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未来を拓く一本の矢

 日が沈み、青白い月が高々と昇った夜。

 一矢は窓から熱のない光の源をただ黙って見上げている。

 いや、その目が見上げているのは月の傍らに輝く赤い星だ。

「明日の朝には到着か……」

 月の後ろに隠れた不気味な赤。それを睨みながら、一矢は苦々しく顔を歪める。

 昼間の死闘の後。

 避難所に戻った一矢は律たちの無事に胸を撫で下ろした。

 生きた炎を倒し、これで危機を乗り切ったと安堵に浸りつつあった一矢だが、そこへ冷や水を浴びせる知らせが後ろに控えていた。

 超巨大隕石の急接近を観測。

 避難者の何人かが持っていたラジオから、そんなニュースが知らされたのだ。

 このあまりにも出来すぎなタイミングでの観測。

 そしてノイズ交じりのアナウンサーの声が知らせた、赤い光に包まれた推定直径15キロの核。

 それから一矢はその隕石の正体が、辛うじて退治に成功した生きた炎の同族。それもより強力な存在であると悟る。

 直撃確実のコースで接近する隕石。それに避難していた人々は、せめて最後をなれた家で家族と過ごそうと言うのか、それぞれの家へと散って行った。

 一矢たちもまたそれらの人々と同じように、律と美由紀も加えて弦巻の家に帰宅していた。

 家に到着してからしばらく。弦巻、藤井両家の父親も無事に合流。

 隕石を「みなみのうお座の口からの襲撃者」「旧々しき支配者たち」と呼ぶマトモな様子でない専門家の映るテレビ。それを前にして二家六人は夕食を進める。

 誰もがポツポツとしか口を開かない、ひどく静かな、重々しい空気の中での夕食。

 最後の晩餐とでも言うべき雰囲気でのそれが終わって、一矢は自室に戻って窓際のベッドに座っていた。

「やっとの思いで倒したと思ったのに、なんだってんだよ……」

 深々と落ちる肩とため息。

 半ば捨て身の覚悟で命を勝ち取ったにも関わらず、現状はそれを嘲笑う。

 宇宙から降って来ようとしているあまりにも大きな壁に、一矢はただ下唇を噛む。

「……一矢、いい?」

 そうしてこみ上げる理不尽を押し込めていたところで、不意のノックが一矢の意識を呼び戻す。

「ああ、入れよ」

 白くなるまで握り組んでいた手を解いて、ドアの向こうにいる恋人に了解の返事をする。

 微かな音と共に遠慮がちに開かれるドア。それを潜った律は後ろ手に入り口を閉める。

 そうして月明かりが差し込む部屋の中を進み、黙って一矢の左隣に腰を下ろす。

 僅かにクッションが沈み、左腕に密着した律の柔らかさと体温が一矢の意識に染み込む。

 それに加えて鼻腔をくすぐる彼女の香りが、守りたいと思える存在を改めて一矢の胸に刻む。

「……ねえ一矢……やっぱり今近づいてきてる隕石って、あの火みたいなやつの……?」

「ああ……親玉ってヤツらしい」

 律の躊躇いがちな問いを一矢は首肯する。

 そして腕を支えに後ろに体重を預けて、天井へ向けてため息をつく。

「ササメの話じゃ、あの親玉がササメの先祖が生まれた星を丸ごと食い潰したんだとさ」

 ササメと共有している知識から知ってはいたが、改めて口に出したことで敵の強大さを認識してしまう。

「先祖の星って……じゃあ、ササメって宇宙人なの?」

「聞くのそこか? なんだと思ってたんだよ?」

 律から返ってきた言葉に呆れ混じりに返す一矢。

 だがその顔を覆っていた悲壮さは緩み、口許には軽く笑みが浮いていた。

「……ま、そんなモンらしいぞ。で、星を亡くしてもいくらか生き残ったのがそのまま宇宙を放浪。それでいくつか世代を重ねた頃に、ササメのいた集団が故郷の仇の分身に襲われて全滅。ただ一人になったササメは命からがら地球に逃げ込んだっていう流れなんだと」

