第肆幕
夕闇を多くの蝋燭で囲む様に照された部屋で4つの影が話し出す
「ほぅーそんな事があったのかい?」
問い掛けた影が煙管をくわえ紫煙を吐き出すと違う影が少しおどけて答えた
「いやぁ、謄蛇がまさか力を貸すとは思いませんでしたよー
一番最初は「天后」か「朱雀」それか大穴で「青龍」だと思ったんですがねー?」
と頭を掻いている
「しっかりして下さいな?
しかし、お義母様?どうしましょうか?
沙羅の話だと、この人を離れ紫蘭の式になったようですし…」
頭を掻いている欅をたしなめながら話を続けようするのを割り込む様に欅は話し出す
「いやぁー皐さん?
騰蛇の痣が消えてるから間違いないよ?ほら!?
12天将のみんなには、うちの子が18まで待って言ったんだけどねー」
捲られた腕には確かに先日まで手首にあった
赤黒い蛇が巻きついた模様がない
「はぁー、ちゃんと今の数え方で言いました?アナタ?」
呆れたように欅を見る
「あっ!!それは言ってなかったよ…
紫蘭は年末近くに生まれてるから数えだともう18越えてるのかぁ、大きくなったねー」
感慨深そうに唸る欅に突っ込むように先ほどの皐よりもきつい突っ込みが入る
「楪姉さん?貴女の息子は相変わらず少し抜けてるな!?
こんなのが、今の12天将や8将神の器だと思うと目眩がするよ…」
「あんまり式は使いませんからねぇー
それに「神装」は中々大変ですから…」
「いつまで昼行灯をしているつもりだ!?」
言い争いが始まりそうになるのを見計らって
「そう言ってやるな?葵?
これでも今の巫の当主だよ?欅の符術や魔術の腕は知っておろうに?」
妹を宥めるように優しく話すとまた紫煙を吐き出しと欅と皐に向かい合う
「ちと早いが…紫蘭ちゃんには「あそこ」に行って、その後は色々揃えて「あっち」に行って貰おうかのぉー」
「大丈夫じゃないでしょうか?
蝦根君と一緒なら?あの子、あれで結構根性ありますし、蝦根君はあの子を良く支えてくれますから」
「そうだね、蝦君と一緒なら大丈夫だね?
母さんも本当に紫蘭が可愛いんだね?」
とお互いに迷わず答えた
「じゃぁ紫蘭ちゃんが回復してパーチーが終わったらじゃなっ!!
「スーちゃん」にも連絡しておかねばな」
「それにうちの孫を着けて貰えるか?」
葵が楪を見て思いもよらない発言をした
「蓮華ちゃんかい?まぁ良いじゃろ?」
「お義母様っ!?あの子達はまだ高校生ですよっ!?
蓮華ちゃんや菖蒲ちゃんに紫蘭や蝦根君が何かしたら困りますっっ!!」
「大丈夫だ、皐よ?婚約者同士何があっても困らんよ?寧ろ巫家的にも斎家的にもあった方が都合が良いっ!!」
と当たり前の様に葵は言う
「伯母様…」
「大丈夫じゃよ?皐さん?
紫蘭ちゃんはかなり奥手じゃから?
蝦根もいい加減そうだが、真面目じゃし?
ただ、蓮華ちゃんや菖蒲ちゃんはのう
…」
「それが心配なんです…お義母様」
「大丈夫じゃよ?多分…」
二人の心配を余所に欅は紫蘭の成長に感動し、葵は孫と従者を両方の婚約者と一緒に行かせる事に満足していた
「まぁー、なるようになるじゃろっ!!
今日は解散じゃっ!!
竜胆や梓さんと蘭ちゃんの事も考えなきゃならんからのー」
と煙管を置き楪は立ち上がった
「ほら!?アナタ?行きますよ?」
「はいー、そうだっ!!皐さん?今日のご飯はなんだい?」
「今日は作るのは沙羅よ?」
ため息をつき欅と並んで歩く皐に
「蓮華達にはチャンスをモノにするよう、強く言っておく」
とすれ違い様に恐ろしい発言をして葵は去っていった
「大丈夫かしら?あの子達…」
皐はまた一つ増えた心配の種子に大きくため息をついた
体を刺すような痛みが大分和らぎ、身をおこし話せるくらいになった頃、事の顛末を蝦から聞かされた
「あの時は焦ったよ…
気が付いたら、お前が「我が名は騰蛇っ!!」て言いながら火球をぶっぱなしてよぉー?
