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【完結】いつかわたしを攫ってくれると言った怪盗の正体は、冷徹嫌味な宰相閣下でした  作者: 藤原ライラ
第二部:生贄の姫

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21.一世一代

「姫様」

「なあに、サンドラ」


 いつもにこやかな表情を浮かべている彼女が、顔を曇らせている。けれど、それさえも独特の憂いがあって妖艶に見える。


 美しい女はどんな顔をしていても美しいのだなと、エレオノーラは思った。まるで真珠が光の当たり方によって七色の光を放つように。


「本当によろしいのです?」

「なにが?」


 サンドラはエレオノーラの手元に目を向けた。

 そこには王配選びの資料がある。


 ギルベルトは襲撃とそれに伴う噂によって王配選びの任を退いている。


 代わりにしゃしゃり出てきたのがレオニダスだ。彼は、刺客の存在を重く受け止めるべきで、こういう時の為にも王配は必要だと声高に言った。父はそれに深く感銘を受け、今は二人が率先して候補を選んでいる。


「今度はきちんと、わたしも目を通しているわよ」


「けれど、どちらの方も、この中にはいらっしゃらないのでしょう?」

 そうだ、この中にはヴェルデは言わずもがなだが、ギルベルトもいない。


 すれ違っただけの彼は、少しも変わらなかったけれどなんだか遠い人のように見えた。あんなに親しく話していたのが嘘のように思えるぐらいに。


 きっと、これが正しかったのだろう。


「初恋の方は、姫様がお慕いしていることを存じ上げないのでしょう?」

「そうね」


「でしたら」

 思いを告げてみよ、とサンドラの目は訴えかけていた。それからでも遅くないと言いたいのだろう。


「もういいのよ」

 自分は、ギルベルトに忠義を強いた。これ以上はもう、何も望まない。


「あ、でも違うのよ。振ってやったの。わたしにはもっといい人がいるはずだもの」


 殊更明るく言ってみたのに、サンドラの表情は冴えない。彼女はきゅっと、エレオノーラの手を握った。


「姫様。わたくしが申し上げるのも、いささか変な気もいたしますけれど」

「いいわ、言ってちょうだい」


「他に想う人がありながら、別の殿方に身を預けるのはなかなか辛いものです」


 “社交界の真珠”の呼び名そのままに、彼女は多くの恋をしてきたのだろう。

 小娘の自分なんかよりも、もっと沢山。それはきっと幸せなものばかりではなかったはずだ。それだけの実感のこもった言葉だった。


「うん、分かっているつもりよ」


 けれど、エレオノーラも思い知ったのだ。

 一度でも焦がれたヴェルデの手を振り払うことに比べたら、これから先に訪れることなんてどうってことない。


 ただ好きな人と一緒にいたかった少女の時間は終わったのだ。


 だから、これからはちゃんと見極めなければならない。相手の男が、女王となる自分に真に相応しい者かを。


「ありがとう、サンドラ」

 エレオノーラがそう返事をすると、美貌の教育係はもう何も言ってはこなかった。






 大広間に、多くの人が集まっている。

 シャンデリアの光は昼間の太陽よりも鮮やかに、きらきらと輝いている。


 王はこの夜会で、王太子であるエレオノーラの伴侶を定めると決めていた。煌びやかに着飾った貴婦人も紳士も、皆ざわざわと落ち着かない。


 エレオノーラはいつものように赤いドレスを着て、髪を結い上げた。肘まである白い手袋は、手首にまだ残る痣も綺麗に隠してくれる。


 実は当の本人である自分も、相手が誰なのかは知らない。


 真剣に考えた。けれど、どうしてだろう。考えれば考えるほど分からなくなってしまった。


 いっそ独身を貫こうかとも思った。歴史を紐解けば前例がないわけではない。「この国を夫とする」と宣言した女王もいる。ただ自分にそのような振る舞いができるとは思えなかった。


