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「今、たまきが居なかったか?」

 走って追いかけていくたまきを呆然と見送っていた緝は、慌てて入口に出てきた梧の声で我に返った。

 青ざめた顔で梧を見上げて緝が黙っていると、その手に持っているバッグを見て、緝の肩を掴んだ。

「おい、森庵!」

 険しい顔つきで梧が声を荒げる。

 さすがに夏海が近寄ってきて「すいません、お客さん、声、ちょっと抑えて」と注意して、今日は少ないものの、他のお客さんの方に軽く頭を下げた。

「……すまない」

 梧が謝ると、夏海は首を横に振って「いえ」と答えた後、深刻な様子の緝に顔を向ける。

「冴島は大丈夫。少し用事を思い出したらしくて……」

 言いながら、緝は何かを思案するような表情になり、パッと決意を固めたように顔を上げると、たまきのバッグを夏海に押し付けるように渡した。

「これ、頼む。俺は冴島の様子を見て来るから」

 言った後、緝はそのまま走り出した。

「森庵、待て!俺も行く」

 駆けだしそうな梧の腕を夏海はとっさに掴むと、

「あ!お客さん、注文の品もまだだし、お代もまだです」

 と、引き留めた。

 一瞬、不機嫌そうな顔を夏海に向けた後、胸ポケットから自分の名刺とICカードを取り出して夏海に渡す。

「えっ!?ちょ、」

 慌てる夏海に「支払いはそれで。必ず戻ってくる。注文の品は好きにしてくれ」と言うと、梧は緝の後を追った。

「それ、めっちゃ困るんですけど……」

 夏海はたまきのバッグを抱え、梧の名刺とICカードを持ったまま、そう呟いたのだった。


 ――――――――――――――――――――――――――


 確証はなかったが、緝はこの前たまきを見つけた公園に二人が居るような気がして、そちらへと急いだ。

 必死に走るのなんて、どのくらいぶりだろう。学校の授業以来か。

 そもそも、何かに必死になることもあまりなかった。

 前世の記憶を思い出す前からどうしても何かが欲しいと思う子供ではなかったし、薬剤師の資格を取ろうと思ったのも、強い動機があったわけじゃない。前世の記憶から薬の調合に興味を持っただけのことだった。

 前世のゼン自身も多くを求めることをしてこなかった。というより、全部を諦めてきた。

 何かを望んでも、思い通りにはいかないことを、ゼンは良く知っていた。

 出自と見た目により隠れて暮らさなければならなかったことも、スイやハルと一緒に暮らせないことも、二人を失ったことも……。

 自分がどれだけほしいと望んだって、手に入らないものは、入らない。

 今世だって、翠は記憶がない。緝が前世からの想いを勝手に募らせて、翠を縛っていいのか?

 だけどこのまま諦めて、翠とは関わらない人生でいいのか。

 頭の中で自問自答を繰り返して、答えが出せないままに公園に到着した。

 案の定、翠とたまきはベンチに座って話し込んでいた。


 緝が息を整えながら、ゆっくりとそちらに近づいていくと、

「……翠さんは女の子じゃないと好きにならないってことですか?」

 と、言ったたまきの声に足を止めた。

 とっさに木陰に身を隠して、息をひそめる。翠は、やっぱり女子がいいのか。そんな言葉にショックを受けていると、

 「……そもそも、相手が男だろうが女だろうが、どうやって人を好きになるかなんて、わからないよ……」

 諦めたような声で、翠は呟く。

 緝はひとまず、『女の子の方が好き』と翠が言わなくて、ほっとした。

 だからと言って、すぐに自分とのことを期待したりはしないが、性別に拒絶がなさそうな雰囲気に、素直に良かったと思った。

「……男女とか関係なくて、()()()()()()()……好きなんですよね?」

 その後に言った、たまきのツッコんだ一言に、緝は驚く。

「……あいつ、また……んな、ストレートに……」

 声を潜めて呟きながら、それに翠がどう答えるのかを緊張しながら待ってしまう。緝なら、そんなことは聞けない。

「……随分突っ込んでくるねぇ。オジサン困っちゃうよ」

 翠は困ったように微笑んで、はぐらかそうとしている。

「翠さん」

 だが、たまきはその翠に対してはぐらかさないでと言っているようだった。

 たまきがそこまでぐいぐい聞きたがっているのも不思議だったが、今はその言動に感謝しながら、緝は二人の会話に聞き耳を立てた。

「……参ったなぁ」

 そう呟く翠は、たまきの真剣なまなざしを一瞥してから、諦めたように深いため息をついた。

「……女の子ならマシって言ったのはさ、……その……、遺してやれるじゃないか」

「のこす?」

 翠はすぐには直接的な答えを言わなかった。途中から盗み聞きをしている緝には、たまきたちがどんな会話をしていたのか流れを想像するしかなかったが、翠が”相手は女の子のほうがマシ”というようなことを言ったのかと考えて、先ほどほっとした気持ちが消え、緝の胸に不安が広がった。