割って入った女の子にも容赦なく撃ちまくってて、で沙羅さんと兄ちゃんが来て止めたら、簪が弾けとんで倒れたぜ!?」
騰蛇…そんなに鬱憤が貯まっていたんだろうか?
確かに、終わった後は良い笑顔してたもんなぁー
「成る程なぁー、まぁでも蝦が無事で本当に良かったよ?
俺の霊装って以外と大した事無かったなぁー」
と窓の外を観ながら蝦が煎れてたお茶を啜る
「言っても、初歩の初歩だからな?
倒せんのは雑魚か中堅どまりだろぉー、流石に名前持ってる妖怪は無理だなぁー?
落ち込むなよ?ほら?」
慰める様に頭を撫でる
「な・で・る・なっ?」
ふざける蝦に向かおうとするが
「痛っ!!」
「ほら?怪我人なんだから大人しくしてろっ!?」
と優しく背中を叩かれた
「だから痛いって!!」
膨れっ面で蝦を睨むと突然部屋の扉が引かれる
「あら?それだけ叫ぶ元気があれば大丈夫ね?
紫蘭?ちょっと良いかしら?」
と素早く近寄り寝巻きの袖を捲られる
「沙羅姉さん?ちょっとっ!?」
「やっぱりっ…そうよねっ?確かに騰蛇もそう言っていたし…」
自分の手首を見ると赤黒い蛇が絡まるような痣があった
「何?この痣?沙羅姉さんは何か知ってるの!?」
「その痣は謄蛇が貴方を認めた証よ?
母様に言われたから一応、確認しに来たの
父様の謄蛇の痣が消えたから、やっぱりあったわねっ!!」
「まさかっ!?」
俺と蝦はユニゾンする様に声を上げた
騰蛇…やっぱり諦めてなかったんだね
「騰蛇は正式に貴方の式になったわ
恐らく…これから、12天将は貴方を後継者として試しだす筈よ?」
「いやでも、沙羅さんっ!?それが始まるのは紫蘭が18になってからじゃ!?」
「それがねっ、蝦根君?父様が歳の数え方訂正し忘れてたそうなのよ?
だから、紫蘭はとっくに18を越えてるわ…」
「つまり?」
目の前で起きた、認めたくない現実を確認するように姉さんに問い掛ける
「貴女はこれから、12天将に後継者として見定められるわっ!!
気を付けなさい?失敗したら死ぬから?
私のヴァルナの時の事は覚えてるでしょっ!?」
忘れもしない…
去年の今頃、空木さんに抱えられて結界から出てきたあの時だ…
今、姉さんが認めらた阿修羅は4柱
どれも必ず瀕死の重症だった…
大火傷にスダスダの切り傷、果ては押し潰された複雑骨折
でも、その中でもヴァルナが一番瀕死だった
意識がほぼ無い状態で全身の黒く染まった凍傷
3日3晩、母様と父様、俺や楪祖母様まで駆り出されて霊力による治癒を続けてやっと回復したんだ…
それが今度は俺に来るのか…
しかも、祖母様の修行を始めてから行った姉さんと違って俺はまだ修行すら始めてない
「大丈夫よっ!!私の弟だし、それに阿修羅達と違って12天将は全員戦うとは限らないしっ!!
今回の騰蛇もそうだったでしょっ!?」
「行けるってっ!!大丈夫!!紫蘭?お前なら大丈夫だろ?」
青ざめるを俺を励ますように姉さんと蝦が言葉を続ける
すると痣が光を放ち頭の中に騰蛇の声が聞こえる
(紫蘭よ…大丈夫だ…汝の刃となり残りの11柱の試練…共に越えてくれる…)
(騰蛇?やっぱり諦めてなかったんだね?友達って言ったのに…)
(それが…汝の使役の…在り方と理解した…不服か?…)
(やっぱり、式になるの諦めてはくれない?)
