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【完結】いつかわたしを攫ってくれると言った怪盗の正体は、冷徹嫌味な宰相閣下でした  作者: 藤原ライラ
第三部:黄金の女王

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38.辿り着くところ

「姫様、本当にお美しいですわ。まるで天から舞い降りた女神様のようです」


 エレオノーラの髪を結い上げていた侍女がうっとりと言った。目尻にうっすら涙まで滲んでいる。


 彼女は、エレオノーラの侍女の中でも髪を結うのが一番うまいのである。それもあって、最も長く仕えてくれている。


 鏡の中の自分と見つめ合った。

 エレオノーラは今日即位し、王配を迎えることとなる。


「大袈裟よ」

 皮肉なものだ。神様を欺いた自分が女神様とは。


 しかしながら、それなりに様にはなっている、のかもしれない。


 癖のある金の髪は編み込まれ、所々で散らされた真珠が輝く。侍女たちの手が施した化粧は完璧で、頬には上品な血色が宿る。だが青い瞳は静かで、心の内までは窺い知れない。


 これなら一目見たら三日忘れられない美形の王配を迎えるとしても、なんとか釣り合いが取れるだろう。


「そういえば」


 昔この侍女が好んで読んでいた駆け落ちする恋愛小説があった。十歳だったエレオノーラはさわりだけ読んだが、最後まで読めなかった。


「あれって、最後どうなるの?」


 あの頃の自分にはいささか、男女の機微が難しすぎたのだ。

 果たして今のわたしなら、分かるだろうか。


「あら、姫様。せっかくの式の前に駆け落ちのご相談ですか?」

「そんなんじゃないけど」


 オフショルダーのドレスはデコルテがよく見える。これに映えるネックレスはどんなものだろう。

 けれど、どんな眩い宝石も星の欠片には敵わないだろうとエレオノーラは思った。


「あのふたりはですね……」

 侍女は茶目っ気たっぷりに片目をつぶってみせる。


「駆け落ちをするのですが、ヒロインは途中で領地に戻るんですよ。そこで一度ヒーローとは離れ離れになるのですが、それこそが愛の試練。自分を追いかけてきてくれた彼と本当に分かり合い、そして、自分達を認めなかった親たちとも向き合って、最後には二人で領地を治めるようになるのです!!」


「まあ、戻っちゃうの」

 結局は、そうなるのか。


「そのあとの結婚編がまた素晴らしくて……」


 侍女はまだ夢見心地で先の展開を話している。


 選ばなかった選択肢は、いつも輝いて見えるものだ。エレオノーラは生まれからも血からも、逃れられなかった。


 あの時取らなかったヴェルデの手を、これから先も思い出すだろう。それでも、憧れた夢物語も今ここにある現実も、辿り着くところは同じなのか。


 これが、わたしが決めたことだ。後悔はない。

 エレオノーラは鏡の中の自分に微笑んでみせた。


「まあ、わたくしとしたことがつい盛り上がってしまいました」

 よかった。侍女が無事現実に帰ってきてくれた。彼女はそそくさと、何かの準備をしている。


「お式までもう時間がございませんわ。最後の仕上げをしなければなりませんね」


 そう言って侍女が宝石箱から取り出したものを見て、エレオノーラは思わず息を呑んだ。


「あっ」


 返したはずのヴェルデからのネックレス。

 それが今、ここにあった。金鎖にあしらわれた緑の石が、陽光の下できらきらと輝いていた。


「あなた……これ、どうしたの」


 似たようなものを誰かが用意したのだろうか。それにしても、一体どんな意図で。


「こちらですか? 大変お美しいお品ですよね。先程宰相閣下が本日の儀式の際に姫様に着けて欲しいとお持ちになりましたよ。あ、でも本日からは王配殿下とお呼びしなければなりませんかね」