 無意識に緝は祈るように両手を組んで握りしめる。

 翠は困ったような顔で頭を掻いて、たまきとは視線を合わさないように公園内を見つめた。

「……種、だよ。……男は種を持ってて、女はそれを受ける卵を持ってる。……年上の俺が女より、若い方が女の子ならなおさら可能性が高いだろう?今のままなら俺が先に死んだらそれで終わりだけど、子供を残してやれたら、さ。もし、もしもだよ?店員さんも……、俺のことを悪くないって思ってくれているなら……、俺が店員さんに、遺してやれるもんができるだろう?」

 オブラートに包んだつもりなのか、女子高生に対してセクハラまがいの下手な説明を聞きながら、緝の脳裏に、最期の日のスイとの会話が蘇ってきた。

 

 —————……お前とおれで交換しないか?

 —————はぁ?何をだよ。

 —————性別さ。


 わかってる。翠はスイの記憶があるわけじゃない。この言葉が、そのままスイの言葉だというわけじゃないことは、わかっている。

 それでも、脈が速く打ち、手が震えた。


 スイは、子供の産めない体だった。

 子供のころ、知識不足によって口にした毒に当たってそうなったことを、ゼンはじーさんから聞かされていた。

 スイ自身もそれは知っていた。


 ……赤ん坊だったハルを連れてきた時、どうしても育てると言った。なんでだと言ってものらりくらりとかわして、ついに本音を言うことはなかった。

 ハルが風のものとして旅に連れて行くと言った時、スイの顔はどんな風だっただろう。

 あの時、ゼンはスイと口論になって、その時のスイの顔なんてろくに思い出せない。

 もしスイが、捨てられていた赤ん坊をゼンの元に連れてきた理由が今の翠と同じような理由だったとしたら、スイだって望んでハルを連れて行ったわけじゃなかったのかもしれない。

 緝は、目の奥に熱いものがこみあげてくるのを感じて、とっさに俯く。

 

「あはは。こんなオジサンの遺伝子なんか、遺す必要もないかもしれないけど」

 翠の言葉を聞いて黙り込んだたまきの様子に、居たたまれなくなった翠が、ごまかすように笑いながら言った。

「……そうじゃなくてっ……。なんか、わかる……ような気がして」

 たまきは胸のあたりを押さえて、苦しそうに顔を歪める。

「……わかる?」

 驚いた翠の声に、たまきは顔を上げて、

「あ、えっと、私が男になりたい、とかじゃないんです。だけど、遺せるものが—————」

 慌てたようにたまきが説明していた、その時、

「……たまき!」

 たまきを見つけた梧がその場に割り込んできた。

 ベンチに座っていたたまきを自分の方に引き寄せようと、腕を引いた。

「っえ、梧さん!?なんで!?」

 驚いて声を上げたたまきに、慌てて隠れていた緝も濡れた頬を拭って、「海風さん!」と、梧を止めようとたまきたちの前に出た。

「て、て、店員さん!?」

 急な緝の登場に翠も驚いて声を上げ、立ち上がった。

「その男になにかされたのか!?」

 頭に血が上っているらしい梧が、たまきの腕を引き寄せて自分の腕の中に収めると、

「ち、違います!梧さん!」

 たまきは顔を赤くして、梧の胸を叩いて抗議の声を上げた。

「お前!…………えっ?」

 梧は翠を正面から睨みつけて、ようやく翠がスイであることに気付いたようだった。……その顔が見る見るうちに驚いた顔に変わっていく。目を瞬いて軽く首を振り、額を押さえる。

