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85 ようこそ闇の世界へ

俺はいつものようにコアルームで旧聖王国に仕掛けてある監視ホロタのリアルタイム動像をチェックしていた。


普段と同じく建物の沼の気泡から出る黄緑色の汚れた空気が旧聖王国全体を包んでいる。


建物の沼から生えた巨大な骨の木にフォーカスしてチェックしていると、魔法陣が出現したのを発見した。


ズームインすると、骨の木の上に複雑な図形や文字で構成された青い光の魔法陣があるのがハッキリ分かった。


魔法陣の上に光の粒子が発生して人型の光になり、一瞬で光が生身の人間へと変わる。


魔法陣から現れたのは黒髪黒眼の平凡な男だった。


忘れもしない。


記憶の通り変わらない見た目。


勇者イアだ。


イアは白いシャツにグレーのボトムを着ただけの簡素な恰好だったが、腰のベルトには白い光がにじみ出ている剣を帯刀していた。


ホログラムからでもあの剣がとても嫌に感じた。


闇の存在に対する特攻の武器に違いない。


リスキルを狙わなくて正解だった。


魔法陣が消えると勇者イアは鼻と口に腕を当てその場でぐるりと周囲を見渡した。


そして直に身をかがめ嘔吐した。


フフフ。


ウェルカム毒ガスの味はどうだ、ここの空気は汚いからなー。


イアは嘔吐が落ち着くと骨の木の上を歩きだした。


旧聖王国で見られる巨大な骨の木は不規則にうねりながら伸びており葉が無く手の骨のような枝には赤い人面果実が沢山実っている。


勇者イアは一切の迷いなく規則的な歩幅と速度で歩いていく。俺も仕掛けているホロタを切り替えながら追う。


途中、周囲の枝に実っている人面果実が勇者イアに果汁の唾を吐きかけたり、罵倒したり暴言を吐いたりして笑っていた。


勇者イアは人面果実の挑発行為には一切眼もくれず、身体に付着した果汁を振り落としながら歩いて行く。


流石AI勇者、俺ならブチ切れていたと思うような暴言も完全に無反応だ。


骨の木から木へと移り、最短コースで陸地へと辿り着いた。


マッピング能力と効率思考は完璧だ。


近くには民家が幾つかあった。


どの建物にも鶏人間が描かれたユニークな看板と、デフォルメされた俺のマークが描かれた旗があった。


通りには人面果実を追いかけ回している鶏人間があちこちで見られ、沼地の方面では人が釣りをしている。


勇者イアは釣りをしている黒いローブを着た老人男性に話しかけた。


「こんにちは、少しお尋ねしたいことがあるのですが、今お時間は宜しいですか」


釣り人の男が振り向くと、飛び出た黄色い眼を勇者イアに向けて叫び出した。


「ほっほーう!余所者じゃ!みんな見てくれ余所者がおるぞぉ!!」


爺さんが笑いながら削った骨で出来た白いバケツに手を突っ込んで鶏人間の卵を掴み取ると、勇者イアの脳天で叩き割り、卵黄と卵白を被せた。


「これはどういう意味ですか」


卵の中身を被ったまま勇者イアが聞くが、老人は笑い続けバケツの中から次々に卵を掴み取ると、勇者イアの顔面に卵を投げつけて来た。


それでも無反応な勇者イアに老人は徐々に腹を立てだした。


「こんなにサービスしておるんじゃ、ほらもっと喜ばんか!チキンちゃんの生卵じゃぞ!」


勇者イアの顔面に卵の中身を塗りたくりながら老人が叫ぶ。


「わかりません、そのサービスは私にメリットがありません、なぜあなたはこの行為を喜ばしいと感じるのですか」


「コレッ!チキンちゃんの有難い卵を馬鹿にするでないっ!」


老人は別のバケツから鶏人間の頭が取り付けられた一本の人骨を取り出し、勇者イアを鶏人間の頭で殴りだした。


「痛いです」


「痛くしておるんじゃ!お前に馬鹿にされたチキンちゃんの痛みを知れ!」


「危害を加えないでください、あなたの行動は理解出来ません」


「理解出来ないじゃとっ!?闇神様から賜ったチキンちゃんとの重厚な文化が何故分からんのじゃ!」


「闇神という人物がこのような行為を広めたのですか?」


勇者イアの発言を聞いて老人は激昂し、骨を握る手に力を込めて強く殴りだした。


「馬鹿者っ!!闇神様を人呼ばわりするでないっ!!この世界マースを極楽に導きなさった偉大な御方なのじゃ!それにチキンちゃん文化は闇神様に直接お頼み申し上げて実現した儂らの文化じゃ!」


