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1-10 LU3004年154の日その7(ミア・クイック3-あーもう五月蝿いな-)

「アークライさん、さっき、わたし言ったじゃないですか、別にあなたの力を借りなくても逃げることは出来るって…。」


そうミア・クイックはアークライに雄弁に語る。

そう語るミアを見て、嫌な目だなとアークライは思った。

こういった目には覚えがある。

何かから遠ざけようとしようとする奴の目だ。


「具体的には?」


ここはひとまず乗ってみる事にした。

ミア・クイックの言う逃走経路とやらをまず見極めてからでもいいかもしれない。


「そうですね。わたしは競売会の商品になっているのだと、わたしをここに軟禁した男は言いました。それはあなたも御存知ですね?」

「勿論。」


彼女は、この非合法オークションにて、謎の魔法の持ち主と銘打って今日の競売会に出品される商品である。


「ならば簡単です、わたしはわたしを購入した人間に、受け渡される時に私はそこから逃げます。」

「どうやって?君は施設に送られた時も隷属の契約を結ばされた筈だ。」


曰く、印を持つものには絶対服従しなければならない。

隷属の刻印とは契約を結んだものに服従を強制する呪術だ。


「ですね。隷属の刻印を刻む時、それを扱う人は必ず長い詠唱を行います。その時、周りは無防備です。その時を狙います。」

「どうやって?当然ながら四肢を拘束され、口には詠唱をさせないために枷をはめられるだろう。そんな所からどうやって抜け出す?」

「アークライさんは、無詠唱魔法(ノンスペル)というのはご存知ですか?」

「知ってるよ・・・。」


アークライはどうしたものかと頭を少し抱えた。

ミアが何を言いたいのか朧気ながら理解した為である。


「それを使います。わたしは無詠唱に関して少し心得があります。それを使えばなんとかなるはずです。」

「無詠唱魔法は、普通、大した力を持たないぞ?」


魔法とは自身の魂の一部を世界に流れ出させ、その魂の一部と交わった世界を改変するといった行程によってなりたっている。

その際、重要になるのが自己暗示であり、自身を世界の一部であると認識を詠唱によって重ねる事で魔法は初めて魔法として発現する。

よって、魔法と詠唱は切っても離せない関係だ。

そのプロセスを経ない無詠唱魔法はそれを10年研究し続けたモノでも、ほんの種火程度のものしか起こせなかったと言われている。

無詠唱魔法など幻想である。

これは魔法学における周知の事実であり、無詠唱魔法を志すものは馬鹿扱いされるのが当たり前の話であった。

つまり、そんなものでその窮地を脱する事は不可能なのである。


「アークライさんは、わたしがなんで競売商品になっているかご存知ですか?」

「大体はな…。」


ミアは伏し目がちに自嘲する。


「私も力そのものの本質というものは詳しく知らないのですが、この力は他の人の力と比べると非常に大きなものなのだそうです。」

「・・・。」


荒唐無稽な話ではあったが、アークライはその話を現実味のある話だと感じた。

アークライはかつて、ミアとは違う、虚属性獲得者と会った事がある。

彼女(スピカ)もその身に抱えていた魔力量もまた膨大だった。

彼女は常人の千倍や万倍ほどの魔力をその身に秘めていた。

つまり、桁が違うのだ。

ミア・クイックが本当に虚属性獲得者であるのならば、自分たちが持つ常識というものが意味の無いものになってしまう。


「ですので、わたしが無詠唱魔法を扱った場合、あなたが今、脳裏に描いた無詠唱魔法とはまるで異なる魔法となります。わたしの力を持ってすれば、あなたの言う普通の詠唱魔法程度の威力は得られるんですよ。」


なるほどとアークライは思った。

筋は通っている。

常識を無意味と化す程の魔力量による無詠唱。

それならば、一般的な無詠唱の常識を覆す程の力の魔法を扱える可能性は秘めている。

そう、不可能では無い。

ただ、一点を除いては…


「それで、君、杖はどうするんだ?いくら君が特別な力を持っていたとしても、魔法増強装置ブースターである杖もなしにそれを行えるとはまるで思えないな・・・。」


そう彼女は杖を持っていない。

魔法を扱う上では杖は必須であり、それを囚われの身である彼女が持つ筈がない。

そんなアークライの考えを見透かして、ミアは口を開く。


「――――――杖はあります。」


アークライは少し驚いた顔をした。


「何処に?」

「ここにです。」


そういってミアは自分の左の手の甲を向けてアークライに見せた。

左手には指輪のようなものが嵌っている。

 

