反逆者─リベリオン─
夜。
彼は小屋の前に立っていた。後ろには槍やハルバードを手にした同じ赤い鎧の兵士たちがいる。
黒い鎧の上に同じ色のコートを着込んだ彼は、兵士から中にいる人間の様子を聞く。
「脱走した冒険者が6人。冒険で見つけたアイテムも一緒です」
「6人だな。わかった」
彼は小屋のドアの前に立つ。兵士二人がドアにとりつき、一人がノブを引き、一人が扉の下を持ち開く。彼は助走をつけて小屋の中に飛び込んだ。ロウソクの明かりのなか、彼は暗闇の中に立つ。待ち構えていた冒険者たちが剣や斧を振い、突入してきた男を打ち据える。
「──外れた?」
「当たったか?」
「いや」
「どこにいる?」
彼は部屋の真ん中でその声を聞いていた。そして、コートの両袖の中から蛇腹状の刃が滑り出る。蛇腹は先端からつながっていき、1本の剣に変わる。
彼は音もなく姿勢を低くし、剣を振った。それで充分だった。
「見事なものです」
見分に入ってきた隊長が、首を落とされた冒険者たちを見て言う。
「ありました」
何人かの兵士が、はがした床板の下に隠されていた、金の輝きを放つ宝飾品、宝石のついたワンド、魔晶石などを隊長に示した。
「バカな連中だ」
「これでいいか?」
「ええ。後はやっておきます。おい、誰か監査官を馬車まで」
彼は小屋を後にした。
魔王との戦いは世界を荒廃させた。人々はわずかに残った城塞都市を中心にした、それぞれの地で復興を進めていた。だが、長年の戦争により物資は不足し、それらは都市の外から探し出し集める必要があった。そこで、その仕事を担う者たちが集められた。
彼らは「冒険者」と言う。
彼が城に戻ったのは、朝日が上がる頃だった。城の階段を上がりながら、都市警備の兵とすれ違う。階段の下には、様々な装備を身に着け、整列した冒険者たちがいた。兵士たちは冒険者たちを数名ずつ分け、任務が書かれたスクロールを手渡し、兵士たちがそれらのパーティを門へと連れて行った。
彼はその様子を振り返ってみていたが、興味がない、といった顔をして、監査官室へと向かった。
「──報告は以上です」
彼は監査官長に昨夜の事を報告した。
「よくやった。これで脱走しようなどという者は、また減るだろう」
太って髪がやや薄くなった監査官長は、汗を拭きながら笑ってみせた。彼は顔にまったく感情を浮かべず、一礼してその場を離れ、自室へと戻った。次の任務までは、ここで待機することになる。
コートを脱ぎ、鎧を外す。ブーツを脱ぎ、メイドに湯を持ってくるように告げる。メイドが湯を持ってくると、それを使って体の汚れを落とす。彼の身体は、一片の無駄もない、文字通りの筋肉の塊であった。剣を振い戦う人でありながら、その身体には不思議と傷がなかった。
身体を拭き終わると、ベッドに横たわる。そして目を閉じ、眠りについた。
「ケン=カタとは、魔族との接近戦の戦訓を分析したところから生まれた技法である」
教官が方形に並んだ、監査官の卵たちの間を歩く。
「敵対者たちが幾何学的な配置であるならば、その動きは統計から予見できる」
訓練生たちは、見えない仮想の剣を両手に持ち、様々な構えをくりかえす。
「剣を効果的に使用せよ。最も効果的な攻撃位置に立つことで、最大の打撃を、最大限の敵に与えることができる」
教官は歩き、その声に合わせて、訓練生たちは一糸乱れぬ動きをする。
「そして敵の攻撃は、眼や筋肉の動き、関節の角度、装備のバランスなどから予測し、回避する事ができる」
また型が変わり、訓練生たちは見えない敵と対峙する。
「ケン=カタは、敵の最大分布密度と被攻撃率の最小交点に自らを置くことで、戦闘の効率を極限まで高める」
見えない敵を両手の剣で斬り裂く。
「この技法を極めることにより、攻撃効果は圧倒的なまでに向上する」
