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1-11 LU3004年154の日その8 (Blood Edge)

アークライをミアの手を引いて、部屋の外に出た。

部屋の外は守衛がいた部屋に繋がる一本道の通路が続いている。

ミアはそれから大人しく黙りながら、アークライについていく。

内心納得はしていないところもあるのだろう。

しかし、折れてくれただけでも良かったとアークライは思った。

思い返せば、会ったばかりの人間相手にあそこまで出来るものだととアークライは振り返って苦笑する。

らしくない立ち回りをした。

ここまでする必要はあったのだろうか?という疑問はある。

アークライはミアの不満の視線を背に感じながら、通路の先に出た。

そこは守衛のいた部屋だった。

相も変わらず殺風景な部屋であったが、来た時と違う所があるとするならば、大の字で気を失って寝ている守衛だろう。

ミアはそれを見て、


「これ、アークライさんが?」


辺りを見渡すアークライにミアがそう問いかける。 


「ん、ああ、そいつか、邪魔だったんで眠らせた。目を覚ましても1日は体も動かせないだろうさ。」


アークライは危険がない事を確認してから、腰のポーチからナイフを取り出した。


「とりあえず戦力としては期待してないが、護身用だ。」


そういってミアに渡す。


「でも、私こういうものの扱いは……。」

「別に良いよ、でも持ってないよりマシだろ?」


渋々納得するようにしてミアはそれを受け取る。

守衛室の入り口である扉の近くで、アークライはバツが悪そうに人差し指で頭を掻いた後、尋ねた。


「マナ、いいか?」


そう何もいない空間に話しかけるアークライにミアはきょとんとした。

少女の声が漏れる。


「いますよー、熱々のラブシーンを悶絶しながら見ていた哀れな獣人がここにいますよー、うう、アーちんのバカァ……うわーん。」


アークライはその泣き声を聞いて頭を抱えたくなる衝動に狩られた。

まさか……泣いているとは……。

いつも体で自身への熱愛を訴えてくるマナの態度からすれば、先に行った行動は彼女を激怒させるのでは無いかと予想はしていた。

激怒、罵声、怒声などといった結果を予想していたのである。

だが、その実際はマナはそのあまりの現実に打ちのめされて、むせび泣いている。


「あのなぁ、たかだが接吻ぐらいで、そんな泣くほどヘコむ事も無いだろう?」

「うう、それがたかがとか言えるのはアーちんだけだよぉ。アーちんの最初は絶対にマナのものだと思っていたのに……。」


マナがそう恨めしそうに言う。

アークライは背後に殺気を感じた。

一瞬何故?と考えたが、すぐに失言に気づく。


「アークライさん、たかだか接吻って・・・今の台詞・・・聞き捨てならないんですけど・・・。」


ミアはそう笑顔で言う。

鬼の形相に笑顔を無理矢理貼りつけたというべきか、目が全く笑っていない。

アークライはミアを初めて怖いと思った。

今の彼女ならば、本当に単独で脱出出来てしまうんじゃないだろうかと思わせる程の覇気を感じさせる。


「いや、そのだな、これは言葉の綾というかだな……。」

「人間そういう事を言う時が本音が出ると言いますし……。」


ミアはジロリと白い目でアークライを見る。


「いや、ちょっと待て、流石にそれは無いぞ。」

「というか声、誰ですか?わたし達以外にもここには誰かいるんですか?」

「―――それは、まあ、守護霊って事で……。」

「勝手に殺すなーーーー!」


マナが大声で否定する。

アークライはフーと息を吐いて、


「俺の相棒だよ、今、俺の影の中にいる。」

「影?」

「そう、影の中にいる。」

「そんな魔法あるんですか?どの属性……。」

「いや、俺もよくわからん。少々特殊な代物でな、古代文明時代の遺物ロストギアっていう魔法を封じ込めた道具だ。」

「遺物……ですか?」


ミアの反応も当たり前だとアークライは思った。。

遺物ロストギアはまだ謎が多い代物だ。

古代文明時代になんらかの技術を用いて魔力を込めると呪文もなしに登録された魔法が発動する仕組みを持っている。

