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四、 贈り物



「今日は仕事のあと、教会に寄ってくるから。帰りは少し遅くなるよ」


 いつも通りの朝食後、身支度を整えたシノがそう言った。

 エランテ島には、季節の四つ柱の神と時の神カルスを祀る、立派な教会がある。シノはこの島に来て、すぐに熱心な教会通いを始めた。アウレン島に居た頃のシノは、熱心な信者には見えなかったため、当初は意外だった。

 けれど、今ではおれも慣れたものだ。

「はいはい。気をつけてね」

「夕食は先に済ませていいからね。俺がいないとさみしいだろうけど、おみやげ買ってくるから……」

「いらないよ」

 おれは苦笑いして、シノを仕事へと送り出した。

 シノは浪費家の傾向があるのか、何かと理由をつけてはおれにお土産を買ってこようとする。勿体無いからやめろ、と何度も言っているのだが、改善の兆しはないようだ。

 今日は山の峰に黒い雲がかかっていた。こういう日は無理をしないことにしている。家でできる仕事──椰子の油を絞ったり、薬草を加えた洗い粉を作ったり、野菜の保存食を作ったり──をして、それなりに忙しく過ごした。



 夕食を終え、さてそろそろ寝ようか……と考えている頃。シノが帰ってきた。

 灯蓋の柔らかな光が、シノの疲れた顔を照らしている。上着を脱ぐ彼に、おれは長椅子に座ったまま声をかけた。

「おかえり。今日はずいぶんと遅かったね」

「うん、ちょっと……話が長引いちゃって」

「ふーん。あ、水瓶の水、もう冷たくなってるよね。体洗うなら、お湯沸かすでしょ? 薪持ってくるよ」

「うーん……」

 どうやら本当に疲れているようで、綺麗好きのシノには珍しく、少し面倒くさそうな顔をした。

「今日は、体拭くだけでいいや……」

 どさっと隣に腰を下ろすと、シノがもたれかかってきた。微かに、柑橘類のような香りが鼻をくすぐる。

「ちょっ……重いよ」

 背の高いシノに寄りかかられると、かなりずっしりとくる。文句を言うおれにかまわず、シノは「うーん」と小さく唸った。

「……すごくいい匂いがする……」

「ん? ああ、この前シノがくれた香油の匂いじゃないか?」

 おれがそう言うと、シノは確かめるみたいにおれの首元に鼻を寄せてきた。

「やめろ。嗅ぐな」

 おれは笑いながらシノの胸を押す。あっさり体を離したシノは、急に何かを思い出したように『あ、そうだ』と立ち上がった。

「ハルキにこれ、あげる」

 戻ってきたシノの手には、平たいなにかが握られていた。

「本当におみやげ買ってきたのかよ? どれどれ……って、これ……」 

 受け取ったものの、おれはどう反応すればいいのか、わからなかった。

 それは木でできたくしだった。

「ハルキ、髪の毛が絡まりやすいでしょ? 使ってほしくて」

 シノが無邪気に見つめてくる。おれは思わず、ため息をついた。

(こいつ……さては人に櫛を贈る意味を知らないな?)

 忘却の病のせいか、シノはいまも時々、常識とはズレた言動をとることがあった。

 独りぼっちでろくに話し相手もいなかったおれでも、ある程度の世情や常識くらい知ってる。なぜなら、幼い頃、広場の片隅で人々の世間話に耳を澄ませて日がな一日過ごしていた時期があったから。

 おれはシノの事情を知っているから、この行動に何の意味もないことがわかる。でも、もし他の人に同じことをしたら、きっととんでもない事態になってしまうだろう。


「シノ……、一応教えとくけどな。櫛ってのは、将来を誓い合う相手に贈るもんだ。気軽に友だち同士で贈りあうもんじゃない」

 シノの勘違いが面白くて、おれは少し笑ってしまった。

「贈ったのがおれでよかったな。相手によっちゃ、結婚を申し込んだって勘違いされて、大変なことになるところだぞ?」 

「……その櫛、おれが作ったんだ」

「えっ⁈」

 シノの告白に驚いて、まじまじと手の中の櫛を見た。一つ一つの歯が、等間隔にきれいに並んでいる。表には花のような模様も彫り込まれていて、かなり時間をかけて作ったものだということが窺えた。