両手の剣を下ろし、訓練生たちは前を見て息を吐く。
「たとえ、その習熟がまだ半分であったとしても、ケン=カタの習得者は、相手にとって脅威となる」
彼は訓練生たちをながめ、一つの感情も見せずにその場を立ち去った。
「どうだ? 最近は」
彼に、同僚が声をかける。頭髪にやや白い物が見える。
「いや。特には」
「そうか」
老監査官は、城から街の周りを囲む防壁の方を見る。その向こうには一面の草原が見えた。戦火のため森は焼け、何も無い地は草に覆われているのだった。わずかに建物だったものが見えるが、そこには人の姿はない。いくらかは畑や牧場などもあるが、それらはここからは見えない。
「外に出たいと思わないか?」
同僚は少し寂し気に言った。
「どういう意味だ?」
「ここじゃない、どこかに行きたいと思ったことないか。ということだ」
彼は黙っていた。老監査官は破顔し、彼の背を叩く。
「冗談だよ。外に出ても何もありゃしない。それに、外に行くのは冒険者たちの仕事だ」
冒険者──それは、農夫と同じく街の外に出ることが許されている者たちだった。冒険者になるのは簡単だった。冒険者ギルドに行けばいいのだ。ギルドも冒険者を集めるための掲示物をそこここに貼っている。さらにはギルド員の若い女が道行く若者に声をかける。
「目の前に広がる見たことも無い光景!」「未来の街を作るのは君たちだ!」「一攫千金! ギルド員への採用もある!」
これらは何も知らない若者を釣り上げるためのエサにすぎなかった。冒険者ギルドは、集まった若者たちを施設に収監し、まるで牛馬のように扱った。ギリギリの量の食事。外の見えない部屋。朝になると、武器と装備を渡され、見知らぬ冒険者同士でパーティを組み、街の外へと運ばれていく。そこでそれぞれが「仕事」につくのだ。破壊された町や村を回り、使えそうな物や、放棄された畑に生える野菜やその種、金属片などを回収する。中にはダンジョン探索に向かわされる者もいる。彼らはダンジョンを攻略し、魔法のアイテムを回収するのである。
これらの冒険者の実態を、街の人たちは知らなかった。冒険者ギルドは吟遊詩人たちを使って、冒険者の冒険譚を語って聞かせ、子供たちが憧れる花形職業という仮面をかぶせた。これにより、冒険者を目指す者たちは減ることはなかった。
そんなシステムの中で、彼は「監査官」という地位にいた。監査というのは名ばかりで、その任務は脱走したり、回収したアイテムを闇に流したりする冒険者を取り締まり、場合によっては抹殺する事にあった。
監査官たちはケン=カタを習得し、幾たびかの任務を生き残り、実地で戦う技を覚えた冒険者たちに立ち向かうことになっている。監査官の中で、冒険者に敗れた者はそういなかった。
彼は老監査官が言った事を少し考えてみた。いや、自分が行く場所ではないと思った。自分は街にいて、元冒険者と戦うのが仕事だと。
「監査官! そちらに数人が向かいます!」
彼は兵士の声を受け、ドアの前に立った。兵士たちが脱走した元冒険者を追い立てているのだ。じきにドアが開き、元冒険者たちが出てくるであろう。
足音が聞こえてくる。彼は両袖の中の剣をすべり落とした。
ドアが開く。3人の元冒険者が後ろを見ながら飛び出して来る。
「!」
彼は、その中のひとりが、まだ少女と言ってもいい年頃の女であることを見た。彼の存在に気づいた元冒険者たちがそれぞれの得物を構える。彼はその武器が振られる前に、機械的な反射で剣をくり出した。
「…………」
目の前に3体の死体が転がっている。それぞれが首に致命傷を負っていた。少女の虚ろな目が、彼を見上げている。彼は少したじろいだ。まだ生きているはずはない。自分は確実に仕留めている。と自分に聞いた。だが、この感情は何なのか、説明ができなかった。
