第四巻 血祭りの後
リヴァーはフォーレインらを王宮の中に戻した後、やや急ぎめな形で王宮の会議室へと急いでいた。
「リヴァー、そんなに急がなくてもいいじゃないか?」
リヴァーは向かう途中で懐かしい声を聞いた。
振り向くと、そこには1人の騎士が歩いていた。
「レグニス、久しぶりだな」
リヴァーはそうやって一旦、会議室へ行くのをやめて懐かしの友人と握手を交わした。
「お前も会議か?臨時の」
レグニスはリヴァーにむけてそう質問した。
「そうさ、ヴェルストロス騎士軍、東軍副隊長…だったのにな。」
リヴァーは苦笑いで答えた。
ヴェルストロス騎士軍は計4つの部隊に分かれており、リヴァーのいる東軍、レグニスの所属する西軍、北軍、南軍が存在している。
そして、会議は皇帝とその4人の隊長で行われる。
しかし、先日の戦いで壊滅的な被害を喰らった東軍は隊長までもを失い、急遽リヴァーが呼ばれたのだった。
「一気に、お前もこの国の重鎮に仲間入りだな」
レグニスは皮肉な笑みを浮かべていた。
「お前もだろ?もうすぐ、俺以外の隊長たちは辞任するだろう。お前も西軍の副隊長だ…この苦しみがすぐにわかるよ」
リヴァーは少し肩を落としながらもそう答えた。
「…リヴァー、これからどうなるとお前は思う?」
レグニスは瞳に冷たい光を発した。
リヴァーはその瞳に少し腰を抜かしたものの、すぐに平然さを取り戻した。
「お前と違って、俺はこれからのことを考えるのはあまり得意ではない。だが…」
「間違いなく、戦いの頻度は増えるだろう…ってとこか?」
レグニスは、リヴァーの言葉を繋ぐ形でそう答えていた。
リヴァーはその言葉に強くうなづいた。
その顔を見て、レグニスはふと苦笑を浮かべた。
「全く、お互いに大変な時期に生まれたもんだな…」
その言葉にリヴァーも思わず苦笑を浮かべた。
リヴァー•ヴァン•レッドクリフ、レグニス•ハーベリス。
2人は身分の違う、本来ならば接点すらなかった関係性にあった。
しかも、リヴァーは名門騎士家の息子であり、レグニスは平凡な宮廷医の息子だった。
2人が初めて会ったのはお互いに10才の時だった。
リヴァーの父は中年期に入ってから体調が優れなくなっていたために、レグニスの父は頻繁にレッドクリフ家に出入りしていた。
そして、レグニスはその付き添いとしてきていた。
それぞれの父たちが話している間、リヴァーとレグニスは家で遊んでいた。
年頃の友達のように、この時ばかりは身分などどうでも良く互いを1人の友達として意識していた。
しかし、身分の差というものは2人にとっては重かった。
お互いに親しい友人もあまりいなかった2人は、なかなか会えることがなかった。
会おうとしても互いの親にこう言われるのだった。
「身分が低い子と遊べば、レッドクリフ家の名に傷がつく」
「あんな身分の高い方と遊んでも、釣り合わないよ」
2人はたった少しの時間を共有しただけだったが、その言葉には疑問が残った。
同じ人間なのに、という言葉が脳裏に横切ったもののその言葉を言い返せる具体的な根拠もないまま、時だけがすぎていった。
そして、2人は15歳となっていた。
そして、2人は騎士学校に入学した。
リヴァーは家柄上当然であり、レグニスは騎士という身分を求めて入学を果たした。
そして、入学式が終わり互いにきょうしつに教室に戻った時に2人は互いのことを認識した。
その時の喜びは言葉では例えられないほど嬉しいものがあった。
それ以降、2人は親友という間柄になり18で騎士学校を卒業した。
席次はリヴァーが一番、レグニスが二番であった。
以降、2人ら東軍と西軍に分かれてしまったが時間が合えば飲みにいくほどの中であった。
そんな関係性からすでに、8年。
リヴァーは東軍隊長、レグニスは西軍副隊長にまでなっていた。
