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【完結】いつかわたしを攫ってくれると言った怪盗の正体は、冷徹嫌味な宰相閣下でした  作者: 藤原ライラ
第二部:生贄の姫

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31.女王の舞台

 こつんと、ギルベルトの肩甲骨に頭を置いた。


「あなたは、どうして怖くないの」


 たとえ明日を乗り越えられたとしても、困難は続く。

 レオニダスの苦しそうな顔を思い出す。


 ギルベルトを巻き込んだのは、エレオノーラだ。それなのに自分がこんなことを問うなんてどうかしている。それでも、訊ねずにはいられなかった。


「頑張れ、って言って」


 正しいことをしても、誰かを押し退けて玉座に就いたという事実は変わらない。

 何かを選ぶことは、選ばれない何かを決めることと同義だ。

 それはこれからもずっと、エレオノーラとともに在る。


 全てを知った時、本当はエレオノーラには何もないと分かっても、この人はわたしのそばにいてくれるだろうか。


「ちゃんとやらないと怒ってやるから、って。いつもみたいに、叱って」


 本当は弱音なんて吐きたくなかった。けれどこうなってしまったらせめて、こんなみっともない顔は見られたくなかった。


「……あなたは本当に、私の背中が好きですね」


 ぽつりと、ギルベルトが呟く。その声には嫌味な色はなくて、ただ懐かしむような響きだけが満ちていた。

 体を離そうとしたところ、腰に回した手にギルベルトは触れてきた。


 それはまるで、ギルベルトがエレオノーラと離れたくないと言っているように思えた。


「あなたがはじめて、私の部屋に来た日を覚えていますか」


 少しだけ俯いたギルベルトが言った。聖堂で頭を垂れるその様は、懺悔にも似ている。


「覚えてるわよ」


 そうだ、はじめてこの背中に隠れてから、随分と月日が経った。

 自分の背も伸びたけれどその分ギルベルトの身長も伸びたから、結局エレオノーラは彼の肩ぐらいしかない。


「私は実は、あなたが一週間後に絶対来ないと思っていました」

「え、ひどい。自分で問題を出しておいて、そんなこと思ってたの」


 エレオノーラはたとえ答えが出せなくとも、絶対にあの部屋には行くつもりだったのに。


「ええ、その通りです」

 ぴたりと引っ付いた内側から、低い声がする。


「でもカップを用意していたじゃない」


「だって普通来ないと思うでしょう。あんな怖いこと言われて、のこのこ来るなんて、よっぽどのばかかお人好しか跳ねっ返りだ」


「どうせばかでお人好しで跳ね返りよ、わたしは」

 ひどい言われ様である。慣れ親しんだギルベルトの物言いに、エレオノーラは少し笑ってしまった。


「殿下が来なかったら、私はカップを割って捨てるつもりでした。けれどあなたはちゃんとやって来た。きちんと解答を仕上げて」


 ギルベルトが用意していたあの美しいカップを思い出す。それをそっと机に置いた、ギルベルトの丁寧な手つきも。


「あなたは、俺から、逃げなかった」

 この人はあれをどんな思いで用意して、割る想像までしていたのだろうか。


「最高の気分でした」


 自分の体の前で震えるエレオノーラの手を、彼は握る。天井が高い聖堂は春先でも冷える。凍えるようだった手に、ギルベルトの体温が染みていく。


「あれから俺はずっと、最高の気分です。この人が俺に何を見せてくださるんだろうって、ずっと思っています」


 顔を上げたギルベルトは、凛とした声で言った。


「そっか」


 ぎゅっと抱き着く腕を少しだけ強める。ステンドグラスを通した光が作る二人の影は、溶け合うように重なっている。


 ギルベルトは細身だが、それでもこの背は広い。


「何があっても、どんなことが起きても。必ず、殿下のおそばにおります」


 それは、忠誠と呼ぶにはあまりにも過ぎた言葉だった。


 今までずっとこの背中に守ってもらった。これからもそれはそうだろう。ギルベルトはずっと、エレオノーラを守ってくれるだろう。


「私も針千本飲まされるのは勘弁していただきたいので」


「へっ」

 一瞬何を言われたのか、エレオノーラには理解が出来なかった。


「お忘れですか、殿下。私は以前『どこかに行く時は教えて』と言われましたので、お約束しましたが」


「一体いつの話よ」

 確かに、昔樹の上でギルベルトにそんなことを強請ったことはぼんやりと覚えている。


「私には、その方が恐ろしい。だから、他のことは怖くない。それだけです」


 この人がこんな冗談めかしたことを言うのを、はじめて聞いた。もっとも、ギルベルトが言うとまるでそうとは聞こえない。


 彼なりに、励まそうとしてくれている気がした。まったく、どんな難題だって片手で捌いてみせるくせにこんなところだけ不器用なのだ。


「そうね。ギルはずっと、わたしのそばにいてくれるのね」


 何もなくとも、わたしにはこの人がいる。

 けれど、わたしはもう、隠れているだけではいたくない。


 同じぐらいちゃんと、ギルベルトを守れるようになりたかった。


「三秒です」

 静かに、ギルベルトは宣言した。


「それだけいただければ、あとは私が、あなたを神に選ばれた王にしてみせます」


 三秒。

 それが、奇跡を起こすに必要だとこの冷徹宰相が導き出した時間だった。


「分かった」


 繋いだ手はそのままに、エレオノーラは顔を上げて、ギルベルトの隣に立った。


 思慕も恐怖も嫉妬も、全ては目に見えないものだ。

 けれど、確かにこの世に存在する。

 それはどこか、神様と似ているのかもしれない。


「覚えていてね。わたしは神様を信じるんじゃないわ。わたしは、あなたを信じているの」


「はい」

 ギルベルトはただ静かに、その手を握り返してきた。


 踊り子だったエレオノーラの母は、その姿で観衆を魅了したという。瞬きすら許さないほどに、彼女は美しかったとの逸話が数多くの国に残っている。


 血は水よりも濃い。別れることも逃れることも出来ず、ただ我が身の内にある。

 それならば、この身に同じ血が流れるというのなら、わたしも同じことをやってみせる。


 わたしが踊る舞台はここ。この玉座の上。


 さあ、この女王という運命を、最期まで。見事舞い切ってみせよう。


お読み頂きありがとうございます。

いいね・ブクマ・評価・感想頂けますと励みになります。


ここまでで第二部終わりです。

次話から第三部です。


引き続きよろしくお願いいたします。

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