「──大丈夫か?」
同僚の老監査官が彼を見る。そして、死体を見る。
「どうした。女を斬るのははじめてじゃないだろ?」
「いや……」
彼は自分が動揺していることに気づいていた。どこかがおかしい。あの目だ。少女の目が脳裏から消えなかった。
彼は剣をしまうと、その場を離れた。
「そっちで休んでろ。後はやっておく」
老監査官の声を背に、彼は少女を見なくてもいいところへと立ち去った。
「なんだって?」
彼は監査官長の言葉に思わず聞き返していた。監査官長の部屋には二人しかいない。いつもはドアの横の席で、記録を取っている秘書もいない。
「言った通りだ。君の同僚を抹殺してもらいたい」
監査官長は少しあたふたしながら、流れる汗を拭く。
「信じられないかも知らないが、彼は元冒険者どもから回収したアイテムを、横流ししているのだ」
彼はごくりと喉を鳴らした。あの老監査官とは長年バディを組んでいる。しかし、そんな素振りを見せたことは無かった。だが、言われてみればそうかもしれない。回収物の管理は同僚が率先してやっていた。自分はそこに絶対の信頼を寄せていたのである。
「君は彼の事を良く知っている。他の監査官にやらせてもいいのだが、彼に勝てるような人材は君ぐらいだ。ここは、心を鬼にして遂行してもらいたい」
彼は少し動揺した。顔には出さなかったが、焦燥に駆られてもいた。不意に、あの殺した少女の目を思い出した。なぜここで思い出すのか。心が歪んでいく。
「──わかりました」
「では、早急に」
彼は監査官長の部屋を後にした。
夜がやってきた。
老監査官は誰もいない教会にいた。
「……遅かったな」
まるで何もかも知っているかのように老監査官は言った。手には小さなワンドを持っている。
「なぜだ?」
彼は老監査官に問うた。老監査官はまるで天気の話でもするかのように応えた。
「この世界は良くなると思うか?」
「何の話だ?」
「冒険者たちが集めたアイテムはどこに行った? それが使われている所を見たことはあるか?」
その言葉に彼は驚いた。今までそんなことを考えた事はなかったからだ。
老監査官は、ワンドを置き、話を続ける。
「奴らにとっては、街や世界の復興などはどうでもいい事のようだ。集まったアイテムを金持ちや、他の街に売り飛ばし、うまい飯を喰い、湯水をぜいたくに使い、柔らかいベッドで寝ているんだ」
「それは、本当の事なのか?」
老監査官はニヤリと笑った。
「これは君への呪いだ。私の声を聞いた君は、前の君とは同じではない」
彼の前に老監査官が立つ。二人とも、両腕をぶらりと下げている。
「私が言ったことが真実かどうか。それは自分で知るべきだ。その先、君がどうするかはわからない」
彼と老監査官の視線が交錯する。
「君は秘密へと進め。そのために、私を斬れ」
彼は頭を振った。いろいろな想いが浮いては沈む。
「では、君が剣を振わざるを得ないようにするまでだ」
老監査官の袖から蛇腹が滑り出す。それを見た彼は反射的に腕を振った。
「──なぜだ」
彼の剣は老監査官の両腕を肩口から両断していた。老監査官は膝をつく。
「貴方なら、私より速く斬れたはず」
「私は戦うには歳を取り過ぎていてね」
老監査官が床に倒れ伏す。それに合わせるかのように、兵士たちが教会の中に入ってきた。
「後はお任せください。監査官」
「あ、ああ」
彼は禁制品を探すために中に入って行く兵士たちの流れに逆らって、歩を進めた。そして教会の外に出ると、膝をついた。手が震える。吐き気も上がってきた。
「──大丈夫ですか?」
兵士の一人が声をかける。彼は手をあげて、なんでもない、と答えた。
彼の耳には同僚の声が残っていた。自分に呪いをかけたという声が。
