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【完結】いつかわたしを攫ってくれると言った怪盗の正体は、冷徹嫌味な宰相閣下でした  作者: 藤原ライラ
第三部:黄金の女王

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36.罰と赦し

 わたしの子。

 わたしのレオニダス。


 ああ、どうしてわたしの子は王になれないのだろう。


 王妃は、独り部屋の中で繰り返した。


 一番最初に産んだ王子は、王太后に取り上げられた。あの子はわたしの子ではなく、王家の子だった。気が付いた時にはもう、幼子の面影はなかった。


 わたしの子は一人、レオニダスだけ。


 王妃は愛されなかった。ただの政略結婚で辺境伯家から王家に嫁ぎ、子を成すための道具でしかなかった。


 だからずっと、羨ましかった。

 愛されていたあの女――エレオノーラの母が。


 自由に生きられてそれで愛まで手に入れられるだなんて。

 それならわたしは一体、何だったのだろう。


 まだ間に合う。玉座に座るその瞬間までは、まだ覆すことができる。

 神様が、わたしを助けてくれる。きっと救いが(もたら)される。


 そのために、生家から持ち込んだ財の多くを教会に寄進したのだ。そうやって、大神官との繋がりを深くしてきた。


 エレオノーラさえいなくなればいい。そうすれば、もうレオニダスが王になることは決まっているのに。


 ずっと我が子の幸せだけを祈ってきた。それが叶うのならなんだって、この身を差し出すことも厭わないのに。


「母上」


 闇の中から男の声がした。この部屋には、王妃しかいないはずなのに。

 ひらりと金色の長い髪が翻る。紫色の目が、王妃を捉える。


「レオをもう、自由にしてあげてください」


 レオニダスと同じ色の目をしている。この人は一体、誰だろう。


 よく知っているはずなのに、思い出せない。

 どうしてこんなにも、悲しそうな目をしているのだろう。


「僕もあなたの息子ですよ」


 ほとんど己で抱くことすらできなかった我が子が、王妃を抱きしめる。


「だからここで、終わりにしましょう」


 ぼんやりと腕を回しながら、なんて広い背だろうと思った。それは流れた時間の大きさをひどく痛烈に伝えてくる。けれど同時に、ひどく懐かしいような心地がする。


 ああ、そうだ。一番上の子。

 名前は王が付けたはずだ。何もしてやれなかった、もう一人のわたしの子。


「あなた、名前はなんというの」


 フェリクスはそれには答えなかった。ただ、にこりと微笑んだだけだった。



 * 



「以上が、参列者になります。ご確認を」

「ありがとう」


 エレオノーラは差し出されたリストに目を落とした。婚約が終われば、あとは正式に即位とともに結婚となる。やることは山のようにあるが、その全てをギルベルトは淡々と確実にこなしていく。


