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「たま~、こっち手伝って~」
「はぁ~い!」
「ねぇ、誰か本部まで書類取りに行ってきてくれない?」
「あ、この後でよければ私行くよ?」
「え?ありがと、冴島さん!」
「段ボール足りない!」
「本部行くときについでにとってこようか?」
「いいの?」
「うん。さっちょん、手伝いこれでオッケー?」
「オッケー!」
「じゃあ本部行ってきま~す」
放課後の文化祭準備の時間に、たまきは張り切ってあちこち動き回っている。
「たまきちゃん、気合入ってるねぇ」
「冴島さんは最初で最後だもんね」
その様子を見て、クラスメイトがそう言っているのを聞きつつ、心悠はたまきの出て行った方向を訝しげな顔で見つめている。
「どした?こは」
その様子を見つけたよっちんが心悠に近づいて聞いた。
「……たまき、なんか元気なくない?」
「はぁ?あれのどこが?めっちゃ元気じゃん」
「いや、空元気って言うかさ……」
「ん~?……そうかぁ?まあ張り切り過ぎてる感じもするけど、たまは病気で一年と二年、文化祭不参加だから、気合入ってるだけじゃない?」
「……う~ん。気のせいかなぁ」
心悠は腕組みをして首を傾げた。
「もらっていきま~す」
たまきは頼まれたものと、段ボールを手にして声をかけた。
他の生徒もせわしなく廊下を行き来している。
その時、ポケットの中でスマホの通知音がして、たまきは廊下の端に寄ってポケットからスマホを取り出す。
クラスメイトから、他の用事があるのかと思ったが、……それは、梧からだった。
”近々、空いている日はないか?……”
通知画面にはそんなメッセージが表示されている。
以前だったら嬉しい言葉も、今はたまきの胸が、締め付けられるように痛む。
……なんで、こんな時に限って、梧からこんなメッセージが来るんだろう。
唇をかんで、込み上げる感情を押さえ込むと、たまきはとりあえず、メッセージを開かずにポケットにスマホをしまい込んだ。
「冴島、戻りました~」
たまきが教室に戻ると、それぞれ頼まれたものを渡し、「他に何かすることある~?」と声をかける。
ちょうど、文化祭の準備で忙しくてよかった。
こうしているときは、梧のことを、少しでも忘れていられるから。
「たまき」
心悠に声をかけられて、たまきは顔を上げた。
「心悠、なんか手伝うことある?」
「……ううん。そうじゃなくて……。たまき、なんかあった?」
訝しんだ心悠の顔に、たまきはさすがに心悠は鋭いなと思いながらも、笑顔を作った。
我ながら、うまく笑えていると思う。
「何にもないよ?どした?」
そう言って首をかしげると、心悠はしばらく黙ってたまきを見つめた後、首を横に振って笑顔になった。
「……何もないならよかった」
「たま、こは!今、暇なら衣装合わせしちゃって〜」
「えー?やんなきゃダメ?」
「だめー。往生際が悪いぞ、こは。たま、連れて行って!」
「は~い」
よっちんに言われて、渋る心悠の背中を押し、たまきは衣装班のいる教室へと向かった。
家に帰ると、見ないままにしていた梧のメッセージを開いた。
”近々、空いている日はないか?短い時間でもいいんだが……”
……あんなに素敵な人がいるのに、どうしてたまきなんか誘ってくれるんだろう?
