第一話 「勇者と魔王の偽装結婚、辞めてもいいですか!?」
今よりずっと昔、アントスという大陸に知性を持った存在が人類だけだった頃の話。その大陸では多くの人類が国を築いており、それぞれの国同士での争いが絶えなかった。
小さな争いから大きな争いまで、人類の争いは収まることを知らず、何度もそれは繰り返された。そしてその火が過去最大になると思われたその時、北の空に大きな【空間の歪み】ができた。
人類の生存圏ではなかった北の大地の上空、凍てつくような寒さが全てを覆い尽くすその場所にできた【空間の歪み】から、知性を持った魔族と呼ばれる存在が現れた。それらは時々人類を襲ったが、それほど脅威には思われていなかった。
────実際に、その時にはそれほどの脅威ではなかった。知性を持っている魔族だが、基本的に集団で行動することはなく、ただ自分の好き勝手に生きていたからだ。人類をひたすら襲うものもいれば、人類と距離を取るものもいる。
だから、人類は同じ人類同士で争うことをそれでも辞めなかった。しかし、魔族の脅威は突如として人類に襲いかかってくることとなった。
それは、黒い雷が北の大地で降り注ぎ、天候が荒れ、神の怒りだと恐れられるほどの天災が大陸全土を覆った日、魔王が魔王城とともに【歪み】からこちらの世界にやってきた。
そして、豊かだった大陸の大地が荒れ始め、アントス大陸全土で魔物と呼ばれる存在が現れた。それらは人類や魔族と同等の知性を持たず、獣に近かったが、戦闘能力は人類よりも秀でていた。荒れ果てた大地に近い村の人は魔物に襲われてしまい、各国はその対応に尽力することとなる。
こうして人類同士の争いは、まず初めに魔王の来訪を契機に一時中断された。
それからすぐに、魔王はバラバラだった魔族を指揮下に置いて、人類との戦争を宣言する。
それにより、統率された魔族が様々な国に侵攻を開始した。人類は協力してなんとか抵抗したが、魔族の方が魔力や身体能力が優れており、魔王の指揮によってその実力を際限なく発揮されたことで、人類は危機的状況に陥った。
争いどころか、大陸全てから平和というものが失われ、人類という種そのものが消えかけていたその時、ウォードという国で一つの希望が生まれた。
────それは、勇者だった。
ウォードでは多くの人類が、女神 ヘリオスを信仰していた。魔族の侵攻が始まってから、太陽を司る女神からの救いを求めていた。そして、人類生存の危機が訪れたその時、その国に現れた勇者は、女神の祝福を一身に受けており、絶望的だった状況を一変させる。
たった一人で魔族の侵攻を大きく食い止めるどころか後退させて、人類の生存圏を元に戻していく。【勇】む【者】、彼は人類の希望だった。争っていた人類は共に手を取り合い、魔族に抵抗を見せ、そして勇者は単独で魔王の討伐に無事成功した。
魔王が討ち取られると空間の歪みは戻り、魔族や魔王城はそれとともに消えて、また大地が緑に包まれた。だが、魔物は残った。それでも、平穏は少しずつ戻っていった。
その後、一ヶ月も経たずして勇者は死んだ。死因は魔王との戦いでの消耗だと発表されたが、それが事実であったのかは分からない。ただ、少なくとも勇者が国に戻った時に、一部の人は笑顔で歓迎していなかったと噂はされていた。
ただ、実際に勇者は国の手によって殺されていた。
一人で魔王を殺せるほどの存在なんて、国には脅威だったのだろう。
その事実を知らぬ人類の間で、様々な憶測が大陸中を飛び回った。しかし、長い時間が記憶を、人の感情を風化させていく。世界を救った勇者を失った悲しみは、平穏な日常によって薄れていった。
やがて、大陸には勇者の伝説だけが語り継がれ、美化された話が事実に置き換わっていった。
そして人類はまた、人類同士で争いを始める。利権、領土、金、人は常に何かを求める。より良い生活、より良い物、結局自分の事だけを考えて生きているから。
争いが激化していたある日、また【空間の歪み】から魔族が現れた。そして、今度は魔王も同時にだった。前回以上の力をつけた魔族は、より徹底的、かつ効率的に人類を追い詰めていく。直接的に争わず、内乱を引き起こさせて国を滅ぼした時もあれば、勇者を警戒して女神の信仰を薄めさせるなどの裏工作だってした。
万全を期して、人類を追い詰め、今度こそ勝利するはずだった。
────しかし、女神は人類を愛していた。
────しかし、人類は女神を信仰していた。
信仰が希薄化し、かつての力を失ったかのように思われていた女神だが、勇者の存在は大陸に根強く残っている。いかに魔族の工作が行われようとも、魔王を討ち、世界に平和をもたらした勇者の伝説は消えることはなかった。魔族の侵攻が進んでいく中で、ウォード国だけでなく、大陸全土で女神の救いを求めた。新たな勇者の誕生を願った。
そして、女神の加護を受けた勇者がこの地に再臨した。その勇者は以前の勇者の力を引き継いでいた。
またしても人類の危機は勇者によって救われる。長い時間の中で成長していたはずの魔族だが、勇者のこれまで以上の強力な力と女神の加護により、またしても魔王が単独で討ち取られることになる。
そして平和が訪れて、勇者が死んだ。
しかし、それは人類の間で広まることはなかった。
悪意というのは、存外魔族ではなく、人間の方が持っているのかもしれない。だって、今回も勇者を恐れた国が、人類が、勇者を殺害したのだから。
その事実は広まること無く、人々は誰かの犠牲で成り立った平穏の中で、争いを繰り返す。
そして、人類は窮地に陥った。女神に救いを求めた。勇者が現れた。魔王が倒された。平和が訪れた。争いが、魔族が、勇者が、平和が……何度も何度もそれは繰り返された。
そんな負のサイクルが何世代、何十世代にも渡って続き、遂に終止符を迎えることとなる。
────それは、勇者と魔王の結婚によってだった。
人類の希望だった勇者は、魔族を率いる魔王を討ち取ることはなく、話し合いの場を設け、互いに停戦と不可侵を約束し、その後色々あって結婚した。
その前後にはとても大きな出来事が多数存在する。
これは、アントス大陸に残る勇者と魔王の長い長い伝説を辿る物語である。
***
勇者と魔王が婚約して、一週間後のことである。
勇者と魔王が婚約したことで、魔族の侵攻は止まり、人類も矛を収めていた。だが、その結婚には重大な秘密があった。
それは、
「何で好きでもない「お前と」こいつと結婚してるんだろう」
互いに好意を持って行われた婚約ではなかったということだ。
「いい加減────」
「そろそろ────」
「「勇者と魔王の偽装結婚、辞めてもいいですか!?」」
勇者と魔王は口を揃えてそう言った。
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