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【完結】いつかわたしを攫ってくれると言った怪盗の正体は、冷徹嫌味な宰相閣下でした  作者: 藤原ライラ
番外編

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王配殿下 VS 王兄殿下:4.王家の盾

「それで、言い訳はどっちからするつもりなのかしら?」


 エレオノーラは、晴れた空のような青い目を自分に向けてきた。

「お兄様」


 地を這うような低い声で可憐な妹は言う。

 その澄んだ目は不機嫌そうな色が浮かんでいる。どこからどう見てもご立腹だ。


「どうしたのかな、エリー」

 フェリクスが笑いかけると、エレオノーラは次は自分の横で同じように正座をさせられている男を見遣る。


「ギル」


「はい、なんでございましょう。陛下」

 ギルベルトはいつものように、淡々と返す。これだけ見れば、叱られているとは思えない落ち着きようである。


「なぜ二人が勝負しているのかしら。わたしにも分かるように説明してくれる?」


 エレオノーラは腰に手を当てて、問い詰めるように言った。


 そう、あの中庭での一戦は随分と騒ぎになった。騎士だけではなく女官や文官も大勢押しかけて、当然女王陛下の耳にも入ることとなった。


「いや、なんというか、ねえ、ギルベルト」

 フェリクスがそう言うと、エレオノーラは、


「どうしてくれるのよ、これ」


 ギルベルトの額を指差した。

 そこには簡単に手当をした跡がある。さっきフェリクスが打ち付けたところだ。


 一応、フェリクスも首を手当てしてもらったのだが、今は襟の詰まった服を着ているので分からないだろう。


 もっとも、妹は愛しの伴侶のことしか目に入らないのかもしれないが。


「痕でも残ったらどうするの。せっかくのきれいな顔が台無しじゃない!!」


 どうやら戦ったこと自体ではなく、一目見たら忘れられない伴侶の顔に傷がついたのが妹は気に食わないらしい。肩か腹辺りにでも一撃入れておけばよかったのか。


「いやいや、エリー。ギルベルトも男の子だからさ、こういうのは箔が付いた、って言うんだよ」


 ちょっとやそっと傷が残ったところで、この美形の価値は下がらないだろう。むしろ、野性味が増して更に男前が上がるかもしれない。


「そもそも私の顔など別にどうでも」


「そういうんじゃないの! ギルは、お兄様の玩具(おもちゃ)じゃないんだからっ」


 きっ、と青い目を釣り上げてエレオノーラはフェリクスを詰る。そのまま、ギルベルトの腕に腕を絡めた。


「ギルはわたしのなの! いじめないで!!」


 その瞬間、ギルベルトがすん、とした。どうやら動揺するとこの男は顔から表情が抜け落ちるらしい。


 フェリクスは口元が緩むのを抑えられなかった。


「別に僕がいじめたわけじゃないけどねぇ。先に仕掛けてきたのはギルベルトだよ」


「え、うそっ」

 エレオノーラはぱっと弾かれたように、傍らの男を見た。ギルベルトはひとつ頷く。


「え、なんで? お兄様ならともかく、どうしてギルが喧嘩を売るの?」

「一体僕のことを何だと思ってるのかな、エリー」

「お兄様はまずは、日頃の行いを反省なさってください」


 妹の頭の中の自分の認識が非常に気になるところだが、日頃の行いのせいだと言われたら何も言い返せない。


「……まあ私にも少々、事情がありまして」

 ぽつりと言い訳をするように、ギルベルトはそっぽを向いた。


「こんな怪我しないといけないような事情って、何よ」


 ぎゅっと、エレオノーラがギルベルトの腕に抱き着いてその肩に顔を埋めるようにする。小さな手が微かに震えているのを、フェリクスは見逃さなかった。


「誰がいつ、怪我していいって言ったかしら?」

 心配しているなら、素直にそう言えばいいのに。


「その、ご心配をおかけてして申し訳ございません」

 ギルベルトはそっと、ぎこちなくエレオノーラの髪を撫でる。なかなかとんでもない見せつけである。


「次からはそんなことしたら許さないから」


 やれやれ。何が悲しくて妹とその夫がいちゃついているのを目の当たりにしなければならないのだろう。フェリクスは肩を竦めて苦笑した。


 ギルベルトがちらりと、フェリクスを見つめる。

 彼はきっと、フェリクスを騎士団長にするために戦ったということを知られたくはないのだろう。


 それはエレオノーラを守る布陣を万全にするためのもので、自分のためにまたギルベルトが傷ついたと知れば、妹は悲しむからだ。


 まったく、本当にめんどうな二人だ。

 どこまで行っても互いが大切で仕方ないのに、ちょっとずつすれ違う。見ているこっちが焦れったくなってくるぐらいだ。


 まあ、それがいいと言えばそうなのだけれど。


