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店長とバイトの子たちの名前を考えるのが面倒になってしまいました。

店長は店長でしかなくて、バイトの後輩の女の子も女の子でごめんね。

→女の子の名前を夏海にしました。女の子じゃ不便だった。店長、ごめん。

採用できるかはわかりませんが、良い名前がございましたらお知らせください笑

 たまきは、祖父母と相談し、病院にも注意することを確認したうえで、学校に届け出をしてバイトを始めることにした。

 一応、先日も挨拶はしたのだが、形だけでも面接を受けるため、たまきは一人でカフェを訪ねた。

「一人で問題なく来れた?」

 緝がカフェで出迎えると、たまきは「なんとかなりました」と笑った。

 混雑した時間を避けたからもあるが、電車では座れたし、歩く体力もだいぶ戻っている。先日、ようやく杖なしの許可が出て、だいぶ動きやすくなった。

 「やぁ、いらっしゃい。僕が店長です」

 緝の案内でバッグヤードに入ると、疲れた顔の男性が冗談を交えた自己紹介でたまきを出迎えた。整理はされているが、とても綺麗とは言えない狭い部屋で、たまきは「よろしくお願いします」と頭を下げる。

 店長が掌で指し示した小さな椅子に腰かけると、パソコン前の椅子に店長も座った。

 緝も同席し、たまきの近くに椅子をもってきて座ると、たまきは一応書いてきた履歴書を店長に渡す。

 目じりにしわを寄せて微笑みながらそれを受け取ると、少しだけ喉を鳴らして見せ、

「じゃあ、冴島たまきさんだね。高校二年生。はいはい」

 と、真面目な顔になって形式的な面接を始める雰囲気を醸し出したが、すぐにまた疲れた顔で笑った。

「……まあ、このくらいでいいかな」

「……全然やってないじゃないですか」

 呆れた顔で緝が言うと、困ったように眉尻を下げて「厳しいなぁ~森庵くんは……」と笑った後、

「堅苦しいの苦手なんだよ~」

 そう言って、たまきに向かってほほ笑んだ。

 そのあと履歴書に視線を落として一通り目を通した後、頷く。

「まぁ、やってみなきゃわからないこともあるからね。……ここは僕と主にキッチン担当をしている二人が社員で、その二人以外はバイトで、森庵君が最年長。あとは大学生と高校生で今は……十数人いるよね?」

「冴島が入ると十三人ですかね……」

「そうそう」

 適当に相槌を打つ店長を見て、絶対わかっていなかったなと、緝はあきれ顔になった。

 と、そこに、バッグヤードにバイトの夏海が顔を出した。

「森庵さんすみません、ホール手伝ってもらってもいいですか?」

 困り顔の彼女を見て、店長が緝に頷いて緝は「今行く」と言った。出て行く前にたまきに「まぁ、適当だけど、悪い人じゃないから」と声をかけて行く。

 その背中を見送って、「……ひどいなぁ」と呟く店長は、たまきに向かってほほ笑む。

 そして、少し居ずまいを正すと、

「スタッフのみんなには、冴島さんの事情は森庵くんから聞いて周知してあるんだけど、やってみて不便なところとか、辛くなったらすぐ言ってね。言われないと気付けないこともあるから」

 と優しい口調で言った。

「はい」

「それと、最初は試用期間ってことで皆より時給が少なめになっちゃうけど大丈夫かな?」

「それはもちろん、大丈夫です」

 たまきは頷いたが、少し俯いて心配そうに眉尻を下げた。

 店長が首をかしげる。

「あの……、ご迷惑じゃなかったでしょうか?」

 そう言われて、店長は目を丸くした後、膝に手を当てると少し身を乗り出して、

「……何を迷惑と呼ぶかにもよるけど、少なくとも僕らは感じてないよ。そうじゃなくても初めてバイトをするって慣れないと失敗もするし、みんな同じだよ。バイトの子たちもみんないい子なんだけど、さっきも言ったように、気づけないことがあって、今の君にとっては無茶なことを頼むかもしれない。その時はちゃんと断るんだよ」

