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【完結】いつかわたしを攫ってくれると言った怪盗の正体は、冷徹嫌味な宰相閣下でした  作者: 藤原ライラ
番外編

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王配殿下 VS 王兄殿下:3.魂の形

 そのことが、あの頃の自分には分かっていなかったのだ。


 弟が選ばれないように望んだ。その結果として、エレオノーラは玉座に座る羽目になった。あの運命は今度は妹を蝕んだ。


 フェリクスは無様な利己心と醜い嫉妬のために、妹を生贄にしたのだ。


「だから、エリーに返したんだよ」


 自由を選べるように、ちゃんと妹の眼前に並べたつもりだった。

 どこかで彼女が幸せに生きていると思うことができれば、全て赦せる。


「大好きなヴェルデ(・・・・)と遠くに逃げれば良かったのに」


 独り言のようにそういえば、ギルベルトの端正な顔が僅かに曇った。


「そうですね、俺もそう思っていました」


 けれど、エレオノーラはそうしなかった。夢と幻想を塗り固めた怪盗の手を拒み、自ら脅威と戦った。

 そして、妹は女王になりこの男を伴侶として生きていくという。


「陛下は何からも逃げないお方です」


 まるでそこにあるだけで世界を明るくすることが出来る光のように。

 エレオノーラは、輝き、己を示してみせた。


「だから、俺ももう、逃げないと決めているんです」


「本っ当、君も、大概拗らせてるよねぇ」


 撃ち込まれる突きを返す。カンカン、と模擬剣が激しくぶつかり合う音が響く。


 緑の目は素早く動いて、フェリクスの動きを見定めようとする。冷徹宰相とまで呼ばれたこの男がこんなにも必死になるのを、フェリクスははじめて見た。いっそ泥臭く感じるほどの執念はいつもの涼やかさとは対照的だ。


 ――本当に、ぐっちゃぐちゃになるところ見せてくれるなんてなぁ。


 正直、フェリクスはギルベルトがここまでやるとは思っていなかった。最初の二、三撃を躱して左に持ち替えれば簡単に勝てると思っていたのに。


 この男もきっと変わったのだ。

 たった一人、愛する者の隣に立つために。ギルベルトは自分の魂の形を変えた。


 その一途な在り方は、フェリクスには眩しすぎるほどだ。そんなこと、自分には想像もできない。


 二人とも肩で息をして、汗が滴る。気づけば勝負を始めてから随分と時間が経っていた。いや、もしかしたら全ては一瞬のことなのかもしれないけれど。


「そろそろ終わりにしようか」

「ええ、そうですね」


 向き合って、剣を構える。ぴん、と糸が張ったような緊張が満ちる。


「っはああっ!」


 左足で強く地面を蹴る。右足で踏み込んで、剣を振りかぶる。


 フェリクスが渾身の一撃をギルベルトの額に放った時、ギルベルトの剣がフェリクスの首筋を打ちつけた。


 そこで豪快な男の声が、大きく響く。


「素晴らしい!」


 フェリクスが顔を向けると、鍛え抜かれた肉体に隻眼の巨漢が立っていた。こんな強面の男は一人しかいない。この国の騎士団長、ダグラスだ。


「いかがでしょう? 私はフェリクス殿下で問題ないかと思うのですが」

 ギルベルトはダグラスに向かってそんなことを言う。


 今の今まで息もつかせぬ勝負をしていたとは思えない、落ち着いた声だった。


「さすがは王配殿下のご推薦だ」


 ダグラスも合わせて頷く。フェリクスは首を傾げた。

 さらりと、ひとつに結わえた金髪が揺れる。


「いてっ」

 動かせば、強か打たれた首が痛い。ダグラスはフェリクスに向き直る。


「王配殿下は以前騎士団の入団試験も受けておられまして。正直私としては一介の文官にしておくのはもったいないと常々思っていたのですが、まあランドルフの野郎が手放さないので泣く泣く諦めたって訳です」