「お、お嬢さんの彼氏さんだったのかい?俺はこれで、失礼するよ」

「違いますよ!か、彼氏じゃないですから!」

 慌てた様子で後ずさりながら言った翠の言葉に、たまきも慌てて梧の腕を振りほどくと、翠の腕を掴んだ。

 腕を振りほどかれた梧の顔色が一瞬、変わる。しかし、たまきはそれに気づかないまま、

「逃げないで、森庵さんとちゃんと話してください」

 翠に顔を寄せ、小声でそう告げると、たまき越しに緝の方を見た。

 少し困ったように眉尻を下げて翠を見つめていた緝と目が合って、すぐに視線を逸らす。

 だけど真剣に翠のことを見つめてくるたまきの視線に根負けして、息を深く吸ってから、ゆっくり息を吐いて頷いた。

 俯いたまま、翠は緝の方へ一歩踏み出したのを見届けて、たまきは今度は梧のコートの袖を軽く引いた。

 暗い顔の梧が、たまきを見下ろす。

「私たちは行きましょう」

「……あ、ああ」

 たまきに腕を引かれ、梧は呆然としたままその場を後にした。



 二人が立ち去って、決まりが悪そうに翠がうなじのあたりを撫でながら、

「……どこから、聞いてたんだい?」

 と、訊いた。

 緝も気まずそうに視線を下げながら、

「……どうやって、人を好きになるのか、わからない……ってとこだったかな」

 と、答える。

 翠は「そっか……」と、呟いて、そこからどんな話をしたかはっきりとは思い出せなかったが、遺せるものの話は確実に聞かれたなと思い至った。

 勘違いした発言だったと、違うんだと、いつものようにはぐらかして、訂正しようかと思った。

 だけど、視線を上げた緝と目が合うと、そうはしたくない気持ちになった。嫌われても気持ち悪がられても、構わないから、燻る思いを、話してしまおうと思った。

「……あのお嬢さんには、店員さんに遺してやれるもんがないっていう言い方をしたけど……。それは詭弁でさ。……あんたを、俺に縛り付けとくもんがないのは嫌なんだよ。あんたはまだ若いし、いつか、俺みたいな腐ったオジサンじゃなくて、若い女の子に目移りするとも限らないだろ。俺は、……俺が生きてる間も、死んだ後も、あんたを俺に縛ってたいって思うんだ。だからさ、俺はそう言う汚い、独占欲の塊のおっさんなんだよ。こんな俺になんか……」

「……もう、縛られてんだよ」

 だが、予想に反して遮ってきた緝の言葉に驚く。

「は?」

 意味が分からずに声を上げるも、緝の顔が、見る見るうちに切なげに歪んでいった。

「……こちとら、何十年も、前世からずっと、お前に縛られてんだよ。今更目移りするか!言ったとおり勝手に男に生まれやがって。俺だって望んで男に生まれたわけじゃない!……あー、もう、くそ!」