疑似的な無詠唱ノンスペル。

その存在は帝国の仇敵、共和国側ではそれなりに有名な話ではあるが、逆に帝国では軍事経験者以外の人間はほとんど知らない事だからだ。

製法は失われ、今の技術でそれを作る方法はどこにも存在していない。

神話によれば、この世界を襲った天魔と呼ばれる化物の断片から作られたとされているが、その真実は定かではない。


「そんなものがあるんですね。」


興味深そうにミアはアークライの影を見つめた。


「マナ、人の気配を探って欲しいんだが、わかるか?」

「んー、ちょっと無理だね……上は色々混乱してるみたいで気配がぐちゃぐちゃ……遠くまで探るのはちょっと無理かなぁ……。」


予想していた解答にアークライは頷く。

自分たち以外の侵入者の手によって、結界が破壊されたのだ。

手はず通りならば、もう半刻後に時限式の爆弾で要を破壊する予定だった。

その後、クレア・ローゼン率いる隊と合流する予定だったのだが、この混乱の最中そんな悠長な事をしている時間はあるだろうか?

外は混乱に紛れる事が出来れば、逃げ出すことも可能かもしれない。

アークライはここに居続ける事は危険だと判断する。

もし見つかったならば、ここの警備を相手にしなければならないし……流石に数で押し寄せられると辛い。

なによりこんな逃げ場もない所でミアを守りながら闘う自信などなかった。

不確定要素である自分では無い侵入者の存在も気になる。

侵入者の殺した死体を思い出す。

あまりの切り口の綺麗さから元からそうであったのではないか?と思わせる程、綺麗に2つに分かれた胴体。

それは明らかに自身を超える技量を持つ者なのだとアークライは確信していた。

侵入者の目的は不明だが、自分たちと同じくミアを目的としている可能性も0では無い。

だとするならば、やはりここに居座る事はただ危険が増えるだけだ。

となると問題になるのは、上の階に存在しているトラップの存在だろうか……。

魔力を探知して、それを自動的に攻撃を加えようとする魔法。

それが張られているのだと、先程、ベイカーが言っていた。

アークライは自身の特異性ゆえにそういったモノを尽く無力化する事が出来、すり抜けることが出来たが、今度は少し話が違う。

ミア・クイックを連れている。

彼女は虚属性獲得者であると予想され、それが事実なら彼女の持つ魔力量は少なく見積もっても常人の数百倍。

トラップを騙して、ここから出るのは困難だと言えた。

とはいえ出来るだけ早急にここから出なければならない。


「強引に行くしかねーよなぁ……。」


アークライはため息混じりそう結論する。

正攻法で脱出する術は思いつかなかった。

しかし、それはこの別宅の玄関から真っ正直に出る場合の話である。

普通にここから出るのが無理なのならば、新しい出口を作ればいい。

地下から出る場所のすぐ近くにある壁を破壊し、そこを新しい出入口とする。

少し目立つのと時間がかかるのが難点ではあるが、それが思いつく限りでは無難な策だと考えた。

アークライは胸にある試験官型のシリンダーの数を確認する。

残り3本。

これがその壁破壊には必須の代物となる。

2本使えばギリギリと言った所だろうか?

今ここで手持ちのシリンダーを2本も使うのは得策では無いとも思えたが、これ以上の案もない。

アークライはそこでそれについて考えるのは無駄だと思考を撃ち切った。

今は素早く作業に乗り出す方が良い。

そう思い、アークライ達は守衛のいた部屋から出て、地下から上がる階段を登った。

地下から出るとそこは通路になっている。

そこは別宅の外壁に近い位置であり、トラップを仕掛けるのにも向いていない場所であった。

そこから壁を壊せば、おそらくはここから出られる。

違和感を感じたのは、階段登り始めて、数歩たった辺りだろうか……。

音が聞こえた。

何かが爆発する音だ。

それと同時に何かが砕ける音も聞こえる。

その音にアークライは嫌な予感を感じる。


――――上に誰かいる……。


そして、おそらくは、ここに仕掛けられているトラップと格闘しているのでは無いか?


