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15

 秋が駆け足で通り過ぎようとしていた。

 東京地方で木枯らし一号が吹いたというニュースが流れ、朝晩の空気が冷たく感じられるようになった。

 推薦入試は、一般入試より早い時期に行われ、たまきたちの受ける公立高校では一月の下旬に試験、二月の上旬には結果が出る予定だ。

 それに向けて、たまきと心悠は目下、実技の自主練と受験勉強に集中していた。

 副部長からの出禁宣告から約一か月が経ち、二人は副部長と和解して、実技試験へ向けての特別メニューの指導を、部活の合間に顧問から見てもらえることになった。

 もともと、部の中心的存在だった二人が、真剣に練習に取り組む姿を見て後輩たちも刺激を受けたらしく、部の士気が上がったと顧問も嬉しそうだった。

 

「……でも、もうすぐ卒業かと思うと、なんか寂しいですね……」

 片づけをしながら、ふと部員の一人が肩を落として言った。

「えぇ~、冴島先輩も御堂先輩も卒業しないでくださいよぅ!」

 言われて寂しさが押し寄せたのか、別の部員も声を上げる。

「そういうわけにはいかないでしょ~」

 心悠は片付ける手は止めないまま、軽い調子で答えた。

「えーー!私たちと離れてもいいってことですか!?寂しくないの!?」

 その軽さに不満を抱いた部員はさらに声を大きくする。

「寂しいよ。私だってみんなと一緒に居たいけどさ、卒業は仕方ないんだよ」

 手を動かしながらも後輩の顔を見つめて、たまきが優しく諭すように言うと、その部員は立ち上がってたまきに抱きついた。

「うぅ……。冴島先輩あったかい……」

「はいはい、片づけしようね~」

 抱きつかれたままで片づけを継続しつつ、たまきは軽くあしらう。

 この部では、こんなやり取りはもう慣れっこである。

「あぁ、あと何回、冴島先輩を抱けるんだろ……」

「あ、ずりぃ。俺だって一回くらい、たまき先輩のぬくもり感じてぇわ。おま、そこ代われ」

「おい、こら……」

「気持ち悪いんだよっ!お前も、なに、意味深な言い回ししてんだ。さっさと片付けに戻れぃ」

 部員の言葉に、心悠が拳を作るより早く、紫露がすかさずプラスチックのメガホンで二人の頭を軽く叩いてツッコむと、男子部員はそそくさと片付けに戻り、抱きついていた女子部員はキッと紫露を睨みつけつつ、片付けに戻った。

「……やるじゃん、紫露」

「あざっす」

 心悠と紫露が目配せしてグータッチを交わすと、二人もまた、片付けに戻る。

 片づけを終えて全員が着替え終え、皆、それぞれに帰路につく。たまきはふとその光景を心悠と歩きながら眺めて、

「あと何回……かぁ」

 と呟いた。

「ん~?……そうだねぇ……。寂しいは、寂しいよね」

「部活、楽しかったからなぁ」

 しみじみ呟くたまきの寂し気な横顔を眺めたあと、軽く体当たりした。

 そのまま驚いているたまきの腕に自分の腕を絡ませて、

「……高校も楽しいって。私がいるんだぞ~?」

 と、くっついて頬を寄せる。

「んふふ、そうだね~。でも、応援にも来ようね」

 たまきも心悠の方へさらに身を寄せた。

「もちろん!」

 言って心悠はたまきを抱きしめた。

「心悠、あったか~い」

 心悠の腕の中でぬくぬくしながらたまきは言う。

「は~、肉まん食いたい」

「肉まんの美味しい季節になりましたねぇ~。……って、待って?なんで私抱きしめてから言った?」

「いや、唐突にそう思っただけだし。意味ないけど」

「太ったって言われたのかと思った」

「はぁ?どこが太ってんの。このこのこの~」

 言って心悠はたまきの脇腹を狙った。

「ちょ、心悠!やめてっ」

 身軽な動きでそれを避けつつも、最終的にはまた心悠に抱きつかれて捕まり、たまきは反撃と言わんばかりに心悠の脇に手を伸ばす。

 卒業までの名残惜しさを胸に感じながら、たまきたちはそんな風にじゃれあいながら帰った。


 月日はあっという間に過ぎ去り、たまきたちは無事、推薦で希望の高校に合格した。

 放課後に合否を聞かされた時は二人で抱き合って喜び、練習場所を提供してくれた部活の後輩たちにも報告すると、あんなに卒業を寂しがっていたのに、胴上げまでする勢いで喜んでくれた。