「それが?」


アークライが驚いたように聞く。


「はい、小さいですが、3印の杖です。」


指輪型の杖というものは珍しいものであった。

杖とは形はその人それぞれのものではあるが、基本的には大きいものの方が魔力がよく循環し、より大きな魔法を使えるとされている。

つまり、杖とはそれなりのサイズのものである。

そういった点ではこの小さなアクセサリーサイズの杖とは杖の常識に反した代物であった。

印というのはその杖に含まれる増強印の事である。

一般的なステッキ状の杖で大体60印程の、印が刻まれているとされている。

それに比べればやはり3印というのは少ない。

必要最低限、魔法が発動するかどうか程度の代物だ。

いいところ子供の玩具といったところが関の山の代物といえる。

だから、おそらくミアを捕まえた者達はこの指輪を気にも止めなかったのだろう…。

しかし、それが扱う魔力が通常の万倍近くある場合はまるで違う話にはなる。

ある意味、彼女だけが扱える杖といえるのかもしれない。


「それは本物か?」

「施設で渡されましたものです。既に何回か、この指輪で魔法を扱っています。」

「見せてもらってもいいか?」


アークライがそう尋ねる。

 

「ええ、どうぞ、ただし指からは外しませんので、そこから眺めるだけですが…。」


そういって左指を見せるようにアークライの前に出した。

アークライは指輪を凝視する。

指輪は真鍮製のモノのようだ。

アークライとしてはそれよりも手を返すときにミアの手首に見えたものの方が大きく

アークライはそれを見た後、溜息を吐く。


「なるほど、確かに、これが杖ならば不可能ではないかもしれない。君がどれほどの力を秘めているのかは、わからないわけだし。確かに君のような能力者はそれが可能であるという可能性はある。しかし、まあ、なんというか――――」


アークライは呆れたように頭に手を当てて


「ひどい作り話だな…。」


そうアークライは感想を漏らした。


「何を…。」


ミアは少し怒気を込めたようにいう。


「まあ、流石に相手が悪かったかなといった所かな…。」

「今のどこに嘘が…。」


そう向きになるミアにアークライは苦笑する。


「だって、それ杖としての用をなさないだろ…。」

「…えっ?」


ミアは驚く。


「もしかして、この指輪が杖には見えないとかそういう事ですか?」

「いや、杖だよ、そういう小さいのを暗器型なんて呼ぶ事が多いんだけど、これがまた数が少ない代物でね、一体どこで手に入れた気になるぐらいだ…。」

「これは前にいた場所で渡されました…実験の一環だって…というか、アークライさん今、これの事杖って認めましたよね?じゃあ、何が用をなさないんですか!」

「まあ、君がとんでもない力の持ち主だとか、そもそも無詠唱でそんな事が出来るのかとかそういった不確定要素を全て万歩下がって認めても君にはそれが出来ないんだよ。」

「何を…。」


面倒そうにアークライは頭を掻いた。


「だって、その杖…壊れてるじゃないか…。」

「えっ…。」


ミアは予想だにしていなかった解答に口をぽかんと開ける。


「こう見えても、杖に関しては専門(・・)だ。大体一目見れば、その杖がどういう機能をしていて、どれぐらいの能力があるかはわかるんだ。当然、その杖の具合もね。よく見てみろ、手の甲側の指の丁度付け根あたりのところ、フレームが2mmぐらい歪んでいる。それで、増強印が2つお釈迦だ。この意味わかるだろ?」


通常、杖の増強印というのは3単位で刻まれる。

これは魔法の起動には最低でも印は3ついるという事を示している。

指輪に内臓された印の内2つが既に用を成していない。

とするならば、それは、ただのアクセサリーと相違ない。

つまりこの時点で彼女が語った計略は遂行不可能なのである。

というか、正直、問題はそれ以前の話でもあるのだが…。


「あなたにこの杖の何がわかるっていうんですか?大体、専門って…。」

「まあ、その専門っていうのに信用は得られないか…。ならば、魔法を使って証明して見せてくれ、ああ、そうだな、見せてもらえば、実際、君の計画が成功するか否かの証明にもなる。もし出来るのならば、俺はここで引き下がるよ。」


