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【完結】いつかわたしを攫ってくれると言った怪盗の正体は、冷徹嫌味な宰相閣下でした  作者: 藤原ライラ
第二部:生贄の姫

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30.私の神様

 王宮の奥の区画に、聖堂がある。


 ステンドグラスから差し込んだ光は、虹色の揺らぎとなって床に落ちる。

 描かれているのは、神話の一場面。


 三人のきょうだいが泉の前に立っている。手に手を取り合って進む彼らは、見るも鮮やかな光で彩られている。

 エレオノーラはその光をただ、見つめていた。


 ふと、手がネックレスを探すようにしてしまっていたことに気が付いた。ずっと身に着けていたお守りは、もうここにはない。星の欠片はヴェルデに返してしまった。そのことを、妙に心細く感じる自分がいる。


 目論見通り、大神官を呼び出すことには成功した。明日になれば、エレオノーラはこの聖堂で婚約の儀を受ける。神の前で夫婦となることを誓い、大神官にその祝福を受けるのだ。


 これから自分がすることが間違いだとは思わない。

 誰に何を言われたわけでもない。ほかでもないエレオノーラが決めて、選んだことだ。


 それでも、本当にこれでよかったのかとの思いが去来する。


「ここにおられたのですが」

 静かな声がして、エレオノーラは振り返った。


「ギル」

 自分の考えた突拍子のない思い付きを、ギルベルトは見事、形にしてくれた。


「何かご不安なことでもおありですか」


 この目には何も隠し事ができない。わたしはそんなにも、不安そうな顔をしてしまっていただろうか。


 ギルベルトの立てた策は完璧だと思う。この男には信用に足る実績があるし、何度も何度も二人で試した。だから、そこに不安はない。


 あるとすれば、自分の方にだ。


「ねえ、原稿見てくれた?」


 明日、大神官も列席する晩餐会で話す内容は全て書面にまとめた。

 いつもようにギルベルトに見せたのに、彼は何も添削してはくれなかった。まさか、冷徹宰相の彼に限って手を抜くとは思えない。仕事が立て込んでいたのだろうか。


「ええ、全て拝見いたしました」

「だったら」


 だとしたら、なぜ何も書き込みがされていないのだろう。

 考えたくはないが、もしかしてエレオノーラはもう成長の余地はないと見限られて……。


「殿下」

 頭の中に広がり始めた悪い想像を、芯のある声が遮った。


「私は、無駄なことはしない質です」

「なによ、直す価値もないって言いたいの?」


 僅かに頬を膨らませるようにしても、ギルベルトは全く動じない。


「その必要がないと言っているだけです。完璧でした。私が手を入れる必要は、もうどこにもない」

「うそ……」


 その満足げな顔は、それが真実だと暗に語っていた。

 この人は、間違いなく心の底からエレオノーラを信じている。この企てが失敗すれば、彼とて無傷では済まないのに。


「ねえ、ギル」

「はい、なんでしょう」


「一つ、聞いてもいい?」

「私で答えられることなら、なんなりと」


 いつものように淡々とそう答えるから、なんだか可笑しくなってエレオノーラはくすりと笑ってしまった。ギルベルトで答えられなかったら、もう答えられる人なんていないだろうに。


 知恵と思惑で無理やりに奇跡を起こす。エレオノーラとギルベルトはその為の策を練った。

 けれど、それは言い換えれば、都合のいい欺瞞にすぎない。


「神様は、いると思う? いるとすれば、わたし達はその神様に弓を引くのよ」


 ステンドグラスは天井に向かって細く長く伸びている。その高い位置から降り注ぐ光は、まるで天からの祝福のようだ。


 この壮麗さを見たら、誰だって神の存在を信じてみたくなる。

 果たして、奇跡も魔法もないと即座に言い切るギルベルトには、この景色はどう映るのか。


 エレオノーラは神の姿を見たことはない。それは、これから先もずっとそうだろう。


 それでも、本当にいるのだろうか。目に見えないものに縋りたくなるのは、弱さでしかないような気もする。


 ギルベルトは少しだけ考えるような素振りを見せたあと、落ち着いた声で言った。


「それは神様をどんな風に捉えるかによるのではないでしょうか」


「どんなって言われても……」

「では、殿下にとっての神様は、どのようなものですか?」


 質問に質問で返されてしまった。


「わたしにとっての神様は」


 色とりどりの光を見上げながら考えた。

 ふわりと揺れる金色の髪にも、その光が落ちる。


「辛い時に思い出したりとか、心の拠り所になるような、もの?」

 エレオノーラがそう答えると、ギルベルトは少しだけ目元をやわらかくした。


「そうですね、信仰とはそういうものだ」


 緑の目はまるで眩しいものでも見つめる様に細められて、エレオノーラを見つめてくる。いつかの夜会でそうしたように、ギルベルトはエレオノーラの手を取って跪いた。


 壊れやすい宝物に触れるかのように、その手はやさしい。


「その意味なら、私も、神様はいると思います」

 その時、緑の瞳の中には自分しかいなかった。


「私は、私の神様を信じております。それはもしかしたら、教会の神様とは些か異なるかもしれませんが、その神には一切背いていないと断言することができます。ですから、どなたに恥じることも、臆することもございません」


 ギルベルトが見ているのは間違いなくエレオノーラなのだけれど、もっと何か大きなものが彼には見えている気がした。


「ギル?」

 名前を呼んでもただ彼は微笑むばかりだった。


 はぐらかすようなことはしないけれど、決定的なことを彼は口にしない。今のギルベルトの言葉には、エレオノーラに分かること以上の何かがある気がするというのに。


「さ、明日も早いです。お体を休めませんと」


 すっと立ち上がってエレオノーラの手を引いて促す。くるりとギルベルトが振り返った拍子に、エレオノーラはその背に抱き着いた。


「姫様……?」

 ギルベルトが振り返ろうとしたのを、首を横に振って留める。


「絶対にこっちを向かないで」


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