「えっ……この音……?」


ミアも音に気づき何が起こっているのか?その様子を探ろうと、アークライの後ろから遠くを階段の上を見つめる。

アークライは嫌な予感が的中した事を確信する。

この屋敷に仕掛られたトラップと格闘する。

そんなことをするような連中は1つしか思い当たらない。

侵入者だ。

警備の者であるのならば厳重なトラップを仕掛けられているここに近づく必要がそもそも無い。

それにここの関係者であるのならば、トラップを発動させずに屋敷内を徘徊する事が可能である筈だ。。

となると、今、トラップと格闘しているのは外部のモノとなる。

つまりはこの非合法競売会に招かれざる客。

アークライ達とは別の侵入者ということ事になる。

目的もおそらくはアークライ達と同じく、虚属性獲得者とされる少女、ミア・クイックという事になるだろう。

仕掛けられている多重トラップにやられてくれれば楽なのだと、アークライは希望的観測を持つが、すぐにそれを辞めた。

物事は基本的に最善と最悪の双方を考える必要があるとは、アークライの師の教えである。

それに従うのならば、侵入者がトラップを超えて来る可能性を考慮しなければならない。

もし侵入者が前々からここに侵入するために計画し、ここに乗りこんで来ているのであるのならば、トラップへの対策は行なっている可能性も高い。

となると地下への入り口を見つけ入ってくるのも時間の問題ではある。

そしてトラップを突破してくるのならば、アークライと侵入者は確実に激突する。

ならば、どうするべきか?


「マナ、近くの気配ぐらいなら、探れるよな?」

「うん、それぐらいなら大丈夫だよ、アーちん。」


すぐに影から答えが帰ってくる。


「それじゃあ、今、俺達の一番近くにいる奴と俺達との距離を教えてくれ。」

「距離?んー南に30mぐらい2人いるよ。」


アークライはその情報を自分の脳裏にある地図と照らしあわせる。

玄関に近い位置、となると侵入者はまだここに入ってきたばかりだという事だ。

となると罠との格闘も今始めたという事だろう。

あの大男が漏らした情報を信じるならば、98もの魔法トラップがここには仕掛けられているらしい。

それを突破する事は出来ても、すぐに今自分達がいる地下への入り口までは到達する事は出来ないだろう……。

ならば、アークライのやる事は変わらない、その時間の間にすぐに脱出するべきだ。

アークライはそう考えた。


「アークライさん、どうしたんですか?」


険しい顔をしていたアークライを見て、ミアが尋ねる。

真実を告げるか否か、少し迷った後、アークライはそれを話すことを決めた。

現状の危機を彼女にも理解して貰う必要があるという考えからだ。


「俺たち以外にもこの別宅に招かれざる客が来たらしい、たぶん目的は君だ。」

「それは……誰だかわかります?」


そう言うミアの言葉尻には怯えがあった。


「いや、わからない。ただ、俺の関係者じゃないのは確かだ。」

「――じゃあ……わたしを前に捕らえていた……。」

「『白い部屋』か……ありえない事は無いな。君を捕らえていた『白い部屋』の施設は壊滅的な打撃を受けたらしいが、それは彼らにとって一部にすぎない。また、君を捕らえに来ている可能性は十二分にある。」

「あの人達が……。」


ミアが腕を震わせる。


「出来れば接触を避けたい。強引な手段を取るから気を強く持って付いてきてくれ。」

「――――わかりました。」


アークライはミアを連れて、地下から出た。

ジャケットの胸ポケットからシリンダーを取り出し、機甲杖に装填する。


「離れてろ。」


そう言って、多変形機甲杖ニャルラの大剣形態の刃を壁に突き刺した。

金属製の壁である壁は通常ならば、刃を通さないものだ。

しかし、アークライの機甲杖はその刃を壁にめり込ませる。

普通に考えるならば、それはありえない現象である。

だが、それはそこで確かに起こっている。

この現象を起こしているのは刃に付加された尋常では無い熱だ。

外壁には防護の魔法もかけられていたようだが、内部から破壊される事は想定していなかったのか、内部には魔法による防壁が作られていなかった事は幸いした。

ミアはその光景を見て、驚く。

刃に熱を付加して壁を溶とかし、刃をめり込ませた事にでは無い。

それ自体は難易度の高い魔法であるが、それなりに知られた魔法でもある。

腕に覚えがある魔法使いなら出来るものだ。

だが、しかし、それは異常なものとしてミアの目に映っている。

通常行われるべきプロセスが行われていない。

詠唱。

世界と自分を同一化させる為の、強固な暗示。 

それが行われていないのである。

つまり、アークライが今、行ったのは無詠唱魔法ノンスペルであるという事だ……。

だが、無詠唱魔法ノンスペルというのは本来ならば、気が遠くなる程の修練を持ってしても種火を作るのがやっとの代物だと言われている。

ならば、彼の行なっているこれはなんだ?

大剣への熱量の付加、それによる金属壁の溶断。

そんな事は無詠唱魔法で行える範疇を大きく超えている。

もしかすると、この巨大な剣には大量の印が組み込まれているのかもしれない。

それによる無詠唱魔法の効力の増幅。

それを図れている?

