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86 ハッピーダークデイ

勇者イアはエへシーンを出て南東に向かっていた。


険しい山々を規則的なリズムで進んでいく。


ここらの動植物は触ると弾けるポップマウンテンと呼ばれる地域だ。


勇者イアは器用に障害物を避けて通り、弾け飛んで喰らう事は無かった。


暫く進むと弾け飛ばない安全な木の下で腰を下ろした。


休憩する度に使う出番が無い剣を腰から抜いてじっと眺めている。


いくら進めどモンスターと遭遇しないことに違和感を感じているのかもしれない。


それか、剣が必要無いのに自分が何故剣を持って居るのか疑問に思っているのかもしれない。


旧聖王国にもエへシーンにも冒険者ギルドなんて存在しなかったし勇者の出番らしいイベントも無かった。


出会う人々と景色はただただカオスなのに、異常な状態に満足していて正義を執行する必要は無かった。


剣の矛先を見失い、勇者イアの頭の中は混乱しているのかもしれない。


そんな迷いある勇者イアが山を越えてシェイソウの大峡谷へとやって来た。


新設された階段を下りて巨大な洞窟へと入る。


四つ足で歩くウォーグ種の裸男にドワーフが跨っている姿を幾つか見た。


勇者イアは感情を表に出す事は無いが、立ち尽くして眺めていた。


同じウォーグに騎乗したドワーフ達がウォーグを操り戦わせている。


中にはキメラとして魔改造されたウォーグも見られた。


近くを横切ろうとするドワーフを乗せたウォーグに勇者イアは話しかけた。


「そこのあなた、助けが必要ですか?もし虐げられているのなら私が解放のお手伝いをしますよ」


「う゛ーっ、ガウッガウッ」


話しかけたウォーグが勇者イアを襲い、噛みつこうとしてきた。


「どぉーどぉー、落ち着け!」


ドワーフがウォーグの頭を撫でて気を落ち着かせ、勇者イアから離した。


「ありがとうございます」


「おいアンタ、勘違いも程々にしとけよ、オイラ達とウォーグは友達なんだ。ほら見ろ首輪とか無いだろ、信頼関係でオイラを乗せてくれてるんだ。逆にオイラ達はウォーグに食料や獲物を提供してやってる。滅多なことを口にするんじゃない!出ていけ!」


他のドワーフを乗せたウォーグも出て来て勇者イアを激しく威嚇した。


「申し訳ありません、勘違いでした、お詫びに何かお困りでしたら力になりますよ」


「闇神様の時代でそんなのあるわけないだろ、…いや、強いて言うならコイツを追い払って貰おうかな」


そう言ってドワーフは勇者イアに鏡を向けた。


ドワーフたちからドッと笑いが起きる。


「問題無いみたいですので、私は移動します」


そう言って勇者イアは大峡谷を出た。


最初は真っ直ぐ東へと向かっていたが次第に足が重くなり、まるで心の中の迷いを表しているかのように進む方角もバラバラになっていった。


山を下りて荒野を彷徨っていたが遂に勇者イアの足が止まった。


休憩ではなく、そのまま立ち尽くして動かない。


暫くして腰から剣を抜くと、地面にボトリと落とした。


最近は何も食べていない。


近くに果実等が見えても手を出さずに旅をしていた。


栄養失調もあってか、そのままダラダラとらしくない足取りで進むとしゃがみ込み、体育座りになった。


荒野では珍しく雨が降って来た。


しかしイアは雨から逃げようともせず濡れてもそのままにしている。


やがて雨がひどくなってきたが、それでもイアは地面で体育座りしたまま動かない。


通り雨だったのかすぐに雨雲は去り雨は止んだ。


周囲には水溜りが出来ていて、小さなトカゲや鼠が岩陰から顔を出したりもした。


しかし勇者イアは無反応でただ座っていた。


良い頃合いだな。


俺は青い鳥に憑依すると、コアルームを出て勇者イアの元へと向かった。


到着までにかなりの時間が掛かったが、それでもまだ同じ位置に勇者イアが体育座りしていた。


俺は勇者イアの膝の上に留まった。


攻撃してこない。


この鳥が闇の存在だと分かってるはずだ。


勇者イアはそれでも無反応だった。


俺は語尾で遊ぶことも無く普通に話しかける。


「自由は嫌いかな?」


名前を呼んで変に意識させることは避けた。


挨拶もしなかった。


そんなことは必要無い、


ただストレスを刺激して腐らせたら良いんだ。


「…」


勇者イアは黙っている。


しかし耳があればそれは音は拾っているという事だ。


「任された仕事をこなすのは心地良いよな、誰かの為に貢献している奉仕の感覚も得られるし、提示された課題をクリアする達成感もある」


「…」


「だからいきなり仕事が無くなって放り出されるとショックなんだよな、まるで自分が必要とされてないみたいにさ、思えて来るんだよ勝手にな」


「…」


「仕事が無くなると担当してた役割も無くなるから余計に不安になるんだ。特別な役割だと余計に喪失が痛く感じるんだよな」


「…」


「でも違う視点で考えるとだよ、虫ってさ、虫じゃなきゃダメなのかなって思うんだよな。もしもだけどさ、虫が人の言葉を喋ったり本を読んだりしたのを見たとして虫らしく振るまえって思うかな?」


「…」


「俺はそう思わないんだ、だって面白いだろ虫が本読んでたらさ、どんなの読んでんだよって興味が湧く。だから自分の役割なんて別に気にする必要なんて無いんだよ、自分が自分らしく生きていけば良いじゃないか」


「……」


少しだけ勇者イアの表情が動いた気がした。


脈アリだな。


勇者のやること無いなら普通に生活したら良いんだ、だけどそうせずここで放心してるってことはイアにも個性があるんだよ。


思考はAIでも身体は人間なんだから。


「自分が感じたこと、自分がやりたいことを優先するのは当然の権利だ、だって自分の命なんだからさ」


「…」


「あるんじゃないのか、やってみたいことが。使ってみたいだろ、その素晴らしい力をさ」


「…」


勇者イアが顔を上げて俺を見た。


「肩書なんか捨てて、力があるなら使えばいい!本当は何をしたいんだ?お前の身体は何て言ってる?聞かせてくれ!」


「……暴れたい」


俺が憑依している鳥の身体から闇が溢れ出した。


翼を前に出して中指にあたる羽を立て、グルグル翼を回転させながら勇者イアの膝の上でピョンピョン跳んだ。


丁寧にチャンネル登録の舞を披露したところで濃縮された闇が俺から出て勇者イアに入り込んだ。


イアは立ち上がり、闇で生成した闇黒の剣を握る。


俺はイアの左肩に留まって言葉を贈った。


「ハッピーダークデイ!イア!」


こうしてAI勇者は闇に堕ちたのだった。

完結となります。

ご愛読頂きまして誠にありがとうございました。

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