8:悪魔の飲み物
ほどなくしてお風呂がわいた。男の子の身ぐるみをひっぺがしてお風呂場に投げてやった。「このおにおんなーっ」って叫び声がしたけど、私はしーらないっと。
あの様子ならひとりでお風呂は大丈夫かな。いちおう脱衣場には私が控えているし。
男の子がお風呂にはいっているあいだに、私は自分の着替えをちゃっちゃかすます。
洗濯機に私とあの子の服をぶちこんでスイッチをいれた。洗剤はすこし多めなのは、なんとなくだ。
「いつまでそこにいるんだ」
「だってぼくがおぼれたら大変でしょう」
風船をわったような大声で、
「ひとりでふろくらいはいれるわ!」
といわれてしまった。心配は心配だけど、しょうがない。これ以上さわがれるのは勘弁だわ。
男の子がお風呂にはいってるあいだに、ホットミルクをつくってあげようか。
「あ、牛乳ない」
冷蔵庫には豆乳と飲む乳酸菌しかなかった。
「豆乳? や、意外とホット乳酸菌も」
いやまてよ、あったかい乳酸菌ははたしてだいじょうぶなのかな。乳酸菌は「菌」っていうくらいだから、生き物だよね。それを加熱したら……。
「想像するのはやめておこう」
ぺたぺたと足音がした。だんだん近づいてくる。
「おい、あがったぞ」
「あがったんだね。て、髪の毛ちゃんとふきなさいよ。ただでさえ髪の毛ひきずってるのに。自分の歩いたあとは見た? ナメクジがとおったみたいになってるわよ」
「ふん。ほっとけばかわくだろ。問題ない」
「だれがそのぬれた廊下をふくのかな? ん?」
「ふいてくれるのか。よろしくたのむ」
「それが人に頼む態度か!」
さっきの弱々しい姿はなくなった男の子。言葉をはっきりとしゃべれるくらいには回復したみたいで、一安心だ。
でもこの態度はひとすぎる。いただけない。将来がどうなるやら。
「そんなことよりも! 豆乳はともかくあったかい乳酸菌は悪魔の飲み物だ! なぞの酸味にえもいわれぬあの後味! うう、わしは二度と飲みたくないぞ!」
どうやら一度あったかい乳酸菌は飲んだことがあるみたいだ。悪魔の飲み物って比喩するんだからそうとうな味だとみえる。
ふむ、
「なら乳酸菌にしようね」
「女! だからイヤだといってるだろう!」
男の子に素早く飲む乳酸菌がはいった紙パックを奪われてしまった。こぼされては大変だから、すぐさま奪いかえす。
「ただの冗談よ」
男の子は眉間にぐっとしわをよせる。
「ウソだ!」
「ほんとに冗談よ。第一、そんなおいしいかまずいかわからないもの、確認せずに飲ませるわけないじゃない」
「目が本気だった! わしは見たぞ! 絶対に本気だった!」
だぶだぶのロングTシャツを握ってギャンギャンとほえまくる男の子。
顔つきがかわいらしいから、ほほえましい。
あれ、まって私。
このさわがしさになれてきてない?
「さて、ぼく。ならココアなんていかが?」
「……しかたがない、そこまでいうなら飲んでやる」
弱ったり、わめいだり、怒ったり、静かになったり。
「子どもって見ててあきないわね」
男の子が「子どもじゃない、もう立派に成人しとるわ!」とキャンとほえた。