翌日。彼は監査官長に報告を行った。
「──それで、彼は何か言ってなかったかね?」
彼は一瞬ぎくりとした。だがその感情は、彼の鋼鉄の顔には浮かばない。
「いえ、何も」
「そうかね。ならいい」
監査官長は汗を拭く。
「一つ質問してもよろしいでしょうか?」
彼はその言葉が自然に口から出たことに、自分でも驚いた。まるで同僚だったあの男が自分の身体を乗っ取っているかのように。
「なにかね」
「押収された品物はどこに行くのですか?」
監査官長の目が一瞬泳いだ。それを見とがめた彼は、眼を細めた。
「そ、それは君が知る必要はないことだ。なぜ聞くのかね」
「少し疑問に思いまして」
彼はそう言うと、話題を変えた。
「一度、冒険者たちの様子を見たいのですが」
いきなり降ってきた予想外の要望に、監査官長は面食らった。
「なぜそんなことを」
「冒険者の事を知ることは、これから先、彼らに対峙する時の役に立ちます。彼らが何を考えているか。それを知りたいのです」
「わかった。手配しよう」
数日後。彼は冒険者たちの「住居」にやってきた。周囲を壁に囲まれた中に、細長い建物がいくつが並んでいる。壁の上には見張り台があり、兵士が周囲を監視している。建物と壁の間にある空き地には、小さな畑があるだけだった。
監査官の登場には、施設長は余りいい顔をしなかった。それでも、相手が所属する部屋は、市政の組織の中では自分より上の存在である。施設長は、渋々施設を案内することになった。
建物は食堂と宿舎に分かれていて、宿舎と外を結ぶドアは一つしかなかった。中に入ると、ムッとした汗と埃、血と膿の匂いが混ざった空気が流れてきた。長い廊下に面して、互い違いになるように部屋の戸が並んでいた。廊下は狭く、戸を開くと廊下を塞いでしまう設計になっていた。
「今、どれぐらい残っている?」
「病気やケガをした者しか残っていません。あとは仕事に出ています」
「何人かと話がしたい」
「それはやめた方が」
「いや、いろいろと聞きたいことがある」
施設長は嫌な顔をしたが、戸を一つ開け、中に案内した。戸の向うは、狭い部屋になっていた。二段になったベッドがあり、その下の段に壮年の男が座っている。両手を汚れた包帯でぐるぐる巻きにされた男は、彼と施設長をみると、床に唾を吐いた。
「彼と二人にさせてくれ」
「しかし」
「彼が何かをしても、私に勝つことはできない」
監査官の強さを知る施設長は、何かあったら呼んでください。と言って、その場を立ち去った。施設長が行くのを見送って、彼は男に向き合った。
「あんた、監査官だろ?」
「そうだ」
「何しに来た?」
「話が聴きたい」
「何の?」
「彼を知っているか?」
彼は老監査官の名前を出した。それを聞いた男の顔に動揺の色が浮かぶ。
「……何だ?」
「い、いや。何でもない」
「彼は何を計画していた」
男は彼を睨みつけた。
「俺を告発する気だろ。そして処刑場に送るつもりだ」
「その時は私を道連れにしろ」
「何だって?」
「私が、彼の計画を知っていた。と言えばいい。そうすれば、私も処刑場行きか、他の監査官に殺される」
彼は廊下の方を見た。誰も聞いている者がいないかを確認する。
「話してくれ」
「わかった」
男はとつとつと話し始めた。老監査官は、暴動を計画していたのだった。冒険者たちを蜂起させ、今の待遇から脱出させるというのだった。しかし、それには監査官が障壁だった。そこで老監査官はある事を考えた。自分を殺させることで、最強の監査官を味方につけるというのである。
「それで、というわけか」
「そうだ。あんたがその味方というわけだ」
彼はそうか。と思った。
「俺たちはその時が来るのを待っている」
「わかった」
彼は部屋を出る。やるべきことがわかった。