 そんなことはどっちでもいい。宰相閣下でも王配殿下でも、示される男はたった一人、同じだ。

 ギルベルトがこれを持っていた。それはどうして。


「こちら、少し借りるわね」


 そう言ってネックレスを手にした時にはもう、エレオノーラは走り出していた。


 なぜ、ドレスというものはこんなにも動きにくいのだろう。

 一刻も早く確かめなければならないことがあるというのに。スカートの裾をぐっと掴んで足を進める。


 けれど式の為に用意された踵の高い靴は本来走ることなど想定されていない。


「……あっ!」


 地面に足を取られて体の自由が効かなくなる。己が地に伏していくのがゆっくりと見えるようだった。


 そこで、頭の上から、声が降ってきた。

「まったく、あなたという人は」


 同時にしなやかな腕に抱き止められた。


「ドレスで全力疾走されるのはいかがなものかと思いますが」


 呆れたような言葉の中に、隠しきれない慈しみのようなものが混ざっている。

 聞き慣れた、ギルベルトの声だった。


「そんなに急いで何用でございますか」

 響きのある低い声が余計に癪に触る。


「誰のせいだと思ってるのよ!!」


 きっ、と睨みつけても長身は全くと言っていいほど動じない。


 さっとエレオノーラの手からネックレスを奪い取ったかと思うと、すっとその腕を伸ばしてきた。

 腹が立つほど整った顔がすぐ目の前にあって、首元に手が回される。


「え、なに、どうしたの」


「贈り物はお気に召しませんでしたか、殿下」


 気づいた時にはもう、ネックレスはエレオノーラの首元でそうあることが当然のような顔をして輝いていた。


「そういうこと、じゃなくて」


 ずっと大切にしていた、エレオノーラのお守りのようなものだ。これを着けているとすとんと気持ちが落ち着く。


 けれど、石の色が違う。ヴェルデのくれたそれは赤い石だったはずだ。


「これは金緑石(アレキサンドライト)というもので、光の当たり方で色が変わる石なんですよ」


 まるでエレオノーラの心の内を読んだように、ギルベルトは言った。


「蝋燭などの火に翳せば赤色に、太陽の光が当たれば緑色になりますが、同じ石です」


 そういえば、このネックレスを明るい光の下で目にするのははじめてだった。見つめていたのは、いつも蝋燭を灯した自分の部屋でだ。


「へっ」


 いつだってこの男はこういう、彼にしか使えない魔法をこともなげに使ってみせる。

 この石は、エレオノーラの目の前で不敵に笑う瞳の色だ。


「あと、こちらは私が昔特別に誂えたもので、世界にこれ一つしかございません」


「そ、そうなの」

 だめだ、頭が完全に追いつかない。


「思っていたより高かったんですよね。政務官になりたての頃でしたので資金を工面するのに苦労いたしました」


 冷徹宰相はまだ流暢に何かを喋り続けている。それを遮って、ギルベルトの手を掴んだ。


 ヴェルデに返したはずのネックレスは、この男を経てエレオノーラの元へと返ってきた。その意味は、つまり。


「あなたが、ヴェルデなの」

「そういうことに、なりますね」


「なんで、どうして……」


「愛の逃避行がお望みのようでしたので攫って差し上げようかと思ったのですが、お断りされましたので。僭越ながら王配にさせていただこうと思った次第です」


 そこでやっとギルベルトに服に目が行った。王配の正装たる白のタキシードを完璧に着こなしている。ギルベルトは普段黒の服を着ていることが多いが、こういう色も似合わないということはない。黒髪がすっと全体を引き締めて、惚れ惚れするほどの見栄えだ。


 そしてその様はエレオノーラの記憶の中のヴェルデの姿と酷似している。闇の中で翻った白い衣装と今ここに立っている男が、ぴたりと重なった。


 あの時ヴェルデは一体なんと言っただろう。


 甘い声が脳裏に蘇る。

『俺と一緒に生きて欲しい』


 だとすれば、それは全てこの冷徹宰相の言葉ということになるのだけれど。


「ぎ、ギルがあんなにお芝居が上手だなんて、思わなかったわ。役者になったらどうかしら」


 人間、隠された才能もあるものである。エレオノーラは赤くなった頬を隠したくてそっぽを向いた。


「姫様」


 殊更おどけた調子で言ったつもりだったのに、大きな手はすっとエレオノーラの肩に触れて向き直らせた。


「私は芝居をしたつもりはございません。あれは全て、本心です」


 燃えるような緑の目がエレオノーラを見つめてくる。


「そもそも私はお慕いしていると、申し上げたはずですが」


 そう、こちらは紛れもなくギルベルト本人の言葉だ。彼は夜会でそう言って、エレオノーラに跪き求婚してきた。


 ただそれは、あの場ではあの言葉が最も効果的だと判断されたにすぎない。


 その目から逃れたくて、エレオノーラは両手で顔を覆った。


「主を慕わない臣下なんて存在しないわよ」


 だってエレオノーラは王女で、今日からは女王だ。この地位はずっと、彼に膝を折ることを強いるだろう。


 けれどもうエレオノーラは女王にしかなれない。ただのエリーには、戻れない。


「そうですね。それは、違いない」

 ギルベルトはエレオノーラの言葉を否定しなかった。


 代わりに覆ったその手に触れると、それをそっと下ろさせた。


「ですから、ここからは臣下としての私ではなく」


 彼はそこで言葉を切って、何かを吹っ切るように天を仰いだ。そのまま一つ大きく息を吸う。


 緑の目は、確かな意思を宿して輝いた。


「俺個人としての行動です」


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