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【完結】いつかわたしを攫ってくれると言った怪盗の正体は、冷徹嫌味な宰相閣下でした  作者: 藤原ライラ
番外編

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とある政務官の屈託:1.謎の天才

 王都に戻るのは二年ぶりだった。


 宰相位を退いてからは地方を回っていた。

 中央にいては分からないこともある。今はもう気楽な身分だ。自分の政策が、正しかったのかこの目で見て確かめてみたかった。


「旦那様、お客様です」

 荷物を片付けていたら、執事がやって来た。


「うん? 誰だろう」

 職位があった頃なら別だが、今更自分の屋敷を訪ねてくる者がいるとは思えなかった。


「通してくれ」


 そうして、現れた長身にランドルフは目を瞠った。

 まさか、彼が来るとは思ってもみなかった。

 何せ、この方は今をときめく王配殿下その人である。


「お久しぶりです、閣下」

 ギルベルトはランドルフに丁寧に頭を下げた。こういうところは昔から変わっていない。愛想はあまりないが、礼儀は疎かにしない男である。


「閣下はおやめになってください、王配殿下。私はもう、ただの隠居の身です」

 ランドルフがそう言うと、ギルベルトは怜悧な顔を僅かに顰めた。


「でしたら、私のことも殿下とは呼ばないでいただきたい。あなたは師にも等しい存在だ」

「では、この場はどちらもなしということで」


 ランドルフがギルベルトと出会ったのは、八年前。

 まだ、彼は十八歳だった。


 ただの研究官だったギルベルトを政務官に任命し、後継者として筆頭政務官に指名したのは他ならぬランドルフである。


「で、何の用で来たんだ? ギルベルト」


 ランドルフ=オルブライトは、己の弟子にも等しい男にそう訊ねた。


 文官の間では端整と有名だった相貌はそのままに、彼はその纏わりついていた影を取り払い、新しい晴れやかさを手に入れていた。


 正直、こんな顔をしたギルベルトを見ることができるとは、夢にも思わなかった。


「本日は結婚の報告に参りました」



 *



「なんだ、これは」

 ランドルフは、書類を手にして一番にそう言った。


 補佐官に持って来させた資料なのだが、所々の数値に妙に几帳面な字で訂正が入っている。

 一見しただけでは分からないような細かいところにも指摘が入れてある。ここまで直すのには相当な時間がかかったはずだが。


「どうされましたか、閣下」


 ランドルフは宰相位に就いて三年になる。

 頭の出来にはそこそこ自信があり、後は時勢の波に上手く乗ってここまで来た。文官になってからはもう二十年になる。人だけは山のように見てきた。見る目は養ってきたつもりだ。