 天は二物を与えたとはこのことか。確かにこれだけの腕なら、ギルベルトは騎士としても物になっただろう。


 にしても彼が騎士団の試験を受けていただなんて、初耳だ。

「僕、そんなこと聞いてないんだけど」


「言っておりませんので、当然です」

 言われた本人はどこ吹く風でいつもの怜悧な顔をしている。


「しかしながら、フェリクス殿下の腕前たるや、王配殿下に勝るとも劣らない!」


 片方しかないダグラスの目が、フェリクスを捉える。その目がまるで獲物でも狙うように、細められる。


「これほどの腕前とは、このダグラスも存じ上げませんでしたぞ、殿下。どうして騎士団にいらっしゃる間に、もう少し真面目に取り組んで下さらなかったのですか」


「あーうん、それはね……」


 フェリクスは騎士団に所属している間、ほとんどまともに訓練に出たことがなかった。何やかんやと理由をつけてすっぽかし、このダグラスに追いかけ回されていたものである。


 何せ、剣技の腕がバレると面倒だったので。


「もっと早くお力を見せていただければ、私も悩まずに済んだものを」


「ねえ、さっきから一体何の話してるの?」


 おそらくギルベルトとダグラスの間では話がついているようなのだが、フェリクスにはそれが全く見えてこない。


「フェリクス殿下」

 ダグラスはフェリクスの前にさっと片膝を突いた。巨漢に見上げられるのは不思議な気分である。


「私の次の騎士団長を、ぜひ殿下にお願いしたい」


「あ」


 騎士団長が次の団長を誰にするかで悩んでいるという話は、フェリクスも聞き及んでいた。ダグラスも団長になってもう長い。前の宰相がいた頃から務めていたのだ。そろそろ引退してもいい頃だというのは、分かる。


 なんでも、副団長以下幹部を全員集めて模擬戦をしたのだが、誰もダグラスのお眼鏡には敵わなかったのだという。


 だからといって、自分ということは、ないだろう。


「いやいや、無理だって! 僕、剣とか全然得意じゃないし非力だしさー。絶対務まらないよ。誰も僕なんかについて来やしないさ!」


 今のフェリクスは騎士団にも所属していない。現役の騎士を全て通り越して就任するなんてそんなことが許されるわけがない。


 ダグラスはそのいかつい顔を一段と険しくした。なんというか、圧が凄い。


「先程のギルベルト殿下との戦い、全て拝見させていただきました」


 そこまで言われてフェリクスは、中庭に多くの騎士がいることに気が付いた。彼らは、自分とギルベルトを取り囲むようにしている。


「これほどの腕前なら、何の問題ありますまい」


 ダグラスは後ろに控える騎士団員達を示す。彼らは皆、フェリクスを尊敬と憧憬の入り混じったきらきらした目で見つめた。


「我ら一同、フェリクス殿下について行く所存です」

 ダグラスがそう言うと、騎士達はまるで操られているかのように一糸乱れぬ敬礼をしてそれに応えた。


「うわあ……」


 苦手なやつだ、これ。

 だから今までうまく隠してきたのに。


 そこで、やっと全てが繋がった。フェリクスは弾かれたように、長身の黒髪の男を見つめた。


「この僕を陥れるだなんていい度胸してるね、ギルベルト」


 そうだ。最初からきっとそのつもりだったのだ。 他の相手ならともかく、フェリクスはギルベルトだけには絶対に負けたくはなかった。


 それを分かっていて、ギルベルトは自らを囮に差し出したのだ。 そうやってフェリクスの本気を引き出して、騎士団長の座に据えるために。


 まんまとフェリクスは、この男の術中に嵌ったというわけだ。


「はて、一体なんのことでしょうか」

 ギルベルトは眉間に滲んだ血と汗を袖口でするりと拭った。


 形のいい額には薄く傷跡が残るが、それを除けばいつもの、憎らしいほどに涼やかな顔である。


 もうちょっと本気でその頭をかち割っておけばよかったかも、と思うぐらいに。


「とぼけるなよ、王配殿下」

 そう(なじ)ると、ギルベルトは緑の目を僅かに眇めた。


「フェリクス殿下」


 ギルベルトはそう言って、フェリクスに向き直る。考えをまとめるようにその目はしばしの間空を見て、それからまたこちらへ戻ってきた。


「私は以前、尊敬する師に『持って生まれた才を生かさないというのなら、それは“怠惰”という罪だ』と言われました」


 ギルベルトが師と仰ぐほどの者は、おそらく一人しかいない。それを口にしたのは、前の宰相だったランドルフだろう。


「可愛い妹様のために殿下も少し、持って生まれたものを使われてはいかがでしょう」


「持って生まれたもの……」


「それが真っ当に生きられなかった私達なりの、己の活かし方ではないかと」


 エレオノーラの名前を出されれば、フェリクスは従うほかない。


「怠惰、か」


 いかにも、ランドルフが言いそうな言葉だなと思った。もしかしたら、そんな風にしてギルベルトも表舞台に引きずりだされたのかもしれない。


 そう思うと、不思議と笑みが零れた。


 フェリクスは、王にならないで済む方法は死ぬことしかないと思っていた。けれど、代わりに妹が玉座に座ってくれた。


 誰かを犠牲にして自由を手に入れた自分が、あと兄として出来ることは、剣として盾として彼女を守ることぐらいなのかもしれない。


「まあ、いっか」


「でしたら」

 ランドルフがきらりと鋭い目を輝かせる。フェリクスはそれに頷いて返した。


 ひとつ大きく舞い上がった風が自分の金色の髪と、ギルベルトの黒髪を同じように揺らしていく。戦って高揚した体に、それはひどく心地よく感じられる。


「僕にでも座れる椅子があるのなら、座らせてもらうよ」


 そう言って、フェリクスは笑ってみせた。


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