 いよいよ卒業が身近になってきて、寂しいと言って泣かれもしたけど。

 一般入試を控えた同級生たちの方が多いので、それ以外ではできるだけ浮かれないように、邪魔しないように、たまきたちは友人たちの合格を祈りつつも、残り少ない中学生生活をちょっと気楽に過ごせることになった。

 もちろん、自主練や勉強は怠らないまま。

 

 春休みにはもう少し時間があったが、卒業を前に心悠とたまきは息抜きと頑張ったご褒美を兼ねて、休日、二人で出かけることにした。


「んで?なんで紫露がここに居るわけ?」

「わかんない。せっかく心悠と水入らずだったのにぃ」

 たまきと心悠の待ち合わせ場所に、なぜか紫露が顔を出して、二人は不満そうな顔で紫露を見て言った。

「え?なんで俺が居ちゃいけないんすか」

 口をとがらせて紫露はぷくーっと頬を膨らます。

「いや、可愛くねぇかんな?たまきと私のデートなのに、邪魔すんなよ」

「三人でも良くね?」

「遠慮しなさいよ。あんたホームパーティーして私のいないとこでたまきと会ったじゃん。私その時邪魔してないし!」

「……それはぁ~……、そうですけど。でも、二人ともう一緒の学校通えなくなるわけじゃないっすかぁ」

 語尾を妙に間延びさせ、ちょっと俯いて、上目遣いで二人を見る紫露。

「はぁ?そんなに寂しいなら一緒の高校受けりゃあいいじゃん」

 それを気色悪そうな顔をしながら、心悠は答える。

 紫露の上目遣いにたまきもちょっと引く。

「いやぁ……俺、進学校受けるつもりなんで。できるだけレベル高いとこ」

 心悠の言葉を聞いて、紫露は姿勢を戻すとちょっと真面目な顔で服の襟を直すようなしぐさをしながら答えた。

「えっ?部活と両立しながら?霜槻部長だよ?」

「それはまぁ、何とか。俺、こう見えても成績悪いわけじゃないんで。……まあ、めっちゃ頭いいわけでもないっすけど」

「……高校入ったら、陸上辞めるってこと?」

 二人の会話を聞きながら、心悠は急に真面目な顔をして、声を低くして訊いた。

 「それは……そうなると思います」

 さすがにそのトーンに対して軽口は叩けなかったようで、紫露はすぐに姿勢を正すと真面目な言い方で答えた。

「なんでぇ?」

 それを聞いて心悠は視線を落とし、たまきは明らかに表情に出して訊いた。 

「ふっふっふ、俺、夢があるんすよ」

 すると、ちょっと自慢気に胸をそらし、紫露が勿体ぶって言った。

「え?なになに?」

「やめとけ、たまき。これはふざけてるときの顔だ」

 興味津々な顔をしたたまきとは反対に、呆れた顔で心悠が言うと、

「ふざけてないって」

 と不満そうに口をとがらせつつ、真面目な顔を作る。

「じゃ言ってみろし」

 心悠が言うと、少し喉を整えるように鳴らしてから、

「俺はァ、良い高校行ってェ、良い大学入ってェ、……会社の社長になるんです!」

 また姿勢を正して、胸を張って言った。

「……なにそれ?」

「ほらぁ、言ったじゃん、たまき。真面目に聞くだけ損なんだって」

 途端にたまきも呆れた表情になり、心悠はくだらないというような表情でため息をついた。

「あっ、何でっすか。俺は真面目に言ってんのに!」

 紫露が二人の顔を見ながら本気で拗ねる表情をしたが、二人は疑いのまなざしを向けた。

 それを見て紫露は不満そうに「えぇ~?なんで信じてくんないの?」と声を上げたが、

「はいはい。も~さっさとどっか行ってよ。帰れ帰れ」

 と心悠が適当にあしらう。

「帰りませ~ん。俺も用事あって出てきたの。ちょうど二人がいたから、声かけただけですぅ」

「はぁ~?うざ」

「え、ほんとに偶然だったの?」

「そりゃそうでしょ。俺、二人が出かけるの聞いてないっすもん。さすがにキモイわ、聞いてないのに知ってんのとか」

 またも疑いの視線を向けるたまきと心悠に、紫露は慌てて

「マジで、邪魔しようと思ったわけじゃないスから!……いや、まぁ、あわよくばとは一瞬思いましたけど」

 と、答えた。

「あわよくばとは思ったんかい」

 訝しがる二人だったが、紫露はテヘッという顔をして誤魔化すと、ただ、本当に偶然だったらしく、

「まぁ、そういうわけで、今日はお二人で楽しんで」

 と言うと、二人に向かって胸に手を当てると、大袈裟な仕草で頭を下げて、紫露は立ち去って行った。

「……いや、どういうわけだよ」

 その背中に心悠が呟いて、二人は顔を見合わせると、ふっと笑った。

「なんだかわからんけど、行きますか」

「そだね」

 そう言うと腕を組んで、紫露とは別の方向へと繰り出した。


 たまきたちはショッピングモールで、服や雑貨の店を巡った。ほぼ見るだけだったが、これが似合うとかあれが可愛いとか、お小遣いの範囲で厳選して買ったり、飲み物や食べ物を買ってシェアしたり、記念にお揃いのキーホルダーを買ったりもして、楽しい時間を過ごしていた。

 

