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【完結】いつかわたしを攫ってくれると言った怪盗の正体は、冷徹嫌味な宰相閣下でした  作者: 藤原ライラ
第三部:黄金の女王

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33.種と仕掛け

 全てが終わった大広間の中で、ギルベルトは一人椅子に座り天井を仰いだ。

 あの高揚が嘘のように、今は静寂だけが広間に満ちている。


 そっと、胸元からネックレスを取り出した。


 星の欠片と称してエレオノーラに渡したそれは、結局自分の手元に返ってきてしまった。薄闇の中で、ネックレスはきらきらと輝いていた。


「あれ、エリーのそばにいなくていいの?」


 軽い調子で問いかけてくる声に、ギルベルトは顔を向けた。フェリクスが金色の髪を揺らしてそこに立っていた。


 すっと隠すように、ネックレスをトラウザーズのポケットにしまう。


「殿下はもうお休みになりましたよ」


 気を張っていたのだろう。大広間を後にしたエレオノーラはほとんど倒れ込むようにギルベルトに体を預けてきた。あれだけのことをやってのけたのだ。無理もない。


 他の誰にも見せないようにしていた。けれど、グラスを持つ前あの手が震えていたことをギルベルトはよく知っている。


 部屋まで送り届けたところで、エレオノーラは「もう大丈夫」と言ってきかなかった。


 本当はもっとずっと、近くにいたかったのに。


「あ、そうなんだ。ふーん」


 何かまだ言いたげな顔をしていたが、彼はそれ以上は聞いてこなかった。

 代わりに、どかりと向かいの椅子に腰かけて足を組んだ。


「ねえ、あれ。どうやったの?」


 フェリクスが尋ねているのは、晩餐会での出来事のことだろう。一呼吸の間に、水から酒へと変貌を変えてみせたまさしく奇跡。


「君が噛んでないなんてことは、ないはずだよね」


 紫色の目が、見定める様にすっと眇められる。さて、答えるべきかはぐらかすべきか。ひとまず明後日の方向を向いてみる。


「さあ、あれは正しく奇跡(・・)でありますから、種も仕掛けもございません」


「まあまあ、そう言わずにさ。僕にも教えてよ」


 ギルベルトは一つ大きく溜息をついた。


「女官を徹底的に叱りつけました。明日から誰も私の言うことは聞いてくれないかもしれません」


 泉に揺蕩う水の色を変えるのとはわけが違う。あの場にいる全員のグラスに満たされた水を、まったく同じ時間で変えてみせなければならなかった。


 そのためには、水がグラスに注がれるタイミングが最も重要となる。晩餐会の給仕を担当する女官を、ギルベルトはそれはそれは厳しく指導した。


「それは大変だ。僕からよーく執り成しておくよ」

「お心遣い、痛み入ります」


「して、宰相閣下はどんな魔法を使ったのかな? その様子だと満足に寝てないようけど」


 フェリクスの紫色の目は、まだきらきらと輝いている。


 その瞳の色は異なるのに、こういう目をすると途端にエレオノーラとよく似ているような気がしてくる。半分とはいえ血が繋がっているのだから、当然と言えば当然だが。


 そういえば、彼女も何度か心配そうにギルベルトを見上げてきた。別にいつもと変わらないつまらない自分の顔だと思っていたけれど、疲労が出ていたのかもしれない。


 表情で何かを悟らせるようでは未だ、三流だ。

 しかしながら寝ていないのも事実である。「まあ、三日ほど」


「フェリクス殿下。この世に、魔法はございません」


 同様に、奇跡も起こり得ないとギルベルトは思っている。ただ、主のためにもっともらしく見える事柄を起こしただけだ。


「ふうん。まあそういうことにしておこうか」


「……お考えになったのは、エレオノーラ殿下ですよ」

 ギルベルトはそんなこと、夢にも思わなかった。


『あのお茶と同じことを起こせないかしら』


 ぽんと、両の手を叩いたかと思うと、エレオノーラはそう言った。その青い目が、まるで出会った頃のように輝いていた。


『晩餐会で出る何か……例えば、最後に出るお茶とかを星空の青(アストラ・ブルー)にするっていうのはどうかしら? 泉の奇跡と同じって思わせられない?』


 神様ではなく自分達で奇跡を起こす。

 列席した貴族達に目の当たりにさせて、果ては大神官をも圧倒する。

 そうして、エレオノーラが真に神に選ばれた王であると彼らに証明する。


 それがエレオノーラが考えた計画だった。


『恐れながら、殿下』

『なあに、ギル』


『星空の青は一般的に出回っている茶葉ですから、それでは奇跡とは言い難いかと』


 発想は悪くない。ただ、仕掛けが広く知られていては意味がない。奇跡は他に説明の仕様がないからこそ、奇跡と呼ばれるのだから。


『そっか……じゃあ何か他の方法を考えないといけないわね。ねえ、ギルは何か思いつかない?』

『はあ』


 そもそも、奇跡なんてどうやって起こすのだろう。研究は好きだったが、そんなこと考えたこともない。


 色、茶、水、色素、液性。

 そこまで順番に頭の中で並べたところで、点と点がぱっと繋がったような気がした。


 元々ギルベルトが研究官時代に担当していたのは、水質調査だ。この手の知識には事欠かない。


 簡単なことだ。

 少しの間、説明できないような事柄を起こせればいいのだ。皆がそう信じ込めば、それは奇跡となる。


 実際の原理がどうかは、問題ではない。


「あれは最初から、酒が注がれていたんです」

 そう、言葉にしてしまえば子供騙しのような仕掛け(トリック)だ。


「でも、透明だったでしょ?」


「無色透明の酒も存在します。口にしなければ、それが酒か水かは区別がつかない」


 そして晩餐会の作法に則れば、次期女王たるエレオノーラより先に手を付ける者は存在しない。それが、酒に変わったと思わせた後、皆が飲めばいいだけの話だ。


「じゃあなんで、途中で変化が起こったのさ。何か加えたなら別として、独りでに水の色が変わって泡まで出てくるってそんなことあり得るの?」


 フェリクスはそう言って食い下がってきた。


「でしたら、元からグラスに何かが仕込まれていたとしたら、いかがでしょう?」


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