「……あらー……。優等生だと思ってたけど、随分悪態つけるんだねぇ……」

 急に変わった態度に驚き過ぎて、翠はついいつもの調子で茶化すようなことを言ってしまった。

「悪いかよ、ばか」

 言いながら緝は、翠の胸を両手のこぶしで軽く叩いたあと、その胸にもたれるように俯いた。

「えっ、あ、ちょ、泣いてるのかい、店員さん?」

 ためらいがちにその肩に触れて、翠は慌てた声を上げた。

「うるさい……!……俺は、店員さんって名前でも、あんたって名前でもない……」

 緝は、顔を上げて、翠の顔を見上げた。

 潤んだ緝の瞳と目が合って、

「あー、えー?うーん。えっとぉ」

 翠は困って視線を空中に泳がせる。

「なまえ……、忘れたとか言わないよな……」

 本人から名前を聞いたのは、初めに会った時だ。救急車に一緒に乗ってくれた時。

 病院で目が覚めた時に、彼が翠を「スイ」と呼んだあの日。

 真剣に心配している顔で、まるで、昔からの知り合いみたいに。

 だけど翠には彼の顔に覚えがなくて、「どちら様ですか?」と訊いたら、一瞬、悲しそうに顔を歪めた後に、感情を失くした表情で、「森庵緝です」と、名乗った。

 店員さんと呼んでいたのは、名前を忘れたからじゃない。

 一度聞いただけの名前を、はっきり覚えているなんて、気持ち悪いと思われるんじゃないかと思ったからだ。

「あはは、あのねぇ、あんまりオジサンいじめないでよ。こう言うの初めてだからさ、恥ずかしいんだよ」

 すがるような緝の視線から顔を逸らしつつ、翠は苦笑いを浮かべる。

「……あきら」

「へっ?」

 下の名前で呼ばれて、翠の心臓は早鐘を打った。全身が沸き上がるように熱くなる。

「緝って……、俺の名前呼んでよ」

 緝が腕を背中に回し、翠の胸に顔をうずめて、切なそうに呟いた。

「っちょ、っと、それ……ずるくないかなぁ」

 普段、淡々とした態度をしていた緝がまさか甘えて来るなんて思いもよらなくて、翠は軽くパニックになり、たまらず軽口ではぐらかそうとする。自分の両手をどうしたらいいかわからずに空中にさまよわせているうちに、

「翠……」

 と、緝はもう一度、翠の名前を呼んだ。

 自分はもうオジサンなんだからと、もう一度言い訳を言おうとしたとき、翠に抱きついているその緝の腕が、僅かに震えていることに気づいた。

 緝が若いから積極的になれるんだとか、自分がオジサンだから無理だとか、関係ない。

 ……緝も緊張していて、怖いのだと気付いた。

 それなのに、勇気を出して甘えてくれているんだと思ったら、急に愛おしさが増して、優しく、腕の中に居る緝を抱きしめていた。

 一瞬、緝の身体がびくっと震えたが、ゆっくりと体重を翠に預けてくれる感覚があった。

 翠は胸の奥が静かに、温かく、満たされていくような心地がする。

 不思議と、緝も同じ気持ちなんじゃないかと信じられた。

「……緝……くん?」

 ためらいがちに、緝の名を呼べば、腕の中で緝が身じろぎして、遠慮がちに翠の顔を見上げ、

「…………。……まぁ、許す」

 照れたような声で答えてくる。

「……なんか、性格変わってない?」

 翠がふっと笑うと、すぐに隠すようにまた翠の胸に顔をうずめる。

 愛おしさにその腕に力を込めて、緝の頭に頬を寄せると、

「いちいちうるさい」

 と、弱々しい抗議のセリフが返ってきた。

「……あれ?照れてる?あはは。緝くん可愛いねぇ」

 そう言ってその頭を撫でると、

「なっ……急に調子に乗んな」

 と、背中に回した手で翠の背を叩いてきた。

「ごめん、ごめん。……なんでかなぁ、見た目とはちぐはぐなのに、そっちの方がしっくりくるよ」

 全然痛くない攻撃を受けながら、翠はそう言って笑った。

 緝の胸の奥でも、長く苦しく胸を塞いでいたものが、柔らかく溶けていくような気がした。

 

―――――――――――――――――――――


 公園を出て、少ししたところでたまきは我に帰って梧の腕をパッと離した。

「ごめんなさい、引っ張ったりして……」

 たまきが赤い顔で軽く頭を下げて謝ると、梧は首を横に振った。

「……構わない」

 そう言って、ふと、無意識にたまきの頬に触れようとして手を伸ばす。一瞬わずかにたまきが首をすくめた時、さっき、たまきが“違いますよ!“と言った声が耳に甦り、我に帰って自分の手を見つめ、静かに引っ込めた。

 たまきが不思議そうな顔をして梧を見上げると、梧はたまきから視線を逸らして歩き出しながら、

「……いつから知ってたんだ?」

 と訊いた。

 なんだか怒っているような声に聞こえて、たまきは慌てて後を追いながら、遠慮がちに梧の顔を伺った。

 無表情に近い梧の顔は、怒っているのかどうか判別しづらい。

「……1ヶ月半くらい、前……だと思います」

 小さな声で言って俯くと、梧はハッとして、

「……怒ってるわけじゃないんだ」

 と言って、俯いたたまきの頭をサラッと撫でた。

 たまきが顔を上げると、梧はなんだか悲しそうな目をしたまま、微笑んだ。

「……ごめんなさい」

 反射的にたまきが謝ると、梧は首を横に振った。

「ただ、訊いただけだ。君を責めてない。そんな顔するな」

 ポンポンと頭を撫でて、梧はまた歩き出す。

 


