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消せぬ火種

 ササメの巨体は部位それぞれに異なる特性を持った糸で構成されている。

 地球上のどの金属よりも高い剛性と軽さを備えた形に編んだ綱を骨格に。

 その上にしなやかかつ強靭な筋繊維が。そして重機数百台分のパワーを生み出すそれを、滑らかな光沢を持つ皮膚と、分厚い装甲外骨格が包んでいる。

 骨格を軸に年輪を重ねるように積層化したその間を、情報とエネルギーそれぞれを伝達する二種のケーブルが無数に、文字通り網の目のように張り巡らされている。

 そのように、ササメの巨体は言わば地球上の脊椎動物の模型として構成されている。

 だがこれはササメが一矢を、地球人類をスキャンして構築したものに過ぎない。ササメとその同類は本来、繊維の塊であるという以外に決まった形を持たない。状況に合わせて細胞単位の糸を縒り、束ね、編み、縫い、変幻自在にその姿を変えるのだ。

 それを一矢は、自分の体に潜ったササメの神経から伝えられ、理解していた。

 だが、目の前に立つ巨体はまるでワケが分からない。

 いや、巨体という表現すらも正しいかどうか。

 「それ」は確かに人型のシルエットを描いている。

 だがそのほとんどはゆらめく紅蓮。炎によって出来上がっている。

 そのシルエットを作るのは、彩りを変える火炎の他は黒点のように浮かぶ無数の人々だけ。それも核と言うよりはただ中継点としてあるようにしか見えない。

 だがこの炎の巨人は、昨日戦った隕石製の虫もどきと同類であることは間違いない。そう一矢は確信を持っていた。

 しかしその考えが正しいのならば、先の戦いで得た認識に一つ大きな間違いがあることになる。

 一矢は炎を纏った巨虫が、隕石に擬態した宇宙生物であり、炎に見えるものは捕食用の器官であると思っていた。

 だがササメの目を通して見る炎の巨人という存在から考えれば、むしろ炎こそがこれらの本質、本体ということになる。

 生きた炎とでも呼ぶべきいわゆるエネルギー生命体。

 一矢はササメを通して対峙するモノの認識をそう改めた。

 であるならば、目の前に立つ炎塊は全体に捕食、消化する能力があり、触れただけで食われるということになる。

 だが裏を返せば、人間で言うところの口の中どころか、胃や腸までむき出しになっているようなものである。少なくとも隕石を土台に使っていたことから、現在の状態はひどく燃費が悪く不安定なのだろう。

 一矢はそう考えて、ササメに左足を踏み出させ、半身の構えをとらせる。

 重く響く足音。

 その振動に炎巨人は全体を揺らめかせながら、滑るように前進。それに伴い、炎の端が舐めたブロック塀やアスファルトの地面が焦げ削れる。

 その勢いのまま紅蓮の巨人の右腕が迫る。それを一矢はササメと共に身をそらして回避。すかさず続く左の薙ぎ払いもまた身を沈めさせて避ける。

「そんなトロい大振りが当たるかよ」

 あっさりとかわせた攻撃に軽く息を吐く一矢。

 そしてさらにのし掛かろうと迫る炎の壁に身を引く。

 だがその瞬間、不意の衝撃がササメを通して一矢達を揺るがす。

「きゃッ!?」

「なに!?」

 しがみついてくる律を支えながら一矢は体を見回して異常を確認。するとササメの右足が民家に引っ掛かっていた。

「まず……ぅおっ!?」

「きゃあああ!?」

 そこへさらに襲いかかる重圧と震動。揺さぶられた二人は揃って声を上げる。

 かざした腕を襲う削られるような痛みと食い込む熱。

「ぐ、うぅ……」

 歯をくいしばり堪える一矢。だがその間にも痛みを与える火炎もどきはササメもろともに押し包まんとのし掛かる。

「一矢、逃げよう!? このままじゃあ!」

「ここからどう逃げるって!?」

 逃走を促す律に叫び返す一矢。その勢いのままササメの振り上げた腕が前面ほとんどに食いついていた炎を押し剥がす。

 火の粉を舞わせて空に散る火炎巨人。

 だが揺らめく断片は息つく間もなく再集合。わずかに離れた場所にまたも燃え盛る巨人の姿を形作る。

 立て直す暇を与えまいと、すかさず踏み込もうと膝を沈ませる一矢。

「……くそっ! 嫌な位置に!」

 しかし炎の巨人が立つ場所は無数の民家が包囲。並び建つそれらを一つも踏みつぶさずに飛び込むことは不可能だった。

 さらにこの場から動こうにもササメの足場とする道路も狭く、満足に足運びもできない。

「どうにか……広い場所に……」

 少しでも広い場所へ向かおうと、中央分離帯のある両側二車線の道路へ一矢は顔を向ける。

 だが一方で人型の炎は民家を焼きつぶしながら前進。直線でササメと一矢に向って迫ってくる。

「何だとッ!?」

 建材を次々と取り込んでは灰に変えながら、微塵の躊躇もなく前進する炎塊。その揺らめき輝く赤の中で小さな人型が黒い炭となって、崩れる。

 それを見た瞬間、一矢の脳髄を熱いモノが満たす。

「このやろぉおおおおッ!!」

 小さなパートナーの雄叫びに応えて、捩じり伸ばした拳を繰り出すササメ。

 その一撃は突進する炎を真っ直ぐに迎え撃つ。

 だがネジの様に抉り穿った螺旋の拳を軸に炎は渦を巻いて拡散。四方八方無数に散ったそれはまるでそれぞれが意思を持っているかのように空を舞い、ササメへと突っ込んでくる。

