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【完結】いつかわたしを攫ってくれると言った怪盗の正体は、冷徹嫌味な宰相閣下でした  作者: 藤原ライラ
第三部:黄金の女王

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35.俺のせい

 エレオノーラはずっと、知っていたのだと思う。


 託宣の儀式を終えて王宮に戻ってきた彼女は、ずっと泣き出しそうな顔をしていた。けれど、いつものように政務官の部屋にぴょこぴょこと遊びに来ることもなかった。


 ただ、訴えるような目でギルベルトを見た。それだけだった。


 夜になっても、その目のことが忘れられなかった。居ても立っても居られなくなって夜着の上に白いガウンを羽織ったところで、あまりにも自分らしくない行いだと気が付いてしまった。


 たとえエレオノーラの身にどんな悲しいことがあったとしても、何と声を掛ければいいのだろう。


 涙を拭って手厚く慰めるような自分を、ギルベルトは想像できなかった。代わりに、棚の上に無造作に置かれた仮面が目に入った。


 政務官の同僚がくれたものだ。なんでも来週仮面舞踏会なるものがあるらしい。どうせギルベルトは行かないと分かっているだろうに、同僚は押し付けてきた。すぐに捨ててしまえばよかったのに、それをそのままにしていた。


 これで顔を隠せば、ギルベルトだとは分からないだろう。

 そうならば、やさしくすることもできるかもしれない。


 秘密の通路のことは、エレオノーラ本人から教えてもらった。家庭教師の宿題をやり終えたのをいいことに、勝手にカウチで丸くなって眠りはじめた彼女は、夕方になっても起きなかった。

 仕方がないのでゆすって起こすと、眠そうな目で通路のことを話し、連れていってとのたもうた。エレオノーラは、おそらく夢現だったのだろう。だから、話したことも覚えていないはずだ。


 ギルベルトが一人でその通路を使ったのは、たった二回——ヴェルデとして、エレオノーラの部屋を訪れた、あの二回だけだ。


 案の定、エレオノーラは一人部屋で泣いていた。堪えた嗚咽が夜の闇に溶けていって、気づいた時にはもう手を伸ばした後だった。


『誰?』


 濡れた青い目が、ギルベルトを見つめる。ただ幸いにして、エレオノーラは自分の目の前にいるのがよく見知った政務官だとは気づいていないようだった。


『俺は……』


 戸惑うギルベルトを他所に、エレオノーラはほんの少しだけ安心したような顔をした。それが嬉しかった。それだけだ。


『ご存知ですか? 星には見つけた者が名前を付けられるんですよ』


 だから、こんなふざけた台詞も言ってのけた。彼女が読みかけでギルベルトの部屋に忘れていった恋愛小説を参考にした。


 エレオノーラが自分に付けてくれた「ヴェルデ」という名の心地いいことといったら。

 安心したように膝に乗ってくるエレオノーラの髪を、ギルベルトは撫でていた。その間中ずっと、エレオノーラは泣いていた。


『大神官さまとね、握手をしたの』

『わたしは選ばれちゃいけなかったのに』

『神様なんてきっといないの。全部間違いだったの』


 あの時、ギルベルトは自分に酔っていた。


 思う存分エレオノーラを甘やかせること、彼女が身を委ねてくれるという幸福に浸っていた。だから、エレオノーラの真意まで気が付かなかった。


 簡単なことだ。

 託宣の儀式は奇跡でもなんでもない。分かってしまえばこれも、ただの子供騙しにすぎない。


 大神官は、次代の王と決めたものと握手をする。彼の手には何か薬品が塗られているのだろう。だから、握手をしたその手で泉に触れれば、水は赤く変わる。


 けれど、荘厳な神殿で厳かに進む儀式の中でまさかそんなことが行われているとは夢にも思わない。例えば、現国王は長子で、あの代で託宣の儀式を受けたのは彼一人きりだ。本来比較して調べることすらも難しいだろう。


 おそらくエレオノーラは、教会にとって最も都合がよいと判断されたのだろう。フェリクスとレオニダスの母は、由緒正しい辺境伯の出だ。しゃしゃり出て来られたら面倒なことになる。