 一矢はササメ達繊維生命体の歴史を大まかに説明。そして改めて項垂れながら深く息を吐き出す。

「必死で倒した相手が実は片手一つ程度で、続いてやってくるのが星を丸ごと食いつくしたヤツだなんて、何の冗談だよ……」

 そう言って一矢はもう一度、深いため息を繰り返す。

「ちょっと待って! まさか一矢、まだ……そんなのとまで戦うつもりなの!?」

 ため息を遮るようにぶつけられる問い。それに一矢が傍らの恋人を見やれば、信じられないものを見るように目を見開いた律と目が合う。

「あ、ああ……ササメだけじゃ億に一つも勝ち目は無いし、生き延びるためには他に出来ることは無さそうだしな」

 律の驚愕の表情に戸惑い交じりに頷き答える一矢。

「なんで!? どうして一矢が行かなきゃならないのッ!?」

「お、おい!?」

 弾かれたように詰め寄る律。

 目と鼻の先まで迫る恋人の顔に一矢は思わず身を引く。だがその腕は律に掴まれて間合いを開けることは出来なかった。

「なんで一矢だけが戦わなくちゃならないの!? もう一矢は充分戦ったんだから、他の人にも戦ってもらえばいいじゃない! 自衛隊とか、警察とか、プロにササメをまかせたらいいじゃない!?」

 互いの鼻と鼻が擦り合うような距離。そんな文字通り目と鼻の先で律が叫ぶ。

 その訴えに、一矢は小さく首を横に振る。

「いや、いまさらだ……今からプロに任せたところでササメとお互いに信頼を育ててる時間はない。一緒に戦った経験のあるおれでなくちゃ、駄目なんだ」

 強く訴える律とは対照的に、一矢の声音は落ち着いている。そんな一矢に、律はわずかに乗り出していた身を引く。

「……でも、だからって! 一矢が行ったって……星をどうこう出来るのに、勝てるはず、ないじゃない……」

 徐々に律の声から力が抜け、それにつれて彼女の体も一矢から離れていく。

「律……」

 しっかりと腕を掴んで離さない恋人の名を呼ぶ一矢。

 それに引かれたかのように、律が胸に頭から飛び込んでくる。

「お、と」

 胸を打つ衝撃。不意をうって襲ってきたそれを一矢は危なげなく受け止める。

 そして体に顔を埋めた律の肩に手を伸ばしたところで、彼女が震えていることに気づいた。

「律……」

「行かないでよ……誰が行ったって、同じなんだから……それなら、最後まで……そばにいて……」

 しゃくりあげる度に途切れる言葉。そんな涙声での願いに、一矢は中途半端に止まっていた手を律の肩に添える。

「悪いな……律。たとえ勝ち目がなくたって、おれは最後まで足掻きたい」

「ばか……ッ!」

 一矢が言い切るや否や、その胸板を今度は律の握った手が打つ。

「ばか! ばか一矢ぁ!」 涙混じりの声に合わせ、拳の底が胸を叩く。

 一矢は胸の芯に重く響くそれを黙って受け続ける。

「……なんで、……ック! なんで自分から、死にに行っちゃうのぉ……! なんで、わたしを一人にするのよぉ……!? ぅう、うぅ……っ」

 一矢の胸に額と拳を押し当てたまま、律は涙に沈む。

 そんな恋人の肩を抱きながら、一矢は口を開く。

「生きていて欲しいからだ……」

「へ……?」

 呆けたような声と共に、すり付けていた顔を上げる律。

 溢れる涙に濡れた彼女の顔に向けて一矢は言葉を続ける。

「涼と父さん。章吾さんに美由紀さん。そして誰より、お前に生きていて欲しいから……大事な人を無くすのは自分がどうにかなるより、ずっと怖いから。だからおれは、最後まで足掻いてみせたいんだ」

