第五巻 騒乱の前触れ
それぞれの人々が思うものとは?
ヴェルストロス、敗北!
ブリュングラン軍とヴェルストロス軍が衝突した、グレゴット草原の戦いは、表には出さないものの連戦連勝を誇るヴェルストロスが勝つだろうとクーヴェカル、ライヒテーゼ、トリニティの三国はそう決め込んでいた。
しかし、結果は反対の形となっていた。
ヴェルストロスが惨敗を喫し、ブリュングランが完勝をあげていた。
しかも、ヴェルストロスは多くの著名な騎士たちを失い、あの戦いの天才である皇帝、アーリ•ヴァン•ジーリアスをも戦死に追い込んでいた。
この戦いによって、半世紀に渡り変わることのなかった勢力比、26,24,19,16,15が大きく変わるのでないかと予測された。
そして、各国で徐々に五カ国統一を目指した動きが加速を始めていた。
そして、狙いは強兵の国から弱兵の国へと退化を遂げた、ヴェルストロスであった。
クーヴェカルの騎士である、ルキア•ヴァン•フリードは王宮内部でその噂を耳にしていた。
ヴェルストロス、敗北!
その噂を聞いただけでクーヴェカルの騎士たちは喜んでいるに違いなかった。
しかし、ルキアだけは素直に喜ぶことができなかった。
戦いが増えて領地が増えることで経済は良い方向へと進んでいくだろう。
だが、関係のない人々が巻き込まれるのだけはどうしても避けなければならない。
「もう2度と失わせてはならないんだ…」
ルキアはそんなことを口に出していた。
彼もまたこんなことを言っているが、実際にはまだ31歳という若者に分類する年齢であった。
そして20代の頃は彼も他と変わらない騎士だった。
目の前の敵を倒し、武勲を挙げて仲間と共にさかばでよいつぶれ酒場で酔い潰れるのが日課となっていた。
しかし、そんな生活は終わりを告げた。
ルキアの妻子が戦いによって失われたのだった。
その戦いはヴェルストロスとクーヴェカルが戦った、今から3年前の戦いであるナグラパロスの乱であった。
戦いはクーヴェカル郊外の街にまで被害が出ていた。
その中の被害者の1人に、ルキアの妻子が入っていた。
その報告を聞いた時にルキアは思わず自身の磨いていた剣を落としていた。
この戦いでクーヴェカルば惨敗を喫したものの、ルキアらは着実な武勲をあげており、高揚の中にいた。
しかし、その中で妻子の訃報を聞いた。
最初は信じられなかった。
幸せが壊れる音がはっきりと聞こえたような錯覚に陥った。
それ以降、ルキアは3年の間妻子を殺した騎士を追って戦場を駆け抜けている。
その非人道的だが、優れた剣術能力を持つ彼のことを他国の騎士たちは「血塗れ騎士(マッダー•ナイツ)と呼び恐れてられていた。
ルキアはライヒテーゼとの国境線の調査を終えてクーヴェカルの王都である、サウス•ティオスへと帰還しようとしていた。
やっと帰れるというため息の混ざった騎士たちの声を耳で流しながらルキアは国境線の彼方を見つめていた。
すると、彼は信じられないものを見た。
ライヒテーゼ側から数キロ先に何やら動く影があった。
ルキアはそのことを確認すると、持っていた双眼鏡を用いてその影の正体を暴こうとした。
それは、騎馬隊だった。ライヒテーゼ軍は推定2000騎程であり、こちら側の300騎とはもはや勝負すらできなかった。
「早く、援軍を呼べ!」
ルキアはそう大声を発していた。
ヴェルストロス惨敗から
既に4日が過ぎ、時代は新たなるものになったと予想せざるを得なかった。
しかし、その予想とは反対のことが起きた。
騎士たちが大きく旗を振っていた。
白旗である。つまりそれは、幸福を表す意味だった。
このまま、一挙に叩けばこちら側は全滅を覚悟しなければならない。
しかし、敵方はその行動に出なかった。
そして、両軍は数百メートルの国境線の間で止まっていた。
数分にわたり沈黙が走ったものの、その沈黙を遮ったのはルキアだった。
「お前たちに降伏の意思があるのは、わかった。だが、なぜ投降した!?」
すると、目の前の隊長格であろう騎士が言葉を発した。
近くで見ると鎧は傷つき、包帯を巻く騎士たちが多くいた。
「我々に戦いの意思はない。それは信じてくれ、我々ライヒテーゼは重大な事を伝えるべくここまでやってきた」
そうして、その騎士は息を切らし咳き込んだ。そして少量の血が飛び散るのが確認できた。
そして、息を整えた騎士はルキアに向かって声を発した。
「我々、ライヒテーゼとクーヴェカルとの間での軍事同盟を結びたい。我々はその使者だ」
その騎士はそう告げた。
軍事同盟!
ルキアはその言葉に驚きを隠せなかった。
過去にわたって、同盟を結ぶことなど表上の歴史にはなかった。
確かにブリュングランとライヒテーゼとの勢力比が合わさるとこの戦乱において非常に有利な状況下に持ち込むことができる。
ルキアはそう感じていた。
「それは皇帝カリキュレイの勅命か?」
ルキアはそう尋ねていた。
その騎士は首を縦に振った。
皇帝陛下の前に引き連れて行かなければな…
ルキアはそうして王都へと帰還を果たした。
「そなたが、ライヒテーゼの使いのものか?」
クーヴェカル女帝、ティロスがそう答えた。
王都ナリープの、王宮メルフィストではライヒテーゼからきた使者たちについての議論が行われていた。
その中の1人にルキアの姿もあった。
ルキアはその様をただ眺め続けるしかなかった。
すると、その使者であるサーフィスと呼ばれた騎士は彼らの皇帝であるカリキュレイからの直筆の著名書を取り出した。
それにはカリキュレイの印が書かれていた。
そして、ティロスはその著名書を受け取り自身の印を書いた。
これで、一時的かあるいは永続的なクーヴェカル、ライヒテーゼ間における極秘裏の軍事同盟が設立した。
これを後世は11月同盟と呼ばれるようになる。
そして、ルキアはそのライヒテーゼの騎士たちからの処遇を感謝されており、ルキアは騎兵大長から騎士長へ昇進を果たした。
ルキアはその同盟と自身の栄達によって内心で笑っていた。乾いており、孤独な笑みである。
これで、あの騎士に復讐できる…!