いや、それはありえない、そのぐらいで無詠唱魔法が使用出来るというのならば、もっと研究が進んでいる筈だ。

とするならば、考えられるのは1つ。

この眼の前にいる白髪の青年は尋常ではない魔力量を持っていて、それを無詠唱魔法行った結果がこれなのでは無いか?

ありえない。

普通に考えるならば、ありえない。


それが、もしありえるとするのならば―――彼は自分と同じような力を持っているのでは無いか?


思い出す。

彼が自分の事を不幸だと言っていた事を……それに自分の力の事もかなり深く知っていたようだった。

ならば、彼もその力というものを持っているのでは無いか?

ミアがそんな思いを巡らせている間にアークライはニャルラの刃をぐいと2mほど切り上げたあと、その切り込み、直角にするようにして再び刃を突き刺した。

それを4度繰り返し、刃の軌跡が四角を気づいたあと、アークライはその壁を蹴る。

壁は音を立てて壁の向こう側に倒れた。

暗い夜の風景が壁に空いた穴から現れる。

アークライは熱を付加した剣で扉を斬り強引に壁に出口を作ったのである。


「よし、急ぐぞ……ん、どうした、なんか俺の顔に付いてるか?」


アークライに言われ、初めてミアは彼の事を凝視していた事に気づき、目を背ける。


「ううん、なんでも―――」

「伏せろ!!!」


否定の言葉をミアが言おうとした瞬間、アークライはミアを掴んで、地面へと伏せさせた。

ミアは頭と背中を床に打つ。


「――――っ。」


激痛に声を忘れ、何が起こったのかわからず、アークライを見つめる。

そうして、ミアはアークライを見て、驚愕した。

アークライの左肩に銀色の形をした何かが刺さっている。

少しの時間を経て、それが刃物であると認識する。


「アークライさん、それ……。」

「ああ、くそ、敵さん予想以上に早く来やがった。」


通路の奥側に黒い装束の影があった。

その影の姿を見て、ミアは心底恐怖する。

忘れる筈もない。

あれは数日前、脱走した自分を追ってきたあの黒装束達とまったく同じ姿の者だ。

自分を捕らえていた白い部屋と呼ばれる組織のものである事は疑いようがない。


「アークライさん、大丈夫ですか!」


ミアは顔を真っ青にして、震える声で言う。

アークライはナイフを左肩から抜く。


「距離があったからな、見た目ほど深くない……心配ないよ。」


そういって、ポンとミアの頭の上に左手を置いた。


「それより、マナ、敵は2人だったな、一人は視認したが、もう一人が見当たらない、どこにいるかわかるか?」

「ごめん、自分の感覚だと2人はいる筈なんだけども……。」

「となるとなんらかの技能か、魔法で姿を眩ませてやがるのか?」


『我が神よ、供物を受け取り給え』


声が漏れた。

アークライはそれがすぐに魔法の詠唱だと理解する。

詠唱への先制をしかけるにしても、いささか距離が離れすぎている。

ならば、どうするべきか?


