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「……俺が選んだもので、喜んでもらえると思いますか?」
一通り打ち合わせを終えて、スタッフが新たに入れてくれた紅茶を飲みながら梧は言った。
正直なところ、既製品を霞に選んでもらうくらいの軽い気持ちでいたので、まさかこんな大ごとになるとは思ってもみなかった。
オーダーメイドなど、たまきは受け取ってくれるだろうか。
霞は目を丸くした。あれだけ熱心に選んで決めておいて、今更弱気になるとは、梧らしくない。
……いや、今まで女性に興味がなく、贈り物を選んだこともなかったからわからなかっただけで、梧は恋愛に関して、臆病なのかもしれない。
霞はカップで隠した口元に笑みを浮かべながら、
「知らないわよ」
わざと突き放すような言い方で言った。
こんな梧の姿を見たら、あの子はどう思うのだろうと思うと、余計に楽しみで仕方がない。
あの時の恩を多少なりとも返せるなら良いのだけど。
「……贈り物は、それも含めて楽しむものよ。せいぜい、渡すまでの緊張を味わってちょうだい」
霞が楽しげに笑うと、梧はこめかみの辺りをかいて諦めたようにため息をついた。
二人の間に、しばし沈黙が落ちる。
紅茶を飲み進めながら、梧は落ち着かない様子であたりを見渡し、ふと、テーブルの隅に重ねられたままのカタログに目を留めた。
「……霞さんは、なぜブランドの名前をFri Vindにしたんですか?」
Fri Vindは”自由な風”という意味だ。さきほどのスケッチにもVindens vingeとあったように、”風”に何か特別なこだわりがあるのだろうかと思った。
前世のことがあるので、梧もつい、”風”と言われると、妙に気になってしまう。
唐突な質問に霞は驚いた顔をしたが、少しだけ俯き思案した後、ふと顔を上げて口元に薄く笑みを浮かべる。
「時雨から、前世の話を聞いたからかしらね」
その答えに虚を突かれ、梧は目を見開く。
「前世の……?」
まさか、自分たちの前世の”風”が理由だとは、梧も思ってはいなかった。
「隠していたわけじゃないわよ。聞かれなかったから」
驚いて動きを止めた梧にそう言ってから、霞は続ける。
「あなたたちが旅人のことを”風のもの”と呼んだのがとても印象に残ったの。風って自由なイメージがあるでしょう?だけど、時雨は風のもののことを”旅から旅を繰り返し、目的地も持たず、二度と同じ場所には戻らないかもしれない旅人”と言ったわ。二度と戻らない、と言ったのは、前世の杠葉ちゃんが、前世の時雨の元には戻らなかったからそう言ったんだと思うけど」
梧は、サギリの相手である前世の杠葉のことはほとんど知らない。
ハルやスイと同じように風のもので、カザネの従者になる前にサギリの前から消えるようにいなくなって以来、二度と会うことはなかったということくらいだ。サギリとどうやって出逢い、どういう関係だったのか、どういう人だったのかは全く知らないままだった。
「果たしてそれは幸せなのかしら、と私は思ったのを覚えているわ。前世で杠葉ちゃんが時雨のことをどう思っていたのかはわからないけれど、もし時雨を愛してくれていたのなら、二度と愛する人の元に戻らないという決断は辛いものよ。だから、初めに時雨に話を聞いたとき、私が考える”風”の自由なイメージと”風のもの”の”風”は一致しなかった。”風のもの”の意思に関わらず、”風”が無理やり旅へといざなっているように思えて」
風のものであるスイやハルは、よく”風”という言葉を口にした。
”風”が呼んでいる。”風”としか生きられない。”風”を知る。
スイもハルも、何度かカザネの国へ戻ってきた。もちろん、毎回これで最後かもしれないという不安は、常にあったが、ハルは、戦時下のあの国にも、妊娠し臨月になろうという頃にもゼンの元へ戻ってきた。