「あなた方にとって大切な存在であることは理解しました、しかし私に危害を加える理由がまだわかりません」


「ええかお前さんがやっとるのは人様の土地に勝手に侵入して己の価値観で勝手に批判しとるだけじゃ!どっちが阿呆なのかもう一度考えてみぃ!」


老人は両手で骨を握りしめ、大きく振りかぶって鶏人間の頭を勇者イアの頭頂部に振り下ろす。


直撃し少しだけ勇者イアは硬直して考え事をした後、老人から離れ民家の通りへと向かった。


すれ違う全ての人々から生卵を投げつけられ、鶏人間にクチバシで突かれ追いかけ回される。


あれだけクチバシ攻撃を喰らっても勇者イアの肌は傷が無かった。


フィジカルは最初から相当高いことが窺える。


しかし肉体は大丈夫でも、勇者イアは既に夥しい数の鶏人間達に囲まれ四方八方から全身をクチバシで突かれて身動きが取れない状況だった。


堪らず勇者イアは青いオーラを纏わせて強引に鶏人間達を押しのけ駆けだした。


勇者イアが進んだ方角は西だった。


卵を死ぬほど食わされたからか食事を取らずに走り続けている。


周囲を警戒して左右に首を振りながら走っているがその心配は無い。


旧聖王国とその周辺国家のダンジョンは全て潰しているから闇の存在以外のモンスターに襲われることは無い。


悪いがモンスターとの戦闘経験やスキルの熟練度向上はさせるわけにはいかないんだ。


そうとは知らずにキョロキョロと周囲を伺いながら勇者イアは進んでいく。


暫くしてエへシーンのホロタに勇者イアが映った。


ヌメヌメした石畳の道を勇者イアが滑る様子も無く見事なバランス感覚で歩いている。


エへシーンの街中にはあらゆる色のスライムが生息しており、勇者イアが剣を構えて斬り伏せようとした。


しかし前をオーガみたいな体型の筋骨隆々な女エルフが通り掛かり、ピタリと剣を止めた。


エルフは黒いローブから魔法瓶を取り出しスライムを瓶の中に吸い込んで集めていた。


「駆除を手伝いましょうか」


勇者イアが声を掛けると、女エルフは怒りだした。


「スライムはウチの財産だ!害獣じゃない!」


「失礼しました」


「ったくこれだから余所者は困るんだよねぇ」


女エルフが邪険な顔で吐き捨てる。


よく見ると、勇者イアが斬ろうと思っていたスライムは民家の敷地内だった。


あちこちに見えるスライムたちはどれも家の壁や屋根、庭等を這いずり回っており道路には居なかった。


全ての民家がどれもヌメヌメしていて濡れており苔で覆われているため、スライムたちが好む環境になっているみたいだった。


女エルフはスライムが入った魔法瓶を持って庭へと向かう。


庭には鎖で繋がれた馬鹿デカい爆尻人間が裸で座っている。


女エルフは爆尻人間の前にある餌桶にスライムを流し込んだ。


爆尻人間が鼻を鳴らし喜んで餌桶を持ち上げスライムを飲むように食べる。


食べ終わると股を開いてしゃがみラグビーボール程の大きさをした木の実を排泄した。


女エルフは木の実を素手で掴んで割った。


中にはパンと謎肉のステーキが入っており、女エルフが美味しそうに食べる。


機嫌が良くなったタイミングを見計らって勇者イアが敷地の外から声を掛けた。


「先程は誤解してしまい申し訳ありませんでした、ご存じの通り私は放浪の者でこの地域について詳しくありません、もしよろしければ私に幾つかの情報を教えてくださいませんか」


「丁度良かった、ウチももう一頭家畜が欲しかったところだ、この首輪を嵌めるなら教えてやるよ」


女エルフは食事を中断して鎖付の首輪を持ち、勇者イアに迫る。


「いえ結構です、お食事中失礼しました」


急ぎ足でその場を離れていく勇者イアの背中を見て女エルフは意地悪く笑った。


勇者イアがヌメヌメした通りを歩いていると、まるで落ち込んでいるかのように身を低くして歩いているエルフ達と遭遇した。


エルフは全員筋骨隆々だが、頭と腕をだらりと下げ、定期的に引き笑いをしている。


「大丈夫ですか、どこか具合が悪いのでしょうか」


勇者イアが身体を心配して声を掛けると、近くのエルフの男が突然飛び掛かって来た。


勇者イアの胸倉を掴み至近距離で叫ぶ。


「闇神様に乾杯ぃぃっ」


大声で叫んだことで周囲のエルフ達も反応し、叫び返す。


「闇神様に感謝を!」


「おおっ!偉大なる闇神様!万歳ぃ!」


それぞれ叫んだ後、近くに居る者を殴り始めた。


勇者イアも胸倉を掴んでいるエルフに顔面を殴られた。


鼻を折られ鼻血が噴き出る。


今度は勇者イアが仕返しに胸倉を掴んでいるエルフの顔面を殴った。


ゴツイ体型のエルフが胸倉を離して後ずさる。


エルフは殴られたのに楽しそうに笑っている。


周囲の殴り合ってるエルフ達も全員楽しそうだ。


勇者イアは男のエルフと殴り合いながら口を開いた。


「殴り合いが楽しいですか?」


「おうよ!見ろ俺達エルフの身体を!殴り合いで自分の身体の強さを感じて楽しんでんだ」


「その身体の強さはどのようなトレーニング方法で身に付けたのですか」


「うははっ馬鹿野郎!鍛えてるわけねーだろ、闇神様のおかげで俺達エルフは強靭な身体に生まれ変わったんだ!あの御方はまさに真の神だよ!間違いなく俺達エルフにとって特別な存在だ!」


尚も殴り合いは続いたが、意味を感じなくなった勇者イアは途中で抜けた。


しかし街中がエルフの暴漢魔だらけで少し進むたびにエルフに絡まれ殴って来た。


勇者イアのフィジカルも凄まじく、襲い掛かる暴漢魔に殴り返しながら進んでいたが、流石に疲れたのか途中からは何も反撃せず逃げることに集中しエへシーンを脱出したのだった。


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