「本当⁈ うわー、シノって器用なんだな!」

 すごいすごい、と繰り返すおれを見て、シノは嬉しそうににっこりと笑った。

「頑張って作ったんだ。ハルキ、使ってくれる?」

「使う使う。ありがとう!」

 さっそく髪に通すおれを、満足そうにみていたシノが、ふとうつむいた。そして、


「……なぁ、ハルキ。ハルキにとって結婚って、どんな意味がある……?」


と言った。

 突然の問いに少し戸惑ったが、思いつくまま答えた。

「どんな意味って言われても……。男と女が一緒になって、子供を作ることじゃないのか?」

「……子供って、必要だと思う?」

「そりゃそうだろ。そのために結婚して、家庭を作るんじゃないの?」

「俺は……結婚って、好きな人と共にいることを誓う儀式、だと思ってる」

「それは、まぁ……。どうせ結婚するなら、好きな人とのほうがいいかもね」

 おれはそう答えながら、どうしてシノが急にこんなことを言い出したのだろう、と考えていた。

(教会で誰かとそんな話をした? それとも……ついに気になる子ができた?)

 シノ本人が望もうと望むまいと、あらゆる好意が彼に向けられるのを見てきた。だから、シノの側から誰かに一方的な思いを寄せる姿というのは、想像ができなかった。

(そんなの、もう両思い確定じゃん!)

「大丈夫だよ。シノならきっと、好きな子と結婚できるって」

 そう言ってから、ふと気がついた。


──あれ? もし、シノが結婚したら……おれ、どうしたらいいんだろ。


 今までのように、同居するわけにはいかなくなる。新婚家庭に居候など、ありえない。

(この島で、おれは一人で暮らしていけるのか? それとも、アウレン島に戻る? いや、それは…ちょっと……嫌だな)

 意外にも差し迫っていた危機に、おれは血の気が引くのを感じた。


「ハルキも、やっぱり子供が欲しいって思ってるのか?」

 ぽつり、と。その問いは、まるでシノの独り言のようだった。

 おれは自分の行く末に考えを巡らせるのに夢中で……。つい、うっかり本音で答えてしまった。


「おれが結婚なんてできるわけないじゃん。たとえ相手がいたとしても、子供におれと同じ特徴が出ちゃったら可哀想だろ」


 しまった、と思った時には遅かった。顔を上げると、シノがまるで殴られたような顔をして、こちらを見ていた。

(こんな考え、シノに聞かせるつもりなかったのに……)

 しかし一度、口から出てしまった言葉は取り消せない。シノは何も言わなかった。ただ、ひどく悲しそうな目で床を見つめていた。

(なんで、お前がそんな顔をするんだよ……)

 火照っていた部屋の空気が、すうっと冷めていくのがわかった。

 その時、おれは自分の失態に気づいた。

 かつておれを虐めていた『シノ』。それは今のシノではないのだけれど……。さっきの言葉は、まるで過去の行いを当てこすっているように聞こえたのではないか?

(違う。おれはシノを責めるつもりなんてないのに……!)