もしも、風がハルを呼んだのなら、あの結末も、風のせいなのか。
いや……。梧は目を閉じて、打ち消すようにかぶりを振った。
”そもそも風ってのはそう言うもんじゃない。お前も知ってるじゃないか。人の生き死にをどうにかできるわけじゃない。理由もない。風は風としてあるだけだ”……というハルの言葉が蘇る。
風としてあるだけのはずなのに、呼ばれたり、知ったりする。
何故一所に留まれず、旅を続けなければならないのか。梧の中で、未だにそれは掴み切れない謎だった。
「”風”って何なのかしらと考えた時に、私は思ったの。……”風”は”風のもの”にとっての旅をする理由であり、目的でもある」
「……”風”自体が、ですか?」
「ええ。だけど、これはただの私なりの解釈よ。確証はない。だけど、風は”居場所”なんじゃないかしら」
「居場所?」
「ええ。様々な理由があって、帰る場所や住む場所を失う人がいるでしょう?災害や戦争で家が壊されたり、家族を失ったり、そもそも孤児だったり、事故や病気……、差別のような謂れもない理由で人から敬遠されたり。自分ではどうしようもないことで、どこに居ても、誰といても、ここは自分のいるべき場所じゃないと思えてしまうことがある。そこに居る誰かが嫌いなわけでも、その場所が嫌なわけでもない。だけど、どうしても居心地が悪く感じられて、ふらりと旅に出てしまう。旅をしている間は孤独でしょうし、楽ではないでしょうけど、それでも、そこが……”風”とともにいる旅という場所が、居心地が良い。それが”風のもの”なんじゃないかしら」
「……あぁ……そう、か」
梧は、霞の言葉がストンと腑に落ちて、思わず声を漏らした。
その解釈が不思議と噛み合い、梧の頭の中にずっと永い間、かかっていた霧が晴れていって、光が差すような心地だった。
風は、風としてあるだけ。理由もない。運命でも、宿命でもない。
旅をしている彼女たちは、ただそれだけで……、風と共にあるだけで、生きる理由を得ていた……いや、得ようとしていたのではないか。
風を知ると言うのは、旅に居場所を得るという意味も含んでいたのかもしれない。
「……それって現代の私たちにも通じることがあるような気がしたの。私たちは物理的に旅をしているわけではないけれど、生きること自体、旅みたいなものでしょう?……とかく、今の世の中は“居場所”を得るにも難しく考えすぎて、価値がなければ許されないような風潮があるわ。美しくなければ、仕事ができなければ、完璧でなくちゃダメ。……息苦しくてたまらない」
かつて、日本で暮らしていたころのことを思い出したのか、霞は顔を顰めた。
「私は運よくヴィヴィに出逢って、居場所ができた。生きていてもいいんだってね。……その時、ふと思い出したのよ、”風”のことを。だからブランドを立ち上げるとき、”Fri Vind”と言う名前にしたの」
そう言いながら、霞の表情は次第に穏やかで柔らかなものに変わっていく。
ヴィヴィというのは、Fri Vindのメインデザイナーであり、霞のパートナーのことだ。
霞はブランドを立ち上げてから、スウェーデンと日本を行き来するようになり、時雨が結婚したのを機に、完全にスウェーデンに拠点を移した。
そこからの霞の躍進はめざましかった。
ブランドは全世界に広がり、霞は世界中を飛び回った。並大抵の苦労ではなかっただろうが、女性に関する基金も設立し、世界中の女性の活躍と差別のために奮闘もしている。
日本に来た時の傍若無人っぷりに、時雨と梧は疲弊することもあるけれど、様々なことを抱えながら闘う霞は、率直に凄いと思う。
