォルフに背を向ける。
「なんだ、もう帰るのかい?たまには飲んでいけばいいのに・・・。」
「俺が酒飲めないの知って言ってるだろ・・・。」
「もちろん、デロンデロンのお前は面白いからな・・・カレンへの愚痴とか今でも覚えてるぜ・・・。」
そういうウォルフにアークライはため息混じり言う。
「そういうのはな、どこでだって口にするなよ。カレンの地獄耳に入る。」
「まさかー、いくらバアさんでもこんな所で陰口叩いたところで―――――」
そう言いかけた所でウォルフは少し考えるようにして・・・。
「ありえるな・・・。」
「ああ、だからやめとけ・・・。」
「ああ・・・。」
少し過去を思い出ししんみりする二人。
帝国騎士団団長のカレン・ローゼンは自分に対する陰口をすぐに聞きつけ、それを行った相手に他の騎士団員の3倍の訓練を行う人間だった。
それは風呂場であろうと、独り言でぼそりと言っても聞きつけてくると言われ、もはやアークライ達からしてみれば心霊現象よりも怖いホラーだった。
部屋の出口である扉に手をかけたアークライにウォルフが続けるように声をかける。
「んじゃ、頼むよー。今回の成功報酬だ。僕の名前に傷をつけないようにしてくれ。」
「あーあーあー、わかったよ。」
そう面倒臭そうに言ってアークライは屋敷を後にした。