 と、たまきの顔を覗き込んだ。

「……はい」

 まだすっきりしない顔のまま、たまきが頷いたのを見て、

「……病気のことは大変だったね。今のところ、長時間立っているのが難しいのと、重いものを持てない、走らないほうがいいってことかな?」

 と、店長は確認する。

「はい」

 もちろんだが、急な動きや短距離走のようなダッシュなどの激しい運動は、膝に対して負荷が大きすぎると禁止されている。前から言われているが、もしもこれから先、時間をかけても、陸上をやっていたころのスピードや瞬発力に戻ることは難しい。

 ただ、様子を見ながらリハビリに短時間の軽いジョギングを取り入れても良いという話は出ていた。

 しかしそれも、たまきは、手術前と後での体力の差がはっきり自覚してしまうことが怖い気がして、始められていない。

 部活にも入らずに日々を過ごしていると、これから出るかもしれない後遺症への恐怖や、多くの癌で言われている5年生存の壁、将来への不安ばかり考えて気が滅入りそうだった。

 だから、バイトを探したのだがいざ始めると思うと、役に立てるのか急に不安になってきた。

「……森庵くんってさ」

 急に店長はそう切り出した。

 たまきが顔を上げると、ふっと店長は笑って、

「確か……5年くらい前にバイトを始めたんだよ。仕事中の営業スマイルは完璧なんだけど、普段は淡々としているし、他のバイトの子たちともあんまり交流するタイプでもないんだよね」

 そう言いながらふと、席を立つと、何かキッチンの方へ声をかけて、コップを二つ持って戻ってきた。

 一つをたまきに手渡すと、「ただのアイスティーだけど甘くなくても飲める?」と訊いた。

 たまきは頷くと「ありがとうございます」と言って、店長が一口飲むのを見て自分もそれを口にした。

「薬学部に通ってるのもあって、薬膳とかも詳しくて、メニューとかいろいろ考えてくれてたし、仕事もすぐ慣れて、後輩の指導も悪くない。すごく助かっていたけど、雑談はしないし、バイト終わったらすぐ帰るし、慰労会とか食事会には出てこないし。大学が忙しいのもあるんだろうけど、他のバイトと微妙に距離があるわけ。最近は丸くなったかなと思うけど……、友達も少なそうだしさ。あ、これ、本人には言っちゃだめだよ?」

 さんざん言った後に店長は慌てて人差し指を口元に当てた。たまきは何回か首を縦に振ったが、店長は立ち上がってちらっと店の方を覗いて、近くに緝がいないことも確認して戻ってくると、また一口アイスティーを飲んで、一息つく。

「……若いわりに達観した感じで落ち着いてて。時々来るスーツ姿のイケメンたちと喋ってるところは見たことあったけど、その人たちに対してもクールだし。このままで大丈夫かなって。まぁ、平たく言うとね。ちょっと心配してたわけだよ。僕らは。余計なお世話だろうけど」

 先ほどよりも声を潜めて、店長は言って、たまきに笑顔を向けた。

「この前、急に君のことをバイトに推薦したいって言いに来た時にさ。これまでになく必死にね、自分がフォローするからお願いしますって頭を下げるんだよ。そんなこと初めてでね。とりあえずその場はあんまり考えずにいいよって返事したんだけど。ふと、大丈夫かななんて思っていたら、その後もね、君の病気の今後のリスクを丁寧に僕らに説明したうえで、……君が頼れる場所を増やしたいんだっていうもんだから……」

 そこまで言うと、店長はふいに目頭を押さえだすものだから、たまきは慌てた。

 カバンの中を探って、ポケットティッシュを店長に差し出すと、「ありがとう」と受け取って、目のあたりをティッシュで押さえて、「もう、歳をとると涙もろくなっちゃってねェ」と言った。

