16:チャイルドシート
夢の中の登場人物が、現実世界の人物になった瞬間だった。
「食パンがなくなった。あとジャムもない。けど、ちゃあんとユカリの分のミルクは残しておる」
「コップ半分も残してないじゃない」
「わしは、育ち盛りだからな。そ・だ・ち・ざ・か・り」
私より年上っていう設定はどこにいった。
ソーマは、子どものくせによく食べる。食パンは三枚、目玉焼きにゆでたブロッコリー、カップヨーグルトを二つ、牛乳はジョッキで二杯とすこし。この小さな腹ペコくんのせいで、わが家は食料危機になってしまった。一人暮らしだから、あまり買い置きをしていなかったとこに、この大食いボーイの襲来だ。買い出しにいかないと、夕ご飯は白米にかつお節の猫マンマで確定だ。
「午後から出かけるわ。おとなしくまっててちょうだい」
パイン缶詰を抱えているソーマ。はあ、好き勝手に食べすぎなのよ。いちいち気にしてたら私が持たないから、ほっとくことにしましょうか。
「お昼は用意していくわ」
「わ、わしも、いく!」
「無理よ。ソーマはお留守番」
「なぜだ」
「だって、あなた……」
これはだれでもしっている、基本的で当たり前なことだけど、
「チャイルドシート、ないから車に乗れないわ」
「なぜわしがチャイルドシートを使わねばならん! わしはユカリより、としう、え……む、わしはいま子どもか?」
自分が子どもの姿をしていることに、いまやっと気づいたか。
ソーマは真一文字に口をむすんで、行儀悪く座りなおした。
「仮にわしが、チャイルドシートが必要じゃない年なら、問題ないな?」
私はうなずくだけで返事をした。
「人間、そんな一二時間で成長したりしないわ」
「“できたら”問題ないな……? そう解釈するぞ? いいな?」
なんでそんな不可能なこときくんだろう。
「“できる”なら、どーぞ」
まあ、無理でしょうけど。