「ごめんね。もうこれからはいじめないからさ」


「絶対ですからね」

 ギルベルトの肩から顔を上げたエレオノーラの目は、僅かに潤んでいるように見えた。


「うんうん、絶対だよ。約束する」


 だから、これは自分の心の中に仕舞っておいてやろうと思う。勝負は相打ちだし、これはひとつ貸しだ。


 今度こっそり「わたしのギル」って言われた時の気持ちを聞こうと思いながらフェリクスは大きく頷いた。 



 *



「これさあ、こんなに仰々しくしなくてもよくない?」

 フェリクスは着せられた団服の襟元をぐいっと掴んだ。


「あと僕、こういう服似合わないんだよなぁ」


 騎士団長の団服というのは、随分とごてごてしている。王子として身に纏っていたひらひらした礼服とはまた違った派手さがある。

 それに加えて装飾の多い剣まで佩かなければならないのだ。動きにくいことこの上ない。


「殿下。これは鎧と同義。似合う似合わないの問題ではありません。身に着けていることに意味があるのですよ」

 フェリクスの軽妙な言葉に、ダグラスは言い含めるように返す。


 鎧と言われたら妙に腑に落ちる。騎士団の団服の色は臙脂(えんじ)


「なるほどねぇ」


 それは、王家の盾となる決意の表れだとも言われるし、血で汚れても目立たないからだとも言われる。どちらの理由もそれなりに正しく思えた。


「では、就任のご挨拶をよろしくお願いいたします」

 ダグラスに子供のように、襟をぴん、と直された。


「はいはーい」


 フェリクスは軽快な足取りで歩を進める。視界の先で結わえた金髪が翻る。これは妹とも弟とも揃いの色。


 そうして、一ミリのズレもなく美しく整列する騎士団員の前に立った。わざわざ挨拶することもなく、王兄としての自分を皆知っているのだけれど。


「さて、諸君。僕が、今日から騎士団長を仰せつかったフェリクスだ」


 鍛え抜かれた長身が多い中で、自分の姿はいっそ子供のように小さく見えるだろう。実際、控えるように立つダグラスの半分ぐらいの圧しかフェリクスにはない。


 けれど、それに負けないだけの覚悟を、フェリクスは示さなければならない。

 腹にぐっと力を入れた。ひとつ大きく息を吸う。


 これから自分は、この身を持ってこの国に――女王陛下のために尽くすのだ。


「皆、我が妹の為に生きて死ぬんだ。いいね」

 そう言って、フェリクスはにやりと笑った。




 そのうち彼は“アーヴィング王国にこの人在り”と呼ばれる騎士になるのだけれど、それはもう少し先のお話。











【オマケ:宗旨替えする?】


「そういえば、ギルとお兄様はなんで喧嘩になったの?」

 エレオノーラがきょとんと首を傾げながら言った。


「いやさーギルベルトが貧乳派って言って譲らなくてさー」

 フェリクスがそう返すと、


「……は?」

 エレオノーラは青い瞳をぱちぱちと瞬いた。その目に何とも言えない色が浮かぶ。


「僕はどうせなら大きいに越したことはないって言ったんだけど、聞き入れてもらえなくてね」

 これはまあ、ぎりぎり嘘ではない。


「なにそれ、ばかみたい! そんなことで喧嘩したの」

「いやいや、エリー。大事なことだよ。これは信じる神の違いと言ってもいいくらいだからね」


「フェリクス殿下、私は断じてそんなことは」

「お? じゃあギルベルトも僕と一緒に巨乳派に宗旨替えする?」


「やっぱり、お、おっきいのがいいの……」

 エレオノーラは涼やかな伴侶の顔とツルペタな自分の胸を交互に見て呆然とした。


「いや、その、そういうわけでも」

 普段はキレッキレのギルベルトにしては随分と歯切れが悪い。


「ギルのばか! もうお兄様にボコボコにされちゃえばいいんだわ。知らないっ」


「待ってください、エリー」

 ギルベルトはきゅっとエレオノーラの手を掴む。


 彼はさっきまでの狼狽えようが嘘のように急にきりりと凛々しい顔になった。


「俺はあなたをお慕いしているだけで、殊更貧乳が好きということはありません」


「わたしの胸が小さい、ってことは否定しないのね?」

「それは……」


 おお、あの冷徹宰相の目が何かを思い出したように泳いでいる。大方抱き着かれた時の諸々が脳裏に蘇っているのだろう。


「俺はエリーには嘘をつかないと決めているので」


 本当に、妙なところ律儀だな、こいつ。


「そこはもう少し忖度しなさいよ、ばかっ!」


 エレオノーラがぽかぽかとギルベルトの胸を叩いた。フェリクスはそれを見てにやにやが止まらなかった。


「国家安寧のために一生やっていてくれ、お二人さん」


信じる神の違いによる戦い。



お読みいただきありがとうございました。

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