「くっそ! ササメ!」

 自分を中心に再集合しようとする敵。その意図を察して一矢は叫び、ササメを炎が貪った焼け跡へ飛びこませる。

 逃げるササメの背をめがけて追いすがる火炎。

 一矢は振り返って手のような形になった炎を確認。

「ササメ! シールドコート展開!」

 そして踵を返させながら指示を飛ばす。すると一矢の声に従ってササメの首や肩から、白く輝く布が伸び広がって全身を包む。

 一瞬の間を置き、腕の形をした炎がササメに次々と激突。爆発が絶え間なくササメを揺さぶり、目と耳を爆発一色に染め上げる。

「きゃああああああっ!?」

「大丈夫だからこらえろ! 舌噛むぞッ!」

 悲鳴を上げてすがり付く律に言いながら、一矢は腕を振るイメージをササメに送る。ササメはその通りにマントの下に隠していた腕を横薙ぎに振る。

 マントに振り払われて、爆発は煙を残して空に消える。

 ところどころに焦げ穴の空いたマントには、食いついた炎は火の粉さえ残らず消え失せていた。

 この焼け焦げたマント。シールドコートと大層な名前こそつけてはいるが、ようは攻撃性エネルギーの接触に爆散する布状の反応装甲、リアクティブアーマーだ。

「とっさの思いつきにしては、有効だったじゃないか……へへッ」

 一矢の呟く通り、その場の思いつきで生まれたものではある。が、その結果はカウンターによる殲滅という防護装備としては破格のものであった。

「これで、ひとまずは大丈夫か……?」

 ササメの瞳越しに周囲を探りながら息をつく一矢。

「お、終わったの……?」

 呼吸に合わせて上下する空間の中で、律も安堵半分警戒半分に呟く。

「たぶん、な」

 一矢がそう言って頷く。

 だがその瞬間、ササメの踏む焼けた地面が爆発。

「なにッ!?」

「え!?」

 立て続けの爆音に激しく隆起する足場。

 それに一矢とササメがたまらずバランスを崩したところで真下から伸びてきた炎が足首に絡みつく。

「ぐぅッ!?」

 足に食いつき駆け上ってくる痛み。鋭いそれに一矢は歯を食いしばってうめく。

「一矢!? どうしたの? 何が起こってるの!?」

 苦しむ一矢の姿に、怯え戸惑う律。そんな愛しく思う女の不安顔に、一矢は強引に笑みを浮かべて見せる。

「なんの、すこし不意打ち食らっただけだ。すぐに何とかする」

 そう言って律を勇気づけようと強がる一矢。

 だがササメを通して見える光景は、すぐになんとかすると言うには厄介な状況だ。

 地中に潜んでいたらしく、地割れから噴き出て伸びる火炎。それはササメのつま先から脛と誤認しがちなかかと部はもちろん、膝まで巻きついている。

 さらに破れたシールドコートの下に潜り込んだものは両の腕を掴み、また腰にも絡みつく。

「クッ……どうにか脱出を」

 一矢に応えるべくもがくもがくササメ。

 だがその身に絡みついた紅は自在に形を変えて、より糸の巨人を乗り込んだ一矢と律もろともに捕らえて放そうとしない。

 それどころかササメが身じろぎする度に炎もどきは這うように拡がり伸びる。

「ぐ、クッソ! どうにかしないとッ! どうにか!?」

 みるみるうちにみぞおちと二の腕あたりまで覆った貪欲な紅蓮に、一矢の顔に焦りが露わになる。

 離脱のための算段を練ろうにも、その焦燥感と火傷のような痛みが重なって思考力を奪う。

 その間にも這い上ってくる痛みが、炎もどきが一矢たち二人の収まったのど元近くに迫っていることを知らせる。

 もはやササメとその中に乗る二人は、大蛇に締めあげられているか、あるいは丸のみにされかかっている状態にあるといっても過言ではない。

「あ、グ……ッ!?」

 全身から脳天へと駆け上るひと際強い痛み。それに一矢は目を白黒させてうめく。

「一矢!? しっかりして一矢ッ!」

 そんな痛みに苛まれる一矢へ、律がすがりつきながら呼びかける。

 愛しい女の呼び声を聞きながら、一矢は視界の中に弾ける火花を見つめる。

 飛んで。

 散り。

 広がる。

 いくつもの小さな光の粒。

 重なり広がる閃きはやがて大きな閃光となって一矢の脳裏に弾ける。

「弾、けろぉ……ッ!!」

 閃きのままに絞り出した声。

「かず……きゃぁあ!?」

 続いて強い重力が二人にのしかかる。

 押しつぶさんばかりのそれが和らぎ、制止。

「え、え? 落ちる!? 落ちてる!?」

 直後、律の悲鳴通りに上へ引き上げられる様な浮遊感へと切り替わる。

