Honey Dip Fruit
「…で、なんでこの人達こんなところで私を待ち伏せしてるわけ…?」
「どうしたの?」
「何か言ったか?」
「…?」
「どうしたの藤林さん」
「いえ…」
長い暖簾の様な前髪で目の冷たさは伝わらない。
藤林無花果は正直「早く帰りたい」と願っていた。
今日は友人の藁谷・釘隠とスカイプで会話しながら映画観賞をする予定なのだ。
頼みの綱である槌上は今日も今日とて欠席で、頼れない。
「自己紹介がまだだな。俺は科野獅弦」
「針槐解徒です」
「薄荷虎一…」
「白詰幸色です。よろしくね?」
「えっと」
「知ってるよ。藤林無花果さんだよね?」
「あぁ、だから名字呼び…」
何故知ってるのか。
とは聞かないことにしよう。と無花果は心に決めた。
聞いたところでロクな回答が得られないだろうし、得られたところでやはり、後悔するのは目に見えているのだから。
「さて、藤林さん」
「はい」
「どうしてここに居るのか、分かるかな?」
「さっぱり…」
「僕たちね、共通点があるんだよ」
共通点?と無花果は少年達を一通り眺める。
…外見的な特徴は見当たらない。
とりあえず無花果は思いつきで答えることにした。
「中学校が同じ?」
「ぶっぶー」
「てか今でも違う高校だしな」
その通り獅弦と虎一は学ランであり、解徒と幸色はブレザー。
私服高校に通う無花果には縁遠い代物である。
「捨てられた子犬は拾ってませんよ」
「ベタだけど違いまーす」
「因みにお花と会話してたとかでもないよ」
「ヒント…昔々」
「結構過去の話ってことですか…」
無花果は記憶をグーンと遡って行き、止めた。
覚えてないものは覚えてない。
知らないものは知らない。
これ以上無駄なブドウ糖を使うより、この状況を打破するのが先決だと無花果は結論付けた。
「覚えてません」
「そんなー」
「実にすみません」
「あんなに激しく愛し合ったのに」
無花果は固まった。石化である。メデューサにでも会ったかのようだ。
だがそれに構わず解徒は続ける。
「『とき君だけだよ』って言葉は嘘だったの…?」
「『しづ君には全部見せるね』って言ってくれたじゃねぇか」
「あの雨の日、『ゆき君…愛してる』って…」
「…『虎一君が一番好き』」
「待て待てそんなこと言ったこと無いよ私!」
それどころか私処女なんだけど!キスだってまだなんだけど!
と無花果が弁解しようも、時既に遅し。
周囲の目は無花果を『四人の男を手玉取る悪女』と語り、非難していた。
「仕方ないから、選んで?」
「こん中から一人、彼氏にする奴をな」
「浮気のお仕置きは皆でやるね!」
「藤林…早く…」
「いやだから私」
「僕だよね?」
「俺だろ?」
「僕でしょ?」
「俺…」
「「「藤林(さん)!」」」
「藤林…!」
「…そうなったらいっそ別れようぜ皆さん」
+++++++++++++
「まぁ、冗談はさておいて」
「みなさーん今のお芝居ですよー!」
「明日から外出れない…!」
無花果が頭を抱えて描くのは、後ろ指差される自分の姿である。
人の噂も七十五日。その二ヶ月と半分ほどに耐えられる自信は無花果には無かった。
「実はほぼ初対面なんだぜ俺達」
「!?」
「そうそう、会ってるけど覚えてないと思うんだ」
「だいたい知り合いだったら名字より名前で呼ぶよね」
「酷い人たちだ…」
「そう?」
「酷く…ない」
「えー、必死になって思いだそうとした私の労力返してくださいよ。無駄なカロリー使っちゃったじゃないですか」
「え?ダイエットしてるんでしょ?」
「何故知ってる」
「女はみんなダイエットが好きだからな」
「偏見だよ科野君。してない人もいるんだから」
そんなくだらないことをグダグダ喋っている高校生グループを、周囲の人はなんと思うのか。
円形のテーブルの半分に偏るように座った4人の少年と、その4人のほぼ前方に座る少女。