 その点、エレオノーラにそのような母はいない。


 自分を選んだのは、神ではない。

 ただ利益と欲望のために、人が人を選んだ。


 エレオノーラはずっと、そのことに気が付いていた。


 フェリクスにも、ギルベルトにも話せなかったのだろう。

 当然だ。兄も弟も、自分がいたから王になれなかった。

 だからエレオノーラは、己をよく知る誰にもそのことを話せなかった。ただふらりと現れた馴染みのない怪盗にしか。


 そして、事実は事実として存在する。

 選ばれたことが、エレオノーラに強い続けること。奪い取ったもの。これではまるで、生贄の姫ではないか。


 全部、俺のせいだった。

 だって、他でもない自分が教えた。魔法も奇跡も、この世に存在しないと。己の頭で考えることだけが真に尊いのだと。


 何も知らなければ、エレオノーラはもっと幸せになれただろう。

 玉座に座るだけの愚鈍な人形であれば、生きることはそう、難しくはない。


 だから、もういっそ攫ってやろうと思った。それが、あの日泣いていた彼女が自分に望んだことだったから。


 拒まれるとは、思ってもみなかった。


『なんにもないわたしのために、好きでもない女のために、命を懸けてくれた人がいるの』


 エレオノーラは、ヴェルデの正体を知らない。

 だから、ギルベルトがこれを聞いていたなんて、知る由もない。


『逃げるために利用したの。わたしは、女王じゃない自分になりたかっただけ』

 俺はずっと、何を見てきたのだろう。


『わたしはもう、大丈夫』


 自分の膝で泣いていた少女は、もう十分に大人になっていた。それを、自ら王となることを選ぶ姿をもって鮮烈に見せつけてきた。


 守るという行為にギルベルトが巧みに隠したつもりでいた侮りと支配欲を、エレオノーラは見逃さなかった。突き返されたネックレスはその証左だ。


 比べて、ギルベルトは全くと言っていいほどに成長していなかった。ずっと、甘い夢に溺れている。攫うなどと格好良く言葉を飾り立てて、あの人の自由を奪おうとした。


 いっそ、何も教えなければよかったとさえ思った。そうすれば、エレオノーラはこの手を取ってくれたかもしれないと。


 そこまで辿り着いてから、己の頭の悪さに辟易した。ばかばかしいにもほどがある。


 だって、あの研究棟の部屋の扉を開けたのは彼女自身だ。

 ギルベルトがいなくても、エレオノーラはきっと、立派な女王となっていくだろう。


 自分は小さなひとつのきっかけにすぎない。ギルベルトがいなければ、彼女は別の可能性を得て成長していっただけのことだ。


 本当は、好いた女を誰にも渡したくなかった。それだけだ。


 ギルベルトは彼女に、「人を使うことを覚えろ」と言った。

 それは、ただギルベルトを使って欲しいという、それだけだったけれど。

 

 エレオノーラはその中に、自分自身を入れ込んだ。何もできなかったと言った王女は、己を飲み込んだのだ。


 その血も、容姿も、運命も、まるごと全部。

 輝くためには、自分を受け入れなければならない。そうやって、光り輝くことを決めた。


 それは、自分から、家族から逃れ続けたギルベルトにはできなかった。


 女王は、我らを照らす光である。

 人の姿をして現れる、戴くことのできる神様だ。


 ここから先、真に王配となるのなら、己に欠けているものはなんだろう。

 それは、ギルベルトにとっては“奇跡”を起こす以上の難題だった。


 レオニダスのあの目を、自分はよく知っている。鏡の中で何度も見た、甘ったれで死にたがりの目。

 生まれてしまった理不尽を抱いて、世界を呪ったその目がずっとギルベルトを糾弾する。


 晩餐会の前、聖堂にいたエレオノーラはもう、ギルベルトに涙を見せてはくれなかった。あの時背中の向こうで彼女がどんな顔をしていたのかは分からない。


 ただ一人で泣かないでほしい。こんな俺でも、あなたの隣にいることを許してください。

 そう思った。


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