そのような打算が脳裏に強く根付いていた。
フォーレインはリヴァーやレグニスらによって咎められていた。父アーリを殺したマーグヴェヴァンに復讐を決意したフォーレインは報復戦を仕掛けようと意気込んでいた。
「フォーレイン様、今戦ったとしても我々の戦力はかなり減っております。しかも無傷のものはそれよりもはるかに少ない。戦っても負ける可能性の方が高いです」
リヴァーはそう答えた。隣でレグニスもその言葉に強くうなづいた。
「リヴァー、レグニス…そなたらはこの国の皇帝がみすみす討たれた事に怒ってないのか?!」
フォーレインは半ば起こったような口調で2人に問いかけた。
2人とも皇帝アーリは命の恩人でもあり、起こっていないかどうかと言われるとそれは嘘になる。
しかし、その怒りで動いても正常な判断を下すことができずに、ただでさえ惨敗を喫したヴェルストロスをわざわざまた危険に晒すようなことがあれば目も当てられなかった。
「フォーレイン様、そこはどうか耐えてください。しばらくの猶予と兵を整えてから…」
レグニスはそう答えた。
フォーレインは静かに落胆した。
俺だってこの戦いをすることに馬鹿馬鹿しさを感じてる。だが、この戦いを引き起こさないと俺の方がどうにかなってしまう。
この怒りの吐口をどこにやればいいのか!
フォーレインはそんな事を考えながら2人を見ていた。
「そうだな…リヴァー、レグニス、俺がわる…」
「フォーレイン、陛下の仇を取りに行こう」
フォーレインが言い終わる前にマグニフィコにそう声をかけられていた。
マグニフィコは真剣そのものだった。
「ですが、マグニフィコ様…」
リヴァーはそこまでいって目を泳がせた。
マグニフィコ様ならわかってくださる。
そのことを目で訴えかけていた。
すると、マグニフィコは苦笑した。
「リヴァー、俺も馬鹿じゃない。確かに兵たちの統率や回復には時間がかかるだろう…だがな…」
マグニフィコは一旦間を置いて、続けた。
「兵たちは陛下を殺されたことで士気が高まっている傾向にある。このままいけばいつ爆発するかわからない」
マグニフィコは申し訳なさそうな顔をしていた。
その言葉はリヴァーにもレグニスにも、そしてフォーレインにも痛いほど理解できた。
「それもそうですね…敵地調査という名目で兵たちを動員しますか?」
レグニスは苦渋の判断でそう告げた。
マグニフィコ様のいう事にも一理ある、敵地調査とは言ってもブリュングランとヴェルストロスの国境線の数キロだ。何か失敗してもすぐに戻ってこられる。
レグニスはそう考えていた。
「なら、そこは俺も出たい。初陣を飾りたいんだ」
フォーレインがここぞと言うところでそう言ってのけた。
その事にリヴァーらは無言でうなづいた。
するとマグニフィコは自分がお供すると言って、この話は終わりを告げた。
マグニフィコはその場を後にして笑みを浮かべ始めていた。
裏のある笑みであった。
「父さん…ただいま…」
マーグは、父に向けてそう告げていた。
ここはブリュングラン郊外にある小さな病院である。
父は生きてはいた。しかし、記憶が飛び過ぎてしまいもはやマーグのことでさえ覚えているかどうか怪しかった。
マーグは、ベッドの上で横たわる父の横に腰掛けていた。半ばの独り言をマーグは呟いていた。
「俺、また昇進したよ。戦いは好きじゃないのに、皮肉な話だよな」
マーグは思わず苦笑していた。
「だけどさ、レイも死んじまった。俺を守るために身を張ってさ…あいつらしくねぇよな、父さんだったらわかるだろ?」
マーグは、反応を求めて父の顔を見た。
うつろげで何を考えているのかわからなかった。
「まぁ、俺明日からまた頑張るよ。アゥルとかさ、まだ俺には守らなきゃいけないものがあんのって話」
最後はわざと軽い口調にして、マーグは立っていた。
看護婦の話を聞いていると、父さんの余命はもう長くはないとのこと。
全く小さい声でも、聞こえるもんは聞こえるんだよ。特に悪いことはな。
そうしてマーグは病院を後にして、王都へと戻って行った。
今日はマーグの部隊が出来上がる日だったのだった。
マーグの部隊は、第8独立騎士連隊として皇帝直々に登録された。
こうして、マーグは最年少の27歳で幹部の仲間入りを果たしたのだった。
その中にはアゥルらもいたためにそこは一安心していた。
マーグは多くの歓声を浴び王都を凱旋する中、心の中ではずっと独り言を呟いていた。
守るものはあると言っても俺には俺のために戦う理由がない。
空虚な戦いを俺は続けていくしかないのか!?
そんな自問自答が終わりを見据えることなく続いていた。
ヴェルストロス、ブリュングラン、クーヴェカル。それぞれに住み、面識のない三人は目の前の非現実感に順応していこうと努力していた。
騒乱の時代が始まる