無花果は改めて自分の前に居る四人の少年を観察することにした。
無花果から見て右側の端、針槐解徒。
如何にも良いとこ育ちのお坊ちゃんと言った風体の王子様キャラだ。
同世代の男子よりも細身ではあるが貧弱な印象は全く与えない。染めているんじゃないかと疑いたくなるほどの明るい髪色は日本人にはあまり合わない色だ。それすら似合っているのは王子様効果なのかもしれない。
「ん?どうしたの?」
「いえ別に…」
キラキラオーラとそれ相応の極上笑顔に、無花果は気押される。
その隣、白詰幸色。
鈴を張ったような目に小柄な体躯、幼気な仕草、切りそろえられた黒髪は柔らかく風に揺れる。どう見ても高校生には見えないし、男子と言われてもすぐに納得はできないだろう。
これで女子制服を着ていれば完全に女子中学生の彼。無花果が彼の性別を誤解しなかったのは、偏に彼の着る制服のおかげである。
「ねーねー、いっちゃんって呼んでも良い?」
「あ、はい、どうぞ」
人懐っこい印象を持つ少年に、無花果は何故か警戒心を掻き立てられ目を逸らした。
次に、薄荷虎一。
青みがかった髪はミディアムウルフに切られ、眠た気で今にも降りそうな瞼から覗く瞳は日本人離れした金色をしている。
雰囲気こそ犬である彼だが、実のところこのなかで一番ガタイが良い。狼と言った方が正しいだろう。
そしてそのガタイの良さと瞳から、ハーフなのかもと無花果は予想した。
「…?」
「…ごめんなさいなんでもないです」
犬に見つめられるとこんな気分になるなーと、無花果はその視線にいたたまれなくなる。
そして一番左側、科野獅弦。
赤茶色の髪に釣り上った目。素人目で見ても無駄な筋肉の無いしなやかな体。
耳につけられたピアスも、首に掛けられたチョーカーも、指につけられた指輪も、すべてが彼のためにあると言わんばかりに馴染んでいる。
上に立つべき存在。その存在感に、人は獅子を彷彿させるだろう。
「なんだよ、構ってほしいのか?」
「心からご遠慮します」
構われたら恐らく食い殺されるな、と無花果は恐怖した。
総評すると、みんなイケメンだ。
毛色は違えども、女の子にモテることは確定である。
特に解徒や虎一は女子人気が高いだろう。幸色は可愛がられ要員、獅弦は怖がられ不良要員と無花果は見ていた。
実際のとこ男女問わず人気は同程度なのだが、ここでは割愛。
「であの、本題に入ってもらっても?」
「本題?」
「本題より前座の方が楽しいよ?」
「逃げてばっかじゃ話が進まないじゃないですか」
「そう急くなよ、なんなら俺ん家来ても良いんだぜ?」
「…フラグ…」
「科野君、それは全力で阻止するよ?」
「科野先輩って見た目通りなんですねー」
「お前らだってそう変わらねぇだろうが。初対面が好印象なだけ質悪ぃしな」
「あの、帰って良いですか?」
「…やだ」
「あぁ、そんな顔で見つめないで…!」
「まぁ落ち着いて、座って?」
「そーそー。いっちゃんなんか飲む?」
「それより本題に…」
「だから慌てんなって。短気は損気だぜ?此処じゃ落ちつかねぇなら…」
「科野君?」
「科野先輩?」
「…ダメ、絶対」
「チッ」
「…帰って」
「藤林…」
「だから…っ!」
一向に本題に進まない一団にしびれを切らし帰ろうとする無花果。それを引きとめる虎一。
動物には滅法弱い無花果である。捨てられた子犬のような目で見つめてくる虎一を振り払うことが出来ず、解徒と幸色に強制的に座らされ逃げられない。
ならばと本題に入るよう要求するがそれもまたはぐらかされる様に獅弦の家に誘われ、それを他の3人が阻止する。
何時までも本題に入らない事にやっぱり嫌気のさした無花果が帰ろうとする虎一が…という無限ループが5・6回続いた頃、無花果の頭には“今夜の約束、守れる気がしないなぁ”という落胆しかなかった。
+++++++++++++
