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【完結】いつかわたしを攫ってくれると言った怪盗の正体は、冷徹嫌味な宰相閣下でした  作者: 藤原ライラ
第三部:黄金の女王

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34.私の趣味

 そうすれば、液体はグラスに注がれた瞬間から化学反応を起こす。


「元から、だって?」

 金色の眉毛がぴくりと動いた。


「グラスに果実由来の酸と液性により色が変わる色素を塗っておきました。酒に微量の重曹入れておけば反応で二酸化炭素の泡が生じます。それが溶けると液性がやや酸性に傾くので、色が変わる。それだけです」


 結局のところ、ギルベルトが用いたのはエレオノーラが提案した茶の原理と同じだ。それを少しばかりもっともらしくしただけにすぎない。


 なお、この辺りの計算に手間取ったので眠れなかった。


「でもさ、そんなの誰か気付くはずじゃない? グラスをじろじろ眺められたら気取られるんじゃないかな」


「そうですね。仰る通りです」


 だからこそ、ここからはエレオノーラの手腕が問われるところだった。


「結局のところ、殿下の立ち居振る舞いが頼りでした」


 例えば、手品師が煌びやかな衣装や派手な照明を用いるのはどうしてだろう。


 それは視線をコントロールするためだ。見たくないものからは目を逸らし、己の向けたいところへと目を向けさせる。大袈裟な仕草や語り口で、観客を手玉に取ってみせるのだ。


 己の一挙手一投足を皆が注視している。失敗すればただではすまない。それを自覚した上で、エレオノーラはこの“奇跡”に挑んだ。


 そうして浮かべた、晩餐会にいる人間を全て魅了してやまない微笑み。あの堂々たる演説。


 まさしく王となる者の品格だった。あそこにいた誰もが、彼女の虜となっていた。無論、隣に立つ自分も。


「なるほど、ね」


 そこではじめて納得したように、フェリクスはやわらかな笑みを浮かべた。その目は何か、目には見えないものを(すく)い上げるように細められる。


「すごかったね、エリー。あんなにちっちゃかったのにさあ」

 無論第一王子たる彼もあの場にいた。兄たる彼には特段深い感慨があるのかもしれない。


「僕にはああいうことはできなかったなぁ……。僕はね、色んなものと距離を取って、それこそ切り捨ててきたんだよ」


 紫の目は少しだけ寂しそうにこちらを見遣る。軽妙さの中に彼が隠す屈託は、ギルベルトにも全く分からないということはない。


「姫様は、殿下の言葉も参考にしておられましたよ」

 エレオノーラは真っ直ぐに澄んだ目をしてこう言った。


『教会は奇跡を否定できない。なぜなら、それは彼らの教義そのものだから。だから、わたし達は確実に奇跡を起こして見せる必要があるの』


 これはフェリクスの言ったところの「相手の領域で勝負する」を受けてのことだろう。

 周りにいる全ての人の考えを柔軟に取り入れて成長する。エレオノーラはそういう人だった。


「そっか。こんな僕でも少しは役に立てたのかな」

 言葉の軽さとは裏腹に、ひどく実感の沁みた言葉だった。


「にしてもなんであの色にしたの? そりゃあ、きれいな金色だったけどさ。神話の奇跡に則るなら、変わる色は赤でもよかったんじゃない。それともエリーの趣味?」


 神話でも用いられる赤は王家の色だ。それを使うことも、一度は考えはした。


 エレオノーラの指示ではない。強いて言えば、


「私の趣味です」


「へぇ、君の」

 フェリクスの顔には面白くてたまらないと書いてある。


 赤も美しい色には変わりはない。その鮮烈さは列席の人々に、エレオノーラを苛烈に焼き付けるだろう。けれど。ギルベルトが望んだことはそれではない。


「血の色は、姫様には似合わない。もっと相応しい色がおありかと」


「冷徹宰相は生粋の現実主義者だと思ってたけど、案外ロマンチストなんだねぇ」


 別にこれはロマンでもなんでもない。


 出会った時からずっと、ギルベルトにとっての彼女はあの色だ。

 金色の髪に落ちた木漏れ日の色。眩しいばかりの光。


 だから、あの場で示すのならばそれがいい、そう思っただけだ。


「まあ僕、そういうのはきらいじゃないよ」

 満足そうに立ち上がって、フェリクスは大きく伸びをした。


「でもこれで、教会側もエリーにはおちおち手出しはできないだろうね。一安心ってわけだ」


「そう、ですね」


 傍目から見ればそうだろう。


 例えば、大神官が真に神を心から崇拝する敬虔な信者であれば、エレオノーラはまさしく奇跡の体現者だ。

 逆に、ただの老獪な詐欺師であったとしてもこの仕掛けは彼に釘をさすことができる。


 どちらにしても、エレオノーラの安全は保障される。


「その割にはさ、君あんまり嬉しそうじゃないよね。まだ何か気になることがあるの?」


「いえ、大したことではございません」

 そう、ここからはただギルベルト個人の問題だ。


 未だ推論の域を出ない仮説。それより先を自分は考えようともしてこなかった。


「ただ私も一つ、殿下にお伺いしたいことがあります」


「おー、君が僕に興味を持ってくれるなんて珍しいね。いいよー。なんでも答えてあげる」


 にやりと得意げに笑ってフェリクスは言う。


「フェリクス殿下は、託宣の儀式を受けられましたか?」


「あのさあ、これでも僕、第一王子だよ。ちゃーんと十歳の時に受けたさ。まあ僕の時は何も起こらなかったけどね」


 フェリクスは呆れたように肩を竦めている。ギルベルトはただ淡々と、質問を続けた。


「その時、大神官猊下と握手はされましたか?」


「握手? まっさかー。大神官はずっと、後ろ手に組んで立ってただけだったはずだよ」


「このことをどなたかにお話しになったことは」

「うーん。エリーとレオには話したかな。二人とも託宣の儀式がどんなのか気になってから」


 レオニダスは儀式を受けていない。だから、これより先を知り様がない。


「え、それが何か関係があるの?」

 紫色の目に、一瞬怪訝そうな色が宿る。


 これは、おそらく自分とエレオノーラしか知らない、あの儀式の真実だ。


「いえ、お聞きしたかったのは以上です。ありがとうございました」


 深々と頭を下げると、フェリクスはそれ以上は訊ねてこなかった。元来たように軽快に「じゃあ君もさっさと寝なよ」と帰っていく。


 全ての断片(ピース)は揃った。ポケットの内のネックレスが途端に重量を増したように、ひどく重く感じる。


 奇跡の実態は、今この手の中にある。

 あとはギルベルトがそれを、どう使うかだ。


ギルベルトが使ったのはクエン酸と重曹を混ぜると炭酸水が生じる、というのを利用した仕掛けです。

本当はクエン酸ナトリウムには苦味と塩味があってあれなのですが、その辺はファンタジーということで一つ。


C6H8O7 + 3NaHCO3 → Na3C6H5O7 + 3CO2 + 3H2O

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