(もとより…我は…汝の式となる事に決めたのだ…言葉を違える…つもりはない…汝が迷惑なら…考えるが…)
(嬉しいよ?けど、未熟な俺で良いの?やっぱり式になってくれるなら、騰蛇の力を完全に受けとめる力をつけてからの方が…)
(構わぬ…汝の成長を…汝の可能性を…何より汝の魂を…我は好いている…)
(有り難う、俺頑張るね?)
(期待しているぞ…紫蘭?)
その言葉を最後に痣は光を消す
「やっぱり、騰蛇は式になってくれるって後は残りの11柱を共に乗り越えるって」
励ましてくれた二人と1柱に感謝をして俺は心を決める
「良い眼ね?これなら安心だわ、さぁ紫蘭?頑張りなさい?」
いつの間に隣に居たお母様が優しく手を握ると霊力を通して体を癒してくれる
「さぁそろそろ休みなさい?
沙羅?欅さんがお腹を空かせてるから、晩御飯お願いね?
蝦根君は、明後日のお義母様の会で紫蘭が着る着物を選んで来て頂戴?
貴方が選ぶと紫蘭、嬉しがるから?お願いね?
私は紫蘭が寝たら居間に行くから」
そう告げると二人は立ち上がり蝦は手を降り、姉さんは頭を一撫ですると部屋から出ていった
二人きりなのを確認すると
「お母様?俺、頑張るから」
「知ってるわ、貴方は頑張り屋さんだもの?
でも、無理はしないの?
今はゆっくり休んみなさい?大変なのはこれからよ?」
そう言いながら空いた手で優しく頭を撫でてくれる
「うん、有り難うお母様」
「ふふ、幾つになってもやっぱり可愛いわね?我が家のお姫様は…」
優しい声と暖かい手の温もりに包まれて俺はゆっくり眠りに落ちていった
一辺の明かりもない漆黒の闇の中にさらに濃い二つの影が蠢く
黒い影と向かい合う青黒い影
「ほぅ?未だ完全ではないとはいえ、女郎蜘蛛がここまでやられるとはな?」
ボロボロの女郎蜘蛛は、青黒い影に空中に投げ出されると黒い水の固まりに包まれて
ゆっくり辺り一面に張られた蜘蛛の巣に張り付けられた
「あぁ俺が入ってかなきゃ、魂まで消し炭になってたろうぜ?っても俺も結界に入るだけでやっとだったけどな?
途中、乱入が無かったら多分二人共こんがりウェルダンにされてた」
「この様子では、回復までかなりの時が必要だな
…
お前ほどでもか?で、相手は誰なのだ?」
興味深かそうに黒い影は巣から身を乗り出す
「巫らしいぜ?女郎蜘蛛が言うにはだけどな?
実際に、騰蛇を使役の出来るなんてアイツ等しかいないだろ?」
青黒い影はうんざりした様に声を上げる
「誤算だな、ただ鬼門を開くだけが巫を呼び寄せるとは」
「なぁ?どうにかなんねぇのか?このまま巫が感付くとメンドイ事になるぜ?」
「うむ、暫く様子を見るしかないな?
今は未だ感付かれる訳にはいかん、探し物が見付かるまではな?」
黒い影はおぞましく蠢き思考を巡らせている様だが青黒い影は吐き捨てるように言い放つ
「本当に見付かんのかよ?奴に言ってもう少し駒揃えねぇと無理だぜ?
東洋のやり方は性にあわねぇんだよっ!?」
「ならん、平行して鬼門を開くのも暫し休みだ
確かにまだ、駒が足りんのは否めんな
仕方あるまい、まずは悪神達を集める他あるまい?」
「次いでに変なのも寄って来ねぇと良いがなっ!?」
黒く濁った水で作られたソファーにもたれながら悪態をつく青黒い影
「まぁ暫くの辛抱だ、最後に笑うのは我々だよ?」
黒い影はそう言って蠢くのを止めた
「どうだかなっ!?そうありてぇもんだぜ?じゃぁ寝てる阿呆共でも起こしに行ってくる」
そう告げて舌打ちと同時に青黒い影は消えた
「さて、余計なオマケが着かないのを願うしかないな」
黒い影も溜め息をついて女郎蜘蛛と共に消えた