今でも、ハルに対して申し訳なく思っていて、そのかわりにたまきを気遣い続けているのだろうか。
たまきはそれを勘違いして、頼ってしまった。
たまきのことなんか構わず、梧は、好きな人のところに行ってよかったのに。
そんな風に思いながらも、たまきは梧のことを無視をすることはできなかった。
”返事が遅くなってすみません。今文化祭の準備で忙しくて、その後も受験勉強があるし、しばらく無理だと思います。”
そう、送り返す。
内容が嘘じゃないことだけが、救いだ。
どうか、もう、送ってこないでほしいと思いながら、これが、梧から来る最後のメッセージだったら、たまきはなんて冷たい奴だろうと思って、胸の奥がチクリと痛んだ。
けれど、画面を伏せて、スマホを机に置く。
それでも、もう仕方ない。そっちの方がいい。嫌われたほうが、梧だってたまきのことを気にせずに済む。
だけど、すぐにまた通知音が鳴って、たまきは目を閉じて息を吐いた。怖い。……だけど、勇気を出して、画面を見た。
”そうか。そうだな。体調には気を付けて、頑張りすぎないように”
優しい言葉が、今は辛い。
たまきはもう、それ以上、返信できなかった。
スマホの画面を伏せて、参考書を開いた。
何か別のことで頭の中を埋めたかった。
――――――――――――――
たまきたちの高校の文化祭は、土日で二日間行われる。
たまきは準備と勉強で、バタバタと過ごして、ついに文化祭の一日目、当日になった。
たまきたちのクラスは内装のコンセプトも、給仕の衣装も、レトロな喫茶の雰囲気を満載に作り込んだ。
ただ、最速女王・心悠に因んだ、11秒47ストップウォッチチャレンジなんてものも用意され、見事ピッタリを出すと注文代金がタダになるという、レトロとは一切関係ない企画もやる予定だ。
どのクラスの出し物が良かったかの人気投票のため、なりふり構わず、心悠と関連する企画をなんとかねじ込もうとした結果である。
たまきと心悠は、朝から衣装に着替えさせられ、フリルのエプロンをつけた姿で、ひとまず調理班としてカーテンで仕切られたバックヤードにいた。
「ずっと裏方やらせてくれたら良いのに……」
まだ始まる前からうんざりした顔の心悠が、材料を計量しながら言うと、「でも、心悠似合ってるよ、レトロな女給さん」と笑って、たまきも手を動かしながら言った。
いよいよ、開始時刻が近づき、教室に心地よい緊張感が満ちていく。
たまきと心悠は目を合わせて、微笑むと、軽くハイタッチをして気合を入れた。
なんだか、中学の文化祭を思い出す。
たまきたちは三年の時、実行委員で学校中を走り回っていた。
その文化祭—————、あの日のことを思い出しかけて、たまきの表情が曇った。
こんなことになるなら、出会わなきゃよかったのに。と、胸が苦しくなる。
心悠はその表情に気が付いたが、文化祭開始の放送が入ると、クラスメイトが準備に動き出し、それどころではなくなった。
たまきたちのクラスのカフェは、ストップウォッチチャレンジも功を奏し、大盛況。
たまきと心悠は、調理と給仕を行ったり来たりしながら、慌ただしく一日目を終えた。
着物と袴をアレンジした女給スタイルと、男子学生風にバンドカラーシャツを重ね着した袴スタイルという、大正レトロ風の衣装も大人気だった。
男子の中には女装を希望する奴もいて、どちらもお客さんたちからのウケが良かった。
「疲れたぁ~……、これ、あともう一日やんの?」
心悠は椅子に座り込んで、ため息をついた。
「心悠、大人気だったもんね」
たまきが笑顔でそう言うと、「どーでもいい……」と、心底疲れた声で天井を仰ぐ。
心悠が給仕に出ると、いろんな人から引き留められて、羨望のまなざしを向けられ、お祝いの言葉をかけられていた。
さすがに心悠も嫌な顔は見せられず、笑顔で応対していたから、余計疲れたのかもしれない。
「ちょっと、こは。衣装着替えちゃってよ。まだ明日も使うんだからシワにしないで」
「へ~~い」
重そうに体を起こして、「タスケテ~」と、棒読みで言って、腕をたまきの方へ差し出した。
たまきはふっと笑うと、その腕を引いて心悠を立ち上がらせると、肩を組んで、着替え用の教室に向かった。
たまきたちが着替えを終えて教室に戻ると、
「最新ニュース!クラス対抗人気投票、1日目の集計結果、俺ら3位だって!上位は僅差だし、まだ可能性は十分あるってよ」
と、男子生徒の一人が駆け込んできて、その場にいたクラスメイトたちから、おお〜、と歓声が上がる。
「え、1位と2位どこ?」