 俯いた横顔に、胸の奥がきしむ。何か言わなければ、と焦った。黙っていたら、シノの気持ちがこのまま遠く離れて行ってしまいそうで……。


「……おれはさ、いつか……シノの子供を抱っこできれば……それだけで満足だから」


 返事はなかった。

それがいちばん、こたえた。


 自業自得とはいえ、こんなに胸に刺さる沈黙は、初めてだった。




   * * *



 三の月、セリナ。雨の季節が過ぎ、空は見違えるように晴れ渡る。海は青輝石のようにきらめき、島のあちこちで色とりどりの花が咲き誇り、薫風が街を駆け抜けていく。一年でいちばん好きな季節だ。

 海が穏やかになり、港はいっそう活気付く。恋の季節を迎えた街は、華やかに彩られ、人々の心も高揚し開放的になっている。港沿いには花飾りを売る露店が並び、恋占いを求める若者たちの笑い声が、風に乗って響いてくる。


……そんな心躍る季節だというのに。


 朝食を囲んだ二人の間には、重苦しい沈黙が流れていた。

 カチャ……カタン……。器の立てる小さな音だけが、よどんだ空気にかすかに響いている。今朝はまだ、シノと「おはよう」以外の言葉を交わしていなかった。

 何か言わなきゃ、とは思う。でも昨夜はそれで失敗したばかりだ。また余計なことを言ってしまう気がして、どうしても言葉が出てこなかった。

 向かいの席で、シノは黙々と食事を口に運んでいる。怒っているようには見えないが、平然としたその表情からは何も読み取れない。

(……なんだか、おれだけ気にしてるみたい)

 そう思うと、少し悔しかった。


 気まずい沈黙のまま朝食を終え、逃げるように出かける準備を始める。

 薬草の最盛期は過ぎたが、この季節にしか採れないものもあるので、休んでばかりはいられない。今日はどの辺りまで行ってみようか…などと考えていると、

「ハルキ、今日は採集に行くのか?」

 背後から急に声をかけられて、危うく飛び上がるところだった。振り返ると、出かける支度を終えたシノが立っていた。

「…う、うん……」

「どの辺まで登るの?」

「えっと、……今日は西の海岸線の方に行ってみるつもり。蜜草の花が咲きはじめるころだから」

「崖の方か……。気をつけてな」

 まるで昨日の会話がなかったかのように、いつもと変わらないシノの様子に、おれは内心、安堵した。

(なんだ……やっぱり、怒ってなかったんだ)

 自分でもわかるほど、露骨に声が明るくなった。

「シノは? 今日も教会に行くの?」

「ああ。だから、ちょっとだけ帰りが遅くなるかも」

 上着に手を通しながら、シノが頷いた。


「髪……」

 玄関口でふと立ち止まり、シノが振り返った。

「今日はすごく綺麗にまとまってるね。櫛、使ってくれたのか」

「うん。あれ、すごく使いやすいよ。ありがとな!」

 何気なくそう答えると、シノは柔らかく微笑んだ。

「……いつもより、耳がでてるね」

 そう言いながらシノが右手を伸ばしてくる。長い指が耳殼に触れた。柔らかく摘まれる感触に、肩がピクッと震えた。

「ちょっ…と、シノ……」

「ハルキって、耳の形も可愛いよな」

「やめて…くすぐったいってば……」

 耳をフニフニと優しく揉まれて、おれは少し身じろいだ。

「耳飾りは、つけないのか?」

 シノの耳には、右側にだけ小さな耳飾りが光っている。アウレン島で、成人を迎える儀式の際、つけたものだ。

「やだよ。穴開けるの、痛そうじゃん……」

 未婚の成人男性は右耳に耳飾りをつけ、伴侶を得た際、もう一方にも穴を開ける。そういう風習があった。だが、ハルキは誰にも勧められなかったため、これ幸いと穴を開けずにいたのだ。