『捧げるは我が身に流れる奔流』


アークライにはこの呪文に覚えがあった。

これは……記憶に間違いがなければ自身の血液を魔力で刃とし、固め射出する魔法の筈である。

通路は直線上、黒装束とアークライの立ち位置はおよそ100歩程の距離が離れている。

今、走り、接近戦を仕掛ければ、射出された血刃の餌食になるのは疑いようがない。

その認識をした上で、アークライは即座に決断する。


「くそったれ!」


アークライはミアを抱えて、外に出るために穴に飛び込む。


『その名の如く至り形成せ』


終句をなして魔法は完成する。

黒装束は自分の腕をナイフで斬り、そこから流れ出る血を投げつけた。

黒装束の体から放れた血が刃となって飛ぶ。

アークライは穴からその身を外に抜け出させた後、即座にミアを抱えたまま、横に飛んだ。

血刃は金属製の壁を切り裂き、斬られた断片はボロボロと崩れ落ちる。


「くそ、まったく勘弁してほしいね……。」


その驚異的な切れ味にアークライは戦慄を覚える。

術者の血は魔力をよく通す為、水の魔法で用いるには蒸留水の次に優秀な物質だという知識はあった。

だが、それがこれ程の威力の攻撃になるとは……。

これを受ければ、どのような防御行動を取ったとしてもそれごと切り裂いてくるだろう。

受けることは不可能な必殺の斬擊。

回避の決断があと数瞬遅ければ、その身を切り裂いていた事を想像し、アークライはぞっとした。

そして問題なのは、今の攻撃はそのまま受ければ、ミアごと切り裂いていたという点だ。

つまり彼らはミアを捕らえに来たのではなく、殺害しに来ている。

アークライは右腕が痛むのを感じた。


「ミア、走れるか?」


アークライはミアにそう語りかける。


「体を打って痛いですが……大丈夫です。」

「走らないと死ぬ、我慢してくれ。」


逃げ切るにはこの荷物、少し無理がある。

となると戦いは避けられない。

だが、ああいった飛び道具を持った連中とやりあうのは、狭い場所はさけなければならない。

距離のアドバンテージがあちらにある以上、回避できるスペースが無いのは死を意味する。

アークライは走りながら辺りを見渡した。


「貴様が侵入者か!」


背後からの声。

警備の人間がアークライを見つけ、腰から剣を抜く。


「―――お前みたいなのを相手にしてる暇ないっていうのに……。」


そうして、警備の人間が剣を振り上げた時、アークライの頬を何かがかすめた。

次の瞬間、ボトリと目の前にいた警備の人間の首が落ちる。


「えっ……。」


ミアの声にならない声。

警備の人間の後ろには黒装束が手のひらをこちらに向けている。


「くそ、見境なしかよ!!!」


目の前で起こった出来事を正確に理解して目眩ましの煙玉を投げ、顔を蒼白させているミアの手を引く。

だが、ミアは足を震わせて、そこから動こうとしない。

いや、動けないのだ。

恐怖。

それが底無し沼のようになって、彼女の足を捕らえているのだ。

アークライはミアの顔を左手で叩く。


「呆けてる馬鹿がいるか!!」


せめてもの気付けだった。


「そこでそのままになってたら、俺もお前もああなる!だから、足に力入れて立て!」


酷い物言いだとアークライは思う。

しかし、今は瞬きの時間すら惜しい。

アークライは、ミアを強引に引っ張って、近くにあった家屋の後ろに隠れた。

その後、アークライはミアを見て思う。

彼女は限界だと……。

精神的な問題だけではない、彼女はずっと軟禁状態にあった、まともな運動も出来なかっただろう。

だからこそ彼女の体は弱っていた。

これでは彼らから逃げるというただでさえ難しい事をするのは無理だ。

そして、アークライも彼女を守りながら彼らから逃げるなどという事が出来る程の力量も無い。

ならば―――――どうするか?

アークライは結論はすぐに出す。


「ミア、お前は今から一人で向こうに走れ!」


そういってアークライは森を指で刺した。


「え……アークライさんは?」

「奴と戦う。」


そういったアークライを見て、


「だ、駄目です、アークライさん、あんなのと戦ったら殺されてしまいます。」


ミアは、そう泣きそうになりながら言う。

それを見て、こいつはまた自分の不幸がどうこうなんて考えてるんだろうな……と思いつながら、アークライはなだめるように言った。


「だが、あんたをここから生かして返すにはこれしかない。あんたも俺もそろそろ限界だ。このまま一緒にいれば、共倒れだ。」

「そんな事はありません。きっとわたしをここに置いていけば、彼らも必要以上に追ってこない筈です。あなたは助かります。ですから、すぐにわたしを見捨ててここに置いていくべきです。」


震える手を少女は強く握りしめる。

己に振りかかる未来を予見し、それに対する恐怖と戦っているのだろう……。

だが、アークライは既に彼女の本質がそんな事を行える程、心が強い人間では無いと知っている。

あの、地下の一室で泣いていた少女。

目の前で人が死んで、足が震えて動かなかった少女。

それが、ミア・クイックという人間の本質なのだ。

どこにでもいる普通の人。

それが柄でもない力を持ってしまい、柄でもない境遇に陥って、柄でもない仮面をかぶって強がりを言う。

アークライは思う。

ああ、まったく――この女は――


「ああ、駄目だ、全然駄目だ。」

「どうしですか?仕事だからですか?―――やっぱりあなたは馬鹿なんですか?そんなものにあなたの命を賭ける必要なんて無いでしょう?例えば、もしわたしを助けて、アークライさんが報酬を貰えるのだとしても、アークライさんが生きてて初めて意味があるものじゃないですか……あなたのやってる事はただ死にたがってると言われても否定できませんよ。大体、わたしがいなけれれば、その左肩の傷だって―――」