「押収品リストを」
保管室の係員は、分厚いリストを彼に提示した。彼はそれをめくり、項目を見ていく。
「押収品を見せてもらえるか?」
「それは規則で禁じられています」
「そうか」
リストを指でなぞっていく。そして指が止まった。
「この前の押収品が載っていない」
「何の話です?」
「この前押収された、監査官が隠し持っていた品だ。その日付には、何も書いていない」
「そんなはずは無いんですがね。その日の担当を呼びますか?」
「いや。私が監査官長に報告する。時間を取らせた」
彼は保管室を後にした。
彼が部屋に入ってきたのを見て、監査官長は少し驚いたようだった。
「何かね?」
「先だっての件です。押収品が消えています」
「そんなはずはないがね」
「では、誰かが隠している可能性があります。少なくとも、保管庫のリストにはありませんでした」
「まだ整理されていないのだろう」
「それならいいのですが、誰かがくすねているのかと思いまして」
彼は汗を拭く監査官長を見ていた。監査官長は追い詰められている、と思った。ここで最後の一手を打つ事にした。
「それと、話は変わりますが。冒険者たちの間に、暴動の噂が流れています」
「なんだって?」
「何らかの機会に一斉に蜂起するのでしょう」
「どこでそれを」
「施設に行きましたので」
「そうか……」
監査官長は椅子に深く腰掛けた。
「そうなれば、街の危機となります。私から直接、市長にご報告したいと思います。私は忠実に仕え、それに相応する成果もあげています」
市長とは、この街の最高責任者である。しかし、滅多に姿を見せなかった。市政は様々な部署が担っており、監査官もそのシステムの中の一つであった。
「確かに一大事だ。私から言っておこう。それに、冒険者の方も対処せねばならん」
「わかりました」
彼は部屋を出ていく。運命のサイコロは転がり始めた。後はどの目が出るかだった。
冒険者たちの朝食が始まっていた。凹みのある金属のプレートに、粥だか何かわからないものがべちゃっと置かれる。それを列になった冒険者たちが受け取り、それぞれの椅子に座る。
係官が全員が座った事を確認して、ベルを鳴らした。食事の時間は決められている。時間内に食べ終わらなくても、食事はそれまでとなる。
食堂の中に、カチャカチャと食器とスプーンが当たる音だけが聞こえる。誰もが無言だった。
その時、一人の冒険者がプレートを机に叩きつけた。だっだん、だん。だっだん、だん。というリズムを奏でる。隣にいた冒険者もそれに合わせてプレートを叩きつける。同じリズムで足踏みが始まり、食堂はその音で満たされた。冒険者の一人が立ち上がり、何が起こったのかと怯える係官にスプーンを手に迫る。そして、それは始まった。
彼は制服である黒いコートをまとい、城の上へと向かっていた。市長への謁見が許されたのだ。
市長の部屋まで続く長い廊下には、冒険者たちが回収してきた、魔王との戦いの前に造られた豪華な宝飾品が並んでいた。廊下自体も美しく飾りたてられている。彼は無表情でそれをながめていた。
「いいですか。市長にはこちらから話しかけないように」
市長付の係官が彼に言う。
「わかった」
「あと、監査官から武器を取り上げる方法をご存知ですか?」
「なんだって?」
「武器を置け、というだけだ」
聞きなれた声が聞こえた。振り返ると、監査官長が立っていた。顔にはすべてがうまくいったという笑みが浮かんでいる。
「君が冒険者とつるんでいるのは知っているよ。それに、市長を暗殺しようとしていることも」
監査官長は彼に近寄る。動揺する彼に、監査官長はたたみかける。
「これだけは教えておこう。市長は数年前に死んでいるんだよ。それは知らされていない。私らが秘密にしているのでね」
