10:混乱してきた
男の子がクッキーの粉だらけの両手で、ぱちんと口をおさえた。
やけどしたかな。口の中をやけどするのは地味にいたい。その気持ちはよくわかるよ。
私は熱さでふるえる男の子の横に移動した。
「お水あるよ」
氷がたっぷりはいった水をココアの横においてあげる。
目にも止まらない早さでコップをひったくった男の子は、ぐいといそいで飲んで、熱を中和させようとする。
それは逆効果だとおもうよ……。
案の定、こんどは水の冷たさでピクピクしだした。
「こ、これが、呪いか!」
確実に自分の不注意でしょうに。
意外にも、男の子は身長があった。
中型犬より一回り小さいとおもっていたけど、それは足を抱えてまるくなっていたからみたい。身長は一メートルとすこしくらい、ただ体に肉がないからとても幼くみえる。。
「すこしは満足した。うむ、いつの世も甘いものは正義だな」
辛いのが正義の人もいるとおもうよ。
「いつまでもお前を女と呼ぶのは不便だな。名はなんだ」
「お前って。せめてお姉さんてかいえないわけ?」
「あいにく年下をお姉さんと呼ぶ趣味は、わしにはないんでな」
「おとなぶりたいお年頃なのね」
ギッと男の子は私をにらむ。
「違うわバカもん!」
ちっこい指が私をさす。
「事実だ。わしはお前より、はるかに年上だ。いいかげんにわかれ!」
「……おむかえにきてもらうのは、ママとパパじゃなくて、学校の先生とかのほうがいい?」
「しらんぷりするなー!」
そこで、ピィピィわめいていた男の子がぴたりとそれをやめた。
「なんどもいっているのに理解できんとはな。さてはお前…………脳みそがすっからかんだな?」
「はーい、ちょっとお口チャックー」
「ぐ、なぐることはなかろう! 暴力は人類の敵だぞ!」
「これは教育です」
だから、問題ございません。
ギリギリと歯をならして私を威嚇する男の子。まったくこわくない。
それにしても、いまいちこの子がどういう子なのかがつかめない。自分のことを「わし」っていうし、私を「女」とか「お前」とか呼ぶし。そして自分を「年上」っていうし。ごっこ遊びの延長線にしては、なりきりすぎるよね。しゃべり方なんて、古風というか年寄りくさいというか。
「ねえ、どうしてあんなとこにいたの?」
そこだ。
一番の、なぞ。
こんな時間、天気も最悪、病院はいやだと駄々をこねて、つれて帰ればやせっぽちの体つき。
あのまま私が気づかなかったら、きっとこの子……。
「いや、それは」
男の子は目を泳がせて口をもごもごさせる。
「だいじょうぶ、ちゃんと聞くから」
「わ、わらわんか?」
「うん、約束するわ」
「ほんとだな?」
「指切りする?」
「あれは悪人にやる罰だぞ。するわけないわ」
指切りが罰!?
ほんとにどういう教育を受けてるのよ。
「そこまで聞きたいならしょうがないな。特別に話してやらんことはない」
やっと話す気になってくれたみたい。
「ただし、絶対に笑うなよ!」そんなに恥ずかしいことなのかな……虐待かもとかおもってたけど、違うのかな。私のおもい違いとか、いや、でもなあ、あんなかっこうでいたしなあ……。
「――天川に年に一度、橋がかかる。それは今宵だ。で、だな。知り合いのバカップルが……その……その天川橋で、アッハンウッフンするから……あばよくばでばがめしてやろうとしたら、おとされてしまって…………うむ、そういうわけだ」
「まさかの自業自得なの!?」
そして天川って、どこ。