「……たまき?」

「え?」

 まだまだウインドーショッピングを楽しみながら心悠と腕を組みながら歩いていると、唐突に名前を呼ばれて、たまきはそちらの方を振り向いた。

 ……そこに居たのは、梧だった。

「へっ?あ、梧さんっ?」

「えっ?」

 たまきが声を上げた瞬間、心悠の顔が急にニヤつきだし、たまきと梧の顔を交互に見た。

「わ、マジでイケメンじゃん」

 心悠が小声で、たまきに聞こえるようにだけ言うと、たまきは軽く心悠を小突いて、口の前で人差し指を立て「し~!」と言った。

「聞こえてないって」

 心悠はニヤつく顔を抑えきれないまま、小声で答える。

 そのこそこそしたやり取りに、梧が首をかしげていると、心悠は一歩前に出て、

「たまきの親友の、御堂心悠です!」

 と頭を下げて自己紹介をした。たまきは「ちょ、心悠!」と慌てたが、梧もそれに軽く頭を下げて応じると、

「海部梧です。……紫露くんの父親の、会社の……上司に当たります」

 と、関係性を説明するときに困ったような表情をしてから、答えた。

 心悠は気にした様子もなく、「なるほど?」と、わかったのかどうかわからないような返答をして、すぐにたまきと梧の顔を、また交互に見る。

「……ってか、たまきって呼ばれてるんだ?」

 と、ニヤつきながらたまきに言うと、

「あ」

「え?」

 二人がほぼ同時に声を上げたので、心悠は不思議そうな顔になった。

 梧は口元を手で押さえつつ、

「すまない……。君に許可をもらってなかった」

 と、無意識で名前を呼び捨てで呼んでしまっていたことに謝ると、たまきは顔の前で両手を振って

「いえいえ!全然大丈夫です。……たまきって呼んでください」

 と、耳を真っ赤にしながら答える。

「……じゃあ、たまき、で……」

 それに対して、梧もバツが悪そうにうなじのあたりを撫でつつも、たまきと呼ぶことを宣言していると、照れている二人に、再び心悠のニヤニヤが止まらない。

 気づいたたまきが心悠の肩を軽く叩いて、心悠は「いてっ」とわざと大げさに痛がって見せた。

 じゃれあう二人をほほえましく見ていた梧だったが、

「……二人だけか?」

 と、急に眉間にしわを寄せ、あたりを見渡した。

 たまきたちの中学校では特に校則違反ではないが、中学生二人だけで出かけているのを訝しく思ったようだ。

「……そう、ですけど」

 不安そうにたまきが答えると、梧は片眉を上げる。

「あ、校則違反じゃないです。暗くならないうちに帰りますし」

 すかさず心悠が助け舟を出し、たまきに向かって「ねっ」と同意を求めると、たまきも首を縦に振った。

 梧はため息をつきながら、「まぁ……それならいいが」と、納得してくれたようだった。

「そう言えば……」

 梧は思い出したように言うと、たまきの方に向き直り、

「合格おめでとう。……時雨から、聞いた」

 と言った。

「あっ、ありがとうございます」

 たまきは一瞬、面食らいながら頭を下げると「良かったな」と梧は微笑んだ。

 なんだかその微笑を眩しく感じて、たまきは心悠の方に視線を移すと、心悠が首を傾げる。その心悠を手のひらで指し示しながら、

「心悠も合格したんです。同じ高校」

 と、言った。

 梧も心悠に視線を移し、

「それは、おめでとう。……二人とも、よく頑張ったな」

 と、二人を交互に見ながら言った。

「……ありがとうございます!」

 心悠も笑顔になって、はきはきとお礼を言って頭を下げると、梧は頷いて、

「まぁ、だからと言って、あまり羽目を外さないようにな。……じゃあ」

