第十四巻 時は流れて
西暦1201年。ヴェルストロス陥落から、4年の月日が流れていた。
しかし、戦いは続いていた。
人々はまだ、戦いへの熱意を他のものに移さないでいた。
戦乱によって土地は乱れていく。莫大な領土を手に入れ、かつては同志として戦った国々もまた和解には至らず底の抜けた樽のように注がれる、野心というワインを求めて争っていた。
世界は変わらないものの、一人の青年はヴェルストロス郊外の小さな村で小さな幸せを謳歌していた。
日光が照らす最中で、その青年は畑を耕していた。
半袖の腕からは筋肉質な右腕が現れていた。
しかし、左腕は鋼鉄の輝きを持っていた。
4年前に失った、腕を代用するものであった。
そして、その青年は頭に被っていた帽子を脱いだ。
それは、フォーレインその人であった。
既に22歳。少年という年齢は過ぎ去り、今では若い青年としてこの村に住まわしてもらっていた。
フォーレインは王族出身者であったものの、村の人々はそのことを隠してくれており、貧しくはあったものの充実していた。
フォーレインが、畑仕事がひとまず終わり木陰で休憩していると遠くの道から馴染みのある少女が近づいてきていた。
ウェイズであった。今年で19になる真っ直ぐな少女であった。
「お疲れ様、アレン!」
ウェイズは、笑みを浮かべながらそう言ってフォーレインに水の入ったボトルを渡してくれた。
アレンは、フォーレインが身を隠すための偽名である。しかし、フォーレインはこの名を何故かは分からないものの愛着を感じていた。
「ありがとう、ウェイズ」
フォーレインは、蓋を開けて美味しそうに水を口に含んだ。
「随分と耕したね」
ウェイズは畑のよく耕されている状態を見てそう答えていた。
「だろ?いい気分だよ…」
フォーレインはそう言おうとしたが左腕にまた鋭い痛みが走り顔が引き攣ってしまう。
そんな様子を見て、ウェイズは困ったような表情を浮かべていた。
「最近、ずっとだね…何か困ってることがあるなら言ってみて」
ウェイズは、フォーレインに対してそう答えていた。
フォーレインは痛みの引き始めた左腕を掴みつつ、その言葉に対して嬉しく思った。
「最近、夢を見るんだ。何がとは言えないけど…昔のことをよくおもいだすんだよ」
フォーレインは素直な感想を述べていた。
ウェイズは、自身が王家出身であることを知らない。
このきさくな関係を続けていきたいと、ギルバートに切に願った結果であった。
そして、フォーレインは…グレイルが惨殺される夢を見続けていた。
自身に必死に手を伸ばすが、その腕はかの…マグニフィコによって切り落とされ徐々に殺されていく。
そんな憔悴しきったグレイルを、自身はただ見つめていくだけの夢。
それに対して、フォーレインは嫌な予感を感じざるを得なかった。
そして、二人は畑を後にして帰路へとついていた。
帰路へと着く中で、フォーレインは道の奥に姿勢の定まらない人影を確認した。
「あの人、なんだかふらついているわね…」
ウェイズもまたそう呟いていた。
「ちょっと、話してみるか」
フォーレインは、そう答えるとウェイズと一緒にその人に向かって走り出していた。
その人に近づくや否や風が吹き、その人のかぶるローブに隠された素顔が明らかになった。
ウェイズより少し年下の少女の姿があった。
幼なげではあるものの、美人と呼べる部類にあった。
そして、その少女もまたフォーレインとウェイズの姿を捉えていた。
すると、その少女は一目散にフォーレインに近づいていた。
「あなたさまは、フォーレイン様でいらっしゃいますか?」
その少女は、耳を傾けないと聞こえないほどの力なのない声でフォーレインに対してそう質問していた。
「すみません、人違いですよ。フォーレインといえば、4年前に死んだ皇帝の息子ですよ、アレンなわけない」
ウェイズが、すこし呆れたような表情でそう少女に向かってそう答えていた。
しかし、フォーレインの内心は緊迫状態であった。自身の名を知る人に出会ってしまった。
こんなことは、4年ぶりだ…!