少しばかりの静寂。

ミアは唇を噛みながら黙りこんでしまう。


「沈黙は出来ないと受け取るがいいか?」

「――――――――っ。」


ミアはアークライの弁に言葉を詰まる。

論破されぐぅの音も出ない様子だった。

恐らくは咄嗟に考えたのだろうとアークライは推測する。

むしろ咄嗟にこれだけの事を考えられるのならば、中々大した頭のまわり方だとは思うが、やはり急場で考えたもの・・・脇が甘いし、何より相手が悪い。

仮にも交渉屋、粗探しは得意分野であるし、何より説得力として持ちだした杖はアークライに出すにはいささか鬼門すぎた。

しかし、これはつまり彼女が自分にここから救出される事を拒否されているという事でもある。

正直なところ、アークライとしてはこの理由が理解出来なかった。

確かに、彼女からすれば自分は背景もその実態もわからない危険な人間なのかもしれない。

しかし、先に言ったとおり、可能性を考えるならば、自分についてきた方が彼女自身が助かる可能性がある筈なのだ。

もし、自分が彼女の敵だとしても、その際は、自分から逃走中に隙を付いて逃げる事が出来る可能性はあるにはあるのだ。

それは成功する確立は低いかもしれないが、そもそもこの部屋に居続ける事は彼女の道に光の1つも入らない暗闇の道である。

彼女が救われる可能性すら無い部屋、そんな場所に居座るぐらいならば、危険かもしれないこの男について行ったほうが可能性はあるのではないか?

アークライはそう考えるのが自然では無いかと考えていた。

それなのに彼女はわざわざ彼女が救われない、否、絶望しかない場所に居座ろうとしている。

この彼女の思考がまるで理解出来なかった。

破滅主義者?そんな思考がよぎる。

しかし、ミアを見て、アークライはすぐにその説を否定した。

そんな妄想を持つ人間はこんなに強い瞳を持っていない。

彼女には確固とした意志がある、強い意志が…そんな人間がそんな妄想に取り憑かれる筈もない。

ならば、何のために彼女はここに居座ろうとしている。

どういう理由があればこういう事になる。

例えば――――


「誰か、人質に取られているのか?」


ミアは視線を逸らして言う。


「―――――そう言えば、アークライさんはわたしをここに置いて行ってくれますか?」


アークライは首を振る。


「ならば、それも含めて助けてやるから、行くぞというよ。大体それにしたって同じだ。もし君の知り合いが人質にされているのならば、君の処理が済んだ後、確実にその人間は消される。死人に口なしって言葉を知っているか?」

「…はい。」

「なら、そういう事だよ。どうであれ、君はここから出ないといけない…さあ、行こう。」

「だったら、同じ事をわたしは言い続けます。わたしはあなたを必要としていません。ですので帰ってください。お願いですから…。」


消え入りそうで泣きそうになりながらミアは言う。

ここまで来て、アークライは大体、ミア・クイックという人間が何を考えているのかを理解した。

こういう人間を過去に一人知っている。

境遇は似ているとは思ってはいたものの、ここまで性格が似るものか…と内心アークライは驚いていた。

なるほど、これを説得するのには骨が折れるなと思った。

彼女は自分の為にここに居座ろうとしているのでは無い。

それは確かだ。

ならば、彼女のような目をした人間が、このような場所にとどまり続けようとする理由はなんだ?

簡単な話だ、この手の人間は誰かの為に、自分の身を削るのだ。

自己犠牲。

自分を顧みず他を助けようとする精神。

おそらくは彼女にはそれが宿っている。

さて、問題はこの際に置いて、彼女が誰を救おうとしているかという話だ。

彼女は言う、自分に誰も身内のような人はいないと…。

ならば、彼女が救おうとしている人間はただ一人しかいないのではないか…。


「君は俺を救おうとしているのか?」


ミアは節目がちに応える。


「…そう言えばアークライさんは私を救おうとするのを拒んでくれるのですか?」


そう声にしながら、ミアの手は震えていた。

それは答えに等しかった。

アークライはそれに少し苛立ちを覚える。

逃げ出すのが怖いからでもなく、自分の行く末が怖いからでもなく、この少女は、アークライがどうなるかの先を案じて言っている。

その為の自己犠牲。

アークライにとってそれは耐え難い侮辱だ。

アークライ・ケイネスという20数年の全てを否定される程の事だ。

アークライはそれに感じて抱く怒りを理性でつなぎ止め、平静を保って尋ねる。


「なんで、君はそこまで…。」

「それが、あなたを不幸にするからです。そもそも信じられないような理由だと思います。あなたはきっとわたしの話を聞いて、そんなの迷信だと笑います。だから言えません。」