 店長はため息をついて、

「自分だって人に頼るのが苦手なくせにねぇ」

 と呟いてから、「まぁ、話が横道にそれちゃったけど」と言って、

「迷惑なんか心配しないでね、じゃんじゃん頼ってよ。バイトメンバーもそれができるチームだと思ってるからさ」

 少し涙がにじんだ瞳で、店長は微笑んだ。

 たまきは、その店長の気持ちと緝の気持ちが嬉しくて、胸が暖かくなった。

「……え?……何で、泣いてるんですか……」

 そこへ、緝が戻ってきて店長の顔を見て、若干引いた表情を見せた。

「何でもないよ。歳を取ると涙もろくなるって話さ」

「……どんな話ですか……。冴島、大丈夫?」

 徐々にドン引きしながら、緝はたまきを気遣うが、たまきは笑顔で首を横に振った。

 店長の話は、たまきにとって嬉しい話だったが、それ以上に、緝が周りから心配されて大事に思われていることも、なぜだかわからないけど嬉しかった。

 緝は訝し気に首をかしげはしたが、納得はしてくれたようだった。

「じゃあ、来週からね」

 店長とあいさつを交わして、たまきは頭を下げてカフェを後にした。



「あー。はい、代わりますねぇ」

 何回目かのバイトの日、高校一年生のバイトの女の子、夏海(なつみ)がレジの扱いに慣れていないたまきが手間取っていると、後ろからそう声をかけて、たまきを後ろに座らせてレジを代わった。

 たまきのレジが遅いがゆえに、お客さんの列が長くなってしまっていたのだ。

 レジを代わった夏海は見事な手さばきでレジを打ち、注文をよどみなく復唱し、お客さんをさばいていく。

 フォローに入った男の子が、休んでいてくださいと笑った後、レジから受け取った注文をキッチンに伝えていった。

 たまきが居たたまれなくてしょんぼりとしていると、緝が外の掃き掃除を指示する。

 たまきは頷いて緝からほうきとちり取りを受け取ると、お客さんに挨拶は忘れていないが、少しだけしょんぼりした背中で外へ出て行った。

 

 外に出ると、風が少し寒く感じられた。

 一度身震いしてから、風で引き寄せられた落ち葉やごみを集め始める。

 たまきとしても、初めから全部がうまくいくとは思っていない。

 レジを習ってみたけれど、覚えるのに四苦八苦したので、他の店員が下げてきたお皿を洗い場まで持っていって皿洗いと、料理を乗せるお皿の準備などをやっていた。そうしながらメニューも覚えていき、レジも空いている時間帯に何度か打ってもみた。

 だけど、本格的に今日レジを任された途端、緊張からなのか、タイミングなのか、慌ててミスばかりしてしまった。

 たまきはため息をついた。

 向いていないのかもなぁ、と、またしょんぼりしてため息をついた。

 どうも、俯いていると泣きそうになってしまうのでたまきは一度体を起こして顔を上げる。

 あたりをふと見渡したところで、街灯の柱の陰からカフェの方を窺っているような人影が見えた。

 見間違えかと思って、たまきが目を凝らしてそちらを見ると、その人はたまきに気づかれたことを察したようでハッとしてから、早足で立ち去っていく。

 たまきが首をかしげていると、

「冴島さーん」

 と、カフェからレジを代わってくれた夏海がストールを持ってきて

「何にも着ていないと寒くないですか?っていうか、もう入りましょ。そんな汚れてないですから」

 と、たまきの首にストールを巻いた。

「あ、ありがと。でもこれだけちり取っちゃうね」

 集めてあったごみと落ち葉が少し風で乱れていたが、たまきはすぐに集め直して、ちり取りに掃き入れる。

「うぅ~。さぶ。行きましょ行きましょ」

 夏海が急かすので、たまきは「先に入ってて」と言って、一度当たりを見渡し、見える範囲の葉っぱとごみをちり取りに入れた後、それでも待っていた夏海に優しく腕を引かれてたまきはカフェに戻った。

