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奪われたもの

 突っ込んでくる空飛ぶ無機物の塊。

 敵意剥き出しにして迫るそれを捕獲。そして内側に取り込んで、その硬質の外殻の持つエネルギーを吸収していく。

 有機生命体の器も先の戦いですべて使いつぶし、燃える命は大量のエネルギーと新しい器を必要としていた。

 こんな状況に追いやられたのも、またあの糸屑の塊のためであった。

 窮鼠猫を噛むという言葉があるが、二度も噛みつかれた形になる。

 燃える命はエネルギーと共に取り込んでいた知識からそんなことを考えながら、その忌々しさに取り込んだ無機物の塊を瞬時に焼き潰す。

 だが、それはそれとして食料となるものは煩いくらいに飛びまわり、少し離れた地面にも長い筒を付けたものが這いまわっている。エネルギー補給と器に不足はない。

 燃える命としては、ひとまずは失ったものを補給しながら、あの糸屑を潰す方策を探る腹づもりだった。

 あれの同族同様、本来なら何の苦労もなく食い潰せるはずだった糸屑。

 だがあれは原生生物を取り込むことで、驚くほどの粘りを発揮した。

 ならば同じように原生生物を利用してやれるのも面白い。

 そう考えた燃える命は、二つの車輪を持つ乗り物に乗った有機生命体に目を付けた。



 美由紀と合流してからの避難は、結果から言えば無事に完了した。

 弦巻の家で残っていた涼を保護。二家の大黒柱を欠いた状態ではあったが、四人は揃って避難所として開かれた津向小学校に入ることができた。

「うーん、やっぱり繋がらないわね」

 避難者の集まる体育館の中。

 そんなのんびりとした困り声に、一矢が顔を向ければ、スマートフォンを耳に当てる美由紀の姿が目に入る。

「まだ無理じゃない? みんな連絡取りたいだろうし」

 律はそう言いながら、一矢の肩に消毒液を染み込ませたガーゼを当てる。

 とはいっても、肩の傷痕は怪しまれない程度にササメがすでに糸で縫合。軽めのものとして偽装しつつ治療を進ませてある。

「やっぱりまだ無理かあ……」

 律が止血用の清潔な布を当て、その上から真新しい包帯を巻く横で、涼も携帯電話を片手に肩を落とす。

 一つの町で起きたこととはいえ、特撮怪獣映画が現実になったような事件である。

 知人の安否を始めとする情報を求める人々で回線が混乱するのも無理もない話だ。

 一方で一矢は、見えぬほどの細かさになって町中に拡散したササメを通じて、父の直隆と藤井家の主人である章吾の安否は確認ずみだ。

 二人揃って、怪物出現現場近くに住む家族の安否が気になって気が気でない様子であった。が、二人とも町の臨海部から北に入った中心区にいるために怪我もなく、無事ではあるようだった。