「……私が提供しているものは、時に流行りに左右されて、使い捨てにされることもあるかもしれないわ。それでも、それを手にとって身につけることで、それだけでも“居場所”を感じられるものを作り続けたい。”風のもの”にとっての”風”になれるような一品をね」
すでにブランドとして揺るぎない地位を確立しつつあるのに、清々しい微笑みを浮かべて、霞はまだこれからも誰かの居場所を作るべく、高みを目指していこうとしている。
その眩しいほどの情熱を目の前に、梧は感心するばかりだった。
霞はその羨望を含んだような梧の視線を受けながら、今日の、相手のことを思い浮かべて悩みながら贈る品を考える梧の姿を思い返し、霞にとって梧は、初心を思い起こさせる最良の客だったのかもしれない。と思った。
これから出来上がった品を受け取り、相手に渡すまで、梧はどう過ごすのだろう。
そんなことを考えると、自然と笑みが溢れる。
誰かに贈り物をして、その相手に身につけてもらえることは、相手が自分の居場所となるような喜びがある。
だけどそれを口には出さなかった。
まだ相手に引け目を感じている梧に言えば、意識してしまって、贈ることができなくなってしまうかもしれない。せっかくこれからその喜びを知るのだから、それだけは避けたかった。
「……時雨たちの結婚指輪も、ここで作ったんですよね」
ふと、梧はそんなことを訊いてきた。
「ええ。最高級品を揃えて、とびっきりのをね」
霞は自慢げに微笑みを浮かべて答える。
まさか結婚を意識しているのかと勘繰ったが、梧が霞に返した微笑みはどこかぎこちないものだった。
「……どうしたの?」
気づいた霞が聞くと、梧はややためらいがちに口を開く。
「……時雨たちに、何があったか知りませんか?」
と切り出した。
梧が今日、霞に会いに来たもうひとつの理由だった。
どちらかと言えばこちらの方が本題で、贈り物の方が口実のつもりだったのだが、うまく霞の言葉にのせられて、いつの間にか優先順位が入れ替わってしまっていた。
あれ以来、様子がおかしいままの時雨だが、梧がその理由をそれとなく聞き出そうとしてもはぐらかされる。
おそらく梧が直接聞きだすのは無理だろうと判断し、先日たまきと電話をした後に、大会の日の予定を空けてもらうためのスケジュールの調整のついでに、霞に聞きたいことがあると連絡を取ったのだ。
「この前電話で言ってた、聞きたいことってそれ?」
「……はい。時雨は自分のことを俺には話しませんから、何か知らないかと」
梧の表情が沈んだものになり、目線を下げた。ため息をついて、
「……まぁ、俺が頼りないからでしょうけど……」
と、付け足すと、辺りの空気が重苦しいものに変わり、霞は眉間にしわを寄せた。
「……そうかしら?」
考え込むような仕草をした霞は、独り言のようにそうつぶやいた。
「え?」
梧が聞き返すも、霞はそれを半ば無視するような形で、
「私も詳しいことは聞いてないけれど、7月に私が帰る時、杠葉ちゃんを連れていくことになってるの。時雨の様子がおかしいとすれば、それくらいね」
と、努めて何事もない風に言った。
「えっ?杠葉さんが!?……い、いつまでです?」
梧が珍しく狼狽えたような声を上げると、霞は一瞬面食らうが、すぐに呆れた表情になった。
「さぁ?杠葉ちゃんが居たいだけいればいいと思ってるわ。私は仕事で行き来はするけど」
投げやりな霞の答えに、梧は「そう……ですか」と呟いたっきり、呆然としている。
霞が知る限り、杠葉は紫露を生んだ後、専業主婦となって以来、時雨と紫露を置いて長期に家を空けたことがない。
それどころか、出かけていてもこの前のように時雨や紫露に何かあったと察知すればすぐに帰るような人だ。
……そういえば、杠葉から連絡を受けたのは、時雨の様子が変だと言って、霞との女子会から帰った数日後だった。
「……あの二人が、喧嘩……?」