「あの、私本当に急いでるんですけど」
無花果は勇気を振り絞ってこのループを止めようと奮起した。(因みに無花果はその間ココアをご馳走になった。誰が買うかで論争が始まったのは言うまでも無い。)
今の彼女にとって、目の前の少年達より約束していた友人2人の制裁の方が恐ろしく思えていたのだ。
その2人が無花果の通う高校で『丑三つ時』と呼ばれ恐れられている姦し三人娘のうち2人であることは、この話には関係ないので省略。
「これから友人2人とスカイプしながら映画鑑賞するんです。だから」
「それって、男?」
「まさか!女子ですって」
「女子、ね…」
「女子か…」
「ふーん…」
「……。」
「え、なんですかこの雰囲気」
「あ、気にしないでねいっちゃん」
ほぼ初対面の少年達がまさかその友人2人に嫉妬心を抱いていようとは、無花果も気がつかない。
のでこの雰囲気を払拭されても無花果は気にも留めなかった。
「もう、しょうがないから本題に入ろうか」
「本当に、しょうがなく、ね」
「もーちっと遊べると思ったんだけどな」
「…名残惜しい」
名残惜しくてもさっさと済ませてほしい。とは無花果の本音だった。
「しょうがなくても茗荷無くても良いので…こんなダサい女子高生をわざわざ待ち伏せしてたんですから、何か重要な用があるんですよね?」
「うん。それはもう重大な、ね」
「これからの人生に関わる話だ」
無花果は身に覚えが無かった。
彼女の身内に危篤状態になりそうな親戚は居ないし、他校に知り合いなんて居るわけもない。
にも関わらず重要な用事とは一体何なのか。
まさか告白?と思ったがその仮説は立てた本人によって真っ先に消された。
自他共に認める非モテ女子の無花果に、色恋沙汰など無縁なものだ。
と、本人は思っていた。
「とりあえず順番にやろうか、藤林さん」
「は、はい」
一呼吸置いたのち、解徒はまっすぐ無花果を見つめる。
柔和な笑顔からは想像もつかない、真摯な目。
そして一言
「好きです。」
「…え?」
「一人の女性としてね。あぁ、時間が無いみたいだしサクサク行こうか。次は?」
「俺」
言われた言葉を頭で消化する前に、次は獅弦に告げられる。
「好きだ。俺と付き合え」
「…はい?」
「次」
「はいはい僕ー。いっちゃん、大好き」
言語中枢が消化不良を起こしている無花果の右頬に、幸色が唇を落とす。
幸色の行為に今度は解徒と獅弦が石化した。
「…好き」
虎一はその反対側から額に口づける。
子供のじゃれあいのようなキス。しかし解徒と獅弦には重大な事だったようで、ハッと気がつき憤慨した様子で2人に詰め寄った。
「てめぇら何どさくさに紛れて…っ!!」
「放心状態の女の子にキスするなんて…恥ずかしくないの?」
「早い者勝ち…」
「良いじゃないですかほっぺちゅーとでこちゅーくらい。心が狭い先輩だなぁ」
「そういう問題じゃねぇだろ!クッソだったら俺もやって良いんだよな?」
「良くないです。何処にキスしようとしてるんですか?アンタ絶対唇にするでしょ?まだ返事も貰ってないのにファーストキス貰おうなんて甘いですよ」
先輩VS後輩が繰り広げられる中、無花果はまだ言葉の意味を咀嚼している。
飲み込んで意味を理解して、それでも無花果はぼーっとしていた。
「で、返事は?」
「はっ!?」
自分に話を振られて漸く現実に戻ってきた無花果。
その時には既に、最初に迫られていたときと同じ状況になっていた。
「この中から1人、藤林さんの好きな人を選んでね?」
「保留も吝かじゃないけど、夜道の背後に気をつけないと食べられちゃうよ?」
「…藤林」
「俺が良いよな?」
「僕を選んでくれる?」
「いっちゃんが満足できるよう、頑張るから、ね?」
「…俺じゃ、ダメ?」
「「「「俺と(僕と)付き合って(付き合え)?」」」」
現実に戻ってきたばかりで状況の把握がイマイチ出来ていない無花果。