「アホ言うな。」


そういってアークライが敵の位置を確認し、物陰に隠れる。


「確かに仕事だってのもある。それもあるが、そうだな……それだけじゃない。」


アークライは自嘲する。

―――重ねてしまった。

ならば、もう、それはアークライからしてみれば他人ごとでは無い。


「俺は……正直言ってお前が苦手だ。お前みたいな自己犠牲を持って良しとする人間なんて、俺からすれば理解したくない人種だし、何より求めてないのにそんなことを進んでやられようとしても気持ちが悪い。」

「なら、捨ててくださいよ。そうすれば、アークライさんは逃げられるんでしょう?」


そういうミアにアークライはため息混じりで言った。


「あとな、なんか1つ大きな勘違いをしているから言っとくけどな――俺があの程度……連中に負けると思っているのか?」

「―――えっ……それは……。」

「お前がいると戦えないから邪魔だって言ってるんだ。一人ならなんとかなる。だからお前は先に行け。」


驚いたようにミアはアークライを見る。

敵は強い。

それは先ほどの必殺の血刃から見ても明らかだ。

あれほど強く練られた魔法は同時に術者の実力を表している。

相手は、熟練の魔法使いだ。

普通なら立ち向かうなどという選択肢すらない。

勝てるわけがないのだ。

だが、ミア自信、目の前のアークライという人間の実力を知らない。

この競売会の会場に潜入し、警備の人間から逃げ延び、自分の捉えられていた部屋の前にいた巨漢の守衛をその身で倒している。

彼自身が戦う姿を見たことは無いが、彼は無詠唱で壁を溶断する魔法を使ってみせた。

普通ならばありえない魔法。

それを扱う人。

もしかすると自分と同じような力を持っているかもしれない人間。

ならば――出来るのだろうか?

