27:無名世界
結局、作ったご飯の約八割がソーマの胃袋に消えていった。
八割……そうコイツは、八割も、食べてしまったのだ。
「ふむ。なかなかにうまかった」
氷を浮かべた麦茶をぐぃと飲みほす。
「いつまでこの食事量を作らなきゃなんないのよ」
「そう幾日も続くまいな。よくてあと五日といったところか。昨日、わしの魔力総量の二割程度が回復したからな。まさかユカリとの同調でここまで回復するとは……」
「昨日の同調って、あのキラキラしてきれいだったやつでしょ?」
「うむ。本来、ああしてお互いの魔核が共鳴しあうのは珍しい現象だ。永く生きるわしでも、そう目にすることはない」
途中で記憶をなくした昨日のあれは、どうやら滅多にみられない珍現象だったらしい。
私が記憶しているのは、暗い部屋と幻想的に光るソーマ、体を循環するなにかのエネルギー、そんなところだ。
「ここらでわしが住んでおる世界とはどういうとこか、そこんところをこの生きる歴史たる大魔法使いのソーマ様が教えてやろうかの」
ない身長をめいいっぱいのばし、エヘンと胸をそらしてソーマはいった。
「わしらが本来いるのは、この世界とは別にある〝無名世界〟にある。なぜ〝無名世界〟か。それは、世界を創造したとされる双子神の名が、未だにわからんからだ。そこらへんはややこしいからからかっとばすぞ。気がむいたら話してやらんこともない。
そんなわしらの世界には種族ごとに国がある。中央をわしのようなヒト種族が主に生活しておる〝メイスフィア〟がある。ヒト種族とは、ユカリのように姿かたちが人間の種族だな。無名世界の中枢をになっておるここには、なぜかヒト種族が多い」
「無名世界の定義に私をあてはめるとヒト種族になるのね」
「いやちがう」
キッパリとソーマは否定した。
「だって、私みたいな姿の人たちはそういう種族なんでしょ?」
「そうだ。しかし、ユカリとわしとでは決定的にちがうところがあるだろう」
そういわれても、まったく私にはわからない。
「うーん…………」
「ほれ、昨日の夜を思い出せ」
「昨日、昨日……」
ソーマを拾って、ご飯を食べさせて、
「食事量?」
「あほたれ! 今は魔力回復のため一時的に多いだけだ!」
小さい体からは想像できないほどの拳が、間髪いれずにするどく私の腕にヒットした。
もう! 痛いじゃない!
「魔力! 魔法! 魔法使い!」
「ああ、そっか。ソーマは魔法使いだったわね」
「………………ちょー現役の魔法使いだといっとるだろう!」
台詞の後半はやけくそ気味になっていた。このままソーマをほっといたら、なにをしだすかわかったもんじゃない。
「そうね、ソーマはとっても偉大な魔法使いだものね」
みけんによっていたしわが少しうすくなった。
「今日だって、魔法で荷物軽くしてくれたし。とても助かったわ」
「ほんとにそう思っているのか」
「もちろんよ!」
「ふんっ、しょうがないな、なんてったって、偉大な、い・だ・い・な、魔法使いだからな。許してやらんこともないぞ」
ちょろいもんだわ。
「そこまでいうなら説明してやらんことはない」
ソーマはピンクのクッションに座りなおして、右手の指先を頭の上に掲げクルクルと指揮棒のようにまわしだす。すると、指先から白いもやのようなものがわいてきた。それはだんだんと体積を増して、天井を真っ白にしてしまった。
「簡易のスクリーンみたいなものだ」
ソーマが楽しげな声でいった。
指の動きがかわる。
ピシッ、ピシッ、と突くような指先に合わせて、スクリーンに映像が浮かびあがった。
「これ、なぁに?」
人型の図式とよくわからない文字の羅列が、スクリーンいっぱいに広がった。
「ヒト種族の図式だな。いいか、ここだ」
ちょうど胸の中央あたりにあるピンポン玉大の赤い印が点滅した。
「これを魔核という」
「魔核……」ソーマの説明にあわせて、私は無意識に復唱していた。
「魔核は、その字のとおり《魔力の核心》。無名世界の生きとし生けるものには必ずある。この魔核は体内に吸収した魔力を循環させ、生命活動の維持が主だ。かといって、心臓のような役割をしているわけでもない。時として、この魔核は心臓や脳みそなんかより重要だ。なぜだと思う?」
赤い印から図式中に矢印がところせましと張りめぐらされていく。
「わからんみたいだな」
ソーマは、指先を真一文字に動かした。
「ひゃっ」
私の口から悲鳴がもれた。人型の首が切断されからだ。
「こうすると、ユカリたち人間は死んでしまう」
「あたりまえじゃない! これで死なないなんて、もう人外よ」
「そうだ。わしらはヒトの型をしているが、人間なない」
ソーマは一つ息を吐いて、スクリーンを消した。
「わしらは魔核に生かされておる。この魔核が破壊されないかぎり、死ぬようなことはない」
「…………」
死ぬことは、ないって。
「わかるか? たとえ首をはねられようが、心臓をつぶされようが、四肢を切断されようが、呼吸をとめられようが、五体満足で再生される。それが〝無名世界〟の理」
私はしゃべることを忘れたオウムのように、ただソーマの話をきいていた。のどの奥まで言葉がでてきそうなのに、なにかがそれをせきとめてしまっている。知らぬ間に指先に力が入っていた。指先は白く冷たくなっていた。
「おどろいたか?」
「え、あぁ、うん」
適当な言葉しかでてこない。
「なんていうか、こう、次元がちがうっていうかさ、うまくしゃべれないんだけど」
だんだんと視線が下にさがっていく。最後には、ソーマの顔よりも下をみていた。
「ソーマがそんなのにはみえなくて」
「ふむ。まあ、そんなスプラッタな局面をみせてもいないからな」
「それに、私が知ってるのは、ちびでわがままでさわがしいソーマだけだから」
「なんだそれは。えらくわしをかわいらしく評価しているのだな」
ソーマの気配がちかづいた。
「ユカリ」
声がすぐ目の前からした。
「ちびでわがままでさわがしいか」
「うん」
「わずらわしく感じるか」
「ちょっとはね」
「大食らいはきらいか」
「小食よりはマシよ」
「そうか」
「……うん」
「なんだ、その…………感謝はしておる」
きこえるかきこえないかぐらいの大きさで、ソーマはいった。