「そんなの……勝手過ぎるよ……」

 残されるもののことを考えていないともとれる一矢の言葉。律はそれをか細い声で責めながら再び一矢の胸に顔を埋める。

「ああ……臆病なおれの勝手だ」

 そう言って一矢は恋しい女を腕の中に包み込む。

「そんな身勝手なおれが、好きこのんで命を捨てるわけないだろ? な?」

 言いながら一矢は、怯えて震える自身の手に気づかれないように、律の背を撫でる。

 だがその瞬間。不意に、律が全身を使って一矢の上体を押し込む。

「う、え?」

 完全に虚を突かれた一矢は、為す術もなく背中からベッドへ倒れる。

「お、おいりつ……むぐ!?」

 一矢は戸惑いながらも身を起こそうとする。が、それを律が唇を塞ぎながら覆い被さり押さえつける。

「ん……ふ……」

 律は息継ぎを挟みながら、口づけを重ねて繰り返す。

 ちゅ、ちゅく……と水音を絡めながら、唇を繰り返し襲う柔らかな感触。

 そして律の体重と一緒に与えられる温もりと柔らかさを押し返すことができず、一矢は嵐のように降り注ぐキスにさらされ続ける。

「……は、ふ……ぁ……」

 体は押し当てたまま、律は頭をわずかに持ち上げる。息継ぎをするその唇からは、どちらのものかもわからない唾液が一矢の唇との間に細い橋を架けている。

「お、おい?」

 のぼせるような熱烈な口づけ。

 その熱に一矢の脳髄は湯立って続く言葉が紡げない。

「……絶対に、捨て身を選ぶ気にもならないようにするから」

「ん!? むぅ……!?」

 律は熱を帯びた目でそう宣言するや否や、一矢の唇を再度強襲。

 言葉を挟む間も与えられなかった一矢は、なすすべもなく舌の侵入まで許してしまう。

「……っふ、ん、んん……」

 一矢の口の中を律の舌がたどたどしく探る中、律は自身の衣服に手をかける。

 一矢の視界いっぱいを埋め尽くす愛しい女の顔。

 赤く上気したその向こうからは、ささやかな衣擦れの音。そして布が大きく動くたびに、一矢にのしかかる柔らかな温もりが体に押し込まれる。

 その全身を使った連携に、一矢の理性の堰が音を立てて切れる。

 破れた堰から溢れ出した情動のままに、一矢は律の体を抱き締める。

「あぁ……一矢……」

「律!」

 僅かに顔を引いた恋人。そこへ今度は、一矢の方から反撃とばかりに唇を重ね合わせる。

「律……律……!」

「ふ、ぁ……かずやぁ……」

 互いにむさぼるように口づけを交わし合いながら、求めるままに体をまさぐる。

 一組の若い恋人は互いに恋しいと思う心のままに相手を求め、愛しいと思う心に任せて与えあっていく。



「……じゃあ、行ってくる」

 服を整えた一矢は、寝息を立てる恋人へ声をかける。

 しかし律は、布団から裸の肩と素足を覗かせたまま、起きる気配もない。

 互いに加減がわからないにも関わらず、二人は激しく体を重ね続けた。

 今夜が最初で最後になるかも知れない。

 互いに抱いていたその不安が一矢と律をより深く重ね合わせた。

 そうして身に刻まれた愛しい女の感触を支えに、一矢はどんな苦難にも向かって行ける気さえしていた。

 死地へ向かうことが止められないのなら、せめて生きるための力になろう。

 体を重ねながら感じていた彼女の切なる思いを胸に、一矢は息をする恋人を眺め続ける。

 そうして愛しい女の姿を目に焼きつけて、一矢は深く息を吸って、吐く。

 顔を上げた一矢は最後の戦いへ向かおうと、踵を返しドアに向かう。

「……ばか……」

 ドアノブに手をかけた瞬間に背を叩く声。

 かすかなそれに思わず一矢の手足が止まる。