 当然のように彼も結婚することには変わりないのだけれど、これではまるで業務のようである。当事者のようにはとても見えない。


 ただ何かしら考え事がある時の顔を、彼はしていた。ギルベルトは簡単にそれを悟らせるようなことはしないが、それでも微妙な変化はある。


 体の前で組んだ手をギルベルトはぐっと握った。


「どうかしたの、ギル」

「殿下、一つお伺いしたいことがございます」


 ソファに座るエレオノーラのそば、控えるようにして立っていたギルベルトが静かに言う。彼は顔を上げて続けた。


「レオニダス殿下のこと、あれは」


 ギルベルトは表立ってエレオノーラに異を唱えるようなことはしない。けれど、気になることをそのまま受け流すようなこともしない。


「甘すぎるって言いたいのかしら」

「平たく言えば、ええ、そうです」


 エレオノーラはレオニダスの企てを露わにはしなかった。だから彼は未だ変わりなく、第二王子としてこの参列者にも名を連ねている。


 例えば弟が大神官に出そうとした手紙でも用いれば、彼を断罪することはいくらでもできたというのに。


 ギルベルトはそれを今、問うている。


「わたしはね、別に許したわけじゃないのよ、ギル」

「でしたら、どういったお考えで」


 ずっと考えていた。

 これから弟とどう向き合っていくことが、自分に必要なのかと。


「罰を与えたら罪は赦されるから。わたしはレオを赦さない。だから罰しないの」


 彼がやってしまったことと、これからを天秤にかけて、そうして、決めた。


「代わりにあの子が自分で自分の罰を見つけて、それで赦せるようにならなきゃいけないと思うの」


 仮にこの今エレオノーラが罰を与えてレオニダスを許しても、弟は自分を赦せはしないだろう。


 わたし達は家族だ。別れられないから、エレオノーラは弟を許さない。

 清算できない関係で、赦さずにそれでも切り捨てずに、共に在る。


 それが、エレオノーラが決めたことだ。


「恐れながら、殿下」

「なあに、ギル」


「もう一度レオニダス殿下にお命を狙われるようなことがありましたら、どうなさるおつもりで」


 確かに、エレオノーラは弟に「相応しくないと思ったら、あなたが王になればいい」とは言ったけれど。


 目の前に立つ男の顔は真剣である。生ぬるい返答ではギルベルトは納得しないだろう。


「その時はね、」

 その顔を見て、思った。


「また、あなたが守ってくれるんでしょ」


「……はっ」

 端整な顔が、目を見開いたまましばし動かなくなった。そのまままるで、彫像のようである。


「違うの?」

 エレオノーラが首を傾げれば、ギルベルトは首を横に振る。


「いえ、我が命に代えても、必ずお守りいたします」

「その、命には代えないでほしいんだけど」


 と、思ったところで列席者の中に《エインズレイ》の名を見つけた。


「ねえ、ギル」

「はい、なんでしょう」


「あなた、ご実家には結婚についてなんて話したの?」


 滅多なことでは相貌を崩さない――それこそ剣を向けられても彼は一切動じることがなかったわけだけれど、実家のことを問うたこの今、一瞬露骨に顔を顰めた。


「書簡を出しました。特に問題はないと返事は来ております。ご安心ください」


 しかしながらここは冷徹宰相である。元の怜悧な顔に戻ったかと思うと、ギルベルトはそう言った。


「そう」


 確かに、婚約となってからは忙しかった。特に大神官に喧嘩を売ると決めてからはなおさらだ。彼が実家に帰る暇などなかったことはエレオノーラもよく知っている。


 にしても、これはどういうことか。


「座って、ギル」

「ですが」


 長身を見上げながらする話ではないだろう。何せこの男は背が高いのである。首が痛くなるのは御免だ。

 じーっと見つめていたら、諦めたように彼は向かいのカウチに腰を下ろした。


「話をしてこなかった、ってあなた言ったわよね」


 レオニダスとの一件の際、ギルベルトは後悔を滲ませた。


「はい」

「だったら」


 結婚はいい機会なのではないだろうか。彼が逃げてきたと言う、家族というものに向き合うにはまたとない好機だ。


「しかし」


 緑の瞳は鋭い光を宿して、


「二十六にもなってふらふらしていただけの息子が結婚したところで今更大した感慨があるとは思えません。殊更騒ぎ立てるようなことではないかと」


 一息にそう言った。


 実家のことを話す時、彼の声はいつも一段低くなる。

 非常に珍しいことだけれど、ギルベルトは分かりやすく言い訳をごねている。


 別に無理をして話をしろとは思わない。どこまで行っても分かり合えない地平があることぐらい、エレオノーラにだって分かる。


「本当にそれでいいと、ギルは思ってる?」

 ローテーブルを挟んで、ただ無言で見つめ合った。


「あなたがいいと思っているなら、わたしはもう、何も言わないわ」


 案の定、先に目を逸らしたのはギルベルトの方だった。申し訳なさそうに、彼は少し俯いて膝の上で組んだ自分の手を見つめた。


「……いいとは、思っていません」

 ギルベルトはエレオノーラに嘘をつかない。だから自然と、こういう返事になる。


「あのね、ギル」


「はい」

 ギルベルトは息を詰めて、神妙な面持ちを浮かべている。


「生きてる間しか、話はできないのよ」


 こんな当たり前のこと、聡明な彼が気づいていないことはないだろうに。エレオノーラがそう言うとギルベルトは水でも被ったようにはっとした。


「産んでくれたお母様とはもう話せなくても、育ててくれたお母様とはまだ、話が出来るでしょう?」


 それに、


「わたしの母なんて、どこにいるかも分からないんだから」

 そのことに救われている部分もあるけれど、さみしい気持ちは拭い切れない。


 身を乗り出して、ギルベルトが強く握りしめた手に触れた。滑り込ませるようにして、自分の手を重ねる。


「だから、ちゃんと話をしましょう」


 そうすれば自ずと、伝わることもあるはずだ。


「姫様」

 揺らいだ緑の目が、エレオノーラを捉える。


「俺は一体、どんな顔をして母上に会えばいいでしょうか」


 どんな難題でも片手で捌いてみせるくせに、ギルベルトはこんな時だけ迷子の子供のような顔をする。


「あら、そんなのは簡単なことよ」


 エレオノーラはなんだか微笑ましくなってにこりと笑ってみせた。覗き込むようにして、その整った顔を見上げる。


「あなた、それなりには男前だもの。そのままの顔でいいのよ」


 しかしながら目の前にいる涼やかな顔立ちの男は、ぐっと眉をひそめた。


「恐れながら、姫様」


 こういう顔をしても様になるのがギルベルトである。

 むしろ目つきの鋭さが増す分、余計に研ぎ澄まされて見えるほどに。


「なあに」


「『それなりの男前』と言われて『はい、そうですか』と答えるような輩とはご結婚なされない方がよろしいかと」


「どうして」


「そんなとんでもない思い上がり、碌なやつではございません。絶対に、やめた方がいい」


「ふふふ、そうかもしれないわね」


 本当はそれなりで済まずに「かなりの男前」だと思っているのだけれど、口に出したらきっと嫌がるだろうなと思ったのでエレオノーラはそれを己の心の内だけに留めて置くことにした。


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