 と二人に言うと、それぞれ二人の顔を見て軽く頷いてから、踵を返して立ち去って行った。

「……なんか言い方が先生みたいだな」

 梧の背中を見送って、心悠がつぶやく。

 それを横目で見ながら、また心悠の肩をたまきは叩くと、「いった!」と声を上げた。今度は軽くじゃなかったらしい。

「も~、心悠、ニヤニヤしすぎ!」

「えぇ?だって仕方ないじゃん。たまきも顔緩んでたし」

「ゆ、緩んでないよ!」

「耳も真っ赤にしちゃって~」

 心悠がからかって耳を指先でつつくと、たまきはそれを振り払い、両耳を手で覆いながら「あ、赤くないでしょ!」と必死に否定していた。

「っていうか、なに?あの感じ。つい”たまき”って呼び捨てちゃう感じなの?」

 二人は、施設の中を歩きだしながら、心悠は”たまき”のところだけ梧のモノマネをして言う。

「ねぇ!も〜心悠!?」

「あはは、ごめんごめん。たまきってあーゆー感じが好きなんだ?」

「すっ、好きとかじゃないし!」

「へぇ?ふぅん?でもさ、梧さんも満更じゃない感じしない?呼び捨てとかするかなぁ?」

 心悠はたまきの慌てっぷりを完全に楽しんでいる。

「それは……、霜槻のことも紫露って呼んでるし、霜槻のお父さんのことも時雨って呼んでるから呼び捨てにする癖があるんじゃない?」

「それで、……“たまき”、ねぇ……」

 意味深風に心悠が言うと、流石にむすっとした顔でたまきは心悠を見たあと、

「もう、いいでしょ!…………今日の心悠とのデート、楽しみにしてきたんだよ?」

 と、言い終えると眉尻を下げて心悠を見上げた。

 心悠は一度面食らった顔をしたが、すぐに満面の笑みになってたまきに抱きついた。

「嬉しいこと言ってくれんじゃん!あのイケメンより、私の方が好きかぁ〜?」

 そう言うと、たまきは抱きつき返し、

「好きに決まってんじゃん!」

 と、ショッピングモールの往来なのも気にせず、二人はじゃれ合っていた。



 太陽が天辺から少し傾き、たまきたちは飲み物を買って、水辺に張り出したデッキへ出た。

 天気が良く、日傘していたので程よく暖かく、風が気持ちよかった。

 少しはしゃいで疲れた二人は、ベンチに座って一息ついた。

「……はー、今日は大収穫だったなぁ」

「んー?」

 心悠が伸びをして言った。さほど買ったものは多くなかったので、たまきは少し首を傾げて、曖昧に相槌を打つと、心悠はニヤッとたまきを見て、

「梧さんに会えて、ご挨拶できちゃったもんなー」

 と、顔を寄せて言う。

「もういいってー」

 たまきがぷんと口を尖らせると「ごめんごめん」と心悠は笑った。

「私のことばっかり言うけどさぁ、心悠はどうなの?」

「私?」

「うん。好きな人とかいないの?」

「え〜?好きな人ぉ?…………考えたことなかったかも」

 急に真剣な顔で答えると、たまきはその顔を覗き込み、

「ふぅん」

 と言った後、ちょっと考えるような表情をして、

「……心悠ってさ、霜槻と仲いいじゃん?」

 と訊いた。

 すると心悠は眉根をギュッと寄せる。

「それ、たまきが言うかぁ?紫露とたまきの方が仲良くない?」

「えっ?そうかな?」

 全く自覚がない顔で、たまきは驚く。

「そうだよ。……ってか、紫露はなくない?」

 心悠はため息をついた後、微苦笑を浮かべた。

「…………まあ、ね。霜槻ってなんか弟っていうか、息子って感じしない?」

「一歳しか違わないのに息子て」

「でもわかるでしょ?」

「……まぁ、わかる。うちの弟見てる気分の時あるもんな。弟、七歳だけど」