 だがしかし恋人へ振りかえることはなく、ドアを開けて交合の気配の色濃く漂う部屋を後にする。

 静まり返った家を忍び抜けて外へ。

 柔らかく、しかしひやりとした月明かりが一矢に注ぐ。

 宵の闇に負ける程の細やかな光。一矢はそれを浴びながら右手を挙げる。

 まるで何かを呼び止めるかのような無造作な合図。

 直後、一矢の足が地面から離れて浮かび上がる。

 挙げた右手から見えざる何者かに引かれるように夜空を横切る一矢。

 まばらに灯った明かりを眼下に飛んでいると、やがて前方の海辺に、巨大な人影が現れる。

 人のシルエットを描く糸。それが見る見るうちに密度を増して、強固な立体を形作る。

 艶めく髪を夜風になびかせた虫に似た巨大な顔。

 硬質な外骨格に覆われた筋骨逞しい肉体。

 正座に近い形で折りたたまれた脚は砂浜に沈みながらもその巨体を支えている。

 一矢の接近に連れて完全な形に近づいていくササメは、両手を差し出して巻き取る糸で招いたパートナーを迎える。

「よ……っと、待たせたな……ササメ」

 月光を乱反射する繊維で織られた巨大な手のひら。

 一矢はその上に足を揃えて降り立ち、相棒の顔を見上げて声をかける。

 するとササメは虫のあごに似た口を開き、手のひらの一矢を見下ろす。

 心配そうに上から覗き込んでくるササメ。

 一矢は瞬きする青い水晶のような目を見上げ、軽く鼻を鳴らす。

「本当によかったのかって? いまさら随分水臭いこと言うじゃないか」

 そこまで言って一矢は顔を伏せて、眉間にしわを寄せる。

「……水臭い云々はおれが言えた義理じゃない、か……」

 自身に向けた皮肉を込めての冷笑。

 そこへ頭上からの視線が強まったのを感じて、一矢は改めて顔を上げる。

 案の定視界を埋め尽くすほどに迫ったササメの顔。

 虫をほんの少し擬人化したようなその顔のアップは造形、質量と相まって、慣れないものにとっては卒倒ものだろう。

 だがそんな気絶しかねないほどの圧力を与えるものも、一矢にとっては弟分が心配して様子を見ている程度にしか感じない。

 吐息が重く感じるほどの近くまで降りてきたそれに、一矢は思わずその顔をほころばせる。

「……とにかく、おれを置いてお前一人で特攻したところで、おれはこの星と一緒に死んじまうんだ。だったら勝ち目が薄くても最後まで一緒に戦ってもらうからな」

 笑み交じりにそう言うと、ササメは閉じた顎の奥から低く唸り声をこぼす。

 ササメが見せたその逡巡を一矢は再びの鼻息で吹き飛ばして上空を見上げる。

「いくぞ。お前の故郷の仇を討って、皆の生きる明日を奪い返しにな」

 オォオオーーーーーーーーーーーーッ!!

 一矢の言葉を受け、迷いを押しつぶすかのように気合の声を上げるササメ。

 それに続いてササメの首元、人で言うところの鎖骨の中心あたりが展開。

 開いたその奥から伸びた糸が一矢を巻き取り掴む。

 それからウインチを巻き戻すように、糸が一矢を捕まえたまま首元の穴へ引きこまれていく。

 巻きついた糸に空中で向きを変えさせられ、背中から綿で出来たような空洞に収まる一矢。

 その身が固定されるのに続いて、一矢の飛び込んできた穴がふさがる。

 直後、一矢がササメを外にある自身の肉体として、ササメが一矢をもう一人の自分として受け入れての同調が始まる。

 ササメの見ているものを自分の目で見ているかのように認識が重なり、外にある巨体が隅々まで音を立てて引き締まる。

 上空に輝く青白い月。

 まだその向こうにいるであろう生きる炎の本体を見据えて、一矢は深く膝を曲げてバネを溜める。

「行ッくぞぉおおッ!!」

 オォオオオーーーッ!!