「3年5組の脱出ゲーム+お化け屋敷と、2年2組のお祭り風屋台」
「強敵じゃん」
「え?お化け屋敷行ってみた?」
「脱出ゲームはなかなかの難易度らしいよ。お化け役はマジ気合入ってるらしい」
「やばい」
「でもさ、うちら食材と衣装にかなりかけたよね」
「食べ物の中では一番美味いだろ。うちのカフェ」
「給仕たちもなかなかいいし」
「いけるいける」
たまきは心悠と一歩引いたところで、盛り上がるクラスメイトを眺めながら、
「みんな気合い入ってるねぇ」
と、どこか他人事のように呟いた。
心悠がちらっとたまきの方を見てから、クラスメイトたちの方に視線を戻す。
たまきはその視線が気になって、心悠に「なぁに?」と声をかける。
「……一位、とりたくない?」
心悠が横目でたまきを見ながら言うと、
「そんなことないよ。みんな頑張ってるし、取れたらいいなって思ってる」
と、言ったあと、「でも、今、楽しいからどっちでもいい」と笑った。
「そっか」
ほっとしたように言って、心悠も笑った。
クラスメイトたちは、たまきたちも呼んで円陣を組み、明日に向けてエイエイオーと天井に向かって拳を突き上げたのだった。
――――――――――――――――――
いつもよりゆっくり起きた日曜日の朝。
梧はコーヒーを片手に、棚の上に置いたプレゼントを眺めた。
卒業か合格がわかってからと思っていたが、霞にいつでもいいと言われてから迷ってもいた。
だが、たまきも文化祭や勉強で忙しいと言っていたし、会える機会もないな……と、頭の中は堂々巡りを繰り返している。
これを渡した時に、たまきはどう思うだろうと考えると、不安もある。
だが、目を真ん丸にして驚いて、喜んでくれるんじゃないかとも思えて、それだけで梧の口元が緩んだ。
一人でいる時でさえ、こんな風に誰かが胸を満たしてくれるとは思ってもみなかった。
そう言えば、たまきが忙しそうだったから聞き損ねていたが、文化祭はいつなのだろうと梧はスマホを取り出す。
画面に表示された日程を見て、梧は顔を上げ、デジタル時計に表示された今日の日付を確認する。
「……今日、じゃないか……」
厳密に言えば、昨日からの二日間だった。
梧は腕時計を確認して、すぐ立ち上がった。
これから準備をして向かっても、昼を回るかもしれない。
梧は慌てて着替えを済ませると、コートを腕にかけてリビングに戻った。
車のキーや財布、スマホを持ち、忘れ物がないかあたりを見渡した時、棚の上のショッパーが目に留まる。
いや、渡すにしても、今日じゃないだろう。
と、梧はそのまま出かけようとしたが、やはり持っていくだけ持って行こうと、戻ってショッパーを手にすると家を出た。
――――――――――――――――
この日もたまきたちは衣装を着て行ったり来たり。
午前中にストップウォッチチャレンジ成功者が出て、カフェは盛り上がり、その影響か、昨日よりもさらに大盛況だった。
バックヤードでメニューを作っていると、
「やば!粉足りなくなるかも!」
と、調理班の一人が声を上げた。
「あー、こっちもだいぶ少ない」
もう一人が声を上げ、「え?買ってこなきゃやばい?」と別の誰かが訊く。
「今何時?」
「もうすぐ13時!」
「ん~~~!流石にまだ売り切れにはできないかー」
「買ってくるにも時間足りないかも」
「あ!じゃあさ、クッキング部に予備あるか訊いてみる?」
「なら、私、直接行ってくるよ!」
話を聞いて、たまきは手をあげ、「じゃあついでに他の材料も聞いてきて!」と、別の子が声を上げ、たまきは必要なものをメモしていく。
「私もいこうか?」
心悠が言うと、たまきはメモを眺めながら「大丈夫。一人で行けると思う。今二人抜けるのやばそうだし」と笑うと、そのメモを握りしめて廊下へと出ていった。
「こは!ちょっとホール出て!」
「はぁい!」
よっちんがバックヤードに声をかけ、心悠は半ば投げやりに返事をして、ホールに出た。
――――――――――――――――
梧は駐車場に車を止めると、助手席に置いたショッパーを眺めた。
これを持って人混みを歩くのは気が引けるが、タイミングが合えば渡したいという気持ちもある。
梧は葛藤しながら、ショッパーの中からリボンのかけられた小さなプレゼントボックスを取り出すと、そっとコートのポケットに入れた。
車を降りると、ぽつぽつと雨が当たり始めている。
プレゼントを入れたポケットをかばいながら、梧は小走りで高校の入り口へと向かった。
――――――――――――――――
たまきはクッキング部を訪ね、不足した材料の在庫があるか確認していた。