普通ならば不可能である事をやり遂げてしまうのかもしれない。

ミアはアークライの目を見る。

その瞳は強い意志の光を灯している。

自信を感じた。

そして、それをやり遂げてみせる意志を感じた。

そんなものを見せられてしまえば、ミアはもう頷くしかない。


「わかりました。アークライさん、絶対に死なないでくださいよ。」

「当然だ、あと、マナをお前の護衛につけておく。」

「えー、そんなぁー、アーちんと一緒にいたい~。」

「我儘言うな、これも仕事だ。さっさと出てこい。」


外灯の灯りで生まれたアークライの影からぬらりと少女が現れる。

少女は灰色のコートを着こみ、その金色の瞳を見開いてそこに立っていた。

異質なのは彼女にある耳だろう。

人のそれとは違う獣の耳と尻尾が彼女にはあった。


「えっ……子供?」

「そうだよ、なんか悪いか!この乳女!」


驚くミアに不満そうな言葉を返すマナ。

そんなミアを見て無理もない話だとアークライは思う。

そもそも人と関わる獣人という時点で異端だ。


「マナ、やることはわかってるな?」

「凄い不本意だけどねー。」


マナはそう頬を膨らませて妬ましそうにミアを見る。


「え……と、わたしなにかしましたか?」


ミアはその視線に込められている感情を汲み取ってそう尋ねた。

マナはぷいと横を向く。


「べっつにぃー、くそ、りんごみたいに大きな胸しやがって……ああいうのが好みなのか!」

「どういう意味ですか!!」


顔を赤面させて、言うミア。


「おい、声下げろ、俺が今遮ってるの視界だけだぞ……。」

「すいません。」


謝るミアに不満そうに頬を膨らませるマナ。

そんなマナを見て、アークライはため息混じりに言う。


「終わったら、なんでも好きなもん1つ奢ってやるよ。」

「ほんと?アーちん!!」

「まあ、身入りはいい予定だからな……。」


そう苦笑するアークライ。


「んじゃ、行ってこいお前ら、ここは俺に任せておけ。」


そういって、アークライは機甲杖を握る。


「アークライさん、絶対に死なないでくださいね。さっきの責任とってくれないまま死んだら、許しませんからね。言いたいこと聞きたいことたくさんあるんですから!」


それでも不安そうに言うミアにふっと笑ってアークライは左手でデコピンした。


「誰に言ってる。」


それを羨ましそうに、それでいて妬むように見るマナ。


「うう、羨ましい台詞……マナも言ってみたい……。」

「べ、別にそういう意味で言ったわけじゃ……。」


ミアが顔を真赤にして慌てて否定する。


「はいはい、キリが無さそうだからそこで痛み分けにしとこうね、女性陣。んじゃ、まぁーマナ、そっちの頼りない不幸散布系女の面倒頼むわ……。」

「ちょっと、アークライさん、それどういう―――」


呼び名に抗議しようとするミアを見てマナはにたりと笑う。

そうしてミアの手を引っ張って、


「はいはい、不幸散布さんはこっちねー。ここにいるとアーちんの邪魔になるでしょ、ほらガイドしてあげるからさっさとあの森に向けて走る……。」

「だからその呼び名おかしいですってーーー!」


そう抗議しながら、ミアは渋々マナのガイドを受けて、走りだした。

アークライはそれを見送った後、先程まで黒装束がいた場所を見つめる。

煙玉の効果が消え、煙が晴れていく。

アークライは黒装束の位置を確認しようと壁の角から覗きこむようにしてあたりを見渡す。

それと同時に『斬射』という詠唱。

アークライはそれを聞くと共に慌ててそこから転げて逃げた。

アークライがいた場所に血刃が走り、大きな傷跡を残していく。

その血刃が来た方向を見つめ、黒装束を視認する。

敵は一人。

マナ曰く、2人だそうだが、どこかに隠れている……という事だろうか?

自信の体の状況を確認。

左肩に矢傷。

かなり深く入り込んでいるが左腕の機能にそれほど問題は無く、負担をかけないように扱えばまだ使えるだろう。

毒が塗られていなかったのは幸いだったと言える。

よって片手で武器を握るニャルラ参の型『双剣』は使用不可。

また、壱の型『大剣』も腕への負担が大きい為、使用を控える方が良いだろう。

よって、使用が可能とおもわれる型は弐、肆、伍のみである。

五を扱うのが手っ取り早いと思われるが、ニャルラの内臓機能を使うために必要なシリンダーが残り1つのみである。

伍は一度使うだけでシリンダー内に充填されたモノを全て使ってしまう燃費の悪さも特徴だ。

この状況で使うには少々分が悪い。

となると左手を添えるだけで扱える、弐が一番実用的か?

そう結論し、アークライは即座にニャルラを組み替える。

ニャルラはすぐにその姿を壱から弐へと変える。

多変形機構杖、ニャルラ弐型。

それは長槍であった。

これは左手を添えて、右手の力で突く武器である。

勿論、棍術のような扱いを行うには両腕の力が必要不可欠である少々工夫すれば扱えない事も無い。

アークライはそれを両手でもって、黒装束へと向けて走る。

黒装束はアークライに向けて、手のひらを向けた。

血刃の射出する構えだろうか?