「はぁ、といっても、ここでこのまま続けても千日手だ。いよいよ、手がなくなると俺はあんたを気絶させて、抱えて無理矢理脱出するという手段を取らざるを得なくなる。」

「―――――っ。」

「正直な所、俺としては勘弁願いたい、今外は俺以外の侵入者もいてな、それが騒ぎ起こしてるみたいで外は混乱の真っ只中だろうからな。」


多少の憶測を混ぜてアークライは言う。

しかし、嘘は言ったつもりは無かった、結界が破壊されているということは外は大騒ぎだろう。

本来ならば、時限式の爆弾を結界の要にしかけ、脱出の際に起爆するようにする手はずだったが、その計画は丸崩れだった。


「そんな中で君をかついて逃げるのは正直、共倒れになる。だからこそ君には協力を頼みたい。」

「もし、わたしが、あなたと協力してここから脱出を図ったとしてもわたしは何の戦闘力もありませんよ。あなたが言うとおり、この杖は使い物にならないものですし…。」

「自分で考えて行動出来る人間がいるならば、それはその時点で戦力として数えるよ。君は意志薄弱な人間じゃないだろう?」

「―――自分を評価する術を持たないので知りません。」

「はは、そりゃそうか、でも話してる感じ君はそういうタイプの人間だと思うよ。君の声には何か強さを感じる。」

「言ってる意味が…それにそれこそわたしなんて捨てて逃げればいいじゃないですか、外がそんな状況ならば、足手まといを連れて逃げるより、あなたずっと高い生存率でこの場を抜ける事が出来る筈です。」

「俺もな、仕事はきっちりやり通すって信念がある、一度受けた仕事は最後までな…じゃなきゃやらなきゃいい、そもそも俺には選択肢があったんだ、やるかやらないか?そういう選択肢が俺の前には置かれていた。俺は自分の命をベットして今回の仕事をやると決めた。つまりは俺には君を連れてここから出ないという選択肢は無いといんだよ。」


ミアは落ち込むようにして言う。


「どうしても見捨ててはくれないんですか…?」

「そうだな、君がこのままここで非協力を貫くのならば、俺もここに居座り続けるよ。」


そういってアークライは床に胡座をかいて座る。

尻を影の中から蹴られる感触を覚えた。

マナが怒っているのだろう…。

とはいえ、そこで感情に任せて出てこないマナにアークライは内心感謝した。


「君が何から俺を救いたいと思ったのかは知らない。けれど、君がどういう選択肢を取るにしろ、俺は君をここから連れ出すという事は変わらない。結局、君がこのまま子供の駄々みたいな事を続けるのならば、君の願いは叶わず、俺も君も不幸な事になるだろう。残念な事に守るだけでも一苦労なのに荷物を抱えて逃げれる程、俺は出来た人間じゃないからね。だから、君には君の意志で俺と共に来て欲しい。」

「―――――――あなたは馬鹿なんですか?」


アークライは鼻で笑う。


「不幸自慢は趣味じゃないんだけどな、俺は元から幸福なんかとは無縁の生活を送ってきたよ。俺には何もないからな…。だから今更不幸の1つや2つ抱えた所で、なんとも思わないよ。」


そう今更な話だ。

既に呪われている人生。

今更、不幸が増えた所で何を思うか・・・。


「けれど、わたしに関われば、あなたは呪われる。きっと、運命があなたを呪う。わたしと関わった人は絶対に普通ではいられない。それはきっとあなたの想像を絶します。」


アークライは少しづつ苛つきを感じる。

このまま行くとこいつはずっとこうやって同じ話を続けて行くんじゃないだろうか?


「だから、それは気にしないって…。」

「でも―――――――」


そうして同じ話を振り直そうとするミア。


「なあ、あんた、何回同じ話を繰り返すつもりなんだ?俺の意志は伝えた、あんたの選択肢は残念ながら、俺と協力してここから出るか、俺に意識を奪わせて俺に抱えられて出るかの2つだ。あんたにそれ以外の選択肢は無いし、与えるつもりもない。」

「でも――――」


そして、アークライの導火線に付いた火は火薬を爆発させる。


「ああ、いい加減頭来た!お前さっきからこっちが下手に出てたら、同じ話ばっかり続けやがって、お前あれか?音声複製機テープレコーダーか?不幸、不幸、不幸って、いい加減聞き飽きたんだよ。そんなものを決めるのは何時だって俺だ。例え、俺がお前に関わって不幸になったとして、そんなもん不幸かわかるのは10年後、ふと振り返って客観視した時ぐらいだろ。お前の論点で言えばな、今、俺がお前に協力仰げてないのがそもそもとして不幸だろ!」

「そんな・・・無茶苦茶――――はふっ。」

 