 入口からはいる寸前、人影のいた街灯のあたりを振り返ったが、その人が戻ってきている様子も、あたりにとどまっている様子もなかった。

 何だったんだろうと首をかしげていると、「冴島さん?」とまた声をかけられて、「今行く」と答えて、たまきはカフェの中に戻ったのだった。

 戻って、裏に入ると、その夏海は緝に向かって、「今の季節、上着なしで女の子を外に出しちゃダメです」と注意していた。

 緝は驚いていたが、たまきに向かって「ごめん……」と謝る。

「いいえ、大丈夫です。こちらこそ迷惑かけてごめんなさい」

 と、たまきが頭を下げて言うと、二人が、

「いやいや、私の方が酷かったですから」

「いやいや、こいつの方が酷かったから」

 と声をそろえた。

 その偶然に、二人は顔を見合わせ、緝はため息をついた。

「……こいつは反省しなかったから、冴島の方がマシだよ」

「してましたよ!でもレジは覚えたかったんで失敗してもレジ入ったんですぅ」

「代われって言うのに、無理やり入って冴島よりひどい行列作ってただろ」

 緝の言葉にむんっと夏海は口を尖らせて、緝を睨みつける。

「そのおかげで、今はレジのプロでしょ?」

 と言ったところで、料理が出来上がったらしくキッチンから声がかかって、夏海はホールへと出て行った。

「まぁ、あんまり気にしなくていいってこと。少し休憩したら、洗い物入ってて」

 そう言って緝はたまきの頭をポンとした後、ホールに戻っていく。

「……わかりました。ありがとうございます」

 たまきは言われて、休憩に入った。



 休憩の後洗い物を終えて、たまきが帰る時間になると、

 「冴島さん一緒に帰りましょ~」

 と、夏海がロッカールームに入ってきた。シフトの開始時間は違ったが、終了時間が一緒だったようだ。

 物おじしなくて人懐っこいらしいこの子は、すぐにたまきに懐いて、時間が合えば、駅まで一緒に帰ったりするようになっていた。

 着替えていると、

「冴島さん来てから、森庵さん雰囲気変わりましたよね~」

 と、彼女が言った。

「そうなの?」

「え?冴島さんの前ではいつもあんな感じだったんですか?」

 そう言われたが、たまきは以前の緝のことがわかるほど、緝のことを知らない。

 困ったように黙ったたまきをちらっと見て、

「……冴島さんって森庵さんの彼女、とかではないですよね?」

「えっ!?ないない!違うよ!」

 窺いながら訊いてきた言葉に、たまきは驚いて全力で否定する。

「あ、そうですよね!良かったぁ」

 夏海がほっとしたように言うので、たまきはん?と思って、

「え?森庵さんのこと好きなの?」

 と訊くと、夏海は即座に顔の前で手を振って、笑った。

「んなわけないじゃないですか!帰り道でさんざん森庵さんの文句とか言っちゃったから、もし彼女だったら困ると思っただけですよォ」

 たまきはそんなあっけらかんとした彼女の物言いが心地よかった。

 緝にひどいことを言っているようだが、まったく悪気はないのだ。緝は怒りそうだが。

 着替え終えて、二人はバックヤードに居た店長に声をかけた後、帰路についた。

「森庵さんって好きな人とかいるのかなぁ?全然イメージ沸かない」

「でも、優しいからモテるかもよ」

「……優しいって言いますぅ?あれ。親切で、教え方はうまいですけど」

 二人で会話をしながら裏口から外へ出て、カフェの入り口の方に回ったとき、たまきはふと、街灯の柱に視線を投げた。

 そこにはもう、誰もいなかった。

 カフェを見ていたのは気のせいなのかなとは思ったけれど、何となく気になって首をかしげていると、

「……どうかしました?」

 夏海がキョトンとした顔で声をかけてきた。

「あー……ううん。今日外で掃除してた時に、あの街灯のあたりに立っていた人がカフェの方を見てた気がするんだよね」

 首を横に振ってから、駅の方へ向けて歩き出しながらたまきは言った。

「え。不審者ですか?」

 彼女は気味が悪そうな顔をして首をすくめて言うと、

「……どうだろ?私と目が合ったらどこか行っちゃったんだけど」

 たまきは歩きながらも少し考え込んだ。

「え~~、マジ不審者じゃないですか。店長に報告しました?」

「してない……。ただぼんやり見てただけって可能性もあるし……。他のシフトの人で見たって話聞かないよね?」

 確かに、不審者ムーブではあったが、何となくだけど、不審者とは思えなかった。たまきにとっては完全に知らない人だったし、そう思う根拠は全くなかったのだが、と、たまきは自分の感覚に首を傾げた。

「聞いてないですけど……。でも気味悪くないですか?次のシフトの時一応報告しておきますよ。どんな人でした?」

「ちょっと顔色が悪くて、ひょろっと細身の男の人だったと思う。フード付きの上着を着てたかな。服はあんまり覚えてないや」

「マジ不審者ですね。オッケーです。他になんか覚えてます?」

「顔はアライグマっぽかったかも」

「急にかわいい。いや、騙されちゃダメですよ、冴島さん」

「騙されてないよ」

 真剣な顔をする彼女に、たまきはふっと笑って言うと「冴島さん、危機感が足りないですよぅ」と返された。

 しかし、すぐに彼女も思考が切り替わったようで「そういえば~」と別の話を切り出したのだった。

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