 だから確信した。

 これはおそらく、本物だ。


「この書類を持ってきたやつが誰なのか調べてくれ。可能な限り早くだ」

「承知いたしました」


 部下の一人に命じれば、それはすぐに誰か分かった。


 ギルベルト=エインズレイという研究官だった。なんでも研究資料を提出しようと思っていたところに補佐官の一人が彼に書類を出しておくように頼んだらしい。


 つまり彼がこの書類を直したのは、受け取ってから提出するまでの僅かな間ということだ。


 年は十八。文官になって三年目。昨年度の配属試験の成績は、十五人中七番目。

 若いことは若いが、これぐらいの年のものはほかにもいる。年齢以外には特筆すべき点は見当たらなかった。


 ランドルフは、書類を持ってきた補佐官に訊ねてみた。


「あーなんていうか、暗―い静かなやつですよ。仕事はまあ、早いですかね。女にモテそうな小綺麗な顔してて、ただ愛想が壊滅的にないです」


 ランドルフに話しかけられたことが嬉しいのだろう。彼は嬉々として教えてくれた。


 他の者にも聞いてみたが、大した成果は得られなかった。大体が「暗い」とか「愛想がない」という返答を口にする。仕事ぶりに関してはほとんど分からなかった。


 埒が明かないので、今度は配属試験の答案を取り寄せてみた。やはり几帳面そうな字で、淡々と解答が記載されてある。


 そこで一つ奇妙なことに気がついた。

「これは、採点したやつは誰も気づかなかったのか」


「どうされたんですか、閣下」

 政務官の一人が怪訝そうな顔をした。


 この様子だと誰も気づかなかったのだろう。確かに、やり方が巧妙だ。

 それに、普通はこんなことはしないのである。文官の大半は出世したいし実力を認められたいと思っているのだから。


 翌日、ランドルフはギルベルト本人を執務室へと呼び出した。


「なんのご用でしょうか、閣下」


 なるほどこれは確かに女に事欠かないだろうなと思った。ひょろりとした長身に、流れるような黒髪。研究官に揃いの黒いローブは、肩幅はあっているが痩躯にはやや大きいように見える。


 ただ、愛想が悪いというのも頷ける。不機嫌そうな緑の目が二つ、整った顔の中で輝いている。

 仮にもランドルフは宰相である。それでこれなのだから、普段は推して知るべしである。


「あの書類を直したのは君か」

 尋ねると、彼は緑の目を眇めた。


「はい、確かに俺です」


 尋ねたことには端的に返す。それ以上は何も言わない。おそらくギルベルトは嘘をつくようなことはしないだろう。直感的に分かった。


「今から問うことに答えてくれ。質問は三つだ」


 ランドルフは三つの質問をした。その全てにギルベルトは正しい回答を返してきた。疑惑は確信に変わった。


 おそらくこの者は分かっていて間違えたのだ。あの試験の解答が全て分かっていて、トップで受かることも落ちることもなく目立たずにいられる中程の順位を取れるように計算した。


 だから殊更難しい問題の解答が正しく書いてあるのに、時折思い出したように馬鹿みたいな間違いがある。


「君は優秀だ。補佐官になりなさい」

「お言葉ですが、閣下」


 少年の色を残した緑の目は、ランドルフを冷ややかに見つめてきた。


「優秀だというのは、どういった基準でなされた評価でしょうか」


 褒めたのだから、もう少し嬉しそうな顔をすればいいのにと思わないこともない。「本当に十八か?」と言いたくなるようなふてぶてしさである。


「先ほどの質問は、先日会議で政務官に訊ねたものだ。誰も満足のいく回答はできなかった。その点君は優秀だと言える。どうかね?」


 ランドルフは机の上で両の手を組んで言った。


 おだてれば乗ってくるか。それとも。ランドルフはこの若き天才がどんな返答を返してくるのか純粋に楽しみだった。


「左様で」

 ギルベルトはまず一言そう返した。それから、僅かに眉を顰めた。


「この程度のことが出来ないのでは、政務官のレベルが低いと言わざるを得ません。一度閣下がご教育し直した方がよろしいのではないでしょうか」


「ほう……」


 調子に乗るような可愛げは全くなかった。ランドルフはただ、嘆息することしかできなかった。


 なるほど、これでは並の者では使いこなせないなと感じた。使う上司の方が潰される。組織では扱いづらいと言わざるを得ない。


 この子は頭が良すぎる。そして同時に、自分に対する認識が歪んでいる。この聡明さは彼を苦しめこそすれ、決して救いはしないだろう。


 強いて言えば、野良犬に似ている。

 警戒心の強さも協調性のなさも。うっかり頭を撫でようと手を出したら噛まれるどころか、食いちぎられかねない。


 ただ捨てるには惜しい才能だ。うまく使えれば、どんな宝石や黄金よりも価値がある。


「分かった。補佐官にする話はなかったことにしよう」

「ご理解いただけて幸いです。それでは」


「待ちなさい。私はまだ帰ってよいとは言っていない」

 踵を返そうとしたギルベルトを、ランドルフは手で制した。


「明日から政務官になりなさい」


「は?」


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