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2.王配選び

「ねえ、ギルってば」


 そして、ギルベルトはすっと正面を向いた。


「……私はまだ殿下の介護をする覚悟はできていないのですが」


 ときめきを完全に打ち崩すほどに彼は冷徹宰相だった。


「え、あ、なによ、それ!!」


 本当のことを言えばわずかではあるが期待をしていた。大胆な行動に出れば少しぐらい、動揺してくれるだろうと。


 けれど、結果はこの様である。


「わたしまだ十七なのよ! 何が介護よ、介護!」


「お耳が遠くなって一度申し上げたことをお忘れになりなおかつ足元も覚束ない、となりますと最早介護でしかありませんが」


 ひどい言われ様である。全てを通り越して、介護とは。


 エレオノーラはぷいっと頬を膨らませて、ギルベルトから体を離した。


「なによ、ギルのばか、いじわる、鬼、人でなし」


 今度は違う意味で顔が熱い。もう腹が立ってしょうがない。

 すたすたと歩き始めるエレオノーラの手を、ギルベルトは恭しく取った。


「ええ、どうせ私は人でなしですよ」


 言葉の辛辣さとは裏腹にそれは儀礼の範疇を逸脱しない正しい紳士のリードだった。

 こういうところは本当にそつがないのである。だから余計に嫌になる。


「今日も仲がいいね、エリー、ギルベルト」


 後ろから明るい声がして振り返れば、フェリクスがひらひらと手を振っていた。「お兄様」


「別に仲良くなんかありませんわ。聞いてくれます? わたし今、介護って言われたんですよ。ひどいと思いません?」


 そう答えると、添えられたギルベルトの手の力がほんの少しだけ強くなった。


「いつもは子供扱いばっかりするくせに」


「人を木の上から呼びつけたり、お茶を淹れてくれと泣き叫ぶような方は子供と称して然るべきかと」


 眉間に皺を寄せて、彼は険しい顔をする。


「それはもう随分と前の話でしょう!」

 十歳の頃の話を持ち出すなんて卑怯である。


「私は一日たりとも忘れたことはございませんが」


「そういうのを仲がいいって言うんだと、僕は思うけどね」


 兄は快活な人だ。ただ年が十も離れているせいなのかどことなく掴み兼ねるところがあって、底が見えない。エレオノーラよりも明るい色の金の髪を揺らして、にこにこと彼は笑っていた。


 そんなことを話しているうちに、会食の行われる大広間の前に着いた。


「私はこれで」


 ギルベルトはすぐにでも教本に載せられそうなほど美しく頭を下げた。そこでやっと、この人は何の用もないのにわたしをただ送り届けてくれたのだとエレオノーラは気が付いた。


「兄上、姉上、お久しぶりです」


 彼がくるりと踵を返したところで、また違う声がした。


「やあ。おかえり、レオ」


 短く切り込んだ髪は、フェリクスと同じ色。


 武芸に優れているとの評判が高いだけあって、日焼けした精悍な顔立ちだ。鍛え抜かれた体の逞しさが服の上からでも見て取れる。以前はエレオノーラとそこまで背が変わらなかった気がするのに。少し見ない間に、目線の位置が随分と違う。


「おかえりなさい」


 どちらかといえば柔和な印象が強い兄とは対照的だけれど、この二人はよく似ている。それもそうだろう。この二人は父と母を同じくする兄弟だ。半分だけ(・・・・)のエレオノーラとは、違う。