彼らがどんな目的で、何のために、何を言っているのか。
何もかもが理解できていない無花果はオーバーヒートを起こしかけ遂に
「意味が分からないっ!!」
と、大きな声で叫んでいた。
「なんですかいきなり!好きですとか付き合ってくださいとか!そんな青春私には無縁だったのに!」
「今縁があったよ。やったねいっちゃん!」
「大体なんで私なんですか?生憎私一目惚れとか運命とかそういった類のモノは新興宗教の勧誘くらいに信用してませんから!」
「あー、俺もそれ賛成。二目惚れなら有りだな」
「新手の詐欺ですか?勧誘ですか?それとも罰ゲームですか!?だったら考案者此処に連れてきてください!一言文句言ってやりますよっ!私だってやる時はやるんですっ!」
「そういうとこ本当に可愛いなって思う」
「というわけで、お付き合いはできませんごめんなさい!」
「そしてこのお断りである」
「罰ゲームなんかじゃないのになー…」
「そうだよ藤林さん。僕らは本気だ。」
「あまりナメんなよ。この俺が誰かに指図されると思うか?」
「……信じて」
「大体、証拠がねぇだろ証拠が」
「でも罰ゲームしか考えられないでしょう?だって、ほぼ初対面なんですよ?信用しろって言う方が無理です!」
罰ゲームと断じられて一同は不服そうに抗議する。虎一に至っては泣きそうだ。ちょっと突いたらウルッっとなりそうな感じ。
それでも尚罰ゲームだと決め付ける無花果に、語りかけたのは解徒だった。
「確かに君は僕達を知らないだろうね。」
「なら」
「でもね、君は僕たちの始まりだ。」
「始まり?」
「俺達が俺達である、原点」
「僕らの根幹」
「…きっかけ」
「覚えてないかもだけど、けど、君は僕らの一等一番、大切な人なんだよ。」
「そりゃもう食いたいぐらいにな」
「独り占めして、大事に仕舞ってしまいたいくらい」
「ドロドロに…してあげたい」
ここにきて無花果は初めて、少年達の告白に嘘偽りが無いという結論に達することが出来た。
しかしそれがなんだというのか。
相手がそうでなくても、無花果にとっては初対面の人間に告白されたのと同じだ。
やはり信用に値しない。
「だ、だけど…私は、私は誰ともお付き合いできません!」
正直もったいないなとは思っている無花果だが、ロクに知らない人間とは付き合えないしこれ以上付き合ってられないというのも本音だった。
非モテであるが故の男耐性の無さと、酷い捨てられ方をされるんじゃないかという先の見えない恐怖心が無花果をこのように突き動かす。
「帰らせてもらいます!失礼しましたあとココア御馳走さまです!」
返事も聞かず、無花果は帰路に着く。
後ろの四人を振り返ることなく、足早に自宅へと歩を進めた。逃げるように、振り切るように。
約束の時間まで、後30分。
+++++++++++++
「で」
「おはよう藤林さん。あ、無花果さんの方がいいかな?」
「おっす、なんだ早えーじゃん。いつもこの時間なのか?」
「いっちゃんおはよー!」
「…」
「貴様らなんで此処にいる!?」
口調が変わったのは昨日の映画鑑賞によるものである。無花果は影響されやすい性質だ。
「え?だって言ったよね?また明日って」
「言ってたんですか!?」
「今日から行き帰り、俺らが迎えに来てやるから」
「学校反対方向じゃないですか!」
「やっぱいきなりじゃお付き合いしようとは思えないだろうし?だったら僕達の事もっと知ってもらおうかなって!」
「いえもうお腹いっぱいです変人奇人ってのがわかったので」
「毎日一緒…嬉しい…」
「人間になりたい白い猫か貴方は!!」
思い思いの感想を述べて、4人はここぞとばかりに口を揃える。
「「「「これからよろしく」」」」
「ね」
「ね!」
「な」
「…」
「…な、ナンテコッタイ」
藤林無花果、人生初にして最後、最大のモテ期突入の瞬間だった。