「……きっと章吾さんも、父も大丈夫ですよ。向こうも心配してるとは思いますが」

 だが一矢の口からそれを伝えても不自然なので、安心させようにも、こんな当て推量にしか聞こえない気休めを投げかける他なかった。

「そう、よね。ありがとう、カズくん」

 しかし美由紀は柔らかく微笑んで、そんな気休めを受け入れてくれる。

「そうよお母さん。お父さんの職場は現場からは離れてるし大丈夫。危ない目にはあってないよ」

 一矢の気休めを補強するように言葉を付け加える律。

 そして言葉の結びと同時に包帯を仕上げて、涼の方へ顔を向ける。

「だからね、きっと直隆さんも無事だよ。心配しないで涼くん」

「お、おれは平気だよ! 父ちゃんを安心させられないから困ってただけだし!」

 涼はそう言って、頬を染めながら強がって見せる。

「そっか。涼くんは優しいんだね」

 そんな涼の強がりに律が笑みを向けて救急箱の蓋を閉める。すると涼は照れ笑いを浮かべながら後ろ頭を軽く掻く。

 一矢は傍らの恋人と弟のやり取りを眺めながら、同時にササメから送られてくる映像を頭の中で閲覧する。

 戦闘機を取り込む紅蓮の柱。

 それから距離を取ろうと無限軌道を後ろ回しに転がす戦車たち。

 人影一つない小学校近隣。

 場所も角度も違う様々な映像。

 監視カメラ越しにも似たそれらを閲覧しながら、一矢はササメの出来ることを思いつく限り手探りに試していた。

 まずは今も駆使している視点の増加。

 これを応用すればまさに後ろに目を得たがごとく、死角を無くすことが出来る。

 しかし戦闘に集中した状態では、ササメが脳の処理を補助してくれるとはいっても認識できて一つか二つ。車のミラーとリアカメラ程度が関の山だろうか。

 また肉体を構成する糸の配分しだいでは、小ぶりな端末から複数の腕や足を形成可能。

 これは場所を問わず、ササメの糸さえ必要な分量が届いてさえいれば作ることができる。

 できると認識さえすれば、ササメはあの生きた炎に勝るとも劣らぬほどに柔軟、かつ深い対応力を秘めている。

 問題となるのは、地球人である一矢が同調した状態で、どこまでこの柔軟性を発揮できるのかということだ。

 先の戦いでも脱出のために同調したまま分散させたが、全身を襲う違和感に一矢はひどく精神を揺さぶられ、すり減らした。

 だが一矢が同調してつなぎとめなければ、ササメが巨体を構築してもフェルト人形以下にしかならない。

 ササメの戦闘力をフルに発揮するためには、一矢がバラバラになる感覚に慣れるか、何らかの工夫を施さねばならないだろう。

 一矢は炎の怪物を打ち倒すために、現段階で必要な方策に頭を傾ける。

 しかしその時、一矢の見ていた映像のひとつ。小学校前を見る視界に動きが見えた。

 足をもつれさせ、あえぐように校門を目指す人が一人。

 それを後ろから、炎をちらつかせた人間が群れをなして追いかける。

 空を掻き、まるで溺れるような人と、獲物を見つけたピラニアのごとき炎に乗っ取られた人々。

 それを見た一矢は尻を蹴り上げられたかのように立ち上がる。

「か、カズくん!?」

「兄ちゃん?」

「どうしたの!?」

 顔色を変えて立ち上がった一矢を見上げる三対の目。

「悪い、ちょっと行ってくる!」

 一矢は見上げてくる律たちにそう断って、避難者の集まる体育館を飛び出す。

 追われているのが誰であれ、炎もどきに憑かれた人からは助け出さなくてはならない。

 なにより、あの生きた炎を内に宿したものを律たちのいる避難所へ一人たりとも入れるわけにはいかない。

 一矢にとっては、今傍にいる三人の無事が何よりも優先すべき事柄だ。

 逃亡者と追跡者の接近する校門前。そこへ一矢は出迎えるように滑り込む。

「ササメッ!!」

 そして追跡者集団を指差し相棒の名を呼ぶ。

 すると炎を灯した集団を取り囲むように、虚空に無数の拳が出現。それは振り子の先端か、弾丸のように空を裂いて憑かれた人々の体を打つ。

 重なり響く打擲音。

「うう゛ぉあぁ」

 続いて身も心も炎に焼き食われた人々が、うめき声を絞り出して吹き飛ぶ。

 顎を上げて打ち上がるもの。

 きりもみに空を舞うもの。

 様々に宙に飛んだものたちはそれぞれに舗装された地面へ落着。濁った激突音を連ね奏でる。

「おい、大丈夫か?」

 その合奏の中、一矢は腕を広げて追跡されていた人を迎える。

「って、宏明!?」

 そこで初めて逃亡者の顔をきちんと見て、一矢は自分が保護した人物が友人であると認識。つまずいて崩れ落ちてきた宏明の体を受け止める。

「お前も巻き込まれたのか? おい!?」

 寄りかかってきた友を小学校の敷地内へ引きずりながら呼びかける一矢。

 だが宏明はぐったりとしたまま、一矢の声に答えない。

「どうした!? おい!? ケガでもしたのか!? なあッ!?」

 一矢はそんな無言の宏明の背中へ、くりかえし声をぶつけて呼びかけ続ける。

 だがその間にも、普通なら動くことのできなくなる勢いで殴り飛ばした炎憑きの人々が、風に揺れるかのように立ち上がる。

