3:一ノ瀬鷹夫
「縁ちゃん、やっと名字が七緒さんに戻れたねぇ」
私の勤め先は「エコー」という小さな雑貨屋さんで、オーナーは六十を過ぎた吉森老夫婦だ。旦那さんは弥一郎さん、奥さんはコズエさんという。二人は私小さなころから知っているので、「縁ちゃん」と呼んでくれている。
鷹夫さん……一ノ瀬さんが浮気をしていると知った二人は、私以上に怒ってくれた。わざわざ一ノ瀬さんを呼び出して怒鳴りつけたくらいだ。あのときばかりは、一ノ瀬さんへの怒りがすっとんでしまった。
「あのウジ虫は二十九歳だったよねぇ」
「浮気の相手さんは二十三歳だから、まぁなんというか、若いコならいいのかしら。イヤだわ、ほんとぉに」
「あのウジ虫のせいで、縁ちゃんにバッテンが一つついてしまったねぇ」
「社会的に抹殺されてしまえばいいのよ」
「そうだねぇ」
「いやでも、お二人のおかげで慰謝料とかはたくさんふんだくれましたから」
「当たり前さ! あのウジ虫からしぼれるだけしぼらないとアタシら、アタシら、うう」
「お母さん、泣くんじゃないよ。縁ちゃん困っちゃうだろぅ」
「わかってるよ。でも、アタシャあ縁ちゃんのご両親になんていえばいいんやら」
早くに私の両親は他界している。二人はそのことを知ってから、私は自分の子どものように可愛がってくれている。一ノ瀬さんとの離婚も、二人がいないとまともにできなかった。
「お二人のその気持ちだけいただきますから」
「そうなのかい。イヤだよ、遠慮はしないどくれね」 二人は、しわくちゃな顔でニコリと笑った。
「もちろんです」
私は、いつもと同じように笑って返事ができただろうか。