「きっと似合うのに……。もしハルキが穴を開けたくなった時は言ってくれ。手伝うから」

「開けないってば……」

「残念だな。俺の店にいい耳飾りがあったからさ。ハルキとお揃いで、つけたかったのに」

「………」

 おれは何も言えなくて、ただシノを見上げた。シノは、色気が滴るような笑みを浮かべて、おれを見ていた。

 束の間、何も言わずに見つめ合う。

 胸の辺りがゾワッとした。怖いのとは少し違う。まるで何かを、待っているような……。


──チチチチッ


 高い声をあげ、小鳥が近くの庭木から飛び立った。

 驚いて我に返ったおれの耳を、名残惜しげに撫でるとシノの指は離れていった。

「じゃ、……行ってきます」

 そう言い残して、シノは何事もなかったかのように、ドアから出て行った。


 おれはしばらくの間、自分の耳を押さえたまま、身動きができなかった。

いつまでも、あの指の感触が消えなかった。





 ザクザクと音を立て、柔らかい地面を踏みしめながら斜面を登っていく。

右手には切り立った急斜面。左手には、大海原を望む断崖が広がっている。ここは潮風が穏やかな時期にだけ訪れられる、とっておきの場所だ。地に根を張る植物はほとんどなく、掴まるものもない。おれは慎重に、ゆっくりと足場を確かめながら進んだ。

 幸運なことに、奥まで行かぬうちに目的の飴色の蕾を見つけた。今年は当たり年らしく、斜面のあちこちで膨らんだ蕾が風に揺れている。おれは指先でそっと摘み、腰にさげた小さな籠へ入れた。

 蜜草の蕾は、乾燥させると甘味料になる。砂糖はとても高価なので、島ではこの花をお菓子や飲み物に代用してきた。良い値で買い取ってもらえるので、本当は籠いっぱいに集めたいところだ。だが、蜜草が咲く場所はどこも足場が悪い。欲をかいて丸ごと海に落とせば、元も子もない。

 人の背丈の何倍もある崖の下には、剥き出しのゴツゴツとした岩場が見えた。足を滑らせたら、大怪我は免れないだろう。とはいえ、毎年のように来ている場所だ。不安はなかった。でも、こんな場所にいることをシノに知られたら、きっと大目玉を食らってしまうだろう。

(あいつ、意外と心配性だから)

 などと心の中で思った。小言を言われるのが嫌で、いつも危なそうな場所に行くときは、濁して伝えることにしていた。

絶え間ない潮騒と、風が吹きあげる音。少しでもバランスを崩せば命取りになる。そんな状況なのに、ふと気付けば、全く別のことを考えている自分に気付いた。

 無心で蕾を集めながら、頭の中は今朝のシノの言動でいっぱいになっていた。


 近頃、シノが何を考えているのか、わからないことが増えた。

 同じ耳飾りをつける……それは、櫛と同じくらい、特別な意味を持つ行為だ。

(そんなの、恋人同士がすることじゃないか。しかも、かなり熱烈な……)

 仲のいい夫婦でもあまりしないくらい、露骨な愛情表現だ。そう、まさに「この人はおれのものだ」と宣言するようなもので……。

 シノが意味を知らずに言ったとはいえ、まるで愛の告白をされたような、むずむずする感覚があった。

(でも、シノは無自覚でやってるんだよな)

 罪作りなやつ。いつもならば、笑って済ませてしまうところだ。でも、今回はなぜか少しだけ心に引っかかりを覚えた。

 櫛といい、耳飾りといい……。似たような話題が続いているのは、ただの偶然なのだろうか。


(シノが左耳に穴を開けたりしたら、大勢の女の子が泣くだろうな…)

 思わず想像して、クスッとする。憧れの人が誰かのものになると知れ渡れば、きっと街中のあちこちで、すすり泣きを聞くことになるだろう。

(もし、その耳飾りの片割れを、おれが持ってるなんてことになったら……)

 シノに恋する島民達が、おれにどんな目を向けてくるか。想像しただけで恐ろしい。

(耳飾り……かぁ…)


 アウレン島で育った子供たちは、十五才で成人と認められる。

 一年に一度、それぞれの村では成人の儀が行われる。その年に十五歳を迎える子供達が集い、無事成長できたことを大海蛇神に感謝を述べる。そして、大人になった証として、男は右耳、女は左耳に穴を開けるのだ。


 正確な年齢はわからなかったが、多分十五歳くらいだろう……ということで、『ハルキも一緒に行こう』とシノに誘われた。けれど、おれは行かなかった。

その代わり、後日、シノと二人だけでささやかに成人を祝った。

 ふ、と。

そこまで考えて、おれは違和感に気がついた。

(……ちょっと待てよ。最初におれに耳飾りの意味を教えてくれたのはシノじゃなかったか……?)