「だいたいあるけど……、これだけ今、在庫少ないね。もしかしたら、2年のクラスでも使ってたはずだから、そこで余ってるかも。あんまり売れてないって言ってたから」
「ありがとう。じゃあそっちも寄ってみる」
「あぁ、それ持ったままだと大変でしょ?クラスに届けておくから、冴島さん2年の所行っておいでよ」
「ほんと?ありがとう!じゃあお願いします」
言うと、たまきは今度は教えてもらった2年のクラスまで向かった。
――――――――――――――――
ふと、カフェの入り口が俄かにざわついて、心悠が入り口の方を振り返ると、梧が居た。
「御堂」
心悠を見つけて、梧は声をかけてきた。
「えっ、梧さん!」
心悠が驚いて声を上げ、他のクラスメイトは、なんとなく遠巻きに見つめている。
心悠は入り口から少し避けて廊下に出ると、梧も避けて廊下の隅に寄った。
梧は辺りを見渡していて、心悠は梧がたまきを探しているとすぐにわかった。
「たまきなら、今ちょっと材料調達に出てます。すぐ戻ると思いますけど」
「そうか……」
心悠が言うと、残念そうな顔で梧は答える。
教室の中からよっちんとさっちょんの顔がニヤついているので、心悠はそれを嗜めるような目つきで二人を睨んだ。
「そうだ。インターハイ優勝、おめでとう」
と、軽く微笑む。
初めて会った頃より、梧はずいぶん表情が柔らかくなった気がすると思った。
たまきのせいだったりして。と、胸中で呟きながら、
「ありがとうございます」
と、心悠も笑顔で返すと、
「並びます?」
と、入り口から続くカフェのお客の列を見ながら聞いた。並んでもいいが、たぶん30分以上は待つことになりそうだ。
「いや、やめておく。……ここはカフェか」
「はい。パンケーキとパフェは裏で作ってるんですけど、あとは既製品で、マドレーヌとドーナツ、シフォンケーキ……、飲み物はコーヒー、紅茶、メロンソーダ……」
と、メニューを梧に見せながら、説明する。
「既製品とか言うな、こは」
よっちんが後方から口を挟み、
「ストップウォッチチャレンジもありますよ!」
さらにさっちょんも顔を出し、ストップウォッチを梧の前に差し出した。
「最速女王のスピード、11秒47ぴったりに止めたら無料です!」
さっちょんの勢いに、梧が目を丸くして黙っていると、
「……梧さん引いてるだろ」
と、心悠が払うように手を振って、しっし!とさっちょんたちを持ち場に戻るように促すと、二人は口を突き出しながら、不服そうな顔でお客の元に戻っていった。
そこへ、クッキング部の生徒がやってきて、「御堂さん。これ、不足分ね」と、入り口にいた心悠に手渡してきた。
「えっ?たまきは?」
「冴島さんは、もう一つ足りない材料探しに、2年のクラスのところ行った」
「そうなの?……電話してくれればよかったのに」
ため息をつきながら、材料を受け取ると、梧を見上げて
「もうちょい時間かかるみたいですけど、……ここで、待ちます?」
「……そうだな……。いや。少し他を見て回ってから、また来る」
と、言って、梧は廊下を見渡してから空いていそうな方へ向かって行った。
――――――――――――――――
「これだけで足りますか?」
「うん、大丈夫だと思う。ありがとう」
2年のクラスで材料を受け取ると、たまきはスマホが鳴っていることに気がついて、スマホを取り出した。
心悠からの着信だった。
『たまき?今どこ?』
「ごめん、遅くなって。今受け取って向かってるから」
『あー、そっちは間に合うからいいんだけど。そうじゃなくて……』
「え?なんかあった?まだ足りないのある?」
『ううん、足りてる。そうじゃなくてさ……』
心悠が言いかけた時、目の前の人混みの中に、見知った顔が見えた。
『梧さんが来てるからさ』
その言葉に、たまきの心臓がひどく冷えたように脈打った。
……見つけないで……。
たまきはわずかに後ずさった。
だが、人波の中で、梧の視線がたまきを捉える。
たまきを見つけた瞬間、梧が目を細め、柔らかく微笑んだ。
まるで—————、あの日のようだった。
「……なんで……」
『え?…………なに?たまき、どうかした?』
たまきの耳には、もう、心悠の声は届いていない。呆然と立ちすくんで、向かってくる梧を見つめている。
……来ないで。
たまきは胸中で呟いた。
だけど、その願いも虚しく、梧は人波をかき分けて、たまきの前までやってくる。
「……ここにいたのか、たまき」
あの日と同じ言葉で、たまきの名前を呼んだ。