「んもー、冴島さんどこ行ってたんですか!心配してたんですよ?」

 カフェに着くと、心配そうな顔の夏海にそう言われて「ごめんね」とたまきが謝る。夏海は緝の姿が見えないことに気づいて、

「あれ?森庵さんは?会いませんでした?」

 と首をかしげた。

「あ、えっと、ちょっと用事を思い出したって……」

「え、今度は森庵さんが用事?…………なんか今日、冴島さんも森庵さんもおかしいなぁー」

 夏海が疑う視線でたまきを見つめる。

 たまきは「お、おかしくないよ!」と首を横に振ってから「着替えてくるね!」と奥のロッカーへと速足で去っていった。

 それを見送ってから、夏海はたまきの後ろから入ってきた梧を見て、

「あ、お客さん。すみません、このカード」

 と、さっき置いて行ったICカードを差し出す。

「ひとまず、注文は止めれたんで止めました。だから支払いは発生してないんですけど、新たに注文されますか?」

「……あぁ。じゃあ、テイクアウトでコーヒーを」

 カードを受け取りながら梧が答えると、

「かしこまりました〜。他には何か?」

 と、夏海は営業スマイルで応えた。

 梧はサイドメニューを一瞥したものの、首を横に振った。

「それだけで」

「かしこまりました」

 レジを打ち込みながら、夏海は伺うように梧の顔を見た。

 接客の手は止めないまま、

「冴島さんとはどーゆー関係なんですか?」

 と聞いた。名刺を見た時に、会社の社長だと言うことがわかって驚き、興味本位で聞いただけだが、梧は一瞬驚いた顔をした後、眉間に皺を寄せる。

 まずいことを聞いたかな?と夏海は黙った。

 梧は、先ほど「彼氏じゃないです」とたまきに言われ、腕を振り払われたことを思い出して軽く首を横に振った。 

 あの後、どうも胸の辺りがすっきりとしない。

 かといって、「彼氏ではない」と言うたまきの言葉は紛れもない事実だ。梧としてもたまきを恋愛対象として見ているつもりはない。

 たまきはまだ未成年で子供だ。たまきを知る大人としては、彼女が危険な目に遭うことなく、幸せでいてほしいと願っての行動でしかないつもりだ。

 それを差し引いても、たまきにとって自分はなんなのだと問われると、どう答えていいものかわからなかった。

 胸の奥も頭の中も、なんだかモヤモヤとして晴れない。

「関係というほどのことはないだろうな……」

 梧は小さな声で呟く。

 夏海はその声がよく聞こえずに首を傾げつつも、「カードタッチお願いします」と言って、梧に精算を促した。

 精算を終えたICカードをポケットにしまいながら、

「俺にとってたまきは……親戚の子供、みたいなものかな」

 と、ようやくそれらしい答えを捻り出した。

 たまきは紫露と一歳しか変わらない。それと似たようなものだろう。

 厳密に言えば紫露も親戚の子供ではないのだが、梧にとってはそれに近い親しさを、紫露に感じている。

 着替えを済ませてやってきたたまきが、レジ裏に出る通路でそれを聞いてふと足を止めた。

「……そうなんですか」

 夏海はすでに質問への興味は失っていたが、夏海みたいな奴にも真面目に考えて答えてくれるいい人だなぁとは思いつつ、「では用意しますので、あちらでお待ちください」と、テイクアウトの受け取り場所を手のひらで指し示した。

 たまきはそれを聞いて、梧には見えない位置だったが、なんとなく壁際に寄って身を隠した。胸の奥が小さく痛むのを、鎮めるように息を吸って吐くと、一人で頷いてから、笑顔を作ってレジの方に顔を出す。

 気づいた夏海が「テイクアウトの対応、お願いしてもいいですか?」と言ったので、「わかりました」と頷いて、コーヒーの準備に取り掛かった。

 コーヒーを淹れる手順を頭で追いながら、ほんのさっき聞いたばかりの「親戚の子供みたいなものかな」と言う梧の声が、頭をよぎる。

 

 ……そんなのわかってたことだよ。これでいい。これでいいの。


 たまきは頭の中でそう唱えて、目の前の作業に集中した。

 コーヒーを淹れ、テイクアウトの受け取りのところにいた梧に「お待たせしました」と差し出すと、梧は口元にだけ笑みを浮かべて「ありがとう」と言った。

「ありがとうございました」

 とたまきが頭を下げると、受け取ったまま、梧が少しの間、たまきを見つめる。

「あの……?」

 たまきが困った顔で見上げていると、我に帰った梧は、

「いや……、また連絡する」

 と言って、カフェを出て行ったのだった。

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