『古いしきたりだけど、アウレン島ではみんな開けてるから』


 ……と。そう言って、赤く腫れた耳たぶをちょっと痛そうに見せた、幼い頃のシノの顔を、思い出す。

『反対の耳の穴は、将来を誓い合う相手と一緒に開けるんだって』

 と……。

(どういう、ことだ?)

 シノが、おれを……?

 そんな考えがよぎった。だが次の瞬間、おれは鼻で笑ってしまった。

まさか。あり得ない。

(だって、相手はおれだぞ?)

 そう思っているのに、頬がじわじわ熱くなる。胸のあたりがむずがゆい。

(ないない。ないって! なにより、あいつもおれも男だぞ?)

 必死で振り払おうとするけれど、一度取り付いた妄想はなかなか頭から離れない。

 しかも、そう仮定すると、今までのシノの意味ありげな行動が、妙にしっくりきてしまうのだ。

(友だちに『綺麗だ』とか『可愛い』とか、……そんなこと言う?)

 言うのかもしれない。おれにはシノ以外の友だちが居ないから、わからないけれど。

 もしかすると……いや、そんな馬鹿な。

(まさか、あの櫛も……?)

 シノは、意味を知っていたのか? 知ってて、おれに贈ったのか……?

 そう思い至って、おれは思わず、手に持っていた蜜色の花を落とした。


そのときのおれは、突飛もない考えに動揺していて。

多分、まともな判断力も注意力も、うしなっていたんだ。

 フワ……っと体が揺れた。反射的に掴んだ草の茎がブチブチッと断たれる感触の後、たいした抵抗もなく根元から抜けた。視界がぐらりと傾き、空と海の境界線が反転する。潮を含んだ風が、頬を裂くように駆け抜けた。足が宙を泳ぎ、地面を探す指先が空を掴んだ。

まずい、と思う間もなかった。全身の血が逆流するような嫌な感覚の後、体に何度か大きな衝撃がはしった。


「ウッ……つ…ッ」

 数拍遅れて、激痛が体中を飲み込む。あまりの痛みで息が吸えない。呻くだけで身体中が悲鳴を上げ、涙がにじんだ。霞む視界に映るのは、黒灰色のゴツゴツとした岩。波の音がするたび、岩の向こうに水飛沫が上がるのが見えた。

 顔のすぐ横で、バラバラと音を立てて小石がいくつも跳ね、転がり落ちていく。

不注意で足を滑らせ、岩場に落下した、らしい。

まずい…早く移動しないと…潮が満ちてくるかも……

そう思うが、指先すら動かせない。


(落ち着いて…大丈夫。おれならできる……)

 レピシアであることは、ほとんどが辛いことばかりだったが、一つだけ良いこともあった。どうやら他の人に比べて、治癒能力が高いようなのだ。ちょっとした傷などものの数分で塞がったし、火傷なども数時間もすれば元通りになった。他人に知られると気味悪がられると思い、ずっと隠しているが。

人と違うせいで嫌な目にあってきた。でも今だけは、この違いにすがりたい。


 ハッ…ハッ……と浅い息を繰り返す。波のように寄せては返す痛み。食いしばった歯の間から、無意識のうめき声が漏れた。

(シノ……おれが急にいなくなったら、どうするんだろ)

 心配して、あちこち探し回ってくれるかもしれない。

(早く……帰らなきゃ……)

 焦る気持ちに反して、目の前がどんどん暗くなっていく。

(こんなとこで寝たら駄目……波に、飲まれ…る……)

 そう思ったのを最後に、意識は完全に暗闇の中に落ちていった。


 意識を失ったおれは気付かなかった。

海の中から現れた頭が、じい…っとこちらを見つめていたことを……。





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