だが、アークライはそれを気にもとめずに駆ける。

おそらくは黒装束は血刃を打てない。

アークライにはそう確信めいたものがあった。

あの血刃は書いて字の如く、自身の血液を刃とする魔法である。

それを射出するという事はつまりはあの黒装束は自身の血を消費して刃を放っているということに等しい。

彼は既に3度、血刃を放っている。

血を使う魔法は強力であるが、それと同時に自滅の可能性を持つ諸刃の剣である。

体格からしてみても、それ以上の行使は相手の命に関わる。

逆に言えば打たせて、それを避ければそれだけ、アークライの状況は有利になると言えた。

後、打てて1発か2発が限度だろう。

それに先程からのノーコンぶりを見れば、あの刃はその切れ味と引換に命中精度はそれほど高いものではない。

つまり、回避する事は専念すれば、それほど難しい事ではないという事だ。

そして、回避さえすれば、後は勝手に自滅してくれるのを待つだけでいい。

それゆえの疾走。

つまりはこの疾走自体が攻撃を誘う為のフェイクであった。

黒装束は唱える。


『形成せ』


その句と共に、黒装束の腕から、血で作られた巨大な鎌が生成される。

その刃は細く鋭利であると共に禍々しさを感じさせた。

そして黒装束もアークライに向けて駆ける。

黒装束もアークライの突進の意味を理解したのだろう。

ゆえに自身から血刃を切り離すのではなく、血刃を用いた格闘戦を選択した。

これならば確かに血の消費を最低限に抑える事が出来る。

間合いに入る。

先に攻撃を仕掛けたのはアークライだった。

長槍形態のニャルラは、2m程先まで貫く中距離戦に強い武器だ。

先手を取ることが出来るのは至極当然であった。


「はっ!」


アークライは息を吐き出すのと共に、右腕に力を入れて長槍を左手を滑らせて突き出す。

矛先が夜風を斬るように走る。

狙いは胸元。

回避が難しいそこを狙う。

しかし、黒装束はそれを上半身を後ろにそらすことで回避した。

それにアークライは驚く。

左右に飛んで回避する事は想定してはいたが、まさか上体反らしで回避されるとは考えていなかった。

血を失っている人間の動きとは思えない。

だが、その状態から出来る攻撃は無い。

アークライは続けて追撃をかけようと、素早く槍を引く。

その時、アークライは敵が目で笑うのを見た。

それは勝利を確信したもの特有の目付きだ。

アークライはそれに身震いする。


『乱れろ』


地獄の底から湧き出る呪いのような声で呪文が唱えられる。

魔法の現体系、継句式の恐ろしい点は詠唱を追加する事で発現した魔法にさらなる変化を与える事である。

例えば火を灯す魔法があったとする。

これはただ火を灯すだけの魔法であるが、その後にそれを投擲する継句を紡ぐ。

これによって、その火は投擲の属性を付加され標的に向けて発射される。

言うなれば、最初の起句で起こした現象に指示を与える事によって魔法に様々な変化を与えるといった手法だ。

その為、この継句式の魔法は高い汎用性と応用力を持っている。

そして、今、その継句の恐ろしい応用力がアークライへ牙をむく。

黒装束の血刃は三又に別れ、様々な方向へ刃を暴れさせた。

とても攻撃に転じられるような体勢ではない状態からの攻撃、これを黒装束は魔法によって可能にしたのである。

間合いにさえ入ればあとは血刃を暴れさせるだけで、勝手に敵を切り裂いてくれる。

黒装束の狙いはもとよりそれだけだった。

アークライは即座に槍を突き出す。

だが、その矛先は相手の体に届くよりも早く、血刃はアークライの体へとその刃を立てるだろう。




だから、アークライは―――




狙いを黒装束ではなく――自身に襲いかかる血刃に変えた。






血刃とニャルラ。

この2つの武器が激突する。

もし、第三者がこの戦いを見ていたならば、アークライの決断を愚行だったと評していたかもしれない。

何故ならば、魔力を帯びた血刃は鋼鉄すら斬り裂く鋭利さを持つ。

それはニャルラを確実に破壊し、そのまま、アークライへと刃を立てると想定することが出来るからだ。

つまりは敗着の一手。

そう見るのが妥当である。

刃と刃が激突する。

血刃がニャルラの刃を軽々と裂き始める。

当然の結果だ。

得物の出来が違うのだ。

だが、そうして刃の半分を斬り裂いた時変化は起こった。

血刃が破裂したのだ。

辺りにばら撒かれる黒装束の血。

それは魔法によって固められていたモノが解かれ、液体へと戻り、黒装束の身を濡らす。

そして黒装束は気を失い倒れた。


「正直、賭けだったけどな……。」


自身の矛先が割れたニャルラを見てアークライは息を乱しながら、そう漏らす。

あの決死の状況でアークライが行った事は単純だ。

血刃とニャルラの矛先を激突させた。

それだけの事。

ただ、黒装束が想定していなかった点があるとするならば、ニャルラの矛先には電撃が付加されていたという点だ。

電撃を帯びた矛先は本来は液体である血刃伝いにその体に電撃を流す。

それによって、アークライは黒装束の意識を奪った。

電撃が意識を奪うのが先か、血刃が自分の体に食い込むのが先か?

これはそういった賭けだった。

勝敗を分けたのは、先に幾度もの血刃の行使によって黒装束が体力、精神力ともに大きく消耗していたというのが大きいだろう。

よく見れば、黒装束は右腕の一部と脇腹の一部を削られるような怪我をしていた。

おそらくはトラップを抜ける際に受けた傷だろう。

これが先ほどからの投擲の命中率の悪さにも繋がったのかもしれない。

アークライはそれであれだけの動きが出来る敵の能力に内心、恐怖を覚えながら、辺りをぐるりと見渡す。

マナの情報が正しければ、もう一人いる筈なのだ。

アークライはマナの気配探知には絶対の信頼を置いていた。

その正確さはこれまで彼女と共に仕事を共にしてきて、何度も見せられてきている。

だから彼女が間違っているという事はまず無い。

となると考えられるのは1つだ。

黒装束達の目的がミア・クイックだとするならば、アークライはただの障害に過ぎない。

となると一人はアークライを対処する為にここに残り、もう一人はマナを追っている可能性が高い。


「ああ、くそ無事でいてくれよ。」


アークライはミアの逃げた森の中へと向かって駆けた。


以降1章完結まで毎週土曜更新予定です。

残り3~4回ぐらいの予定。


2014/06/20修正 電流→電撃

2017/06/20 大幅改稿

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