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【完結】いつかわたしを攫ってくれると言った怪盗の正体は、冷徹嫌味な宰相閣下でした  作者: 藤原ライラ
第二部:生贄の姫

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23.責務

 兄の言葉が頭の中に蘇る。

 この人もそういうこと(・・・・・・)を望んでいるのだろうか。


 いや、結婚するのであれば何の不思議もないのだけれど。急な展開に頭が付いていかない。


 動揺する自分を他所に、彼はカウチの上にそっとエレオノーラを下ろした。そのまま、目線を合わせるように、エレオノーラの前に膝を突く。


 向けられた緑の目には鋭い光が宿っている。おもむろに、彼は口を開いた。


「それで、レオニダス殿下には一体何を言われたんですか?」


「えっ」

 驚くエレオノーラに、ギルベルトは説明するまでもない言った顔をする。弟とのことは、誰にも話していないはずなのに、なぜ。


「そ、そんな、別に何もないわよ」


 緑の目がすっと細められる。ギルベルトは左手をぎゅっと握りしめたかと思うと、反対の手をエレオノーラに伸ばしてきた。


「失礼」

 抵抗する間もなくするりと右の手袋が取り去られた。そこにはまだ、弟の手の痕が残っている。


「隠したいのなら、殊更そこに目がいくようなものを身に着けるのは勧めませんが」


 これは、ブレスレットのことを言っているのか。どうしてこの目はこう、なんでもお見通しなのだろう。


「これは……ちょっとたまたま自分で掴んじゃっただけ!!」


「ほう」

 ギルベルトがぴくりと眉を上げた。緑の目は小ばかにしたようにエレオノーラを見遣る。


「な、なによ。そんなばかにしたような顔して」


「ばかにはしておりません。どうせ嘘をつくならもう少しマシな嘘をつけばいいのに、と思っただけです」


 それを人はばかにしていると言う。


 相変わらずの、いっそ清々しくなるほどのギルベルトの物言いである。


「この手の痕は右手のものですね。姫様がご自分で掴んだとなれば、左手になるはずなのですが」


 エレオノーラの左手を、ギルベルトはすっと手首に重ねてみせる。赤黒い痕にはびっくりするほど重ならなかった。


「それに大きさから考えても、これは男のものだ」


 きちんと加減された力で、ギルベルトはエレオノーラの手首に触れる。ぴったりと、その手が痕に重なった。


「姫様に右手が二本あるというのなら、話は別かもしれませんが。誰かに掴まれでもしないと、普通はこういう風にはならないんですよ」


 包み込まれるような手の感触に泣き出してしまいそうになる。レオニダスに触れられた時はあんなにも、恐ろしかったのに。


 ギルベルトはぐっと眉根を寄せてエレオノーラの手を見つめた。


「こんなに痕が残るほど……」


 呟いた声には隠しきれない怒りのようなものが滲んでいた。

 ふいに、ギルベルトは労わるように、手首の内側に唇を寄せた。触れたあたたかさに、一瞬で頬に血が上った。


「怖かったでしょう」


 ぐらりと、心の奥が揺らいだ気がした。

 ああ、だめだ。また流されてしまいそうになる。


 ギルベルトの視線から逃れる様に、エレオノーラは俯いた。


「あなたには、何も、関係のないことよ」


 これは、我がアーヴィング王家の問題であって、ギルベルトには何も関係がない。それなのに、エレオノーラは彼を巻き込んでしまった。そしてギルベルトはあんな怪我をした。


「そうですね」

 淡々した声が、頭の上から降ってくる。


「あなたがどうなろうと、本来俺には何の関係もない」


 そうだ、いつかの彼も同じようなことを言った。


「だったら!」


 そう言って振りほどこうとした手を、ぎゅっと握られた。

 怯んでしまったその隙に、するりと指を絡められる。


「けれど、これより先、私は王配となる身ですので」


 こうしてしまえば、繋いだ手は簡単には解けない。まるで互いを縛る鎖のように。


「私にも、伴侶を大切にするという責務があります」


 顔を上げたら、何よりも真摯な瞳と見つめ合った。

 深い森のような緑。出会った時からそうだ。エレオノーラはずっと、この色に囚われている。


「関係ない、ということはないでしょう」


 やっと、ギルベルトがどうしてあんなことをしたのか分かった。


 ただの他人であれば醜聞となることが、伴侶であれば美談となる。もうあんな風に囃し立てられることもない。エレオノーラの為にギルベルトがその身を差し出しても、何の不思議もないのだ。


 この大義名分を得るために、この男は己を懸けてみせたのだ。

 ただ、エレオノーラを堂々と守ることを許される権利を得る、その為だけに。


「やっぱりあなた、どうかしてるわよ」


 どうしてそんなに迷いなく、自分を売り渡すことができるのだろう。

 彼は一体何を得るのだろう。庇ってもらった分も、まだ返せていないのに。


「わたしはでも、もう、あなたに」


「殿下」

 握られる手の力が少しだけ強くなる。痛いと思うほどの力ではない。レオニダスのようなことを、決してギルベルトはしない。


 本当は「甘えたくない」と言いたかったのに、遮られた。


「王になるとお決めになられたのでしょう? ならばあなたは人を遣うことを覚えなければならない」


 何度も何度も聞いた、エレオノーラを言い含める時のギルベルトの声。


「高いところに手が届かなければ、台を使うでしょう? 必要な時に必要なものを使うことを人は甘えとは呼ばない。臣下はあなたの手足です。むしろ使いこなしてこそ、立派な君主と呼ばれる」


 一度だってまともに反論できたことがない。いつだって、ギルベルトはエレオノーラに必要なことを教えてくれる。


「王配はその最たるものでしょう」

 鋭い緑の目は暗に告げていた。俺を、使いこなしてみろ、と。


「まあ、できないと仰るなら、それまでのことですが」


 そう言って、彼は片方だけ口角を上げて笑ってみせた。

 その瞬間、エレオノーラはあの研究棟の部屋に舞い戻った気がした。


 わたしはこの八年間一体、何をしていたのだろう。十歳の子供ではあるまいし、挑発されていることぐらい、ちゃんと分かっている。


 けれど、この緑の目に浮かんでいるのはそれだけではない。


 それはある種期待にも似た何かだった。エレオノーラが投げ出さないとギルベルトは信じている。気まぐれや直感ではなくて、彼にしか見えない確かな根拠がどこかにあるのだろう。


 ならばわたしもひとつ、賭けてみようか。


 諦めたとばかりに、エレオノーラはひとつ大きく溜息をついた。これだから頭のいい男は嫌いだ。


「分かった」


 自分自身を信じると言い切れるほど思い上がることはできないけれど、それでも、目の前にいるたった一人を信じることはできるかもしれない。


「王配の一人や二人ぐらい、使いこなしてみせるわよ。ギルこそ、早々に音を上げないでね。見苦しいから」


「ええ、楽しみにしておりますよ」


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