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9月6日の私へ
私は「普通」が好きではありません。
保守的で排他的で、自分がかわいくて仕方がない人たちが作り上げた集団催眠の一つだからです。
しかし、それが楽だとは思っていません。
「普通」の中にいれば楽だとか安全だとか言われるけれど、そんなことはないと思います。
「普通」の中にいれば「普通」を守らなければならない。「普通」でいなければならない。
それが心の底からの願いなら幸せでしょうが、必ずしもそうとは限りません。というより、少し違う場合が多いでしょう。その本心も押し殺さなければならないのです。
どっちも大変なのです。
だから、「普通」か「普通でない」かより、人間全員が心の底から幸福になることを前提として考えましょう。