 ただ正しい選択ができればいいと願う。この国の未来にとって、最もいい選択が。


「では、エレオノーラ。前へ」


 国王たる父が言って、エレオノーラは一歩前へ出た。皆の視線が一心にこちらに向く。


「今から、次期女王たるエレオノーラの伴侶を発表したいと思う。我が娘に最も相応しい者は」


「僭越ではございますが、陛下」

 父の言葉を遮るように、朗々とした声が響いた。


 それは突然だった。

 まるで海が割れる様に道が出来て、男が一人歩いてくる。


 すらりとした長身は群衆の中にいても目立つ。艶やかな黒髪がシャンデリアの光に照らされている。


 ざわめきは次第に止み、代わりに水を打ったような静寂が訪れる。全員の視線は今や、彼一人に注がれた。


 緑の瞳は、まるで彼の決意をそのまま形にしたように揺るがない。その目が見つめているのは、ただエレオノーラ一人。


 この今、これほど会いたくない人はいなかった。

 けれどもう、目が逸らせなかった。


「申し上げたいことがございます」


 ギルベルトは恭しく、父とエレオノーラの前に片膝を突き、頭を垂れた。思わず見惚れてしまうような、そんな美しい所作だった。


「何のつもりだ、エインズレイ卿。今父上が、」


 糾弾しようとした弟を制したのは兄だった。


「まあまあ。落ち着きなよ、レオ。父上、どうでしょう? エインズレイ卿はエレオノーラを守った恩人でもあります。話ぐらいは聞いてもいいと僕は思うのですが」


 するりと入り込んでくるような軽妙さで、フェリクスは言う。


「ふむ」


 父は少しの間押し黙り考え込むような様を見せたかと思うと、ギルベルトを見て一つ大きく頷いた。


「陛下は先ほど、最も相応しい方を王配にお選びになるとおっしゃいました」


 はっとギルベルトが顔を上げる。はらりと流れた前髪が、形のいい額に落ちる。


「私は、エレオノーラ殿下をお慕いしております」


「……っ!」

 なんだろう、これは。


「私はその想いで、誠心誠意、殿下にお仕えしてまいりました」


 これではまるで、愛の告白ではないか。周囲にざわめきのようなものが広がっていくのが分かる。半分は嘲りで、もう半分には好奇が満ちている。


「我が国に今、私よりも殿下にふさわしい者が他におりますでしょうか。いたら即刻、名乗り出ていただきたい」


 ああ、そうだ。この声は、震えることも掠れることもなく、確かな響きを持ってこの耳に届くのだ。


 涼やかな横顔は変わらないのに、その緑の目は燃えるようだった。その声に、その目に乗った熱に焼き付けられてしまいそうになる。


 けれどこんなの、ギルベルトらしくもない。

 ただその愚直さが反論を封じていたことも事実だった。


 この瞬間、彼は、簒奪者ではなく真にエレオノーラを愛する一人の男として、人々の目に映るだろう。


 誰も言い返すことができなかった。宰相の地位、そしてこれまでの命を懸けた彼の行動、その全てが彼を王配に相応しく見せていた。


「何をぬけぬけと。父上、このような」


 弟が、何か言っていた。多分また大きな声で騒ぎ立てているのだろう。そんなことは、どうでもよかった。


「レオニダス、黙って」

 エレオノーラは短くそう言った。だってギルベルトと話がしたかったから。


「ですが姉上」

「黙れと言ったのが、聞こえなかったの?」


 見上げれば、弟がはっと息を呑んだ。紫の目が揺れて、床を彷徨うようになる。


「わたしの伴侶は、わたしが選ぶわ。それの何がいけないの?」


 何か言いたそうな弟よりも先に、フェリクスが声を立てて笑った。


「それもそうだ。エリーはもう子供じゃない。最初から、僕らが口を出すようなことじゃなかったね」


 そのまま、兄は父と目を合わせた。元より父はエレオノーラに甘いのだ。自分が決めたことに異を唱えることはしないだろう。


 だから、ここから先は、わたしと彼との問題だ。


 誰もが、エレオノーラが次に何を言うかを注視していた。視線がそのまま、肌に突き刺さるようだった。


「ギルベルト=エインズレイ」


 一生忘れないと決めていた男の名を呼んだ。もっとも、こんなことが起こるだなんて夢にも思わなかったけれど。


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