 心悠は三人姉弟の一番上で、たしか、今十一歳の妹もいたはずだ。部活の応援に来たことがあるが、二人とも心悠が大好きで、そこに心悠の面倒見の良さが垣間見えている気がした。

「小学生じゃん」

「紫露は小学生みたいなもんじゃん」

「絶対怒るよ、それ」

 言いながらふふふ、と笑ったたまきは、ふとママ呼びのことを思い出したが、これは言っちゃいけないんだったと飲み物を飲んで、飲み込んだ。

「まぁ、なんにせよ。これからまた高校生活三年間、よろしくね、たまき」

 心悠が改まって頭を下げると、たまきも頭を下げ、

「こちらこそお願いします」

 と言い、二人は顔を見合わせて微笑んだあと、景色を眺めて、ほっとしたようにため息をついた。

「……たまきんちのおじいちゃんとおばあちゃん、合格して喜んだでしょう?」

「うん。なんか、高校受験が早めに終わって、すごくほっとしたみたい」

「そりゃそうだよねぇ。うちもめっちゃホッとしてた。……ただ、お母さんが、ハメは絶対外すな!ってものすごく言ってた」

「心悠んちのお母さん、しっかりしてるもんね」

「まぁねー。お父さんはお母さんの言うこと聞いてるだけって感じ。時々、あんたも考えてよ!って怒られてる」

「ふふ、そんな感じする」

「でしょ?……たまきの家はパパの方がしっかりしてたんだっけ?」

「……しっかりしてたし、計算とかも早くて頭はよかったけど、慎重派って感じかな。パパが考えすぎて悩んでると、やってみよう!なんとかなるよ!ってママが引っ張っていってた」

 たまきはもう、心悠に両親のことを、普通に話せるようになっていた。

「そっか」

 優しく微笑んで心悠は相槌を打つと、一度視線を下げてから、顔を上げる。

「たまき」

「ん?」

 心悠がたまきの名前を呼んで、たまきが心悠の方を向くと、心悠の表情が真剣みを帯びていたので、たまきは少しだけ姿勢を正した。

「……高校に行って、新しい人に出会うとさ。……たまきの過去を知って、かわいそうとか、いろんなことを言う人がまたいるかもしれないじゃん?」

「……うん」

 小学校のときも、中学校の時もそうだったから、きっと高校に行っても、いろいろ言われるかもしれないとはたまきも思っていた。

「でも、私がいるからね」

 心悠がそう言うと、なんだか胸が熱くなって、たまきは涙が込み上げてきそうになった。

「…………うん」

「何か言われたら、すぐ私に言いなよ。絶対、一人で抱え込まないで」

 そんなことを言われると、やっぱり涙がじわっと溢れてきて、たまきは上を向いた。

 それでも溢れる涙を手で拭いながら、えへへ、と照れ隠しに笑うと、心悠がその背中を撫でた。

 泣き顔のまま、たまきが顔を戻すと、笑顔で

「うん……、ありがと。……ありがとう、心悠」

 と言うと、たまらず心悠に抱きついた。

 心悠は心悠の背を撫でながら、

「……私がいれば、百人力よ〜」

 と言いながらも、心悠にも、一筋涙がこぼれる。

「ふふ、……めっちゃ心強い」

 心悠の腕の中で、たまきは呟く。

 二人はしばらく、涙が止まるまでそうして抱き合っていた。


「さ、名残惜しいけど、帰りますか」

 傾き始めた太陽を見つめて、心悠は言った。

「……そうだね」

 本当に名残惜しそうにたまきが言って、心悠は微笑むと立ち上がる。たまきも立ち上がると、大きく伸びをした。

 心悠も伸びをしていると、たまきが「あ」と声をあげ、

「肉まん買って帰らない?」と言った。

「お、いいねぇ」

 同意すると、二人は出口に向かって歩き出し、帰ったのだった。

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