少し視線を落としてぼんやりとしたまま、ぽつりと呟いた梧の言葉に、霞はため息をついた。
「……喧嘩……。できれば良いんでしょうけど」
その言葉に、梧が顔を上げる。
「……どういうことですか?」
梧の質問に、霞は眉根を寄せ、額に手を当てた。
「仲がいいから喧嘩をしないんじゃないの。時雨が相手じゃ喧嘩にならないのよ。杠葉ちゃんが何か言えば、……いいえ。下手したら、言わないうちに肯定する。喧嘩になりそうなら、すぐに自分の方が悪いと謝ってしまう。それじゃ何も言えないじゃない」
言われて、梧は初めてそのことに気づいた。
時雨の態度が、梧相手のときと杠葉に対する時で違うことはもちろんわかっていた。だけど、それは愛する人に対する態度だから違って当たり前だと思っていたし、その態度は、杠葉を大事に思っている時雨の愛情の表れだと思っていたから、それが巡り巡って夫婦の危機につながってくるとは微塵も思わなかった。
梧はことさら恋愛に関しては不得手なので、時雨のような態度をしなければ夫婦仲は保てないのだと思っていたくらいだ。
「時雨も時雨で、……杠葉ちゃんが前世のことを聞きたくないって言ったせいもあるけど、杠葉ちゃんに心配をかけまいと、前世のことに限らず、黙っていることもたくさんある。……もちろん、あの二人は相手のことを想い合っているわ。でも、夫婦としては全く言葉が足りていない。お互いにね。いい機会だから、少し離れて考えればいいのよ」
険しい顔で話す霞の言葉は、梧に聞かせるというよりはどちらかと言えば独白に近いものだった。
きっと本人たちに言いたいのだろうが、霞なりに気を遣って、二人を見守っているのだろう。
梧は、やはり知ったところで自分にできることは何もなさそうだ、と伏目がちに軽く顎を引いた。
そんな梧を一瞥して、
「アオが気にすることじゃないわよ。これは夫婦の問題。誰が口を出そうと、結局は二人で解決しなきゃならないことなんだから」
霞はそう言って、肩をすくめて見せた。
「それはそうですが……」
「何であなたがそんな顔するのよ」
霞の励ましも空しく、梧の表情は芳しくない。自嘲的な笑みを浮かべ、肩を落としている。
「……前世から時雨は、俺に仕えてくれていました。……俺はずっとそれに頼りきっている。いざ、時雨にその恩を返そうと思っても、何もできることがないんです。話して気が楽になるなら聞いてやりたいが、時雨は俺には弱音を吐かない。つくづく、俺は何の役にも立てないんだと思いますよ」
「……話さないからって、アオが頼りないってことじゃないと思うけど」
梧が頼りないか、と言えば、そうではない。
会社の経営に関する判断は梧がほとんど行っているし、時雨はあくまで補佐役だ。仕事上では、梧が苦手としていた人付き合いをカバーしているのが主で、時雨が居なければ会社が立ち行かないと言うほどではない。
あるとすれば、梧が精神面において、時雨を拠り所にしているということぐらいだ。
……ふと、霞の脳裏に、時雨は杠葉にだけではなく、梧にも黙っていることがあるんじゃないかという憶測が浮かんだ。
「どうか……しましたか?」
霞の表情が変わったのを見て、梧が訊く。
しかし霞は答えず、何か考え込むような仕草で、その視線も、梧を通り越してどこか遠くを見つめているようだった。
時雨から何かを聞いたことがあるわけではない。
霞が知っているのは、時雨と梧は前世では主従関係にあり、今世でも似たような関係性であるということだけ。
時雨が梧のことを慈しみ、大切に想っていることは見ていれば誰でもわかる。だが、時雨が梧を見つめる視線の中に、時折違和感を感じる時があった。
—————後ろめたさ、のような……あるいはもっと深い「罪の意識」にも似た感情が……。
「……霞さん?」
遠慮がちに呼ぶ梧の声に、ようやく霞は我に返ると、