 アークライの両手でミアの頬を抑えられ続けようとした言葉を強引に止められる。


「あんたは黙ってろ、ああ、めんどくさい、関わると不幸になるから関わるな?ってか、じゃあ、こうだ、最低の関わり方ってのを教えてやる。」


そういってアークライは乱暴にミアの唇に唇を重ねた。

ミアは、自分が何をされているのか最初理解出来ずにぽかんと近づいてきたアークライを見つめていた。

その後、徐々に唇に変な物が当たってるなという事実に気づき、そして自分が何をされているのかを理解する。

アークライは唇を離し、笑う。


「どうだ、ざまぁみやがれ。」


ミアはぽかんと口を開けたままそう笑うアークライを見つめていた。

やがて、自分がされた事を客観的に捕らえ、その後主観的に捕らえる。

驚愕はゆるゆるとやってくる。


「最低っ!!!」


ミアはアークライの頬を全力で叩いた。

繋がれているミアの手が届いたのは一重にアークライの顔がミアの近くにあった為である。


「は、初めてだったんですよ!初めてだったんですよ!!!!」

「俺だって初めてを献上したよ。」

「わたしはそんなの求めた記憶ありません!!!大体男の最初なんて…。」

「おうおう、こんな時に男女差別とは流石、女は酷いねぇ。」


 その後、心底悔しげに漏らす。


「うぅ…初めては好きな人と決めていたのに…。」

「ほぅ、さっきまでそんな夢がどう考えても叶わない所に身を投げようとしていたお嬢さんの言葉とは思えませんねぇ。」


そう喋りながらもアークライは少しいい傾向だと思った。

先ほどまでと違い会話になっている。


「それは…。」

「大体な、そんな人並みな夢見てる奴が、自分より他の誰かを助けようなんて考えようとするなよ…。大体、自分を助けられもしない人間が他を助けられるわけもないだろう?」

「…でも…。」

「でもじゃないんだよ。俺はな、どんな困難が襲いかかっても乗り越えてきた。それは今までもそしてこれからもずっと変わらない、別にあんたにその生き方を強要する気はない。だがたとえ、あんたと関わった事で俺がさらに不幸になったって、それを俺は乗り越えてやる。だから、もしあんたと関わる事で俺が不幸になるというのならば、あんたは気兼ねなく俺を不幸にすればいい。俺は既に不幸な身の上だ。別にその程度、気にする必要はないんだ。」


そう吐露する。

彼は他を困難から守るために自己を犠牲にする他人という輩が心の底から腹立たしかった。

それはアークライを弱いと、自分に襲いかかる困難すらどうすることも出来ない無力な人間だと、そう言っているようなものだ。

アークライからして見れば、それは認める事が出来ない話であった。

例え目の前にどんな困難があろうともそれに立ち向かう。

アークライ・ケイネスはなべてそういう人間なのだ。

そういう人間であろうとする人間なのだ。

ミアはそれを理解し、自分ではこの男の心を曲げる事は出来ない事を理解する。

ああ、この人を信じる事ができるのならばどれほどいいことか・・・。

そしてそれと同時に、今まで作り続けた仮面が崩れ落ちていく。

ミアは頬に雫が垂れるのを感じた。


「―――無理なんですよ。だって、お父さんもお母さんもわたしがいるから殺されて、それかだって、わたしの為にと施設でわたしの目の前で色んな人たちが実験なんて言われて殺されて…わたしなんとかしようとしたんですよ?わたしに巻き込まれないようにしようと努力したんです。でもそれ全然叶わなくて、だから…もうわたしは、もうそんなのに関わった人が巻き込まれるのが嫌で…。だから…ほっといてください。」


おそらくは彼女が持つ不幸はアークライの想像を絶する形で実を結ぶ。

ミアはそれに絶対的な予感を持つ。

だから、彼を信じてはいけない。

彼はきっと不幸を乗り越える事は出来ない。

だって、いままでもずっとそうだったのだから…。

だから、なんとかして彼に諦めさせないと…。

わたしはもう、これ以上、わたしのせいで死んでしまう人を見たくない…。

考えろ、考えろ、ミア・クイック、どうすれば―――――

そうして押し黙り、思考するミアを無視して、アークライはニャルラで鎖を斬った。

そうしてアークライは彼女に手を差し伸べる。


「――――もう、行くぞ、馬鹿な事言ってないで、さっさと立て、それで俺なんかにされた事忘れてしゃんと生きろ、それが出来れば十分幸福になれるんだから…。」


アークライはそういって、ミアに手を差し伸べる。


「あ…。」


その手はとても荒れた手だった。

手のひらにはいくつも傷があって、皮膚は凄く硬そうで…けれど暖かそうな手だった。

つい、ミアはその手を握ってしまう…。

そしてそれはミアの敗北を意味した。



次回日曜日に更新予定です。よろしくね。

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