彼はいきなりの言葉に、気力を失いかけた。最大の目標が消えてしまったのだ。どうすればいいというのだ。
「市政は表向きは各部署が担っているが、裏では我々監査官室が牛耳っている。疑問に思ったり、告発しようとした者は消す。簡単なことだ」
監査官長は市長の部屋に向かって歩き出す。それと同時に、彼を取り囲むように4人の監査官が音もなく現れた。
「君は死に、暴動を起こした冒険者も死ぬ。安心したまえ」
市長の部屋のドアが開き、そして閉まる。彼は歯噛みした。自分たちの死が無駄になるというのか。
監査官が近寄ってくる。彼は頭を振り、くやしさに顔を歪める。
「いや……」
すっと彼の顔から感情の色が消える。
「──戦いは、これからだ」
彼の袖口から剣が滑り落ちる。そして、剣風が奔った。
「待ってろ」
彼を取り囲んでいた監査官たちの首がずれ、力を失った身体が崩れ落ちる。彼は死体をまたぎ、市長の部屋への廊下に踏み込んだ。並ぶ柱の裏から監査官たちが影のように現れる。彼は両手の剣を挑発的に構えた。
監査官たちが無言で斬りかかる。彼はその剣戟が当たらない場所に立ち、鋭い一撃で監査官の胸を穿つ。歩を進め、さらにもう一人の首を薙ぐ。両腕の剣が、まるで生きているかのようにしなり、伸び、敵を斬り裂く。
監査官たちが死体となり転がる。彼は豪奢な廊下を、監査官たちの血で染めながら進んだ。
彼は市長の部屋のドアを開け放った。市長の姿はもちろんなく、大きなデスクには監査官長が座っていた。監査官長は、彼がドアを開けるとは予想してなかったかのように驚きの表情を浮かべた。
「12人の監査官がこんな短時間で、かね?」
「そのようだ」
彼の言葉に監査官長が立ち上がる。デスクの上には一振りの剣が置かれている。
「君のような任務に忠実な男を失うのは大変残念だ。だが、これも政治でね」
「そうか」
彼は監査官長の動きと距離をはかる。
「まぁ、暴動は失敗する。君も死ぬ。ここはいつも通りだ」
監査官長の手が剣に伸びる。彼は剣を振る。監査官長はそれを剣で振り払い、見た目には想像できない素早さで前転して距離を取る。
「私が教官だったことを知らぬわけではあるまい」
両者の剣撃が交錯する。剣を剣で受け、受け流し、巧みなステップで一撃をかわす。傍から見れば、芸術的な舞に見えたであろう。だが、二人は互いを殺そうと剣を振っていた。だが、その卓越した技法は、それを実現しなかった。
ぐるりと背中合わせで回り、距離を取る。そして、無言で間合いを測る。
「そこまでか?」
監査官長の声に、彼は何も答えなかった。
「君は私には勝てんよ」
「どうかな」
彼は不意に左手の剣を投げた。蛇腹を伸ばした剣が、うねりながら飛ぶ。虚をつかれた監査官長は機械的な反射で、ぎりぎりそれをかわした。そこに彼の蛇腹状になった右手の剣が飛ぶ。長く伸びた剣は、監査官長の片足を斬り飛ばした。がくんと膝をつく監査官長は、手を挙げる。
「ま、まて。ここは話し合おうじゃないか。君の言うとおりにしよう。市政の要職が欲しいか? それとも秘宝か? 金か? 女か?」
彼は剣を手に、冷ややかな視線を監査官長に向けた。
「そうだな……私が欲しいのは……」
監査官長の顔に期待の表情が浮かぶ。世の中は欲望で動いている。自分たちはその波に乗り今までやってきた。目の前の男もそうである、と思った。
「おまえの首だ」
彼の剣が奔る。監査官長の額から汗が流れる。そして、首がずれ、胴体から離れ、転がり落ちた。
彼は剣を落とすと、市長の部屋のベランダに出た。眼下の街では、そこここで火の手が上がっていた。見ると、武装した冒険者たちが、混乱しうろたえる兵たちと戦っていた。城の階段を冒険者の一団が駆け上がる。
彼はそれを見て、ただ口の端を曲げただけだった。