「まぁ、8年間できた俺たちだ。俺は、フォーレイン様たちを補助したいかなぎゃいけないんだ」
リヴァーはそう答えていた。
「引き留めたのは俺だが、会議は大丈夫なのか?」
レグニスはふとつぶやいた。
リヴァーはハッとして歩みを早くした。
「また一杯、やろう」
リヴァーは去り際にそう言い残した。
「お前の奢りなら、考えておくよ」
レグニスはそう答えていた。
リヴァーは、なんとか会議に間に合うことができた。
自分を除いたそれぞれの部隊長の面々が席に座っており、歴戦の戦士感を醸し出していた。
そして、奥にはマグニフィコも座っていた。
そして、リヴァーは隊長たちに並ぶようにして椅子に腰掛けた。
すると、マグニフィコが重い口を開いた。
「部隊長も既に承知済みだろうとは思うが、先日陛下が亡くなられたことは知っているな?」
マグニフィコは辺りを見渡した。
全員口を閉ざしたままだったが、その態度を見たのちにマグニフィコは発言を再開した。
「そこでだ、偉大なる皇帝の次の代はフォーレインで決まりでいいか?」
マグニフィコはそう言い終えた。
この時代は通常、長男を皇帝として即位させる決まりがあった。
だが、それには苦難の顔色を見せる隊長たちもいた。
北軍隊長、フレッダーもそうだった。
「フォーレイン様は確かに才能豊かな子だ。だが、感受性が激しすぎる。皇帝になるとすればその感受性で政治や戦においても優柔不断になるかもしれません」
西軍隊長、エマロットもそれに同意した。
「むしろ、弟のグレイル様の方が遥かに皇帝の座に相応しいでしょう。フォーレイン様と違って、冷静で感情に支配されることは少ないでしょう」
リヴァーは逆に反対だった。
「私は、フォーレイン様が次の玉座にふさわしいと存じ上げます。彼はまだ若い。それだからこそ、我々が補助し優れた皇帝に仕上げていくのです」
すると、長い間沈黙していた南軍隊長、タイラスが口を開いた。
「その点ならば、王族の血を引いているマグニフィコ様の方が向いているのではないでしょうか?」
その言葉と共に視線が一気にマグニフィコに集中した。
「…確かに私は、王族の血を引いてはいる。しかし、亡き皇帝のご子息がいる中で私が王位につくのは…」
マグニフィコはそう口を濁したが、心の中で芽生える野心の芽が心の奥底を蝕んでいくような錯覚に陥った。
自分が、ここまでしか行けない人材であるわけでないと心の片隅で思っていたマグニフィコにとってその言葉は自分への発火剤だった。
確かに、俺は皇帝になれる。
やろうと思えば、俺はなれるんだ!
そんな考えが脳裏に横切ったが、それは一回後に置いておくにしてもやはり脳裏からその考えが出ていくことはなかった。
そして、リヴァーは会議室から退出した。
何時間にも渡り討論が繰り返されたが具体的な打開案を見つけることはできず、仕方なく解散したのだった。
辺りは既に暗くなり星々が眩しいほどに光り輝いていた。
「マーグという男…今では美女でも抱えて楽しんでいるのか?」
リヴァーは空に向かって、顔も知らない自軍を壊滅に導いた男、マーグヴェヴァンに向かってそう質問を問いかけていた。
マーグは、くしゃみした。
その姿を見てアゥルが心配そうに見ていた。
「風邪でもひきましたかな?」
アゥルはそう尋ねた。
「ごみが鼻に入っただけだよ、どうせ」
マーグは鼻を啜りながらそう答えていた。
2人は馬車の中にいた。内装はとりわけ豪華さを持っていた。
アゥルはちゃんとした服装を着ていたが、それ以上にマーグは服装は貴族さながらの豪華さを持っている、礼服を着ていた。
マーグはやれやれという顔でいた。めんどくさそうな表情に気づいたアゥルは苦笑しながらも尋ねた。
「名誉なことですよ、ヨーツンガルド陛下に直々のお誘いなんですから…ね、ヴェヴァン騎士将軍」
アゥルはやや、冗談気味にそう言っていた。