「ああ、エインズレイ卿もいたんだ。これはいい」


「恐れ入ります、レオニダス殿下」

 ギルベルトは折り目正しく弟に礼をする。


「あなたも来るといい」


「いえ、私は王族方の会食に出るようなことはとても」


「そう堅苦しいことを言うなよ。いいですよね、兄上」

 ギルベルトは窺うように、フェリクスに目を向けた。兄は一つ頷くだけで、それに応える。


「それでは」


 エレオノーラが誘った時は、彼は返事もしなかったのに。全てが自分を置き去りにして進んでいく。


「父上と母上がお待ちです。参りましょう」

 弟が張りのある声で先導する。華やかな大広間に向かいながら、エレオノーラの心は沈んでいった。






「父上、母上。ただいま戻りました」

「よく戻ったな、レオニダス」


 父が弟に朗々と声を掛ける。国王夫妻の向かいに、兄弟が生まれた順に座る。ギルベルトは控えるように、末席に腰を下ろした。


 レオニダスは修行の日々を面白おかしく話して場を盛り上げた。末の息子を溺愛している王妃は、その一言一言に「まあ」だとか「そう」だとか大仰に相槌を打った。


「エリーはどうだい。最近は」

 それを遮るように、父がエレオノーラに声を掛けてくる。


「変わりなく過ごしておりますわ、お父様」

 これだけならば、何も問題はない。父が娘に声を掛けるのは、当然のことだ。


「そうかい。あまり頑張り過ぎないようにね」


 その言葉に、王妃が冷たい視線を投げかけてくる。ああ、またこれだ。


 どうして、正妻がいる前で他の女に産ませた子を堂々と労うようなことができるのだろう。


 王妃からすれば、エレオノーラは己が命を懸けて産んだ息子たちを蹴落として王位に就く簒奪者でしかないのに。これが嫌だから最上級の饗を尽くした料理にも全く食欲が湧かない。


「お気遣い、ありがとうございます」

 刺さるような視線に耐え兼ねて、エレオノーラは俯いた。


「そうだ、父上。姉上のことで相談です」


 救いの手を差し伸べる様に、弟がぽんと手を叩いた。


「おれは各地で将来有望な若者を沢山見ました。そして気が付いたんです」


 兄と揃いの紫の目を、レオニダスはエレオノーラに向けてくる。


「やはり王配選びを敢行すべきではないでしょうか」

「へっ」


 喉から素っ頓狂な声が出た。まさかそんなことだとは思ってもみなかった。


 王配。

 つまり、女王の配偶者のことである。


「レオ、しかしだがね」


 これについては、重鎮達の間でも何度も議題に上がっている。王太子たるエレオノーラの伴侶を誰にするか。


「まだ、エリーは若いし結婚だなんてとても」


 その度に父はのらりくらりと退けてきた。

 理由は分かっている。


 望んだ女は手に入らなかった。だからせめてその娘を少しでも長く自分の元に置いておきたい、それだけだ。


「父上」

 レオニダスは父を真正面から見つめて返す。


「あと三月もすれば姉上は十八歳になられ、このアーヴィング国を統べる女王として即位することになる。か弱い女の身で王位に立たれるそのご苦労は想像するに余りあります。姉上をお守りする伴侶を迎えることが急務ではないかと」


 真摯な声で弟は言った。


 王は人が選ぶのではない。神が選ぶ。


 教会の託宣を得た者が、次の王になる。

 だから、エレオノーラも、父も、神様に選ばれた者だ。

 そういうことに、なっている。


「姉を思うレオニダスのこの真心、どうかお聞き届けいただけますか」


 ばかばかしい。レオニダスとエレオノーラは誕生日が二週間しか変わらない。予定通りに生まれていれば、兄だったのは彼の方だ。

 同い年のわたしを姉だなんて、まともに思えるわけがないのに。


 結局折れたのは父の方だった。


「お前の言うことにも一理ある。エリーを支えてくれる者を選ぶことは重要だ」


 か弱い、守る、支える。

 弟も父も同じようなことばかり口にする。


「しかしどうやってその者を選ぶ。レオニダス、お前が選ぶのか?」


「まさか。王配を選ぶのは国の一大事。おれでは力不足でしょう。この国と姉上のことを一心に思い、忠義を尽くせる者が適任かと思います」

「ふむ、それはそうだ」


 弟は末席へと目を向けた。その視線の先にいる者は。


「エインズレイ卿、あなたにお任せしたいのだが、いかがかな?」


 そこでやっと、弟が強引にギルベルトをこの場に呼んだ意味が分かった。


 離れた席に座る彼の姿はエレオノーラからは見えない。

 一呼吸の後、この会がはじまって初めてギルベルトは口を開いた。


「承知仕りました」

 それはいつもと何ら変わらない、落ち着いた声だった。


「王配選びの任、謹んでお受けいたします」


 ギルベルトは今、一体どんな顔をしているのだろう。他のどんなことよりも、エレオノーラはそれが気になって仕方がなかった。


「ああ、王配となれば教会に連絡をしなければいけないね。そちらの手配も頼むよ」


 父の言葉にもギルベルトは静かに、返事をするだけだった。


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