フォーレインは、そう思っていた。
しかし、その少女はフォーレインの体を掴んでいた。
ウェイズが引き剥がそうとするが、フォーレインは制止した。
「グレイル様を…お助けください…どうか…どうか…」
その少女はそういうと、眠るようにして気絶していた。
フォーレインは、その名前を聞いて懐かしい感触を感じざるを得なかった。
全てを忘れようとしていたにも関わらず…
フォーレインとウェイズは、その少女を連れて家へ着いていた。
ウェイズが看病していく中で、フォーレインとギルバートは先ほど聞いた話について考えていた。
「確かに…グレイル様のことを話していたのですか?」
ギルバートは、フォーレインに対してそう聞かざるを得なかった。
「確かに言っていたんだ…グレイルのことを、俺は確かに聞いたんだ」
フォーレインは、ギルバートに言い聞かせるように自身に言い聞かせるようにそう呟いていた。
「俺は…どうすればいいんだ?」
フォーレインは、思わず呟かざるを得なかった。
マグニフィコに負けて嫌気がさしたという、大層でもない理由のために4年の月日が経ち始めていた。
そんな俺に何が出来るというんだ?
「フォーレイン様…貴方様は選択の縁に立たされている。じっくり、お考えください」
ギルバートは、そう諭していた。
フォーレインは、ひとまず少女の容態を確認すべくウェイズの部屋へと足を運んでいた。
「ウェイズ、入ってもいいか?」
フォーレインは扉を叩きながらそう質問していた。
ウェイズは、扉を少し開けた。顔色は優れていなかった。
「いや、まだ入ってきちゃ駄目…」
ウェイズは、そう答えていた。
「どうしたんだよ、何か良くないことが?」
フォーレインは、思わずその勢いから扉を開けてしまっていた。
そこには、その少女の看病された跡があった。
強姦された跡が多数見受けられていた。
「酷い…」
フォーレインは、思わずそう呟いていた。
「ねぇ、貴方はアレンじゃないの?」
ウェイズが突然そんなことを聞いてきていた。
フォーレインは、思わず取り繕った笑みを浮かべていた。
「俺はアレンだよ、フォーレイン様なんかじゃない」
フォーレインは、そう答えていた。
「この子、アマンダっていうらしいの。ずっと、フォーレインの名前と…グレイルっていう名前を連呼していたわ…」
フォーレインは、その言葉に対してなんともいえないやり場のない虚無感を感じていた。
「私…貴方のこともっと知りたいの。もっと、貴方の中身を知りたい」
ウェイズはそう詰め寄っていた。
「俺のことを聞いたって、何にもないさ」
フォーレインは、冷たく引き払っていた。
信頼していた家族の仇討ちを誓って、味方に殺されかけた哀れな男の話なんて、聞いてなんになるというのか。
「アレン、貴方がアレンじゃなくても、私は…」
「うるさい!俺のことを聞いて君は何になるって言うんだ?」
フォーレインは、思わず大声で怒声を浴びせてしまっていた。
ウェイズの瞳に涙の粒が溢れていた。
フォーレインは、取り返しのつかないような事をしたと思い、左手で彼女を掴もうとした。
しかし、左手は動かなかった。
「もう、いいわ…話しかけてこないで…」
ウェイズは、そう言ってフォーレインを突き放した。
フォーレインは、何ともいえない感情が込み上げてきて思わず家を飛び出していた。
そして、フォーレインは家の近くに4年前、埋めた剣を掘り起こしていた。
4年前に埋めたのにも関わらず、その刀身はまだ光沢を帯びていた。
フォーレインは、そこらの枝を切りにかかった。
そうすることでしか、今直面している出来事に対して平常心を保てるとは思えなかった。
「忘れていたのに…忘れようとしたのに…」
フォーレインは、月の差す光を浴びながらそう呟くしかなかった。
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