 内と外とで声を重ねて跳躍。

 轟音を後に残し、重力を突き破る勢いで猛然と上昇するササメの巨体。

 しかしいくらササメといえど、人型を維持したまま重力下で自在に飛翔出来るわけではない。

 あくまで跳躍である以上、いずれ星が持つ引力に捕まって引きずり降ろされてしまう。

 まだ勢いを緩めず上昇を続けるササメの肉体。その力が死なぬうちに、糸をより合わせた巨体が渦を巻いて先細る。

 空をねじ開けるかのように螺旋を描きながら、上昇する勢いを超える速さで細く長く伸びていくササメの肉体。

 天へ昇る昇竜。

 あるいは宇宙を目指す人類の叡智、ロケット。

 その二つを掛け合わせたような姿でササメは月をめがけて高く、高く舞い上っていく。

 やがてその先端は大気圏を貫き、宇宙へと抜け出る。

 そしてササメの肉体は宇宙空間へ飛び出した勢いのまま前進。

 大きく丸い月へ向かいながら、いまだ大気圏に残っている尾を巻き取り、鳥足の人型を再構築する。

 瞬く間に糸が寄り集まって強固な装甲をまとった肉体が完成。同時に分厚い外殻の下から青いエネルギーラインの放つ光が透けて通る。

 その全身へ漲ったエネルギーをササメは後方へ放出。青い星の光を後に闇の中を加速する。

 ぐんぐんと大きくなる月。その奥から小さな赤く燃える石が姿を現す。

 だが小さいとは言っても、あくまで縦に並んだ月と比較しての話である。たかが40メートル程度のササメとは比べるまでもない、まぎれもない巨大隕石だ。

「ウォオオオオオオオッ!!」

 煌々と輝く赤。迫りくるそれを正面に、一矢は雄叫びをあげて突進する。

 まるでこちらに気づいていないのか、急ぐでもなくただ悠然と近づいてくる生きた炎を宿した隕石。

「砕けろぉおおッ!!」

 迎撃体制すら整えようとしない隕石に向け、一矢は右拳を発射。

 回転しながら伸びるそれは隕石の中核を捩じり貫こうと激突。

「むぅッ! ぐぅッ!?」

 だが接触の瞬間、一矢は右手を失う感覚に声をあげてもだえる。

 ほんの一瞬の触れ合いで奪われた右腕。

 先の無くなったそれを睨みながら、一矢は歯を食いしばる。

「クッソ……! この程度ッ!」

 歯を食いしばって痛みを堪え、エネルギーを集中。青い光が腕を走るのに続いて、伸びた糸が織り上がって右手を再生させる。

「腕一本で駄目ならッ!!」

 一矢は作り直したそれの具合を確かめもせず、腕を組み合わせて構える。

 その合わせた拳を細長くのばし、そこから宇宙へ飛び出したときと同じく全身を蛇のように変形させて突っ込む。

「うぅぉおおぁあッ!!」

 全身をきりもみ回転させての突撃。一個の巨大なドリルとなった一矢は青い光をまき散らしながら燃える隕石へ正面からぶち当たる。

「グ、ウッ!?」

 岩肌と接触するや否や、それを包む生きた炎がやすやすと装甲を食い破って身の内を侵略してくる。

 いまササメを包んでいるのは先の分身体との死闘を経て作り上げた、高い侵食耐性を持つ生体装甲だ。にも関わらず、それが数秒も持たずにたやすく破られてしまった。

「ウゥォオオオオオオオオオッ!!」

 だが一矢は、全身を襲う痛みを雄叫びで押し流しながら削られる全身を再生させつつ掘り進む。

 しかし全身で掘削を進める一矢の指先で炎が弾け、爆散。

「ぐ!?」

 自分から爆発した隕石の破片にまぎれて吹き飛ぶ一矢。

 宇宙を転がるように飛びながら、一矢は崩れた糸をより直して巨人としての肉体を再構成する。

 そこへ伸び迫る岩石交じりの生きた炎。

 視界を埋め尽くすそれに対し、一矢は全身をバラバラに分解。回避する。

 一矢は離れて存在する自分自身を把握しながら、周囲を確認。

 辺りには岩石を含んだ生きた炎が幾つも伸び、まるで伝説の八岐大蛇の首のごとく暴れ回る。

 太陽のプロミネンスのごとく、ひと際大きな塊へ戻るものを回避しながら、一矢はばらけた自分自身を回収すべく動いていく。

 まず腰と左右の足。それと同時に上体も両腕と接続。

 続いて上半身と下半身が互いに糸を伸ばして繋がる。

 そして最後に首が肩の間に収まってササメの巨体が完成する。

 が、それと同時に周囲を取り囲む火炎が拡散。幕を作って逃げ場を塞いだ上で瞬時に収縮する。

「ぐあッ!?」

 全方位から生きた炎の中に取り込まれ、次いで全身にむらなく襲いかかる苦痛に、一矢は苦痛の声を上げる。

 生きたまま消化器官に放り込まれればこうなるだろうか。

「う、ぐ!? あ、あぁあああああああッ!?」