「まぁ、ありがたいけどさ…でもこれで俺には戦うしか引き下がれなくなったな…」
マーグはポツリとつぶやいた。
戦いによって得たものと失ったもの。
俺はとりあえずの名誉と金をもらった。
側から見たらとりわけ羨ましがられることだとは思う。
けれど、俺の心は全くと言っていいほど満たされてなかった。
戦いには勝ち、自分は戻ってきた。
だが、大切なものを守ることだけはできなかった。
レイを守ることができなかった。
レイの奥さんとお腹にいる子供の三人での家庭を壊してしまった。
そんな自己嫌悪をマーグは感じていた。
蚊帳の外に意識を集中させようとはしても、到底できることではなかった。
「取り敢えず、今日は先輩が主役ですよ…ディアム先輩の分も、楽しんで…」
そうして、アゥルはマーグを降ろし帰路についた。
マーグは目の前にある大きな装飾の飾られた王宮、ローレイスを見た。
俺たちはこの王宮守るために日々、戦いに繰り出されている。全く、たいそうなご身分になったもんだな。
元貴族出身のマーグでさえもそう思った。
中に入ると想像以上の賑わいだった。至る所に、名を馳せたブリュングランの騎士たちが多くいた。
自分を除く若い人でも30代後半だった。
めっちゃ,場違いだな…。
マーグはそう思い、さっさとただ食いして帰ろうと思った。
「あなた、マーグヴェヴァンね!」
後ろから貴婦人方に声をかけられた。
それを起点として、マーグの周りには多くの騎士やきぞくたち貴族たちが我先にと押し寄せてきた。
やれやれ、困ったな…
マーグは頭を掻くしかなかった。
「ふん、褐色の青二才が」
その宮廷には、ナークレーがいた。
ラフットを含め、王宮へと早く帰還した者たちは責任逃れとして罰せられた。
幸い、死罪は免れたもののどれもが降格処分を受けていた。
ナークレーは騎兵長にまで階級を落とされていた。
ナークレーを始めとした高年の騎士たちにとってマーグの存在は鼻についた。
側から見ればまだ、30にもなっていない若者なのである。
しかし、排除しようものなら全国民から非難の目を浴びせられるだろう。
それもそのはず、彼は救国の英雄でありそれは彼らも認めざるを得なかった。
マーグも感じていたであろうが、この戦いで彼は両勢力からも狙われる存在へと昇華したのだった。
フォーレインは自室のベランダから夜空を眺めていた。
東に位置するヴェルストロスの夜は、肌寒く徐々に体温を奪っていったものの、フォーレインはそんなことは気にしていなかった。
フォーレインは、明日のことで頭がいっぱいだった。
明日は父の葬式であった。
二十歳をすぎるまではもう経験しないだろうと思っていた2度目の両親の葬式である。
そのことを思うと胸が締め付けられ、涙が自分の意思と関係なく溢れ出てくる。
いてもたってもいられなくなったフォーレインは、部屋を抜け出して屋外へと向かっていた。
階段を降り自身の木刀を持って行った。
一階に降りてしばらく歩くと、そこにはボロボロの練習台があった。
リヴァーやレグニス、父アーリらがグレイルと共に剣術を教えてくれていた。
自分がミスして、転んだ時に豪快に笑いながらも優しく教えてくれた父はもういない。
その事実が悲しすぎて、フォーレインは木刀を練習台に向けた。
一呼吸したのち、フォーレインは一撃を放った。
練習台と木刀は激しい速度でぶつかり、風を裂く音と練習台に当たった鈍い音とそれに伴う手への鈍痛を感じた。
この痛みは、自分への決意だ。
父を殺した騎士、マーグヴェヴァンに仇討ちを決めたことへの誓いだった。
この俺が仇をうってやる。
フォーレインはそう言って木刀の持ち手を強く握っていた。
11月の風は、寒波を持ってフォーラインの体から体温を奪っていた。
西暦1197年、11月17日。アーリの死から既に3日が経過していた。




