3 ダークウォーカー
「警告、侵入者を検知しました」
窮地を脱したのも束の間、ダンジョンコアの球が黄色く点灯し外敵の訪問を知らせてきた。
「様子を見に来た番兵でしょうな、儂が片付けましょう」
軽く引き受けてくれた爺さんの表情は冷酷で何か強い感情を含んでいた。
連戦で悪いけど、俺戦えないからな。
ここは爺さんに任せよう、と思ったけどこの後もまた爺さん頼みというのは良く無い。
「爺さん待ってくれ、もし出来るなら侵入者を殺さず拘束して連れて来て貰えるか?」
空中に浮き、入口に飛んで向かおうとしていた爺さんは俺の方へ振り向いた。
「あの者共を配下に加えるのですな」
爺さんの声に僅かな力が入り、フードの隙間から見える顔が一瞬曇った。
怖えー…。
あれだけの拷問を受けたわけだし、爺さんからすると番兵なんて配下にしてほしくないのかもな。
「今は数が必要なんだ、それとスキルを試したいってのもあるし、頼むよ」
「ふぅむ…気は進みませんがイリ様からの仰せとあらば連れて参りましょう」
爺さんは不満気ながら飛行し、あっという間に入口から上の地下2階へと消えていった。
俺は球から離れ、入口の手前付近まで行って待機することにした。
不測の事態が起きて侵入者が球に危険な行為を働く可能性があるからな。
時間が掛かるなら球にスキルの事でも聞こうかと思っていたら、直に爺さんが降りて来た。
時間にして1分も掛からなかった。
この爺さん、デキる。
爺さんの後ろからぞろぞろと武装した番兵達が現れる。
両手で数えられる程の人数で、全員が直立状態からピクリとも動かず浮いていた。
普段、爺さんが身の周りに浮かべている衛星とは別の、黄色と白色と赤色の3衛星がそれぞれの番兵の周囲を公転していた。
衛星がバチバチと謎の白いエネルギーを送る度に番兵が苦悶の声を上げる。
やっぱ力って偉大だわ。
こんなことが出来てしまうような世界に俺は居る。
衛星に拘束された番兵達を見て少し気を引き締めると共に、好奇心と感動で胸が高鳴った。
「仰せの通り、拘束して連れてきましたぞ」
爺さんが堂々とした眼でこちらを見ている。
「ご苦労さん」
俺は爺さんに頷き、一番手前の番兵へと近づく。
番兵は俺の姿を見て目を見開いたが、一言も発することは無かった。
爺さんが何らかの力で番兵全員を黙らせてるんだろうな。
…。
あれ、近づいても爺さんの時みたいに黒い靄が出て来ない。
その場で固まる俺に全員の視線が集中し嫌な時間が流れる。
どうしてくれるんだこの空気。
俺は手前の番兵に向かって両腕を突き出し中指を立てた。
「お前等全員、闇穴でもハメてろぉおおッ!!!」
突然叫び出した俺に爺さんと番兵達は畏怖と困惑の混ざった複雑な表情を浮かべている。
ライブ配信してた時にスベったらよく言ってた定番のノリがつい癖で出ちゃった、
やっぱり球にスキルの説明を聞こう。
そう思った矢先、俺の中指から黒い靄が出始めた。
少なッ。
爺さんの時と比べて黒い靄の量が全然違う。
せいぜい煙草の煙程度しか出ていない。
それでも黒い靄は手前の番兵へと流れ吸い込まれていった。
黒い靄が出なくなると同時に番兵の身体から黒いオーラが出現し、手足の先から徐々に黒い粒子の集合体へと変化していく。
装備はそのままに、やがて消えて全身が真っ黒になり、人型の闇になった。
俺と違って身体の表面がガス状で輪郭がぼやけており、足があって浮いていない。
「先程の発言には驚きましたが、成功したみたいですな」
爺さんが指先を軽く振ると、人型の闇となった元番兵の拘束を解き、公転していた3つの衛星が消えた。
人型の闇は俺の前で跪いて頭を垂れる。
しかしそれだけで何も言って来ない。
俺から話しかけてみる。
「喋れるのか?」
「はい」
少しぼやけた声だ。
「そうか、お前の名前は?」
「ございません」
その後も数種類質問したが、簡単な受け答えしか出来ず、人間だった頃の個人情報に関する記憶が消えてるみたいだ。
もはや別人だな。
何だか爺さん程の力強さを感じないし、特別な能力も無いそうだから、失敗したかなとも思ったが俺の配下であることは間違い無さそうだった。
なら次の番兵はどうか。
一番近い距離に居た番兵に接近して同じように中指を立てた。
今度はお決りのセリフを言わなかったが、黒い靄が出て番兵に吸い込まれていく。
番兵の全身が黒くなり、人型の闇となった。
一緒じゃん。
これもしかして他の奴もそうなのか?
残り全員も同様に中指を立てて黒い靄を吸わせたが、結果は同じく簡単な受け答えしか出来ない人型の闇になっただけだった。
どうやら爺さんが特別だったみたいだな。
俺が爺さんについて色々気になって来たのを察してか、先に爺さんが口を開いた。
「イリ様、お互いに積もる話もございましょう、しかしご容赦を頂きたい。儂にはどうしても先に片付けねばならぬ汚仕事があるのです」
「どんな?」
「儂を捕らるよう命令した国王ホミヤイとこの腐った国に野暮用です」
爺さんは睨み殺しそうな眼を天井の先に向ける。
空気が一瞬で重くなり、闇人間達がビクリと震えるほどの圧力を感じる。
こりゃ復讐だな。知らんけど。
後の事を考えると、事情を全て理解してから許可の判断をしたいが爺さんは止まらないだろうな。
「警告、侵入者を検知しました」
また球の事務的な警報が聞こえて来た。
「儂は敵を一掃しながらホミヤイ王の居城に向かいます、その間に幾つかの疑問はダンジョンコアにお聞きくだされ」
「爺さんが居ない間、こいつ等で守れるのか?」
俺は目の前でまだ跪いている数体の闇人間にチラリと視線をやる。
「先程の番兵程度ならば問題無く対処できるでしょうな。儂はわざと派手にやります故、王国の主力がこちらに向かうことはございませんから心配ご無用ですぞ」
「それは助かる」
爺さんの手に黒い衛星が収まり、衛星が黒い杖へと変形した。
黒い杖には赤く光る読めない文字が刻まれており、杯となっている先端には黒い粒子が集合して渦巻いている。
爺さんは身体を浮かせ出発しかけたが、思い出したかのような表情でこちらを振り返った。
「おお、うっかりしてまだ名乗っておりませんでしたな、儂の名はモクットと申します、人々からは仙星のモクットと呼ばれている多忙な年寄りにございます」
「これからよろしくな、モク爺」
モク爺が片方の眉を上げる。
「モク爺?」
「親しみを込めて俺はそう呼ぶことにしたんだ」
モク爺は少し間を置いてから目を閉じて大きく頷いた。
「こちらこそかの偉大なイリ様にお仕え出来て光栄にございます、それでは行って参ります」
そう言うと、モク爺は飛行し入口の奥へと消えていったのだった。