 動くこともできない超高速のエレベーター。

 その壁に埋もれながら、一矢はただ目をつむってしがみつく律を首で支える。

「衝撃、来るぞ!!」

 そして数拍の間を置いて開眼。同時に警告の叫びを放つ。

 それに律が声を出す間もなく、下から突き上げる衝撃が二人を貫く。

「グ! うッ!?」

 浮き上がり、落ちてきた恋人の重みを支え堪える一矢。

「うぅ……やっぱ、首以外の全部を一度バラバラにするなんてのは無茶苦茶だったか……」

 言いながら一矢は、しかめ面で首をひねる。

 その言葉通り、一矢はいったん全身を炎に巻かれたササメを構築する糸の集合を解除、分散させた。そうして食いついた炎を振りほどいた上で再集結。鳥足の巨人の姿を再構築させて着地したのだ。

 これはあくまで、ササメが変幻自在の繊維生命体だからこその芸当であり、神経を通して同調している一矢にとっては、自ら肉体を空に溶かしたかのような異様な感覚を味わう、いわば諸刃の剣であった。

「まあ、どうにか仕切り直せただけマシか……」

 だが賭けではあったが、狙い通りに炎もどきを振り解くことには成功。

 一矢は未体験の異様な感覚と積み上がったダメージに揺れる体に鞭打ちながら、周囲の物質を取り込みながら再集結する火炎巨人を正面に構える。

「次で……決める」

 ササメと共に右の拳を固めて呟く一矢。

 しかし言葉は雄々しいが、次の一合で決めなければ後がない、というのが実状であった。

 ササメは首から下をほぼ丸呑みにされていた事で、体を構成する糸を大きく削られて消耗。そして一方の一矢もまた、肉体が希薄になる感覚が脳裏にこびりついて、重くのし掛かっていた。

 しかも肉体の消耗も精神の疲労もそれぞれが別々に抱えたものではない。

 重なった一矢とササメにとって、互いの苦しみは必然的に我が事のように共有する事になる。

 ここまで心身共に消耗した状態でまた食いつかれれば、今度は仕切り直しすらも怪しい。

 だからこそ、次で決める。決めなければならないのだ。

 肩を上下させながら呼吸を整え、渾身の一撃の為の力を溜める一矢とササメ。

 その身から放つただならぬ気を感じとってか、火炎巨人も踏み込んで来ずに風にその輪郭を揺らめかせる。

 周囲が焦土と化した中、じりじりと間合いを詰める両者。

 互いの距離が狭まるに従ってその間ではりつめた空気が緊張を増し、まるで壁のような密度さえ感じさせるようになる。

 接近を阻むような大気の壁をはさんで対峙するササメと炎塊。

 深い静寂。

 やがて両者の間で何かが崩れる音が響く。

「おぉおおおおおおッ!!」

 その音を引き金にササメが踏み込み、火炎巨人は地面を削って接近。

「吹っ飛べッ!!」

 雄叫びと共に放つ右の螺旋。

 だが実体のない紅蓮は渦巻くようにねじれ崩れながらも、腕を伸ばして掴みかかる。

 ササメの目の前にまで迫った指。それを一矢は相棒に身を沈めさせて回避。それを追うように続く逆の腕も上体を大きく左へ傾げてやり過ごす。

「おぉらぁあッ!」

 その勢いのまま右足を振り上げ、左足を軸に回転。歪んだ炎の人型をなぎ払う。

 弾け散る火炎。千々に砕けたそれは上空で再集結。巨大な火球となって落ちてくる。

「フゥウウッ!」

 押し潰さんと迫るそれを見上げて、一矢は鋭い気を吐く。

 同じくササメの吐いた吐息で青く染まった視界の中、落ちてくる火炎もどきを拳で迎え撃つ。

 激突。

「やれ! ササメェ!」

 それと同時に、烈帛の気合を放つ一矢。続いてササメの右腕から布が傘開くように展開。そのまま裏返るような形になって火炎を拡散する包み込む。

 瞬間、爆音を上げて膨れ上がる布包み。

 リアクティブリネンは内側から焼き焦がされ、はぎれとなって弾け飛ぶ。

 目に見えての決着。

 だが次の瞬間、赤く輝く粉となって散った炎がササメの右腕を軸に集う。

「なに!?」

 一矢の口から漏れ出る驚きの声。

 拳の焼け崩れた腕に食いついた火種は、たちまちにほつれ糸からフレームまで一息に侵食。燃え盛る炎へと成長する。

「う、あぁあああっ!?」

「そんな、一矢!?」

 瞬く間に肘から先を包むほどに育ってなおも、炎は貪欲にササメを貪り、一矢を痛みに苛む。

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