 そして彼らは一斉に一矢たちへ顔を向け、耳まで届く薄く裂けた唇とまなじりの切れんばかりに見開かれた眼から炎をちらつかせる。

「……クッ」

 突き刺さる敵意に一矢は歯噛み。続いて右腕に先端に重りの付いたササメのロープが出現する。

 重りを頭に見立てれば、蛇にも似た形の鞭。

 一矢は向かってくる炎憑きをにらみ返しながら、ササメのくれたそれの尻尾側を握り締める。

 そうして一矢は身構えたまま、動かない友人と共にじりじりと後退。それを追い詰めるように、燃え上がった人々が前進してくる。

 徐々に詰まる間合い。

 そして一矢の引いた踵が校門の内側を踏んだ瞬間、これまで微動だにしなかった宏明がピクリと身を震わせる。

「宏明!?」

 身じろぎする友に、喜色ばんだ声を上げる一矢。

 だがその刹那。一矢の握る鞭が宏明を縛り、空中へと放り投げる。

「な!? ササメッ!?」

 一矢の意に反するササメの行動。それに一矢はうねる鞭に左手を重ねて相棒を責める。

 しかしそれをよそに、宙を舞う宏明の胸が膨れ上がる。

「なんだと!?」

 顔を上げ、驚きの声を上げる一矢。その視線の先で、宏明の風船のように膨らんだ胸が、針を刺したように破裂する。

 のけ反りながら真っ逆さまに落下する宏明。

 その体が濁った音を立てて地面を叩く。と、同時に、一矢の頬を温いものが濡らす。

「ひ、ろあき……?」

 拡がる赤い水たまりに浮かぶ友の体。それを瞬き眺めながら、一矢は頬を濡らしたものを指でなぞる。

 指についた僅かな粘度を持つその色は赤。友の体から溢れるものと同じ、暗く濃い赤だ。

「おい、なんだよ……? どうなってんだよ、これ……?」

 一矢は己の顔や手を染めたものと宏明の体を呆然と見比べる。引きつったその口からかろうじて絞り出される声は空に融けるほどに弱い。

 しかし不意にそれまで微動だにしなかった宏明の体が、震える。

 そしてそこからなんの支えもなく、頭を振り子のようにして起き上がる。

「ひろ……ッ!?」

 一矢は起き上がった宏明へ声をかけようと口を開く。だが目に映った友の姿に、名前半ばに息を呑んでしまった。

 宏明の体は、そうでないところの方が少ないくらいに赤黒く染まっている。

 しかもその胸はごっそりと抉れて、白いものが血染めの肉の中から覗いていた。

 しかし死んでいなければおかしい肉体の損傷を露わにしながらも、宏明は二本の足でその場に立っている。それどころか、血の零れる口元には薄い笑みさえも浮かんでいる。

 そして口から血の泡をまき散らしながら、目を見開き哄笑。

 だが声はない。

 心肺がごっそりと抉れているのだ。肺が無ければ当然声を出すことはできない。

 声もなく狂ったように笑い続ける宏明。その周囲に炎憑きの人々が集まる。

 そして宏明もまた、破れ崩れた胸と血まみれの顔から生きた炎を噴き上げる。

「痛ッ!?」

 それと同時に、一矢の頬を、腕を、鋭く食いつくような痛みが襲う。

 見れば、体に浴びた宏明の血から炎もどきが渦を巻き、皮膚に食い破ろうと食いついてくる。

「ぐッああッ!?」

 その痛みにもだえながらも、一矢は体についた炎もどきを皮膚ごとこそげ落とす勢いで拭い払う。

 対応が早く迷いなかったのが幸いしてか、食いつかれはしたもののかろうじて破れた皮膚から血が滲み出す程度で済んだ。

 だが窮地を脱したのもつかの間。今度は宏明を始めとした炎憑きが踏み込み躍りかかる。

 正面、左右、そして上と各方面から躍りかかる炎憑き。

 その内、上からくるものは口からその身に宿した邪悪の炎を吐きかける。

「頼む、ササメッ!」

 対して一矢の指示に答えて、その身を瞬時に織りあげられた外套が包み込む。

 フードまでついて全身を覆ったそれは、一矢を乗っ取ろうと降り注ぐ火炎を真っ向から弾き飛ばす。

 空中に溶けていく生きた炎。

 耐性を持たせた繊維構成が功を奏して、人間に宿した程度の端末からならば食い破られることなく防ぐことが出来る。

「ふっ!」

 一矢は火の粉を防護コートの表面に弾きながら、右手を一閃。接近してきた炎憑きへ重り付きの鞭を繰り出す。

 風を切った鞭の先端は先頭をきって突っ込んできた炎憑きを打つ。

「げばっ!?」

 だが一人を迎撃した間に両翼から別の者が接近。鞭を振り戻す一矢を挟み込む。

 だが一矢は鞭の扱いに手間取り、リーチを活かせず左右からの接近を許してしまう。

「クッ!」

 燃え盛る敵意の挟み撃ちに歯軋りする一矢。だが一方でマントの端がまとまり固まり、一矢に代わって炎を灯した人々を迎撃する。

「ササメか!? 助かった!」

 一矢はそのマントから生えた腕を一瞥し、相棒の援護に感謝の声を上げる。

 それに続き無数の拳がマントから伸び、いまだ両脇正面から迫る敵を殴打。弾幕の如き拳が敵を押し返す。

「おおおっ!」

 その勢いに乗って一矢も鞭を振るって接近する敵を迎撃。

 津向小学校校門前は燃え盛る矛としなやかで強靭な盾のぶつかる戦場と化した。

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