「え?あら、ごめんなさい。何でもないわ」
と、首を横に振った。
腕時計に視線を落とし、「随分話し込んでしまったわね」と言うと、梧も時計を見て、あぁと声を上げる。
「お時間を取らせてすみませんでした。この後の予定に影響はありませんか」
と、腰を浮かせ、立ち上がった。
「大丈夫よ。スケジュールに余裕を持たせてあるから」
霞も立ち上がって微笑むと、梧を見送る体勢に入った。
「送りますか?」
「ありがとう。でも軽くスタッフと打ち合わせをしたら食事に行くことになってるの。そのあとは誰かに送ってもらうわ」
霞を心配した梧に、いつも通りの余裕のある表情で返す。
「そうですか。……それなら、俺はこれで失礼します。長い時間、すみませんでした」
梧がほっとした表情を見せ、一礼すると出口へと向かって歩き出す。
「いいのよ。久しぶりに接客ができて楽しい時間だったわ。ネックレス、楽しみにしていてちょうだい」
梧に歩調を合わせつつ、少し後ろを歩きながら霞は梧にいたずらっぽい微笑みを向けた。振り返った梧が居心地の悪そうな表情で、「……信頼してます」と、照れ隠しにうなじを撫でた。
霞はふふふと笑い、スタッフが開けたドアから二人は外に出る。
陽が傾き、あたりは夕刻の琥珀色に染まり始めている。帰路に就く学生たちがちらほらと見受けられた。
ふと、霞が思い出したように「そういえば」と学生たちを眺めながら口を開く。
梧が首をかしげて霞へ視線を向けると、視線を合わせて、
「……紫露の前世って誰なのか、アオは知ってる?」
と、世間話のつもりで訊いた。
だが、軽い気持ちで訊いたその質問は、思いのほか梧に衝撃を与えたらしく、それを聞いた瞬間、梧は怪訝な表情になったかと思うと、しばらく動きを止めた。
「アオ?」
霞が心配そうにその顔を覗き込むと、梧はようやく我に返った。
しかし、夢から覚めたばかりのようにぼんやりとした顔のまま、
「……紫露に、前世があるんですか?」
と、逆に聞き返してきた。
「……わからない……。私、何でそう思ったのかしら」
聞き返されて初めて、霞も疑問に思った。
時雨や紫露が、はっきりと言ったわけではない。だけど、どこかのタイミングで霞はそう思い込んでしまっていた。
「私の勘違いかもしれないわ。気にしないで」
パッと顔を上げて「引き留めてごめんなさいね」と、微苦笑を浮かべた。
「いえ……では、失礼します」
梧はまだ呆然とした表情のまま、挨拶もそこそこにその場を後にした。
その背中を見送りながら、霞の中に、何か、地雷を踏んだような罪悪感が残った。
家に向かって歩きながら、梧の胸に妙な違和感が生まれた。
—————紫露の前世?
考えたこともなかった。紫露は時雨の子供で、それ以上でも以下でもないと思っていた。
紫露に前世があったとしても、梧が知らない人物なのだろう。
記憶を探っても、誰一人思い当たる人がいない。
それに、出逢った時—————紫露は赤ん坊だったが、時雨たちと出会った時の光るような印象も感じなかった。
……本当に?
梧はふと、足を止めた。
初めて時雨に家に招かれ、その小さな紫露を抱いたとき、不思議な感覚ではあった。
命の重みと温かさを初めて知り、どことなく親しみも感じたけれど、それは時雨の子供だったからだと思っていた。
苦労を掛けたサギリが幸せになったことが嬉しくて、あの時、梧は柄にもなくひどく感動し、涙までこぼした。そこまで心を揺さぶられたのは、別の、何かだったのか。
梧は……何かを、忘れているのか?そう思っても、やはり、何も思いつかない。
時雨に聞きたかった。
けれど、今の時雨に聞くことも、紫露に直接問いただすことも、なぜか気が進まない。
梧の胸に、判然としない自分の感情と、何か重大なことを忘れているのかもしれないという不安が広がっていった。