 全身を溶かされる苦痛に苛まれながら、一矢は身をよじり、悶え苦しむ。

 凶悪なまでの勢いで進む侵食に、もうなす術は無いのか。

 ただ一足先に食われるしか無いのか。

 文字どおり八方塞の状況に、そんなあきらめにも似た考えが一矢の中に浮かぶ。

 が、同時に一矢の頭に痛みとは違うものが閃く。

「……ッ! いつまでも一方的にッ!!」

 叫び、大口をあける一矢。そして目の中までも染め抜く紅蓮を身の内へ取り入れる。

 焼くような刺激が口の中で、喉の奥まで潜って暴れ回る。

 だが一矢はそれを堪えて内側からも食おうとするものを逆に捕食、吸収する。

 その取り込んだエネルギーで身を構成する糸を増やし、侵食に対抗する。

「そうだ……こいつは炎に見えても生命体……ならこっちが食えない道理は無いッ!! おれが、おれたちが逆に食ってやるッ!! 食われる恐怖を思い知れぇえッ!!」

 さらに生きる炎を口から吸収しながら一矢は叫ぶ。

 そして全身の装甲を展開。全身を走る血管にも似たエネルギーラインを露出させ、噛みついてきたエネルギー生命体を全身で食う。

 全身に吸収機関として展開したものでの捕食。

 そうして奪い返したエネルギーは、一矢の糸をより合わせた肉体へと変換。

 再生は侵食による損耗を凌駕し、逆に肉体の体積を爆発的に増やして巨大化させる。

「ぐ、うぐ……!」

 だが食い合いで拮抗するどころか押し返すらしたものの、生きた炎も食われたままではいてくれなかった。

 吸収した炎は再生、増殖のエネルギーと変わった上で、毒ともなってより糸の体を内から蝕み始める。

「この、程度ッ!!」

 敵を食い殺す度に壊死していく己の体。だがその苦痛に構わず、一矢はほぼ完全に一体化していたササメとのつながりをさらに強める。

 だがそれをササメ側が制止。これ以上は身も心も完全に一体化して分離出来なくなること。そして確実に共倒れになることを理由に拒絶する。

「へっ……気づかいどうも……と言いたいところだがふざけるなッ!!」

 しかし一矢はササメの拒絶を一蹴。強引に肉体を糸と解き、ササメの一部としていく。

「こうでもしなきゃ、まだ力が足りないッ! まだ相討ちにすら届かないだろッ!!」

 身も心も合わせた相棒へ訴えながら、一矢は膨れ上がる体全部で毒を含む炎を食らい続ける。

「おれの後ろには父さんが、涼が……そして律が生きてるんだッ!! あいつらの未来を、おれに開かせろッ!!」

 もはや自分の口かササメのもので叫んでいるのかも認識出来なくなりながら、一矢はいつの間にかひどく縮んでいた隕石の群れを両の腕で抱きしめる。

 抱き集めた岩の中から、内に潜む生きた炎すべてを引きずり出し吸収。腹の内に取り込む。

「ぐ、ぶ……悪いな、ササメ……だがせめてお前だけで逝かせはしないからな……」

 全身を、あらゆる糸の隅々まで駆け巡った毒にうめきながら、一矢は腕に力を込め、岩々を千々に粉砕する。

 瞬間、毒に蝕まれた体の中で、何かが音を立てて切れる。

 支えを失い、バラバラにほどけていく意識。

 その中で一矢は、涙を流す律の幻を見る。

「……ごめんな、りつ……」

 遺した愛しい女へ詫びる一矢。

 一矢を喪ったことで律には深い悲しみを押しつけることになるだろう。

 だが一矢が母を喪った悲しみを時が癒してくれたように、律もいずれ必ず笑顔を取り戻すという確信が一矢にはあった。

 彼女の悲しみを癒やせる時間を、生きる時間を拓けたこと。

 その確信と喜びに満たされながら、一矢の意識は融けるように消えて無くなった。



 窓の外。夜空を幾重にも走る流れ星。

 唯一つとして地表へ届くことなく、残らず燃え尽きる流星群。

 それを律は、恋人の気配が残るベッドの上から眺めていた。

 夜空の向こう。月との間には色を変えて輝く薄靄が拡がる。

 この数日で嫌というほど見たその色合い。

 それが愛しい男と、それを戦いへ巻き込んだものがこの世に残した残滓であると、律は直感的に察していた。

「……ばか……かずや……かずやぁ……!!」

 もはやこの世にはいない男の名を繰り返し呼ぶ律。

 どれだけ返事を求めても声が返ってくることは無いと知りながら、律は布団をかぶった裸身を丸めてしゃくりあげる。

 しかし喪ったものを悼み嘆きながらも、その両手は包み込むように下腹部を抱く。

 まるでその内に宿ったものを守ろうとするかのように。

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